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【挿絵131枚+漫画78頁有】ヒトくちばなしっ!B&C  作者: ほやざ
10くち「キミを元気にいたしましゅー!キミとボクの秘密のお茶会!!」
121/270

10くち 23

 

 …




 夏休みが明けても、日本にいる間は年中夏休みのようなバートには感覚が掴めず、マシューが制服に着替えている姿を見ると不思議そうにしていた。



「今日も休みだろ?」

「今日から学校だよ」



 学校に通ったことも無ければ、アメリカでの学校生活を傍から見ていた程度にしか知らないバートには、日本の夏休みなど尚更よく理解出来ないようだった。



「これからまた登校するようになるから、前と同じ生活に戻るんだよ」

「そうなのか。オッケー」

「うん。それじゃあ、行ってきます」

「気をつけてな」



 今日も、亡き妹ベッラに供えたヨーグルトを食べながらマシューを見送るバートに、背を向けて出発する。

 夏休み前のいつもなら、真っすぐ学校へ向かうマシューだが、今日は直進するはずの十字路を曲がった。

 しばらく歩いて、また曲がる。再び曲がってもう少し歩けば、そのマンション前に到着する。

 地上八階建て、鉄筋コンクリート造。南側を向いた太陽を望むバルコニー。白いタイル貼りの清潔感ある外観。

 そこのエントランスに入り、今やすっかり顔見知りになりつつある、鼠色っぽい白髪を撫でつけた警備員と目が合った。



「おはようございます」

「おはよう」



 オートロック設備のインターホンを押して、警備員とすれ違う頃に会釈して敷地内に入った。

 次はエレベーターで七階へ。その七階に到着すると、マシューは顔を(ほころ)ばせた。

 七階一番奥から二番目が、彼女の部屋。

 その扉が開いたり閉まったりを繰り返しては、時々彼女が頭を覗かせて廊下を見回している。エレベーターのドアが開いて踏み出すと、目があった彼女に手を振った。



「おはよう」



 彼女の目つきが変わる。

 怯えているようだ。マシューにではなく、これから歩く外の世界に。


 彼女はもう扉の開け閉めを辞めて、半開きの扉を支えて、近づいてくるマシューを猫背で見上げた。



「おはよう」



 もう一度言うと、「おはよう日国くん」と小さな返事がやってくる。

 彼女の髪はきちんと整えられ、爪も噛むのを辞めたのか丸みを取り戻し、血色は相変わらず悪いし隈も残っているけれど、その豊かになり、明るさが似合うようになった表情は、当初とは比べ物にならない。

 綺麗になった。



「良い天気だよ。今日も暑い」

「うん」



 彼女は未だ、玄関扉のノブを握り込んで離そうとしない。



「行ける?」

「ちょっと待って」

「いいよ」



 制服を着るだけでも彼女にとっては重労働だったのだろう。

 一日は始まったばかりだと言うのに、これから登校すると言うのに、既に疲弊し切った様子だ。

 唇が戦慄(わなな)くのを止めようと、口の中で歯を強く噛み合わせて、足元の革靴に恐る恐る足を入れる。

 最後にカバンを持って、ぎこちなく外へ出てきた。



「ゆっくり行こう」



 一杯一杯の彼女は無言で頭を縦に振ることしかしなかったけれど、それでも良い。

 たっぷり時間をかけて、今日も彼女は前へ踏み出す。

 彼女なりの時間をかけて、太陽の下へ踏み出す。


 さあ一歩を踏み出そうとしたところで、



「家の鍵忘れた」



 彼女は、家に戻る時だけは機敏で軽やかだった。

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