10くち 15
けれど、もっと良い激励や慰めの言葉は無いものかと、彼女が黙っている間に思考を巡らせているマシューに、彼女は震えた声で返事をした。
「ごめん、優しくしないで」
数日ぶりに小さく口を開けてポカンとしてしまう。
なんだって?
「え?」
疑うように聞き返す。
「泣きそうになって、言葉に詰まる」
「……あ、ああ、分かった。もう余計なこと言わない」
「ごめん」
「気にしないで。キミが悪い話じゃないから」
「そういうところ」
「あ」
これすらダメなのか。
気難しいと言うか、接するのにいつもより気を遣う必要がある子だ。
そういうものなのだろう。
ダンケにしても、自分自身にしても、心当たりが無いわけではない感覚だった。
「あの、それで、…手渡しで受け取って、良いですか?」
「え。…え?ああ、うん、良いけど…良いの?」
「他人とこんなに話をしたの、久しぶりで、ちゃんとしたくて」
「……」
「良い?」
「……はい」
思わず敬語で返してしまうほど、マシューにとっては衝撃的なことだった。
衝撃的で、嬉しいことだった。
だって、そう提案するのは、"彼女が自分なりに外へ踏み出そうとしている"証拠だからだ。
彼女は「ちょっと待ってて」と言って通話を切断した。
マシューは玄関前で五分は待っただろうか。時間がかかる分、自分の身だしなみに気を遣い出して、ついてもいない服の埃を払い落としたり、乱れてもいない髪を手櫛で梳いたり、食べてもいない昼食で汚れたかもしれない口元を拭ったり、玄関前でうろうろしだす。
そうして、もしかしたら彼女以上に緊張しているかもしれないマシューの前に、彼女はようやく顔を出す。
日焼けして焦げ茶色になったボサボサの長髪を垂らした、ゾンビほどに顔色が悪い女性が出てきた。
控えめに開けた玄関から、彼女の部屋中に蔓延したマイナスのオーラが滲み出ているような気がした。
それほど、"どんより"した女性が、玄関ノブに縋りついてなんとか立っている。
しかしそれよりも先に、マシューが彼女に抱いた感想は、
"この子、カードゲームのマリーにちょっと似ているかも"だった。
「こんにちは、日国です」
「…あれ、あれ、…外国人?」
予想していた人物と違ったのだろう。
ブロンド碧眼のマシューを困ったように見つめて、露骨に玄関扉の開き具合が狭まった。
インターホンのカメラでマシューの顔を確認しなかったのだろうか。
「…に、日本語がお上手ですね」
「ありがとう。アメリカ人と日本人の両親がいるんだ。外国人じゃないよ」
「そ、そう」
「えっと、…はい、これ」
せっかく顔合わせが出来たと言うのに、二人とも反応は微妙だ。
「あの、ありがとう。いつも、本当に、ありがとう…」
「いや、そんな」
差し出された茶封筒を受け取りながら、彼女は作り笑いを浮かべてぼそぼそと礼を述べた
マシューの話口調に、この一週間、玄関前で話していたのは目の前の男なのだろうと納得がいったようだ。
少しずつ落ち着き始めている。