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7冊目 兄様の想い人と新たな問題



 ソフィー・アタランタ子爵令嬢は、実に可愛らしい。



 容姿は稀にみる一級品だ。特に「可愛らしさ」に関しては、王国の姫全員が束になってかかっても敵わないのではないだろうか?

 ……まぁ、美しさで勝負したら、ルイーゼ姉様たちに負けることは確定しているが。少なくとも、年相応の可愛さで勝負したら負け知らずだ。


「ソフィー・アタランタ嬢の評価。纏めてまいりました」


 城の自室に帰るや否や、シルフィードが資料を差し出してくる。私はその資料を受け取ると、愛用の椅子に腰をかけた。


「……見事なまでに、男女の評価が分かれてるわね」


 シルフィードが作成した資料を一瞥し、苦笑いを浮かべてしまった。


 男子生徒たち曰く「ソフィー・アタランタは誰にでも優しくて、料理が上手くて、健気で頑張り屋で、清楚で笑顔が可愛い子」らしい。

 一方の女子生徒からの評価は「ソフィー・アタランタは男限定で優しくて、取り巻きに自分の荷物を運ばせるなどの面倒な仕事を押しつけ、男に笑顔を振りまくビッチ」だそうだ。


「……まぁ、取り巻きに荷物を運ばせる云々はしかたないわ。子爵令嬢だから、従者を連れてくることができなかったのかもしれないし……。


 シルフィード、貴方の意見はどう?」


 とりあえず、シルフィードの意見を聞いてみることにする。

 シルフィードは「そうですね……」と軽く宙を仰ぎ見てから、口を開いた。


「まだ、実際に令嬢の姿を拝見したことが1度しかありませんので、詳しい感想を述べることはできません」

「第一印象でいいから」


 私は、資料に目を通しながら問い返した。シルフィードは「個人的な意見ですが」と前置きしてから感想を述べた。


「非常に前向きな方だと思います」

「そうね、前向きだったわ」


 はしたないくらいに、という言葉を心の中で付け加える。

 

 あのあと、始業のチャイムが鳴り、兄様と別れてしまったが……別れるまでの間、ずっと甘ったるい空間を展開していた。



 具体的にはソフィーが「まぁ、妹さん? 意外に可愛らしいわね」と言えば、アルフォンス兄様が「いや、君の方が可愛らしいよ」と返し、ソフィーは「そんなことないわ。私は確かに可愛いかもしれないけど、幼い可愛さには負けるもの」と微笑みながら、アルフォンスの手を握る。それに対してアルフォンス兄様は「君には、リディナにはない可愛さがあるじゃないか。君以上に可愛らしくて優しくて愛らしい女性はいないよ」と褒める。


 これの繰り返し。すなわち、エンドレス。


 途中、宰相の息子なる容姿端麗なイケメンが現れ、この桃色空間を破ってくれるかなーと期待した。

 しかし、宰相の息子は「ソフィーは私の女性です。離れなさい、王子」と空間をさらに拡大させやがった。「どちらが、可愛いソフィーを愛しているか」という論争になり、ソフィーは2人の間で「もう、私のために争わないでー!」と嬉しそうに叫ぶ。



 私とシルフィードは完全に傍観者で、三文芝居の観客と化していた。



「3人のやり取り、周囲の反応は覚えている?」

「はい、男子生徒は頬を赤らめながら令嬢に見惚れ、女子生徒は侮蔑の眼差しを向けていましたね」

「まぁ、そうなるわね」


 女子生徒の気持ちはわかる。

 第2王子と宰相の息子が、貴族の階級でも底辺に位置する子爵令嬢と仲睦まじげに寸劇を繰り広げているのだ。しかも、本人たちは大真面目に。

 もし、2人が取り合っている相手が王族や公爵家など高い身分の令嬢だったら「まぁ、仲睦まじいこと」「悔しいけど、何も言えないわ」になるのだが、子爵令嬢だとそうはいかない。

 自分より格下だと思っていた娘が、というか実際に格下の娘が、学園内トップクラスの男を侍らしているのだ。これに不満を抱かない女子はいないだろう。


「でも、不思議ね。ああいうタイプの女性は、アルフォンス兄様の嫌うタイプだったと思うんだけど」


 私は天井を見上げながら、アルフォンス兄様が女性嫌いになった理由を思い返していた。


「アルフォンス兄様って、幼い頃、夜会で令嬢方から積極的なアプローチをたくさん受けて、それで女性嫌いになったんでしょ?

 ソフィーさんの態度……かなり積極的じゃなかった?」


 アルフォンスの名前を呼びながら駆け寄ってきたり、自分から手を握ったり――。

 これは、アルフォンス兄様が女性嫌いになった原因ではなかっただろうか? 案の定、シルフィードも同じことを考えていたらしい。


「ええ、第1王子のセドリック様は病弱でしたから、『次期王はアルフォンス第2王子様』だという噂が流れたことがありました。

 その頃から、アルフォンス様に迫る女性が急激に増え、『女は容姿と地位がある男に寄ってたかる下賤な性別だ』と思い込むようになってしまったと耳にしております」


 ソフィー・アタランタは、たくさんの将来有望で地位もあり容姿端麗な男を侍らせている。まさに、アルフォンス王子の嫌いな女性筆頭になることだろう。

 それがどういうわけか、彼の愛する女性筆頭になってしまっている。これは、たんに苦手を克服したのか? それとも、まったく別の理由があるのだろうか?


「……」


 天井を見つめてみても、ただ白いばかりで答えなど書いてあるわけがない。とりあえず、アルフォンス兄様が恋に落ちた理由を調べる必要がありそうだ。


「それよりも、姫様。1つ問題があります」

「問題?」


 シルフィードの眉間には、かなり皺が寄っていた。そんな深刻な問題は、まだ起きていないはずだが……と頭を悩ませながら、その先を促してみる。


「どのような問題?」

「はい。

 実は……姫様の威厳に関わる問題でございます」

「私の威厳? そんなもの必要ないじゃない?」

「必要ありますよ!!」


 がたんっと、シルフィードは勢いよく机を揺らした。


「いいですか? 監査官として就任したにもかかわらず、従者は私1人だけではありませんか! このままでは他の貴族子女に舐められてしまいます!」

「なに? 1人だと仕事が大変?」

「そんなことはありません! ですが、姫様が『従者を扱うことも出来ない無能な人材』として社交界に広まってしまうかもしれません。そんなことで姫様の経歴に傷がついたら、良い縁談が――」

「あー、分かった、分かった」


 彼は「自分の出世の妨げになるから、他にも従者を雇え」と言いたいらしい。

 私だって、新しい従者を雇いたい。出来れば、城から遠く離れた土地の人。その見知らぬ土地にまつわる物語を、ぜひ聞いてみたかった。

 あと、出来れば女性が良い。同性の話し相手が欲しい。

 しかし、それは出来ない相談だ。


「シルフィード、雇う金なんてないわよ」


 私は、シルフィードに現実を告げる。



 そう、金がない。



 私には、自由に使える金がないのである。

 第一、金があったら自分で人を雇って本を編纂している。国家としてではなく、私個人の道楽として。

 兄や姉たちは、私ほど金に困っていない。彼らには、「母親の実家」という後ろ盾がある。そこから金を引きだすことができるし、母親の実家の方も「王家との繋がりを大事にしたい」と際限なく援助をしてくれるのだ。



 しかし、私の母は遊女である。

 貧乏農家の娘が美貌だけで出世し、娼館の頂点に君臨した。それを見初めた父上が母を水揚げし、後宮へと迎え入れた。つまり、後ろ盾なんてなにもない。

 父上からは「お小遣い」という名の予算を貰っているが、もったいなくて使えない。シルフィードへの給金と王族の娘としてふさわしい程度の生活必需品のみ金を使い、あとはせいぜい「もしもの時のため」に備えて貯金である。



 ……前世の私も金がなくて困っていたが、今世も金に困るとは……なんだか、複雑な気持ちだ。


「余分なお金なんてないわ」

「1人雇うくらいの金はありますよ」

「もったいないわよ。シルフィードだけで十分だもの」


 事実、シルフィードは良く働く。

 私の家庭教師から始まり、書類整理にスケジュール管理まで、ありとあらゆる雑用を一手に引き受け、そつなくこなすのだ。しかも、シルフィードは貴族出身ではなく、平民から才能と努力で上り詰めた人物である。下手な貴族の子弟を従者として雇うよりも支払う給金が格段に安く済む。


 だから、彼が密かな野望を抱いていると知ってもなお、雇い続けているのだ。

 しかし、新しく雇う人物がシルフィードに匹敵するとは限らない。ここまでの人材を探すのには、かなり苦労したのだ。また、あの苦労を繰り返すことになるのかと思うと、気が遠くなる。


「監査官として正式に就任するまで、あと3日しかないのよ。

 それまでに、シルフィード並みに仕事ができて、シルフィード並みに休みなく働いてくれて、シルフィード並みに安い給金でも文句を言わない従者が手に入るわけないじゃない」

「……私も休暇と給金を、もう少し弾んでもらえると嬉しいのですが……」


 ぼそり、とシルフィードが不満を口にしたが、無視することにする。

 考えてみれば、かなりブラック企業な職場だろう。だけど、彼の身分と立場で考えると、これでもかなり優遇した給金をしているつもりだ。彼が他の貴族の屋敷で従者をするなら、仕事量も半分に減るかもしれないが、その代りに給金は5分の1以上減る。


 ……滅多に休暇をあげられないのは、申し訳ないと思うが……うん、私は彼を優遇している。そう思うことにしよう。


「姫様、私は文官です」


 シルフィードは疲れたように肩を落とした。


「監査官という仕事は、恨みを買います。闇討ちされる危険性だってあるのです」

「そうね、それは覚悟してるわ」


 多少は、王族の娘として護身術程度は嗜んでいる。だが、それは闇討ちする方も知っている。だから、護身術を打ち破るほどの達人が送り込まれてくることは間違いないだろう。

 そこまで考えて、シルフィードが何を考えているのか悟った。


「つまり、シルフィード。貴方の力では敵を防ぎきれないと?」

「……これでも、多少なりとも武術は心得ております。しかしながら、私1人で護りきれるとは限りません」


 シルフィードが仕事で疲れ果てているところを狙われたら、もう終わりだろう。それに、彼も人間だから、多少は休ませなければならないし……。私が一人でいるところを狙われたら……あんまり考えたくない。


「分かったわ。武闘派の従者を雇えばいいのね」

「もしくは、専属の騎士ですね」


 とにかく、シルフィードが休んでいる間や私が眠っている間、傍で護衛している人材が必要だ。いままでは政敵もいなかったので刺客など物騒な敵を気にしなくて良かったが、今はそうも言っていられない。


「……もったいないけど、命には代えられないわ」


 私は息を吐くと、立ち上がった。

 思い立ったが吉日。早く行動しなければ、3日以内に従者を探し出すのは、至難の業だ。


「いくわよ、シルフィード」


 幸いなことに、私は外から帰って来たばかりだ。

 まだ着替えてもいないから、このまま外に出たところで不自然ではないだろう。


「分かりました、姫様。

 それでは、どちらへ向かいましょうか? 傭兵が滞在していそうな宿屋を当たりますか? それとも、騎士団へ人材を探しに――」

「牢獄よ」

「そうですね、牢獄……え?」


 シルフィードが私の背後で固まった気がする。どうして固まったのか理解出来るがが、気にしたら負けだろう。


「だから、牢獄で人材を探すのよ。

 安く雇えて、使える人材をね」





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