4冊目 姉を味方につけよう
私こと、リディナ・ベルジュラックは第9王女だ。
王位継承権は13番目の末っ子だから、残りは4人の兄と8人の姉。あわせて、12人の腹違いの兄姉がいる。どの兄姉たちも個性豊かで、価値観も1人1人異なっている。ゆえに、兄姉ごとに所属する派閥が違っていた。自分で派閥を作っている兄姉もいれば、ひっそりと他の兄姉・有力貴族の傘下に収まっている者もいる。
私は、もっぱらの後者だ。
とある姉の傘下として、静かに日々を過ごしている。
「よくよく考えてみれば、すぐに父上へ直訴するよりも、姉様にいったん話を通した方が良かったわね」
私は姉様の下へ向かいながら、ぽつりと呟いてみた。
姉様は後ろ盾もあり、父上への意見も比較的通りやすい。私が直談判するよりも、ずっと有利に物事を進めることが出来るだろう。
シルフィードが、「そうでしょう、そうでしょう」と、さも自分の手柄のように頷いている。……いや、姉様の下へ向かうのは、彼の助言があったからなのだが……そんなに大きな顔をされると無性に腹が立った。
「ルイーゼ姉様、リディナです。いま、お時間よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
姉様の部屋の前で軽くお伺いを立てると、中から鈴のような声が返って来た。あいかわらず、綺麗な声だなーと思いながら扉が開くのを待つ。
「失礼します」
部屋に入ると、美しい黒髪の少女が筆を置くところだった。
黒髪は、上質な絹糸をすいたかのように背中まで流れている。いや、美しいのは髪だけではない。黒髪の間からのぞく白い顔は、数いる姉のなかでも際立って美しい。潤んだような碧眼もぎゅっと結ばれた桃色の唇も、すべてのパーツが整っている。
あまりの美しさに、もはや悔しさなんて微塵も抱かない。むしろ、羨ましく、そして美しい姉がいることを、誇らしく感じていた。
それが、第2王女 ルイーゼ・ベルラジュック。
私の自慢の姉であり、私を特別可愛がってくれる姉だ。私はスカートの裾を軽く持ち上げ、小さく一礼した。
「ルイーゼ姉様、おひさしぶりです」
「ひさしぶりね、リディナ。会えて嬉しいわ」
ルイーゼ姉様は、嬉しそうに微笑んだ。
だが、その美しい笑顔に陰りが見える。どことなく、疲れが滲んでいるように見えた。
「あの……ルイーゼ姉様? 私なんかのために貴重な御時間を頂いてもよろしかったのでしょうか? どこかお疲れのように見えますが……」
「私は平気よ。それよりも、リディナこそ大丈夫? 熱を出して倒れたと聞いてるけど?」
ルイーゼ姉様が心配そうに尋ねてくる。
私は何でもないと笑って見せた。
「ただの熱です。もう治ったから問題ありませんよ」
……私が寝込んだのは知恵熱だし、ルイーゼ姉様が心配するようなものではない。
むしろ、ルイーゼ姉様の方が心配である。ただでさえ白い顔が、一段と白く透けてみえるのは気のせいではないはずだ。
「それで、用事はなにかしら?
リディナの方から頼みごとがあるなんて、珍しいわね」
ルイーゼ姉様が、問いかけてきた。私は疑問をひとまず横に置き、本題に入ることにする。
「私は、王国中の物語を収集し、一冊の本に纏めたいと考えております」
「物語を?」
ルイーゼの眉が、ぴくりっと動いた。どうやら、興味をそそられたらしい。私は父上へのプレゼン用に考えていた「物語収集の理由」を説明することにした。
「はい。
理由は2つあります。
1つ目は、物語を保護するためです。いまは吟遊詩人や各街や村の語り部たちが繋いでいくことができていますが、それが途切れてしまったら最後、物語は失われてしまいます」
私は、2つの指を立てながら説明する。
人前に出て自分の考えを発表することは、前世以来なかった。だから、12年ぶりの体験だ。私は緊張してつっかえそうになりながらも、懸命に説明を続けた。
「そのなかには、子女教育に大いに役立つ物語がいくつもあります。それらが失われてしまうのは惜しいと考えました。
えっと……それから、2つ目は、読み返すためです。
本の形態にすることで、自分の好きな時に繰り返し読むことができます。そこから、じっくりと物語に込められた意味を考察し、自分の物に出来ると考えました」
私は、おずおずとルイーゼ姉様の顔色を窺った。
ルイーゼ姉様は、眉間に皺を寄せたまま動かない。なにかを、じっと考え込んでいる。
「あの……姉様?」
「……たしかに、一理あるわね」
その一言に、ホッと胸を降ろした。
しかし、ルイーゼ姉様の顔色は険しいままだ。話の流れ的には、賛成してくれるのだろうけど、なんだか雲行きが怪しい。油断を許さない状況だ。
「でもね、リディナ。難しいわよ」
ほらきた。
やっぱり、無理なのだ。私の気持ちが萎みかける。でも、ここで諦めていたら、私の野望は一生実現できない。私は、憶病な自分を奮い立てるように口を開いた。
「たしかに、難しいかもしれません。私は王位継承権も低く、特別な後ろ盾もありません。政治的な実績なんて、もちろんありません。ですが、私は――」
「リディナは人を率いた経験もないし、なによりも若すぎるわ。
もし、私が国家事業として企画するなら話は変わって来るだろうけど……時間たたりないのよね」
私の決意を遮るように、ルイーゼ姉様が言葉をつづけた。
「私はシャンデリゼ公国に嫁ぐことが決まってるもの。
国家事業の責任者が途中で任を降りて、他国へ嫁ぐわけにはいかないわ」
ルイーゼ姉様は寂しそうに微笑んだ。
彼女は、シャンデリゼ公国の次期公主夫人として嫁ぐことが内定している。たしか、学園を卒業するのと同時に嫁ぐ取り決めだった気がする。
「……学園を卒業するまで、あと6ケ月。
たった6ヶ月で企画を立ち上げ、人を集めて、編纂するのは難しいわ。もちろん、頑張ればできなくはないかもしれないけど、学園の問題を片付けないといけないし……」
ルイーゼ姉様は「しまった!」と口を覆った。
私とシルフィードは顔を見合わせる。
「学園で問題、ですか?」
そんなこと、初耳だった。
貴族の子弟が通う学園で、ルイーゼ姉様を困らせるような問題が起きるとは考えにくい。
なぜなら、ルイーゼ姉様は王位継承権を持っている。しかも、他国に嫁ぐことが決まっているのだ。彼女に逆らえば、国際問題になりかねない。
だから、ルイーゼ姉様の鶴の一声で問題なんて治まってしまいそうなのに。
「学園で問題とは、聞き捨てなりません。
いったい、だれが問題を起こしているのですか?」
ルイーゼ姉様に逆らう不届き貴族は誰なのだろうか?
国際問題に発展する前に、とっとと懲らしめなければならないだろう。
「……まぁ、リディナなら言いふらさないだろうから大丈夫、か」
ルイーゼ姉様は、疲れたように息を吐いた。
そして、どこか投げやりな態度で不届き者の名前を口にする。
「まぁ……問題の筆頭は、アルフォンスの馬鹿ね」
「アルフォンス様ですね。……ん?」
……その名前に、どこか聞き覚えがあるような気がする。
もともと、私は社交的ではない。だから、知っている貴族の名前など限られてくるのだが……。
「失礼ですが、どこのアルフォンスです?」
そう尋ねると、ルイーゼ姉様の美しい碧眼が曇った。
いや、曇ったというよりも、諦観が近いかもしれない。ルイーゼ姉様の目は死んでいた。
「……アルフォンス・ベルジュラック。
この国の第2王子よ」
※一部改訂しました。