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【挿絵131枚+漫画78頁有】ヒトくちばなしっ!B&C  作者: ほやざ
10くち「キミを元気にいたしましゅー!キミとボクの秘密のお茶会!!」
118/270

10くち 20

 

「じゃあ、また」


 立ち上がり、去ろうとすると。


「待って日国くん」



 喉が痛いのだろうか。それとも胸が痛いのだろうか。

 彼女は苦しそうに胸を抑え、喉からひり出すように声を上げて、マシューを見上げた。

 目の縁から滲み出る涙が、玄関の向こうから溢れてくる光で煌めていた。


 大病を患っている。彼女は、間違いなく。

 自分自身の優しさが命取りになる、非常に厄介な大病だ。

 不備と悪意が蔓延(はびこ)跋扈(ばっこ)する社会で、良心を持ち優しくあり続け、都合の「良い子」でいる選択を取ると言うのは、自分を殺すのと同じ異常で素晴らしいことだ。

 あの社会で、自主性を殺す「良い子」でいられる子供が存在する、と言うのは普通ではない。本来他人とは、都合の悪い生き物だからだ。


 だが彼女は、悪にとって都合の「良い子」でいることは出来なかったのだろう。

 自分と同じ「良い子」を悪に手を貸し殺すことが、彼女には許せなかったのだろう。

 結果として、一番手酷い仕打ちを受けるのが自分だとしても、彼女は高潔でいることを望んだ。

 そうして、反撃をするでもなく、自分自身をすり減らせるだけすり減らして、限界まで我慢して、ようやく自分を守る為、多くを捨てて独りになる選択をした。

 生存本能。自己防衛だった。


 これを病と言わず甘えと言うのは、あまりに惨い話だ。

 甘えているのは、彼女を追い詰めた者たちではないか。


 マシューはもう一度、玄関の土間に膝をついた。

 彼女は涙して、マシューに本音を語った。



「もう疲れた。もう自分に疲れた」

「うん」

「こんな生活続けたくない。私も、また自分に自信を持てるようになりたい」

「うん」

「学校に行きたくないけど行きたい」

「うん」

「後悔したくない。でも、独りはもう嫌なの。ワガママだけど、でも…本当に寂しくて…」



 彼女は彼女なりに前へ踏み出そうとしている。

 外へ出ようとしている。

 その意思を、初めて彼女の口から聞くことが出来た。

 マシューは、彼女が自分に何を求めているのかも、理解出来た。


挿絵(By みてみん)


「僕がいれば良い?」

「いてほしい」



 懐かしい思い出がふと蘇った。

 ダンケと知り合う前だ。

 マシューが風邪をひいた時、父は仕事で、母は我が子が汚した庭の掃除に出ていて、家の中にバートと二人っきりだった時のことを思い出した。



 "「ダディ―とマミーも忙しいけど、バートは忙しくないから傍にいるぜ。別々の部屋にいなさいって言われたけど、やることが無いからマミーが外にいる間だけ、お前の部屋にいさせてくれな。紅茶でも入れて来るか?オレンジジュースもあるぞ。チキンスープもあるし、温めて来ようか。ああそうだ。ダディーが米を炊いていたから、それでミルヒライスを作ってやるよ。シナモンは多めにかけようか」"


 "「いいから、ここにいて。話していて」"


 "「ああ、いいぜ。バートが傍にいるぜ。大丈夫だマシュー」"



 あれこれ手を焼こうと提案を寄越してくるバートだったけれど、マシューが望んだのは傍にいて話をすることだった。

 手の込んだことなんてしてもらわなくて良い。一緒にいて安心させてほしい。傍にいて、いつも通りの笑顔を見て、なにも恐ろしいことなど起きていないのだと感じたい。

 それだけのことなのかもしれない。

 彼女が最初から望んでいたのは、これなのかもしれない。


 マシューは深く頷いて、彼女の目を見て応えた。



「喜んで」



 彼女のこんな笑顔は初めて見た。

 その日、彼女は「もう少し話そう」と言ってマシューを初めて居間に上げて、風邪のことなど忘れるくらい、他愛のない話をして静かに過ごした。


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