公爵令嬢は婚約破棄を経て魔女になりました
一度、お父様の馬に乗せてもらい、群衆を見た。
現国王の視察からの帰りだったと思う。
あの時の光景がずっと忘れられない。
この世界が愛しい。
そう思えた。
今も思い出せば、目の前でキラキラと輝いてる。
第一王子との婚約が決まった時、次期国母として国に仕えることができると喜ばしく、誇らしかった。
何故、この国を愛すように、王子を愛すことをしなかったのだろうか。
王子の言葉に耳を傾けていたのなら、もっと違う未来があったのかもしれない。
今はもう遅いかもしれないけれど。
一瞬に一生の後悔を振り返る。
お父様からもらった異国の魚は死んでしまう前に、小川へと放流した。
もしかしたら、生き残ることを信じて。
薔薇園はどうすることもできなかった。
今頃燃やされているのだろう。
お父様とお母様、屋敷のものはうまく脱出できたはず。
だから、この二つのことだけどうしようもなかった。
最後まで面倒を見れなくてごめんね。
それでも、憎めなかった。
あの美しい光景は、愛しい国民は変わらない。
どんなに踏みにじられようとも、世界は美しく、愛おしかった。
少女は謂れのない罪を背負い、龍門と呼ばれる滝に身を投げる。
その瞬間、大きな水飛沫を上げて大蛇のような生き物が空を駆け上がっていく。
「龍だ!」
少女の裁きを見届けるものたちが口々に発する。
身投げをした少女は何を何が起こっているのかわからないまま、龍の手の平に収まっていた。
龍は王族に咆哮すると、何処へ飛んでいってしまった。
「ケロちゃん…」
少女が龍に話しかける。
『この姿でその名前は…新しく名前をつけてくれないか?』
龍が苦笑する。
「はい。」
見覚えのある鱗に頬を寄せた。
『早く行かなくては、薔薇のが暴れている。』
「薔薇の?」
龍はスピードを上げて少女の屋敷へと向かって行った。
屋敷は巨大ないばらで覆われ、仇を成そうとした輩を去りぞけていた。
龍と少女が近づくといばらは開き、彼女たちを受け入れた。
薔薇の幹は膨らみ、女性の姿をしている。
まぶたが開き、真っ直ぐ少女を見つめた。
『おかえりなさい。』
薔薇が優しく微笑んだ。
「ただいま。」
少女は棘も気にせず、薔薇を抱きしめた。
『あっ、もう!』
薔薇が棘を落としていく。
『もう、ここは騒がしいし、住んでいられないだろう。』
一息ついて龍が言った。
『そうね、行きたいところがあれば何処でもついていくわ。』
薔薇が地面からポッと足を出した。
「我儘かもしれないけれど、この国を見守れるような場所がいいわ。」
涙を浮かべた少女は笑顔でそう言った。
はぁ。
龍と薔薇がため息をつく。
『それなら龍門の奥の森はどうだろうか。』
龍が言った。
『決まりね、じゃあ行きましょう。』
薔薇は龍の背にちょこんと座った。
『薔薇の、棘は立たせないでくれ。』
少女は笑う。
龍は薔薇と少女を乗せ、森へ向けて旅立っていった。
少女は魔女と呼ばれ、触れてはいけないものとされた。
しかし、誰よりも国を愛し、人々を愛しながら少女は龍と薔薇と幸せに暮らしましたとさ。
めでたし。めでたし。