10くち 22
「原因があるからこそ犯罪は行われるのだろうが、"原因があれば犯罪は許されるのか"、と言う話だ。正当防衛だって過剰になれば犯罪なんだぜ?」
「うん」
「お前が言う虐めとかの悪さをするヤツは、今言ったこと全部を理解出来ていない。"自分の異常性"が分からないサイコパスなんだよ。自分のことも社会のことも、なあんにも知らないのさ。そして知らないことに気付いていないから、自信を持って感情のままに他人を傷つける。犯罪だって理解出来ていれば、覚悟が出来ない社会的なヤツは実行出来るはずないぜ」
「うん」
「だから、誰かが悪さをすれば、そいつに対して誰もが"倫理観"を養うはずの家庭で、それを養われたかったのだろうと判断して、"親の顔が見てみたい"って言うんだろ?と言うことは、今のところ世の中で社会的に生きている人たちは、最低限の倫理観が養われた人達と言うことだぜ。と言っても、どんなに倫理観を養った人でも、もはや善悪で行動決定出来なくなるような事態は起こりうるもんだ。目玉は全て主観でしかものを見れないから、頭で俯瞰なんてしている暇が無いような時は、俺もとんでもない悪事を働くことがあるかもしれない。少しでもそうならないように、自制心を日頃から鍛えないとな。俺は学校に行かなかった分、家にいたから、ダッドやマムからこういうことを教わる時間は沢山あったし、家族以外の人間関係を知らなかったから、こういうことを誰より知っていなきゃいけなかったんだ」
バートは時折、自分は頭が良くないと言う。
勉強が出来ない、と言う意味でだ。J's患者は、ざっくり言うと頭が弱い。計算が苦手だったり、物覚えが悪かったりする。知能の発達が緩やかだ。
それでもこうして、道徳的観念は人並みに備えることが出来る。もしかしたら人以上に。
未だ、バートから気づかされたり教わったりすることが山ほどあるくらいに、彼は馬鹿ではない。成績だけの頭の良さとは大違いだ。
「マシュー」
のぼせたのか、片腕を隣の水風呂に突っ込んで、冷やした掌を火照った顔面に当てて、バートは最後にこう言った。
「お前も、友達も、良い選択と信念を持って生きている立派な人間だ。不完全な人間が作った社会で、"当たり前"なんて言う完璧なことは存在しないんだぜ。お前が今、その友達と良い関係を築けているのも、毎日学校や銭湯に通えているのも、当たり前のことじゃない。自分を誇って良いんだ。大切にし合ってくれ。お前達はよくやってる」
自分ものぼせたのかもしれない。
マシューはやおら立ち上がると、バートに背を向けて出口へ向かう。
バートも上がってこようとしていたが、「しばらくついてくるな」と言い残して浴室を出た。
濡れている体を拭いて、服を着て、鏡の前で椅子に腰かけてドライヤーを髪に当てながら彼女のことを考えた。
明日、彼女に言おう。良い選択をしたのだと。
髪を乾かし終えてもバートが戻ってこないので、「いい加減出てきていいよ」と言いながら浴室への扉を開けると、茹蛸が目を回していた。