10くち 14
二日後の訪問の頃には、彼女から紅茶の感想を聞くことが出来た。
昼を少し過ぎた頃に彼女の家に向かった。最後の茶封筒だ。
最後にもなると、ポストに押し込まなくとも楽に落とし込めてしまうほど茶封筒は平たかったけれど、やはりインターホンに手が伸びる。
「こんにちは」と挨拶をすると、その日も彼女は「こんにちは」と返してくれた。
「こんにちは、日国くん」
おまけに苗字も呼んでくれた。
「紅茶、美味しかった」
更には彼女から話題を振ってくれたのは、一週間通って初めての事で、マシューは無性に拍手をして喜びたくてたまらなかった。
我慢して、玄関前で一人静かにガッツポーズをキメていた。
「そっか!喜んでもらえて良かった!あっちの繁華街より少し手前の十字路あるだろ?あそこを駅の方に曲がって少し歩いたところに紅茶専門店が出来て、そこで貰ったんだ。カフェスペースがあって、読書もして良いみたいだから、気に入っちゃってさ」
嬉しくなって捲し立ててから、「喋り過ぎてしまった、また彼女が黙り込んでしまうかもしれない」と気がつく。
苦い顔をして、今度は慎重な声色で言葉を締めた。
「良いところだよ、とっても。本当に」
「珍しいね。男の子がそういうのを好きなの」
「両親が嗜む人だから、影響されていて」
「……そういうの、いいね」
無言じゃなかった!返事をくれた!
この一週間、自分ばかりが喋って会話は続かない、楽しい話なんて出来ようはずもない、と言う雰囲気に滅入りながら、見えない顔色を伺うようにして話しかけていた。
ここに来ることに気が進まない日が続いたけれど、明日は少し気楽に来られそうだ!
挨拶一つ、返事一つでマシューはとても嬉しくなれた。
「えっと、それで、今日もプリントがあって…」
話題に出してふと、自分が抱えているぺしゃんこの茶封筒の存在を思い出した。
これが最後のプリントの束であったことも。
明日から来る必要はないのだ。
「最後のなんだけど。いつも通り、玄関横に置いておけばいいかな」
「………」
黙り込んだ。
不味いことでも言ったかと思ったけれど、今の発言でなにが不味かったのか、マシューにはちっともわからない。
冷や汗を垂らして待つマシューに、インターホンからは思いもよらない言葉が返ってきた。
「あの、私、喋るの下手で」
「ああいやそんなとんでもない」
「だから、上手く伝えられないんだけども、それで、迷惑をかけたりして…だから…。……うーんと」
「大丈夫。言いたいことをそのまま言えばいいから。ちゃんと聞くから」
「……」
考え込んでいるのか、彼女はまた黙り込んでしまった。
それでもマシューには、もう待つことしか出来ない。
最初から、誰も彼も、彼女を待つことしか出来ない。