10くち 27
そうして少しずつ、少しずつ、彼女なりの歩みで進み続け、秋の半ばには、彼女は自分から女子生徒のグループに話しかけるようにもなっていたし、たまには一人で昼食を食べたいと言って、ひとりで堂々と行動するようにもなった。
彼女を貶めた生徒は、校内の秩序を著しく乱し、数名の個人に重大な損失を与えた為、退学処分となっている。彼女は自分らしさを確実に取り戻してゆくだろう。本来の元気な姿に戻ってゆく。
そうすれば、自然と、マシューと過ごす時間も減っていった。
昼食も、一次的に女子生徒と男子生徒が混ざって食べることが多くなるも、いつの間にか、彼女は女子生徒と食べることの方が多くなってゆく。
登下校も、もうマシューと一緒ではない。
他の生徒と気兼ねなく話すようになったし、校門前の挨拶運動でも声を出せるようになっていった。
今も校庭の掃除当番を、友達の女子生徒と談笑しながら取り組んでいる。
マシューはその姿を、友達の男子生徒と二階の教室の窓から見下ろしていた。
「マシュー、最近あの子と関わらなくなったけど、振られたわけか?」
「言ったろ、元からそんなんじゃなかったよ。それに、僕にそういうのはまだ早い。ただ、健康体の人をいつまでも病人扱い出来ないし、何事にも距離感って大事なんだよ。僕は一応男性だけど、彼女は立派な女性だしね。勘違いされて彼女を困らせたくない」
マシューは水筒に入れてきた紅茶を、また一口飲み込んだ。
「そうさ。彼女は元気になったんだから」
アメリカのプロテスタントバプテスト派の牧師である、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、通称・キング牧師曰く、「最大の悲劇は、悪人の虐待ではなく、善人の沈黙である。沈黙は暴力の陰に隠れた同罪者である」