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11冊目 利用する者/される者

 


 ガルーダの治癒は無事に終わり、次の日から正式に護衛騎士として任官した。

 身なりも整えられ、護衛騎士の制服を身にまとう。ボサボサと不潔感漂っていた髪は1つに纏められ、まるで尻尾のように垂らしていた。


「来たわね、ガルーダ」


 身体の汚れも落ち、護衛騎士の服が似合っていた――が、左袖が薄く翻っている。そのことに、なんだか罪悪感を覚えた。金の目処がついたら、義手を用意することにしよう。


「ガルーダ・ヴェルヌ。本日からリディナ王女様に仕えすることになりました」


 ガルーダは跪き忠誠の意を示そうとし、もう片方の腕がないことを思い出したらしい。そのまま行き場のなくした右手拳を心臓の上に置いた。


「以後、よろしくお願いします」

「ええ、よろしく。

 ……ごめんなさい、腕を奪ってしまって」

「いえ、気にしてないですから」


 ガルーダは無表情のまま、淡々と決まりきった言葉を述べる。

 きっと、本心は怒っているだろう。牢獄に入れられ、死刑が決まってもなお「復讐を!」と叫んでいたほどの少年なのだ。剣を握るのに必要な腕を切り落とされて、憎く思わぬわけがない。


「とりあえず、立ちなさい。

 私は明日から学園で監査官の任につくの。まずは、学園内の構造を見せるから、頭に叩き込んで。……シルフィード、図面を」

「……はぁ、分かりました」


 シルフィードは、学園の構内図を広げた。その顔は、げっそりとやつれてしまっている。私は疲れたように肩を落とした。


「シルフィード、そろそろ立ち直りなさいよ」


 昨日の一件以降、ずっとこの調子である。

 彼以外、自分が自由に使える従者がいないので、そろそろ立ち直ってもわないと困る。


「元はといえば、姫様が原因なんですからね」


 シルフィードの眉間に皺が寄った。額には青筋が立ち、ぴくぴくと動いている。


「姫様が剣を抜き、自分の護衛騎士の腕を切り落とすなんて」

「……ああでもしないと、ソフィーさんに取られてたじゃない」


 あのままでは、ソフィーに押し切られる可能性が高かった。

 ソフィーの後ろには、アルフォンス兄様とバージル宰相子息が控えていた。アルフォンス兄様は王族だし、バージル宰相子息も伯爵家出身だ。しかも、バージルの祖母は王族出身だと聞いたことがある。

 アルフォンス兄様もバージル宰相子息も、発言力は私の20倍以上。ソフィーが望むまま、強引にガルーダを連れて行かれていたかもしれない。


「どうして、あの人がガルーダを欲しがったのかは分からないけど……でも、彼は片腕。片腕の護衛騎士を欲しがるなんて、普通考えられないわ。

 それに、ガルーダが父上たちのまえで、私に対する忠誠を披露させることもできた。さすがに、アルフォンス兄様たちでも父上の証言を抹消することなんて出来ないし……

 そもそも、剣を貸したのは貴方でしょ? 悔やむ必要はないじゃないの」


 恨み言を吐くなら、貸さなければよかったではないか。

 私が軽く目を細めてシルフィードを見つめると、シルフィードは辛そうに頭を抱えた。


「まさか腕を切り落とすとは思っていなかったんですって! せいぜい、首とか顔に傷つける程度かと思っていたんです。そしたら、いきなりバサッと……あぁ、なんたることですか!」


 そのまま天井を見上げると、両手を挙げて激高する。


「護衛騎士の腕を切りおとした姫なんて、どの国も欲しがりませんよ!

 このままでは、姫様の嫁ぎ先がなくなってしまうではありませんか!?」

「大丈夫よ、いつか見つかるわ」

「姫様! 護衛騎士の腕を切り落とした女性を正妃へ迎える国がありますか?

 このままでは、俺の野望が――! 姫様が嫁いだ国を牛耳る計画が――!」


 シルフィードはそのまま頭を抱えて、へなへなと蹲ってしまった。どんよりとした暗い空気を纏いながら、床に字を書き始めた。彼の背中に、青筋が立っているように見える。


 ……毎度のことだが、彼は動揺すると本音がダダ漏れだ。こんな調子では、私が仮に王の正妃に迎え入れることが合ったとしても、政治を牛耳るなんて高度な真似ができないだろう。

 嫁ぎ先の重鎮によって発覚されて、牢獄行きがオチだ。


「はぁ……シルフィード。

 王の正妃になる者は、国母としての重責に耐えうる素質が必要となると耳にしたことがあるわ」


 私は、まだ従者シルフィードを失うわけにはいかない。

 どうにかして、慰めなければ――。


「そのためには、ときに非情な決断も必要になる。

 だから、ちょっとくらい冷徹な女性が求められるんじゃない? それこそ、部下の腕を切り落とせるくらい揺るぎない心を持った女性が」


 完全に、口から出まかせである。

 私が王だったら、たとえ世界中が跪く美貌の持ち主であったとしても、部下の腕を切り落とすような怖い嫁を迎え入れたくない。明日は我が身で、寝ている時に首を切り落とされる不安が常に横切ってしまいそうだから。

 でも、そんなことを口にした瞬間、シルフィードは再起不能になってしまう。下手したら、私のところから去ってしまうかもしれない。


 だから、嘘をついた。


「そう思わない、シルフィード?

 ほら、セドリック兄様の母上様だって、度胸のある御方でしょ? 政敵に仕掛けられた毒蛇を素手で懲らしめた逸話があるわ」


 私がそう呟くと、途端にシルフィードの顔が輝いた。

 セドリック兄様の母――すなわち、父上の正妃は、かなり腕っ節の強い女性だ。噂では、学生時代の武術大会に公爵家令嬢という身分を隠して参加し、騎士の家系の子息を全滅させたとかなんだとか……。


「そう、そうですよね、姫様!

 冷静な判断ができる方が、正妃の素質ありと判断されますよね! 私、少し安心しました。それでは、これから学園内の構造についてご説明しましょう。 ガルーダ、こちらへ」


 シルフィードは涼しげな笑顔を浮かべながら、ガルーダを手招きする。

 ガルーダはシルフィードの変貌ぶりに驚いたのか、どこか戸惑いながら説明を受けていた。


 私はその様子を眺めながら、紅茶を飲んだり、資料を読んだりしながら時間を潰す。ガルーダはシルフィードの話に耳を傾け、ときに質問し、考え込む。それの繰り返しだった。

 腕に対する恨み云々はともかく、仕事には真剣に取り組んでくれる姿勢が見受けられてほっとした。


「失礼します、リディナ王女様」


 とんとんと、ドアを叩く音が聞こえた。

 入室を許可すると、そこには女官が立っていた。


「本日の昼食は、いかがなさいましょう?」

「え、もうそんな時間?」


 窓の外に目を向けると、太陽は既に天頂を過ぎていた。


「そういえば、そろそろ時間でしたね。姫様、準備させますので少々お待ちを」


 シルフィードは一礼すると、女官と一緒に部屋から出ていった。

 部屋の中には、私とガルーダだけが残される。


「どう、シルフィードは?」


 私は、シルフィードのイメージについて尋ねてみた。


 これから、ガルーダはシルフィードと同僚として働くことになる。同僚の印象について、聞いておかなければならない。快適な職場環境を維持することは、雇い主である私の仕事だ。


「……どうと言われても……」

「そうね……たとえば、野心が強すぎて引いたとか?」


 答えるのに困っているようだったので、こちらから助け舟を出す。

 すると、ガルーダは少し驚いたように眉をあげ、私から少し視線を逸らした。どうやら、彼も同じ印象を抱いていたようだ。


「いえ……それは、その」

「いいのよ、正直に言って。

 あれは、出世欲の塊。彼の頭の中には、出世のことしかないの。

 そのために、私を利用してるのよ。まっ、私を利用するという点だけ考慮すれば、貴方と同類ね」


 私は紅茶を啜りながら、微笑んで見せた。すると、ガルーダは慌てて否定する。


「い、いえ。俺は、別にリディナ王女を利用しようとなんて思っていません!」

「いいのよ、かまわないわ」


 ガルーダは忠実な騎士らしく振舞おうとしているが、どうやら図星だったらしい。どこか目が泳いでいる。


「自分を裏切った山賊に復讐するため、どうしても生きる必要があった……だから、私の提案を受け入れたのでしょ?」


 でなければ、あんなに暴れ狂っていた囚人が、憑き物を落としたみたいに静かになるわけがない。


「私に迷惑をかけなければ、復讐の手段として利用しても構わないわ」


 私は、ゆっくりと紅茶のカップを置く。かたん、という音が、静かな部屋に響き渡った。


「私もシルフィードや貴方を利用しているわけだし、これでおあいこでしょ?」


 私は彼らを利用して出費を抑え、本作りの野望を叶えようとしている。

 ……利用できる者は、先方の迷惑にならない程度に利用する。ある意味、当然の話だ。


「まぁ、この話はまた今度。

 貴方はそうね……私が昼食をとっている間、食堂へ行ってきなさい。私の護衛騎士だと告げれば、食事がとれるはずよ」


 扉の向こうから、カートを運んでくる音が聞こえる。

 そろそろ私の昼食が運ばれてくるのだろう。今日の昼食は、いったい何なのだろうか? 

 しばらくの間、私は監査官として学園に行ってしまう。だから、城で昼食を食べる機会は当分訪れない。


 そう考えると、ちょっと普段よりも楽しみだ。

 私は空になった紅茶のカップを見下ろしながら、扉が開く瞬間を待ち望むのだった。






 ※



 同時刻、学園の一室。

 とある女子生徒が、くしゃりと手紙を握りしめていた。


「もう! 本当にむかつくわね!」


 ソフィー・アタランタ子爵令嬢は、王城からの手紙を地面に叩き付けた。


「なんで、アルフォンスとの接近禁止令が出されてるわけ? 私、なんにも悪いことしてないのに!!」


 手紙には『ソフィー・アタランテ子爵令嬢は、アルフォンス・ベルジュラック第2王子との接近を禁ずる』と記されていたのだ。


「私が第2王子(アルフォンス)に悪影響を与えるって、どういうこと? ちょっと我儘かもしれないけど、私とアルフォンスは友達だもの。別にかまわないわ。

 それに、可哀そうなガルーダを牢獄から出して連れて行ったことも悪いことなの? ありえない!!」


 ソフィーは憤怒した。




 ……彼女は問題に気づいていない。


 そもそも、ソフィーは子爵令嬢。本来なら特別なとき以外、王との拝謁を許可される身分ではなかった。それを、アルフォンスが「彼女は友人だ。私の権限で、傍に控えさせている」なんて無理を言って押し通していた。これは、「王より第2王子である自分の方が偉い」と公言したも同然の台詞だ。


 しかも、アルフォンスは子爵令嬢だけでは飽き足らず、平民出身者、それも、死刑囚を牢獄から勝手にだし、王の前に連れて行ったのだ。理由を幾つか並べてはいたが、その根幹にあるのは「ソフィーが頼んだから」という一点だけ。



 国王は、ここになってようやく「子爵令嬢がアルフォンスに害をもたらす者」という認識を抱き始めた。

 ただ、王族に害をなした者にしては罰が軽い。「アルフォンスを誑かした」として階級剥奪や処刑などの罰を与えられないのは、「アルフォンスが興味を持った唯一の女性」であったからだ。

 これまで、アルフォンスは女性に興味を持たなかった。その彼が唯一好意を抱いた女性を裁きにかけてしまったら、アルフォンスの女性離れが加速してしまう恐れがある。下手すれば、アルフォンスが「王は愛する女性を奪った!」と逆上し、国に反旗を翻すかもしれない。



 それを避けるため、「接近禁止」という犯した罪にしては、やや軽めの罰が下されたのであった。


「もう! 本当にムカつくわね!」


 誰も見ていないことを良いことに、そのまま手紙を踏みつけた。ソフィーは何度も何度も手紙を踏みつけ、破れが目立ち始めた頃、ようやく足を止めた。


「まぁ、かまわないわ。

 アルフォンスの好感度は上がりやすいし、多少放っておいても大丈夫。そのあいだに、他のキャラを攻略すればいいんだもの」


 ソフィーは思いっきり伸びをすると、そのままベッドに倒れこんだ。


「今回だけは許してあげるけど、次は容赦しないわ。

 だって、王様も宰相も……みーんな、私に利用されるためにあるんだから」


 自分の思い通りに利用できない駒は、徹底的に切り捨てよう。

 ソフィーは小さく呟くと、ゆっくり瞼を閉じた。


 自分の楽園で、惚けるように甘い夢を見るために……。





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