3くち 4
…
「ぬぁぁ…あったかいきもちぃ」
思わず感嘆の声を漏らして湯船に浸かり、気持ち良さのあまり、今にもシチューのように溶けて無くなってしまいそうなバート。
それを隣に、マシューはやはりゲッソリとした顔で、浴槽の縁にもたれかかっていた。
バートってば、他人との入浴に驚くわ、脱衣所のロッカーの鍵を振り回すわ、垢擦りを教えろとしつこく擦り寄ってくるわ、広い風呂で走るな騒ぐなと叱りつけなければならないわ、幼年の男児を相手にしている気分だった。
子育てすらしたことがない、ましてやずっと年下の弟か妹がいるわけでもない、むしろ自分自身が末弟のマシューにとっては、酷く気苦労が多く、消耗しきってしまう一日だった。今日と言う日は。相手にしているのは長男だと言うのに。
その長男と来たら、最初は緊張していたのに、今は「羊水ってこんな感じだったのかなー」なんて寝惚けたことを言うまでリラックスしきっていて、放っておいたら湯の中で寝コケてしまいそうな気すらある。
沈みかけのバートの肩を揺する。
「ねえ寝ないで兄さん」
「きもちい」
「分かるけど溺れちゃうから。ちゃんと座って」
背が丸まり過ぎて前のめりに倒れてしまうところだったバートは、目を擦りながら、マシューと同じように浴槽の縁にもたれた。
「知らないヤツと男同士で風呂に入るなんて、ゲイの風俗かと思っちゃったけど、あったかいからどうでもいいや。あ、言っておくけど俺はLGBTとか気にしない派だぞ。勝手にやってくれって感じだ」
「LGBT」とは、様々な性認識、性的指向を持つ人々の一部の総称である。
Lesbian、Gayと言った同性愛者から、Bisexualと言った両性愛者から、Transgenderと言った第三の性を持つ者から、それぞれ頭文字を取った言葉が「LGBT」である。
「知るか。とにかく慣れろよ」
「分かったぁ。じゃあ、このままお前のところにいても良いのか?」
「明日明後日で帰れって言われてすぐに帰れないだろ」
「ありがとう。べッラも喜ぶよ」
眉を下げて語るバートと眉を吊り上げて返すマシュー。
やっぱり二人の温度はすれ違っていた。