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8冊目 獣の少年



「いや、姫様! 牢獄って、犯罪者を雇うのですか!?」


 シルフィードが慌てて私の前に回りこむ。

 そして、扉の前で身体を張るように立ち塞がった。


「いくら騎士団や傭兵より安く雇えるとはいえ、それはないですよ! 万が一、こちらに牙をむいてきたらどうするんですか? 私では太刀打ちできませんよ!!」


 たしかに、それは一理ある。

 いくら安さを重視したところで、こちらが殺されてしまったら意味がない。でも、それを考慮せずに牢獄へ向かうわけではない。私は腕を組むと、堂々とシルフィードを睨みつけた。


「もちろん、騎士団の方が信用できるわ。

 でも、ここでいきなり引き抜くわけにはいかないし、彼らの仕事を邪魔するわけにはいかないもの」

「しかし、姫様。王族の頼みとあれば……」

「それに、彼らの子息が学園にいないとは限らないじゃない」


 「この騎士、良いな」と感じて雇ったとしても、ほとんどの騎士が貴族出身だったりする。

 貴族出身ということは、学園に子息がいる可能性も高い。派閥の上下関係も考えると、非常に厄介な問題になってくる。

 シルフィードは完全に平民出身で後ろ盾も何もないので気にしなくて良いのだが、新しく雇った従者が派閥だのなんだのに関係してくると、その従者の派閥に肩入れしたと思われてしまうかもしれない。つまり、監査官として公平に審査することができなくなってしまうのだ。


「もちろん、平民出身の騎士もいるだろうけど、そういう騎士たちは僻地へ任官されるんでしょ? 城周辺にいたとしても、それは引き抜きできないほど出世しているわ」

「それは、そうですが……でしたら!」

「傭兵を雇うという方法も考えたんだけどね」


 シルフィードが反論する前に、とっとと反論の糸口を潰すことにした。


「傭兵は、金で左右される。……私は安給しか出せないから、それ以上出されたら、簡単に寝返ることだって考えられるでしょ」

「それでしたら、牢獄の犯罪者も同じですよ! むしろ、そっちの方が金に汚いですって」

「いいえ、違うわ」


 私は、シルフィードの目をしっかり見つめた。


「今回、あたるのは近々死刑が決まっている者たちのみ。

 そのなかに逸材がいたら、死刑を免除する代わりに、私に仕えるよう契約を交わす。金をいくら積まれても、命より高い報酬はないでしょ?」


 命を助ける代わりに、私の従者として働く。

 もし、私に悪意を持った連中が「金を払うから裏切れ」と命令してきたとしても、私に命を助けてもらったことへの恩義は忘れないだろう。むしろ、恩義を感じそうな逸材を探す。そうすれば、多少給金が安くても、絶対に私を裏切らない従者が出来上がるはずだ……たぶん。


「もちろん、逸材がいなかったら傭兵に当たるつもり」


 そう付け加えれば、シルフィードは渋々ながらも納得してくれたらしい。私の後ろに下がり、道を開けてくれた。


「ですが、姫様。逸材がいないと判明したら、早々に引き返してくださいね」

「もちろんよ。分かってるわ、シルフィード」


 私は、まっすぐ牢獄へと向かった。

 牢番は非常に驚いたようだが、特に止めることなく私を引きいれてくれる。どうせ、危険な犯罪者は牢に入っている。そこから抜け出すことはできないし、私に危害を加えることはないと判断したらしい。

 私は死刑囚が収監された牢へと続く階段を降りながら、ふと牢番に尋ねてみることにした。


「ときに、死なすにはもったいない逸材はいますか?」

「もったいない逸材、ですか?」


 牢番は私の質問に、困ったような返事をする


「とくにいないと思います。

第一に、ここから先にいる人物は罪人ばかりです。姫様のお眼鏡にかなう人物がいるとは、とても……」


 牢番は、想定通りの言葉を口にした。


「まぁ、期待していないわ」


 忠誠心が高くて、腕も立つ上に、貴族とのつながりがない死刑確定人物。

 そんな逸材、いるわけがない。だいたい、そんな人は犯罪に走らないだろう。


「こちらになります」


 牢番は、厳重に閉ざされた扉に鍵をさしこんだ。がちゃり、という音が異様なまでに重々しく感じられる。私とシルフィードは牢番に案内されるがまま、最下層の牢へと足を踏み入れた。


「……なるほどね」


 小汚い男や老人が、檻の中で暗い顔をしていた。どいつもこいつも、膝を丸めて屈みこんだり、寝転がったりしている。どの死刑囚も、生きようとする意志を感じられない陰鬱とした目をしていた。

 いや、生きることを諦めてしまったのだろう。


「帰りましょう、いませんよ」


 シルフィードが耳打ちしてくる。もっともな判断である。こんなところに、逸材がいるわけもない。だんだん、私も憂鬱な気持ちになってきた。


「……そうね」


 ここに、逸材がいるわけがない。

 私はシルフィードの言葉にうなずき、引き返すことを牢番に告げようとした時だった。


「殺す!殺してやる!ここから出しやがれ!!」


 悲鳴に近い叫び声が、奥の方の檻から響いてきた。あまりの叫び声に、おもわず耳を覆ってしまう。牢番は舌打ちをすると「またか、あの野蛮人め」と呟いた。


「リディナ王女様、お気になさらず。いつものことです。気が触れた野蛮人がいるのですよ」

「野蛮人?」

「ええ。3日後に処刑される男なのですが、眠っている時以外、あのように叫びっぱなしなのです。寝てるときも寝言がうるさくて、うるさくて……」

「そうなの?」


 少し、興味を覚えた。

 生きる気力を失った者が目立つ牢獄で、彼だけが威勢よく叫んでいる。叫んでいる内容はともかく、とりあえず「生きていたい」という気力だけは感じることができる。

 他の囚人より、少しは使えるかもしれない。


「ひ、姫様っ!」


 私は、気がつくと奥の牢へ足を運んでいた。シルフィードが声をかけて来るが、気にしないで歩き続ける。


「この人ね?」


 薄汚い少年だった。

 鳶色の目は異様なまでに爛々と輝き、赤銅色の髪を振り乱しながら暴れている。何度も何度も檻に体当たりをかましたり、噛みついたりしている。身体にはいく筋もの傷の後があり、まるで獣のようだ。


「絶対に、皆殺しにしてやる! ここから、出しやがれ!! 卑怯者ども!!」

「……卑怯者?」


 私は牢番に説明を求める。牢番は、めんどうくさそうに説明してくれた。


「こいつは、山賊討伐のときに捕まえた奴です。年齢の割には腕が立つ奴だったらしく、眠り薬を塗った矢を5,6本打ち込んだところを捉えたと聞いております」

「……それは、卑怯ね」


 騎士団の戦い方は、よほどのことがない限り「騎士道」に基づいた正攻法だ。その慣例を破り、矢で遠くから罠にはめるなど騎士道にあるまじき行為。卑怯者と罵られても不思議ではない。


「つまり、この人は自分を捉えた騎士を殺したいと?」

「いえ、そうでもないらしく……」


 牢番は私の耳元に顔を近づけると、小さな声で理由を口早に説明してくれた。


「どうやら、仲間に裏切られ、囮にされたらしいです」


 だから、仲間だった山賊を殺したいほど憎んでるのか。

 私は、山賊だった少年を再び見定める。この国の騎士団に卑怯な手を使わせた、ということは、それほどまでに強かったということに他ならない。しかも、彼は14,5歳の少年だ。


 ……今後の伸び代のことまで考慮すると、これは間違いなく「買い」だ。


「名前は?」


 私は少年に問いかける。だが、少年は私の言葉など耳に入っていないのか、「殺す、殺す」と雄叫びを上げるばかりだった。


「無駄ですよ、姫様。こいつ、意思疎通できない獣なんです」

「無駄かどうかは、私が決めます」


 牢番は文句を言いたそうな顔をしていたが、その牢番の肩をシルフィードが叩く。


「……姫様が諦めるまで、付き合いましょう。姫様は、強情ですから」


 さすが、シルフィード。

 長年、私の従者をしているだけあり、ずいぶんと私の扱いを心得ている。内心、感心しつつ、私は少年に質問を続けた。

 名前に始まり、出身地や年齢。好きな食べ物や趣味など。ありとあらゆることを質問したが、それに対する応答はない。あいかわらず、自分を裏切った山賊への復讐の言葉を呟くだけだった。


「……」


 コミュニケーションをとることは、ほとんど不可能。仕方ないから、さっさと本題に入ることにしよう。

 私は少年の前で、指を三本立てた。


「3日後、貴方は処刑されるわ」

「……」


 ここで、ようやく少年の動きが止まった。

 まるで憑き物が落ちたかのように、ぴたりと暴れるのをやめ、私の指を凝視していた。



 どうやら、まだ自分が処刑されると認識していなかったらしい。


「死にたい?」


 私が問うと、少年は何度か口を開けたり閉じたりを繰り返した。何か言おうとしているみたいだが、口に出すことができないらしい。私がもう一度尋ねると、少年は力尽きたように床に座り込んでしまった。

 私が「あー、この少年も他の囚人と同じだったか」と思い始めた矢先、少年の震える唇が動いた。


「……生きたい」


 鳶色の瞳に、じんわりと涙が滲み始めた。

 少年は両手を冷たい床につけ、小刻みに震えている。右手の指には、たこが出来ていた。実力に見合う回数、剣を振るい、その剣を仲間だった山賊に捧げてきたのだろう。


「俺は……生きて、奴らに復讐するんだ!」


 狂気で彩られた瞳からは、ぽたぽたと涙が零れだした。

 少年に残された時間はあまりにも短く、そして待ち受ける未来は絶望的だ。3日後には、復讐を遂げることなく命を散らすことになる。


 ここまで命に執着しているなら、取引きできるかもしれない。


「生きたいなら、私に従いなさい」


 この少年を失うのは、あまりにも惜しい。

 私は、にっこりと微笑みかけた。


「週休0日で、私に忠誠を尽くす護衛騎士になること。

 給金は出すし、温かい食事も用意するわ。その代わり、私には絶対服従。そうね……たとえば、私が敵を殲滅せよ!と命令したら完膚なきまでに殲滅し、私が足を切れ!と命令したら、迷うことなく足を切り落とすこと。常に私の盾になり、剣になりなさい。

 この条件を飲めるなら、命だけは助けてあげる」


 傲慢な条件だ、と自分でも思う。

 この条件では、たいして奴隷と変わらない。はたして、この少年が条件をのむだろうか? 私だったら、たぶん受け入れることができない。でも、少年は命がかかっている。この条件を断ったら最後、3日後に待ち構える運命を避けられないだろう。


「俺は……」

「明日、また来るから、その時までに答えを用意しなさい」


 私は、少年に背を向けて歩き出す。


「待て! いや、待ってください!」


 2,3歩歩いたところで、少年の声が牢内に響き渡った。

 私が振り返ると、少年は片膝をついていた。右拳を左手のひらで受け止めるように組み、頭を深く垂れさせている。


 この王国における最高位の礼であった。


「ガルーダ・ヴェルヌ、貴方に忠誠を誓います」


 そこにいたのは、さきほどまで暴れていた獣ではなかった。

 赤銅色の髪をした傷だらけの少年だ。鳶色の瞳は、いまだ狂気を帯びていたが、幾分かおさまっている。


「ガルーダ・ヴェルヌ」


 私は、少年の名前を呟いた。

 ……この傲慢な条件を飲んでもなお、彼は生きたいと願った。

 それほどまでに、裏切りが許せなかったのだろう。


「第13王位継承者 リディナ・ライム・ベルジュラックの名において、貴方の忠誠を受け入れます」


 私は、少年の忠誠を受け入れる。

 垂れさがってきた髪の毛を耳にかけながら、今後のことに思いを馳せた。



 これから父上に話を通さなければならないし、手続きのための書類作成など事務処理も沢山ある。それを考えると気が遠くなりそうだったが、これも安給金の逸材を手に入れるためだ。


「さてと、これから忙しくなるわね」


 私は笑顔を浮かべながら、次にやるべきことへ思いを馳せた――


「あれ、貴女がここにいるの!?」


 が、そう簡単に物事は進まない。

 可愛らしい声が牢獄の入り口から響いてくる。私は、弾かれたように声の方へ視線を向けた。


「それは、こちらの台詞です」


 私は逆に問い返してしまった。

 そこにいたのは、絶対にここにいるはずもない令嬢だった。


「どうして、ここへ来たのですか?


 ソフィー・アタランタ子爵令嬢?」


 




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