懺悔・一
ちょっとした物です。
嗚呼! 僕は何という事をしてしまったのか! 幸福など、ほろ苦い愛と、甘酸っぱい友情とで充分に感じられると云うのに。下卑た情を振り翳したばっかりに、其れをすっかり忘れていた。やおら会いたくなる衝動と、破廉恥な妄想で凡てを汚してしまった。之以上に馬鹿げた事が他に有ろうか。無い! 決して無い! 其れでも、僕は生きていても好いのだろうか。此の後に及んでまだそんな子供染みた自由を願う。其れこそ、罪ではなかろうか。生きる事こそが原罪であると云うのに……。
度が過ぎる程に年を取った。勢い転じて幸と成すとは、最早到底云われない。四半世紀を生きたのだから。何事をも成し得ない。従って生きている実感など既に無い。飯を喰うのは、明日、同僚達に迷惑を掛けぬ為でしか無い。只在るだけなら、何者にも一通りの道筋が有り、其れは凡てを凌駕する。たとい、神とか仏とか、そんな者が居たとしても、其れの示す路を行く必要など無いのである。下らぬ社会の中、愚かにも自鬻の渦中に在って、指図される覚えは無い。従って、生きる意味を問うのである。判然云って置くが、僕は愚劣なる社会の被害者である。凄まじき偏見の、正しき真ん中に立ち、冷たい風に吹かれ、凍える様な寒さの中、“白い綿”の降るのをじっと耐えて来た。好い加減、好い心持ちになりたい。然し、其の加害者は、実は僕自身であるのだ。一等と呼ばれなくとも、上等な仕事はして来た。だのに、何処かしら、特に、脳に異常の有る者は何れ程優れていても優遇されない。然も、一日の半分程しか平常で居られない。然し、其れの何処が悪いのか。誰に対して済まないのか。と、問えば、皆はこう云う。「おれたちにとって都合が悪い」のだと。ならば、僕は何処へ行けば好いのだ。人の気配の無い処か。其れは其れで好い。けれども、最期の始末に金が掛かるだろう。其れすら要求するのか。生き地獄とは能く云ったものだ。其の通りだと思う。此の世界で幸福を得られるのは不具でないと云う条件付きだ。……馬鹿たれ共が。下らぬ事を。命の重きはそんな基準に当て嵌めてよいものではない。秤に掛けるなら、先ず己の心臓を捧げよ。“羽”より軽いのか? そんな筈があるまい。ハハハ。君達は隷従の裡に、知らぬ間に幸福と云う名の形骸を纏わされて気付かずにいるのだ。そして、猶も幸福であると呆座いているのだ。之がアイロニーでなくて何だと云うのだ。詰まり、本末転倒なのだ。或いは、傲岸不遜であるのだ。云って置くが、君達が偉いのではない。紙の上等なること、其の枚数に因って決められた位置に居るのだ。其れも、決して働きに因ってではない。只、持っているか、いないかだ。銀行に行けば能く分かる。特等の部屋が有るのだから。其処へ招かれない者は、決して大仰な事を云うな。他の者達と一般であると自覚せよ。嗚呼! 何という愉悦。普段見下している者達への審判。其の自由だけは、僕は持っているのだ。たとい、寒空の下に生きようとも、何の様に蔑まれようとも、其の自由は取りも直さず、僕の物なのだ。
何時終わるか分かりません。