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5冊目 ルイーゼ姉様の告発

 


 貴族の学園と平民の学園は、その様式が少し異なる。


 平民の学園は、ありていに言うと「寺子屋」だ。

 子どもたちは近くの神殿に通い、単純な読み書きや計算を学ぶ。神殿に金を寄付しないと通うことができないので、貧しい村や農民のなかには通っていない子どもも少なくはないだろう。



 一方、貴族の学園は、社交界や社会の縮図を学ぶための場所だ。

 国の歴史や経済の仕組みなどを学ぶことも目的だが、それだけでは家庭教師に習うのと大差はない。

 根本的に異なるのは、その学園の運営や行事の企画を貴族の子弟自身が行うことだろう。

 貴族の爵位にあわせて、それぞれの仕事が分配される。

 たとえば……王族や公爵といった高い身分の出身者は、学校運営の自治組織……生徒会に所属し、組織運営の仕組みや人の動かし方を学ぶのである。


「ルイーゼ姉様は、生徒会の書記をなさっているのでしたよね?」

「事実上、会長職をやっていますわ」


 ルイーゼ姉様は、吐き捨てるように言い放った。


「えっと……現会長は、アルフォンス兄様だったと記憶しているのですが……?」


 私は、おそるおそる質問する。


 アルフォンス・ベルジュラック第2王子。

 ルイーゼ姉様とは同い年で腹違いの兄妹だ。

 いろいろと可愛がってくれるルイーゼ姉様とは異なり、たまにすれ違っても挨拶を交わす程度の仲でしかなかった。


「アルフォンス兄様はセドリック兄様の右腕としてご活躍されていると聞いたことがありますし、そう簡単に責任を放棄する御方ではないと……というか、副会長様はどうなさったのですか?」

「あの馬鹿二人は、もう駄目です」


 よほど、鬱憤がたまっているのだろう。ルイーゼは、自分の兄を「馬鹿」と言いきってしまっていた。


「あの馬鹿王子も、副会長だった宰相の息子も、会計の公爵の息子も!

 みーんな、そろいもそろって職務放棄よ。おまけに、風紀委員の連中まで頭がお花畑ときたから話にならないわ」


 ルイーゼのお姫様然とした態度は崩れ、すっかり年相応の表情になっていた。

 こうしてみると「王女様」というより「女子高生」と表現した方が近いかもしれない。……それにしても、公私ともに王女であることを意識している彼女が、ここまで崩れるとは……アルフォンス兄様たちは、かなりルイーゼ姉様から怒りを買っているとみた。


「……でも、どうして他の生徒会の役員様や風紀委員様が職務放棄なさったのですか? それも、そろいもそろって全員」

「女よ」

「女?」


 きょとん、と私は首をかしげてしまった。

 女? 他の委員の人たちとは面識がないのでわからないが、アルフォンス兄様は女を毛嫌いしていたはずである。彼は血の繋がった姉妹であれ距離を置き、婚約者の公爵家令嬢とも必要最低限の付き合いしかしていなかった。だから、城内では「アルフォンス王子は男色なのではないか?」という噂まで囁かれている。


 その兄が女性に夢中になるとは……


「兄様が、女性に夢中になるなんて信じられません。……そんなに素晴らしい女性なのですか?」

「どこが!」


 ルイーゼ姉様は即答する。


「容姿端麗、将来有望、そして爵位の高い男ばかりに媚びを売る子爵令嬢よ。

 ……いえ、令嬢と呼ぶのもおぞましい。貴族令嬢としての節度がなってないわ」


 私は目を丸くした。

 温厚なルイーゼ姉様が、ここまで他人を卑下するとは……そんなに節度がなっていない女性なのだろうか?と逆に気になってしまう。ルイーゼ姉様は、そんな私の態度に気づいたのだろう。少し目を細めると、疲れたように額に手を当てた。


「……リディナだって、あの子爵の娘をみたら嫌悪感を抱くわ。

 たしかに容姿は美しいし、成績だって悪くない。でも、あそこまで節操なしだと誰であっても眉を潜めるわよ。おまけに、彼らの婚約者の前で仲睦まじく振舞うんだから……。

 アルフォンスなんて、『本当の愛を見つけた。できることなら、婚約破棄したい』って周りに漏らすほど弄ばれてるの。

 ……ふられた彼女たちの怒りを抑えるのも大変なのよ」

「ルイーゼ姉様……」


 姉様が疲れている原因は、非常によく分かった。

 女の嫉妬ほど恐ろしいモノはない。いくら一夫多妻制が認められているとはいえ、目の前で自分の婚約者と……恐らく状況から察するに、自分の婚約者を含めたイケメンたちと所構わず必要以上に親しく接していたら……普通の御令嬢は耐えることができない。キレて当然だし、不機嫌になるものだ。


「でも姉様、そこまで酷いのでしたら、父上様にご相談されてはいかがでしょうか?」

「……父上は『様子を見なさい』の一点張りなのよ……むしろ、『アルフォンスが女性に興味を持ってくれて助かった』と喜んでいるわ」

「……」


 父上、役に立たない。

 いや、長年の悩みが解消されて良かったのかもしれないが、それ以上の問題が発生している気がする。


「しかも、ジョージ……私の婚約者まで、どこで噂を嗅ぎつけたのか知らないんだけど、『そんな凄い子爵令嬢なら、一度会ってみたい。学園に招待してくれないか?』って手紙が届く始末。面食いの彼を子爵の娘に会わせるわけにはいかないし、もう大変なのよ。下手したら国際問題でしょ?」

「……えっと、そんな忙しい時期に、私の相談に付き合ってくださりありがとうございました」


 なんだか、申し訳ない気持ちになってきた。

 大好きなルイーゼ姉様を助けたい気持ちはあるが、私に出来ることはなにもない。むしろ、助けようと下手に関わって姉上を窮地に陥れてしまう可能性だってある。


 ……本のことは、他の人に頼もう……。


 そうして、私が別れの礼をとろうとした直後だった。


「……リディナ」


 ルイーゼ姉様が私の名前を呼ぶ。

 なんだろう? ただ話しかけられただけだというのに、妙な圧迫感を感じる。なぜか、背中に嫌な汗が滲み始めていた。


「あなたは本を作りたいのね? 国家事業として」


 ルイーゼ姉様は、満面の笑みを浮かべている。さきほどまでの陰鬱な表情とは比べ物にならないくらい、見惚れるような明るい笑顔だ。


「はい。ですが、姉様は忙しそうですので……」

「だったら、貴方が実績を作ればいいだけの話じゃない」


 嫌な予感がする。これまで、姉様の美しい笑顔を怖いと思ったことは一度もなかった。いや、一度だけある。第三王子の悪戯を懲らしめるため、他の姉様方と一致団結したとき以来だ。あの時同様、ルイーゼ姉様は、何か良からぬことを企んでいる。そこに、私も引きずり込もうとしている。


「い、いいえ。他の姉様か兄様に頼みますので……」


 私は逃げようとしたが、シルフィードが行く手を阻む。


「姫様、ルイーゼ様のお話の途中ですよ」


 シルフィードは、静かな表情のまま言い放つ。

 だが、私は彼の魂胆を知っている。どうせ、「リディナ様が政治的な実績を作ることができたら、俺も権力を手にすることができるかも!」と考えているのだろう。事実、その眼は欲で歪んでいた。


 この不忠者め!と睨んでみるが、シルフィードは素知らぬ顔をしていた。


「リディナ。貴方に手伝って欲しいことがあるの」


 こうしている間にも、ルイーゼ姉様の魔の手が迫ってくる。

 というか、いつの間にか姉様は立ち上がり、私の目の前まで来ていた。ルイーゼ姉様は微笑んだまま、がっしり私の肩をつかんだ。


「リディナ、学園……いえ、ベルジュラック王国の膿を取り除く手伝いをしなさい」






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