3くち 6
…
「いただきまーす」
「いとぅあら……あ?」
隣で掌を合わせて、今朝見たような気がする"誰ともなしの言葉"を言うマシューの真似をするも、聞き取れないのと舌が回らなくて、掌を合わせて首を傾げた。
眼前の"くめちゃん"と言う老母は、そんなバートを見ておかしそうに淑やかに嫋やかに笑う。老母は「ごめんなさいね」と一声かけてバートの手を取り、その掌を合わせて、エメラルドグリーンの瞳を覗き込んだ。
老母から見ても、その瞳は、いつだって穢れを洗い流してきた海の美しい煌めきを放っているように映った。
老母はバートの目を見て教え込む。
「いただきます」
「いた、いだた…」
ああ、もう。
マシューは、最低限の知識もつけずに日本にやってきて、他人に迷惑をかけるバートに強い憤りを感じていた。
こんなの常識だろ。郷に入っては郷に従え。その国にはその国の言語、文化、習慣、法律、作法があるんだよ。その国家と国民に敬意を払って、それらを守り尊重しようとする心は、他国に行く時、キャリーケースよりも持って行かなくちゃならないものだろ。
自分の目的を叶えることにしか興味が無いのなら、家に籠ってグーグルマップで旅行していろよ!
老母の手前、それらの言葉を麦茶と共に飲み込んだ。呑み切った。
「い、た、だ、き、ま、す」
「い、た、でぁ、くぇ、ま、す」
老母はバートの手を放して、「うん」と頷くが、マシューは「全然言えてないじゃないか」と心の中でそっぽを向いた。
バートは老母に褒められた気がして、続けざまに「いたでぇけめす」と声を張って、目の前の食卓に並ぶ料理を見た。
ああ…っと、どんよりした色ばっかりだ。
食卓には和食がずらりと並んでいる。日本食とも言う。
焼き魚と焼きキノコ、芋の煮物と、漬物もお浸しもある。
唯一の明るい色が、鮮やかな緑の七草サラダだ。
いつも七草ではなく七色の…、そう、あらゆる色の食事を目にするバートには、眼前の食事はパチクリしてしまうような色合いだった。
隣のマシューは「美味しくて困っちゃうなあ」とでも言うように、しなやかな背筋で正座をして、華麗な箸さばきで食べているけれど、バートは思わず固まってしまった。
色が全体的に、茶色なのだ。