10くち 10
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バートが来てから四週間が経ち、ダンケの昔話をした三日後の月曜日のことだ。
マシューはクラスの担任教師に職員室に呼び出され、一か月分のプリントの束を手渡された。
紐で綴じる茶封筒に詰め込まれたプリントや教科書の束は、量りに乗せたら一キロ前後を指しそうな重量だ。
何故こんなものを持たされているのか、マシューが良からぬ方向にまで考えを巡らせていると。
「うちのクラスに、二年生に進級してからも登校していない女生徒がいるだろ?」
安っぽいオフィスチェアに腰を落ち着け、手持ち無沙汰を解消しようと輪ゴムで遊びながらそう切り出した教師の前には、キロ単位の代物を両手に抱えた生徒が目をぱちくりさせて突っ立っていた。
その生徒マシューは、自分のクラスの風景を少し思い出していた。
そういえば席が一つ、いつも空いている。
朝礼も昼食時も放課後もずっとだ。
誰かが座っているのを見たことがあるが、友達との会話やゲームをするのに勝手に使っているような生徒ばかりで、その席の持ち主を見たことがない。
自分の事で忙しいマシューにとって、進級前も進級後もまったく関わりが無い生徒の名前は、たとえ同級生であっても覚えている暇はない。そもそも、もう一人クラスメイトがいたことも知らなかった。見たことがなかったし話題に上がったことすらなかったのだから。
「その生徒にプリントと教科書を届けてやってほしいんだ。俺が行ってやりたいんだが、部活の顧問を二つ掛け持ちさせられていてなぁ」
マシューも忙しくはあったが、定時に帰りたいのにやりたくもない顧問をさせられて、てんてこまいな担任に「僕も忙しい」とは突き放せない。
担任はマシューに掌を合わせて、困ったような笑顔を向けた。
「頼めないか?前は近所の生徒に頼んでいたんだが、この間、親の転勤で転校しちゃっただろ?次に近所なのが日国なんだ」
「ああ…。なら、いつも授業をしてもらっているお礼に行きますよ」
両腕で茶封筒を抱いて、マシューはちょっと嫌味っぽく、英語とマシューのクラスを担当する教師に頷いてみせた。
担任は、すぐに不登校生徒の家の地図を印刷して、マシューに持たせた。
マシューはそれを頼りに、七階の一番奥から二つ目の部屋に向かったのだった。