10くち 13
その翌日も翌々日もマシューは通い続け、前よりずっと少なくなったプリントと教科書の詰まった茶封筒を今日も抱えて、玄関前に立っていた。
五度目の訪問だ。
この間は無責任な発言をして彼女には辛い思いをさせてしまって、正直に言うと、ここ数日は来たくなかったのが本音だ。
昨日から夏休みに突入しており、わざわざ学校にプリントを取りに行ってからマンションに通うのが面倒でもあったし。
それでも足を運んだのは、自分が行かなくなったら先生が困ってしまうし、次に行くことになる生徒だって、多分行きたくないだろうし、それに、彼女を嫌な気持ちにさせたまま放っておけなかったのが最大の理由だ。
今回の封筒はポストに落とし込めそうなほどの分厚さだけれど、マシューはインターホンを押した。
五回も訪問していて、突然無言のポスト投函に切り替えるだなんて薄情な気がして。
今日も時間をたっぷりかけて応答があった。
「はい」
「こんにちは、日国です」
プリントを、と言いかけたところで。
「…どうも」
初めて挨拶を返してもらえた。
ポカンと小さく口を開けるマシューは、少しだけ言葉を失ってしまった。
「こ、こんにちは」
思わずまた挨拶をしてしまって、すぐに訂正する意味で顔の前で手を振った。
「ああいや違う!今日もプリントを持ってきたんだけど、玄関前に、…置けばいいかな」
「うん」
「そっか」
「さよなら」
「あ、…あー…、あのさ」
なにか、話を続けなければならないと思った。
何故だかは分からないけれど、彼女は今日が調子が良いのかもしれない。挨拶をしてくれたのだから。
「今日よりも、明日がもっと良くなるように、お祈りするよ俺」
「……」
「堂々と太陽の下を歩いてほしい」
「……」
あ、ダメだ、これはダメだ。
マシューは瞬時にそう悟った。
彼女はマシューが喋り過ぎると黙り込んでしまう。
その度に、マシューはとんでもない失言をしてしまったのではないかと不安になる。
ダンケの時もつい「頑張って」だなんて、突き放すようなことを言ってしまった。
自分の事ばかりを考えて、"周りのことを何も知らない"。
今もそうだ。
心配しているのに、無神経なことばかり。
五回も訪問していれば、彼女がもう喋る気が無くなったのだと察しがつく。
ポストに入るのに、マシューは一歩下がって、玄関横に茶封筒を立てかけた。
「それじゃあ、また」
マシューが去っていった後、インターホンの外との通話を切って、彼女は玄関を開ける。
腕が一本通るほどの隙間を僅かに開けて、廊下に誰もいないのを確認してから、スリを働くように茶封筒を家内に引っ張り込んだ。
その際、茶封筒から紙が一枚落ちた気がして、閉まりかけていた玄関扉をまた開ける。
廊下にメモ用紙が落ちていた。テープで留められていたようだ。
拾ってから扉をまた閉めた。折りたたまれたそれを広げると、彼女の表情はみるみる内に苦悶にも似たそれに変わってゆく。
"謝るのが遅れてしまいました。この間は失礼なことを言って、気を悪くさせたのならごめん。度胸も無く文面なのも。お詫びに、この間、紅茶専門店で試供品を沢山譲ってもらったので、美味しかったから、良ければ一つどうぞ。良い一日を。 日国"
メモ用紙に、クリスタルパック(CPP袋)が貼りつけられており、中には紅茶のティーバッグが一つ入っている。
彼女はメモ用紙を額に当てて俯いた。