鏡文字の僕と君
僕はいつも笑ってる。
僕は誰にも嫌われないしひどいことを言われなかった。悲しみがやってきても笑いが僕の涙を引っ込めた。
だから僕はきっと幸せ者なんだろう。
……でも、君は?
君はいつだってニコリともしないし、誰のことだって知らんぷり。差し伸べられた手は悲しくちゅうぶらりんになる。そのうちみんな君のもとを離れて、そうして君は独り静かに嗚咽を漏らす。
そんなに寂しいなら手を握ればイイのに、誰かに縋ればイイのに…君は頑なだ。
僕は遠くから君を見てる。気付かれないように、そっと。
君は誰にも目を遣らず、水が溜まった足元を見つめている。この光景は今週でもう三度目だ。上から囃し立てるような声と手鳴らしが風に運ばれ僕の耳にも届いた……まったくひどい音だ。呆れてしまうよ。
君は、どうしても上を向きたがらない。髪から滴る雫に頬を、肩を、背中さえも濡らして、なおも口を結んで突っ立っている。
ねえ、たまには言い返したって良いんじゃない? 君がそうして何が変わるでもないけれど。
僕は言いたい。けれども言わない。遠く近いこの場所からただ君の挙動を眺めているだけだ。
冷たいのかな?
君はみんなが窓際を離れてしまうのを待って、震える。強く噛み締め過ぎて血が出ていた。君の痛みが僕の心にも伝わればいいのに。僕は笑う。ほらね、君は馬鹿なんだ。悲しい人になりたくなくて悲しい人になってるんだ。
僕が君の代わりに言い返してやろうかな?
次の日、君は寝込んでしまってみんなの前に現れることがなかった。とても珍しい。惨めになりたくなくてムキになってアイツらと勉学をともにしていた君。馬鹿だと思っていたけれどほんのちょっと愛しさもあったんだ。
「君たち、こんなことして何が可笑しいの? いい加減にしてよ」
僕の言葉にクラスメイトたちは焚き付けられた。制服の襟に縫い付けた糸がほつれて一つボタンが飛んでいく。
……どうしてだろう。どうしてみんな辛い方へ自ら進んでいくのかちっとも分からないや。
結局、はむかったことでからかいは加速し、君は苦しんだ。ごめんね。こうなるって思わなかったんだよ。
僕は君を見ていて飽きないけれど、君はもう飽きちゃったんだね。ずっと俯いていたというのに、ある日急に君は自身を取り戻した。鈍色の光が君の首に飛び込んでくる。そのあとには真っ赤な花火が小さく打ち上がって消えた。
……最後の最後にやっと君自身の抵抗の意志が見られて僕は満足だ。
僕は笑った。君もとうとう足元の中に僕を見つけて笑ったようだった。見間違いじゃなければ僕は嬉しく思う。への字口も今頃はちょうど鏡を通してみたような形をしているんだろう。
約一年ぶりの投稿で書き方が変わってしまっているかもしれません。リハビリ作品です。