第二話 神様からの依頼
投稿ペースを考え直し話を分割して再投稿しています。
既にお気に入りに入れてくださった方にはお詫び申し上げます。
どす黒い気の塊のような怪物たち――私たちはバグと呼んでいるけど、そいつらを倒すのが私たちの役回りである。
奴らが突如この世界に表れたのは今から二週程間前の話。彼らは意思を持ったようにここら一帯の神社を襲い始めたそうだ。そして既に幾人かの神様が彼らの餌食になっているらしい。
神を喰らい、幻想を糧に生きる謎の電子生命体。それらが現れた原因はいまだわからないけど、神様たちは今もその存在に苦しめられていると聞く。
力も衰え、自分たちの手に余ると判断した神様達は初め、力の有り余っている幻想郷の人々に来てもらって暴れさせ、厄介な蟲を駆除してもらおうと考えたらしい。
しかし、既にこの街には何者かの手によって幻想の力を持つ者から力を奪う特殊な電波のようなものが張り巡らされていたそうだ。
そんな常に毒の沼地のような地形の中で戦っていては、いくら血気盛んなチンピラ集団みたいな幻想郷の人々でも手も足も出ない。そこで神様たちはそんな電波から幻想郷の人々を隔離し、有り余る力だけを利用しようと考えた。
彼女たち幻想郷民が現在スマホの中で過ごしているのもそれが理由である。この中は神様の張った結界で守られていて幻想郷から来た人たちがこちらの世界で安全に、そして快適に暮らせるようサポートしているのだとか。
そして、そのスマホの持ち主で彼女たちの代わりに戦う存在として選ばれたのが,私たち外の世界の人間である。
こちらの世界の人間は幻想郷の人たちと違って耐性を持っており、幻想の力を打ち消す電波の影響を受けにくいらしい。
そんなこんなで、私たちは幻想郷の人々から莫大なエネルギーを受け取ってわけもわからない怪物たちと戦うよう依頼され、いつ終わるのかわからない戦いの日々を送るようになったのである。
こんな長い内容のメールが十日ほど前、約三十人近い人たちに送られたそうだ。差出人の欄には『電脳世界の神様』とか書いてあったけど……。
とても砕けた文体で、一見ただの迷惑メールだったよ……。
一緒に添付されてた強制コネクト機能がなければきっと誰も信じてくれなかっただろうな。
私たち人間側は霊夢たちと初めて会ったとき一度だけ強制的にコネクトをかけられている。それによって異能の力も非日常的な話もすんなりと受け入れることができた。
もともとコネクトは常に微力な幻想の力を発生させてバグをおびき寄せるエサとして考案された機能らしいので迂闊に使うことは禁じられているのだが、私たち人はこれを神様からのアルバイト代として良いように利用させてもらっている。
霊夢もその考えに賛同してくれているわけではないが、どんどんバグをおびき寄せて狩っていくスタイルの方が性に合っていると言って、特に制限することもなく力を貸してくれることには協力的だった。
「ねぇ霊夢。バグって、後どれくらい残ってるのかな?」
ふと気になったので霊夢に直接聞いてみた。
「さあね?でも早く全部倒してくれないと迂闊にこの中から出られないし……。黒幕がさっさと出てきてくれれば一番助かるんだけど」
「黒幕って?霊夢はこれが誰かの仕組んだものだって思ってるの?」
「そりゃそうでしょ?こんな街全体を取り囲むように私たちの力を奪ってくるなんて用意周到なこと、あんな蟲どもだけできると思う?」
私は少し考えてから首を横に振った。
バグたちはエサを求めて本能のまま襲ってくるという感じで決して、何かを考えて動いているわけではない印象があったからだ。
「だったら誰かが裏で糸を引いてるとしか思えないじゃない?」
「へぇ。なんか色々考えてるんだね~」
「まあ、まだ確証は持てないし、半分は勘でそう思ってるだけよ。異変解決なんて仕事をしてると、どうしてもね……」
霊夢はこれまでに何度も大きな異変を解決してきたらしい。
世界を紅い霧で満たした吸血鬼をぼこぼこにしたり、春を奪って冬を長引かせた亡霊を退治したり、満月を隠した月の罪人の屋敷に殴り込みに行ったり。まあ、その殆どが力技だったらしいけど……。
でも、異変解決のプロであることには変わりない。
だとしたら、これ以上頼りがいのあるパートナーは他にはいないだろう。
「なにニヤニヤしてんのよ?気持ち悪いわねぇ……」
「別に、なんか、頼もしいなって思っただけ。霊夢もついてるし、私たちの他にもたくさん戦ってる人がいるんだろうな~って思ったらちょっと気が楽になったかなって」
正直、バグと戦うのは怖いけど今の生活は全然悪くはない。むしろ楽しいし、退屈な日常に新しい風が吹き込んだというか、人生で一度はこんな漫画みたいな生活を送るのも悪くないかなと、私は事態を甘く捉えていた。
「ふ~ん。あっそ。まっ、やる気になったのならよかったけど。あんた、何か勘違いしてるんじゃない?」
「え?何?勘違いって?」
「……もしかして、もう昨晩のこと忘れちゃったの?あんたが戦わなきゃいけないのはバグだけじゃないってことよ」
「…………」
昨晩のことは決して忘れていたわけじゃない。ただ思い出さないようにしていただけだ。
あの悪夢のような現実を一晩で忘れられるはずがなかった。
昨日の夜、バグを倒して帰ろうとしていた私たちの前に表れた紅い悪魔のような男。突然現れたあの男は神様が用意してくれた防御結界すら張らずに公園内を暴れ回った。
私がすぐに結界を張ったからよかったものの、もし張っていなかったら公園は今頃荒れ放題で近隣住人にも姿を目撃され大騒ぎになっていたに違いない。
それくらいめちゃくちゃな奴だった。
「うん、もちろん覚えてるよ。まさか、バグを隔離して戦うための結界を人に使うなんて思ってなかったから……」
バグは普通の人には見えない。けれど現実に干渉することができ、私たちは被害を最小限に抑える目的と、一般人を遠ざけるという目的で神様からもらった特殊な結界を張って戦っている。
これさえ張っておけば私たちの姿が周りから目撃されることはなく、私たち自身も周りから騒がれることなく普通の生活を送ることができるのだ。
「ねぇ、霊夢。あの人は味方……とは思えないよね?だったら、敵なのかな?」
「ん~さぁね?でも、あの男のパートナーのことならよく知ってるわ」
「ああそういえば、フランとか言ってたっけ?その子ってどんな子なの?」
できればすごく大人しくて、とっても優しい子っていう答えが返ってくることを期待していたが、実際に返ってきたのはその真逆の答えだった。
「とにかく何もかもがぶっ飛んでるわね。一度暴れ出したりしたら、止めるだけでもかなり骨が折れるわ」
「骨がって……それ、物理的にじゃないよね?言葉の例えだよね?」
「気を抜いて舐めてかかれば物理的にも全然アリな子よ。あれの姉も結構苦労してるみたいだし……」
背筋に寒気を感じた。そんなとんでもない子とあんなデンジャラスでクレイジーな男がペアだなんて、神様は一体何を考えて人選したのだろう?
あみだくじでもやっているのだろうか?
「うぅ……。なんか、一気に戦意喪失だよ……」
昨夜は明け方近くまで戦って何度か死にかけたし、向こうが勝手にいなくなってくれなかったらきっと私は今頃、棺桶の中で開けることのない夏休みを過ごしていたに違いない。
恋に遊びに勉強に忙しい華の女子高生としては、まだまだ生きて青春を謳歌していたいのです。
「そんな弱気にならなくても大丈夫よ。確かにフランは気が触れてることもあったけど、今は比較的安定していたはずだし。ものすっごく多めに見れば、良い子と言えなくもないから。襲ってきたのにもきっと何か理由があるはずよ」
「珍しく元気づけてくれてるけど、それ全然フォローになってないよ。むしろ昔は気が触れてたとか不安倍増だよ……」
「いや、そこまで怯えなくてもいいとは思うけど。……でも、そうね。確かにここは慎重に動いた方がいいかもしれないわね。あの状態だと言葉もまともに通じそうにないし、何より力の差を見誤ったのは事実だわ」
霊夢の目測では敵も素人同然なのだから簡単に押し勝てると思っていたそうだけど、あの男は霊夢が思っていた以上に力を使いこなしていた。
『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』そんな力を持つものが今この街に野放しになっているというだけでも恐ろしいのに、身体能力やスペルの使い方までも私たちより上となると、一人では手の出しようがなかった。
「出雲に避難してる神たちもバグが街の外に出ないように抑えるだけで精一杯って話だし、担当の神には連絡すらつかないし……。私たちだけで何とかするしかないとなると、せめてもう一人か二人は味方が欲しいところね」
「じゃあ、当面の目標は協力してくれそうな人を探すこと?」
「そうね。それと並行してバグも倒していかなきゃいけないから、これからもっと大変になるわよ?」
「うへぇ……」
今日から二学期開始だというのに、始まって早々ものすっごく忙しそうだ。
二学期は体育祭に文化祭と特に大変なイベントごとが重なるというのに。これからの学校生活がとても不安に感じられる。
「あぁ。できればすっごく強い人が味方になってくれないかなぁ……。そうすれば私たちの負担もすっごい軽くなるのに……」
「そんな贅沢言ってられないでしょ?とにかく次に会ったやつがバカじゃなければそれでいいわ。バカじゃなければね!」
霊夢の幻想郷民に対する印象がすごく辛辣だった。
「そうだねぇ……。バカじゃないといいねぇ。でも、そんなすぐには会えないだろうし。とりあえず今は細かいことは抜きにして楽しい学園ライフを満喫するとしますか」
霊夢とおしゃべりしていたら時間は直ぐに経過し、目の前には我が学び舎『東校』の大時計塔が聳え立っていた。
「ふぅ。約八分ってところかな?予鈴前ぎりぎりだったね」
時計台の長針は予鈴二分前を差し示し、早く校舎に入れとばかりに威圧してくる。
高層アパートの屋根から人気のない路地裏に降りてコネクト切ると私は校門を目指してゆっくりと歩き始めた。
少し疲れたけどそれほど息は上がっていなかった。やっぱりこの力はとても便利だと改めて思う。これからも積極的にお世話になっていきたいものだ。
「いやぁ~、間に合ってよかったよかった」
「はぁ、まったくあんたは……。明日はもっと早く起きるようにしなさいよね?そうすればもっとゆっくり朝食も取ってこれるのに」
霊夢がいつものように軽い悪態をついてくる。
「なに言ってるの?元はと言えば霊夢が勝手にアラーム止めちゃうのが悪いんじゃない?」
「ふんっ、何回鳴らそうとあんなに熟睡してたらどうせ起きやしなかったでしょ?ぎりぎりでも起こしてあげたことに感謝してほしいくらいよ」
「なっ?そういうこと言っちゃう!?だって仕方ないじゃない?!寝たのは明け方だったし、昨日はすっごく疲れてたんだから。悪いのは私じゃなくって……?」
「私だって同じよ!疲れてたからもっとゆっくり寝ていたかったのに安眠妨害されたらそりゃキレて当然……?」
二人して朝の文句をぶつけ合った。けれど怒りの矛先が徐々に目の前の相手からズレてきていることに私たちは気がついた。
「……そうよ、元の元を辿れば、私たちどっちも悪くないんじゃない?」
「そうね、元はと言えば、場所も時間も弁えずにあんなところで暴れまわってるあのふざけた野郎が一番悪いと思うわ」
二人の意見が思わぬところで合致した。
二つ分の怒りの矛先は今、私たちの睡眠時間を大幅に奪ったあの男にがっちりと固定され始めていた。
「ねぇ、霊夢。なんか私、すっごくやる気がわいてきちゃったかも……」
「あら、頼もしいじゃない?じゃあ、今度あいつに会った時は新しい味方も引き連れて全力でぶっ潰しに行くわよ?」
「うん、そうだね」
二人して顔を合わせてニコニコと笑みを交わす。
さっきまではあの狂気じみた男が敵なのか味方なのかハッキリせず、すごくモヤモヤとした煙たい気持ちでいっぱいだったけど、今ではふつふつと湧き上がる怒りで心の中が真っ赤に燃えさかり恐怖心さえどこかへ行ってしまったようだ。
このとき私の喪失した戦意はいつの間にか頂点にまで達しかけていた。
「紅い悪魔だか何だか知らないけど、食べ物の恨みと同じくらい睡眠の恨みが恐ろしいってところ、見せてあげようじゃないの!」
校門前ということも忘れ私は天にこぶしを突き上げて高らかに宣言する。『打倒!変質者!』っと。
こうして私たちの決意は、突発的な怒りによってすんなりと固まった。
あとから人に聞いて知ったことだけど、そんな単純バカな行動が私を変に悪目立ちさせていたらしい。
学校内ということもあり、霊夢は既に話すのを止めていて恥をかいたのはもちろん私一人だけだったのは言うまでもない。
それにまだ何人かの生徒が付近を往来していたらしく、周りからの白い視線の中心にいた私の姿はとても痛々しかったという。
ゴーンと予鈴のチャイムが鳴る。できればもう少し早く鳴って私の痴態を隠してほしかった。
だけど、この宣言が私にこれから戦うための活力と、一緒に戦ってくれる仲間を与えてくれたことは決して間違いではかった。
今日から始まる二学期。新しいパートナーに新しい仲間たち。平穏な日々は崩され、平凡な日常が壊されていく。
このありふれた現実の中で幻想が入り交じり、今、壮大な大戦が始まろうとしていた。
初めてでわからないことも多いですが、これからも頑張っていきたいです。