10くち 24
…
生徒が沢山通る通学路は避けて登校する必要があった。
彼女が人目を酷く恐れたからだ。
しばらくは保健室登校になるだろうから、すぐに人に慣れさせる必要は無い。そんなことよりも、彼女を外に慣れさせなけばならないんだ。
通学中、何度も猫背になりかける彼女の背を軽く叩いた。
「ほら、背筋曲げるくらいなら腹出して歩こう」
「うん。……はあ、し、しんどい」
「じゃあ、今日はここまでにする?」
「え…」
立ち止まるマシューを追い越してしまった彼女は、慌てて後ずさりして戻ってきた。
「いきなり学校に行く必要なんてないんだよ。家からこんなに離れた場所まで来られたんだ。頑張ったよ。明日もまた外に出られたら、それってとても凄いことだよ。言ったろ?小股の半歩で良いんだよ」
「……」
「どうするかは自分で決めよう」
彼女はこの質問には、時間を多く必要としなかった。
「学校に行く。今日から。決めたから」
「分かった。行こう」
いつもなら十五分前後で到着する校門に、二人は三十分かけて到着した。
学校側には事前に遅れることを連絡していた為、始業ベルが鳴る頃まで校門前で教師が挨拶運動で立っていた。
「おはようございます」
挨拶すると、教師も挨拶を返し、マシューらが敷地内に入るとすぐに校門を閉じた。
マシューの影に隠れるようにして歩く彼女も、虫の羽音ほどの声量で挨拶をしていたが、教師にそれは聞こえなかったようだった。
俯いてまた猫背になりかける彼女の背をやはり叩く。
「今すぐじゃなくて良いんだよ。継続出来れば大きい声を出すのにも慣れるから」
「………うん」
彼女の声は震えていた。
校舎に入って靴箱の上履きに履き替えて、まずは彼女と一階の職員室へと向かった。
担任に事情を説明する必要がある。
彼女を職員室前で待たせて、まだ受け持ちのクラスに向かっていない担任を呼び出した。
廊下に出てきた担任は心底驚いていた。大袈裟なくらいに彼女を心配してみせ、「これから頑張れ」だのと言い放つ。
それを遮るようにして、保健室登校についてマシューは話し出す。
「なので、保健室でも特別教室でも…彼女が通いやすい方法を」
「え…」
言いかけたところで、彼女から登校中ぶりの素っ頓狂な声が聞こえて、担任もマシューも彼女を振り向く。
「どうかした?」
聞くと、一瞬目が合って、すぐに視線を逸らして彼女は続ける。
「あの、教室に行くんだと思っていた…から。両親にも、そう話していて…」
マシューも担任も一瞬言葉を失った。
けれど、すぐに訂正を入れた。
「じゃあ、今日から教室に行くそうです」
「自分の発言は、なにか不味かったのかもしれない」とマシューと担任を交互に見る彼女に、マシューは問題ないと笑いかける。
彼女はとても、勇気のある女性だ。
彼女の歩みは、こんなにも偉大な一歩をしている。
二人は担任と一旦別れて、教室へと向かった。
自分のクラスの場所が分からない彼女と談笑しながら教室に向かい、二人は、まだ担任が来ていない為に賑やかな教室へと踏み込んでいった。