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懊悩の淵  作者: 粘土
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 愚かしい夢を見た。此の世界に於いて、全く何も出来ない、何事をも成せないわたくしが主人公であった。

 何時いつにも増して、其の存在を証明しようと企み、意地汚く他人を妬み、然し、其れは私の所為では無いのだとのたまっていた。のような言い訳も、気の利いた御世辞さえも通じないと解っていたのに。悲しきかな、其れはやはり夢である。己の都合の好いように出来上がっていた。

 私を囲む連中は、意味も無く私に喝采を浴びせた。思い出せば忌々しい限りであるのに、夢の中の私は其れを愉快と感じ、みなに笑顔を振り撒いた。

うだい? 大したものだろう?」

 そう云って威張っている私は、本来を知らないで居た。実際を知らないで居た。然し、夢の中であるから、そんな遠慮は無かった。不躾でしか無い筈の意味の無い言葉を連ね、其処へ自らの思想を易々と論じているのであった。

「僕等はう在っても芸術的なのだ。生きるという事からして、先ず芸術なのだ。見給え、世間の仰々しさを。彼等の云う世界とは如何にも栄光の奴隷だ。又、其れに隷従するのみだ。けれども、僕等は自由と云うものを持っている。詰まり、等しく在る必要など無いのだ」

 まるで下らない。そんな事で生きて行かれるなら、一々誰も苦労はしない。然し、夢に於いて正当性を求める事は出来ない。私のぐるりを囲む者達は皆一様に沸き上がり、無為に昂奮し、大きな声で何だか判らない唄を歌うのである。

「止し給え。君達の心は解っているから。もう充分に解っているのだから」

 何の事だか、さっぱり判らない。夢に居座る“僕”と云う名の私が、如何いかにも気取って云うのである。何時の間にかいたともしびにてらてらとあぶり出された顔を、あたかも器量良しの女人にょにんに向かう程に調子好く魅せようと必死なのである。

「構わないよ。もっと気取って見給え。ロマン派だよ。きっとそうに違いないよ」

 馬鹿馬鹿しい。うるさはえと一般だ。美しさとは目に見える物だけでは無いと云うのに。不愉快極まり無い。インコがパートナーに寄り添う為に声色を真似るのと一般だ。同じ鳥でも、十姉妹じゅうしまつの方がずっと好い。彼らはひどくさいが、さえずる声は空気を彩る。素晴らしいではないか。

「そんな事は無い。声は大きい方が好い。美しくなくとも」

 それ見ろ。阿呆は何も解っちゃいない。上等な紙入れで造った家より、掘っ立て小屋の方が好いと云う事も有るのだ。

 阿呆だ。皆阿呆だ。私は其処に居るのを忌む。愚かな夢は愚かでしか無いのだ。皆、消え去れ! 私の心は其れ程に易くは無い。上等なのだ。少なくとも、へいより下では無いのだ。見誤るな。

 私は其れだけを云いたい。


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