12冊目 お姫様の独白
今回は、ソフィー・アタランタ視点(三人称)でお送りします。
可愛ければ、たいていのことは許される。
ソフィー・アタランタが目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋だった。
ベッドは、大好きな桃色。ふわふわなフリルで飾られた天蓋までついている。目が覚めるたびに、こうして物語のお姫様な気分を味わうことができるのだ。なんて快適な朝だろう。
「って、私は、みんなから愛されるお姫様ね」
ソフィーは、くすりっと笑ってしまった。
ソフィーは、かなり偏っているとはいえ前世の記憶がある。
その記憶が正しければ、ここは乙女ゲームの世界であり、自分は攻略キャラから愛される主人公だった。
物語は、欧風ファンタジーな乙女ゲーム。
貧乏子爵の少女が、容姿端麗な王族や貴族、騎士や密偵たちに囲まれて、蕩けるような愛の言葉を囁かれる。どこかテンプレな乙女ゲームだったが、テンプレ故に需要があり、前世のソフィーが最初にのめり込んだゲームだった。新作が発売されるたびに並び、イベントには必ず参加するほど時間を費やし、毎シリーズごとに何十週もクリアしていた。
「夏には隣国のイベントもクリアしたし、攻略が一層有利に進められそうって思ってたんだけど……なによ、監査官って」
ソフィーは柔らかい枕に顔を埋めた。
何十週となくクリアしてきたが、「学園監査官」なんて役職が登場するストーリーはなかったはずだ。それに、よりにもよってリディナ・ベルジュラックが就任するなんて、前代未聞過ぎる展開だ。
「リディナっていえば、ルイーゼの手先だったよね」
ソフィーは瞼を閉じると、ゆっくりと前世の記憶を辿り始めた。
攻略ルートによって悪役は変遷する。
第2王子のアルフォンスを攻略するときは、彼の高飛車な婚約者。
宰相子息のバージルを攻略するときは、バージルの両親である意地悪い伯爵夫妻などなどストーリによって変わってくるのだ。
ちなみに、ソフィーが現在攻略を進めているのは、「逆ハーレムエンド」。
主人公が学園に通う男たちすべてを魅了し、愛を囁かれる幸せなエンディング。
でも、男を主人公にとられた女たちが嫉妬で怒り狂い、襲いかかってくる怖い……だけど、そいつらを「ざまぁ」と見下したときの快感が半端なく堪らない最高の気持ちを味わうことができるのだ。
このルートの悪役は、第2王女ルイーゼ・ベルジュラック。彼女が各攻略者たちの悪役を一手に纏め上げ、かつてない敵として君臨するのだ。
……まぁ、それも攻略方法さえ覚えてしまえば、撃退は赤子の手を捻るより簡単なのだが。そんなルイーゼの手駒の一人……脇役王女がいた。
「えっと、たしか遊女の母親から見捨てられてて、後ろ盾もなくって、城では忘れ去られて育てられた存在。個人の従者もいなくて、ルイーゼにこき使われる奴隷。
うん、脇役だったわね、完全に。ルイーゼとは違って、声もついてなかったし」
ソフィーは指を折り曲げながら、リディナの特徴を暗唱した。
金銭的な余裕がないためか、ドレスも型落ちで髪もボサボサ。容姿もアルフォンスやルイーゼたちとは比べ物にならないほど地味で、真っ赤な目が気味悪い。
登場初期は、同情を惹くような態度が目立つ可哀そうな末姫だったが、それは全てルイーゼに命じられた仮の姿。本当はルイーゼに絶対服従の奴隷で、ソフィーを影で貶めてく酷い悪役だ。
「最後は、切り殺されるんだっけ?
私に睡眠薬を盛って、首を切ろうとしてくるんだよね。うー、怖い女。メンヘラじゃないの。でも、変ね……」
眉間に皺を寄せながら、うーんと悩みこんでしまった。
まず、ルイーゼ・ベルジュラックが動き出さない。
彼女が悪役たちの不平不満を一挙に纏め上げ、動き出す時期なのに、文句の一つも言いに来ないのだ。
彼女が動き出さなければ、彼女の婚約者――隣国の王子と会うことができず、完全なるハーレムエンドを迎えることができなかった。
そして、リディナ・ベルジュラックも小奇麗になっている。
質素な服を着こなしているし、鮮やかな金髪は整えられていた。人目を惹く赤い眼がなければ、同姓同名の別人だと思ってしまうだろう。
「その彼女が監査官……しかも、ガルーダを誑かした上に、彼の腕まで奪うなんて。
もしかして、私が転生者だから展開が変わったとか?」
ソフィーは、はっと口を覆った。
ゲーム通りに攻略してきたつもりだが、もしかしたら抜け落ちている点があったのかもしれない。たとえば、ゲームに関係ないと思って気侭に過ごした幼少期とかが、ここになって影響して来ているのかもしれないし、他の何気ない行動が展開を変えてしまった可能性だって考えられる。
「えっと、バタフライエフェクトって奴?
何気ない行動が、歴史を変えちゃうって……やだっ、どーしよう!」
ソフィーの顔は、一瞬だけ青ざめる。
だが、それは本当に一瞬。次の瞬間には、満足気な微笑みを浮かべていた。
「それで、リディナ・ベルジュラックが悪役として私の前に立ち塞がる。
ふふ、それはそれで面白いかも。いいわ、攻略が分かってる簡単なゲームなんて、つまらないもの」
難易度の高いゲームこそ、クリアしたときに快感を味わうことができる。
ソフィーはベッド上に座りなおすと、楽しそうに笑い声をあげた。
「最後に微笑むのは、私よ。
可憐に攻略キャラを取り返して、ざまぁって笑ってやるんだから!」