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語られるリナの本音、甘さが結ぶ友情

 ウェイターが豆の浮いた赤いスープのようなものと、サラダの盛り合わせを持ってきた。

 玲子にもされなかった激しい追及を受け、私は本音を話すことにした。

 そう言うと玲子が私の本性に気付けなかったようなので彼女の名誉のためにいうが、あの純日本人は建前も大切にしているから追及しないだけで、私の本性は大体気付いているだろう。

「じゃー、何から話そうかな?」

 事実を話すか、事実と思われる程度の嘘を吐くか、私は前者を選ぶことにした。

 何も知らないという嘘なら簡単なのだが、バレにくいようにと小賢しくなればなるほど嘘を吐き続けるのは難しくなる。言葉も通じるので誤魔化すこともできないとなれば、真実を淡々と語ることほど簡単なことはない。

 のだが、私は一つだけ前置きをした。

「まずスイート、私がこれから言うことの全てに対して、変な詮索はしないで頂戴? 疑うことも信じないことも許すけど、私はただありのままの事実を話すだけだから」

「うん、オッケーオッケー」

 言いながらスイートはアイスピックのような食器で葉っぱの野菜を貫いて口に運んでいく。

 果たして本気で聞いてくれているのか、少し心配になりながら、私は話すことにした。

「まず、私がリナ・リーベルトであることは事実よ。多少人に対して自分を幼く見せているけれど、態度や気持ちに嘘は吐いていないわ」

「ふんふん。記憶は?」

「ある。私の記憶が確かなら、記憶が失われてはいないはず」

 スイートは赤い目を私に向けて咀嚼するだけだ。続きを話せと促すこともない。

「私は、とある異世界からやってきたの」

 彼女のその白目の面積がぐっと広がった。手が止まるほどにスイートも動揺したらしい。

「そこは……貧者と富者の格差が大きく、世界は主に五、六の言語で隔たれ、肌の色と人種によって区別され、どの国の人も常に何かと争い、悩み、その中で小さな安らぎを得て生きているわ。子供は無邪気で、大人は皆子供に憧れながら現実に身をすり減らすような世界……分かるかしら?」

 私が客観的に観たつもりの世界の概要を述べたところ、スイートは静かに口を開いた。

「……続きは?」

 ついに催促してきたか。あまり本気にしない方がいいと思うけど、こちらとしては助かる。

「前提として、魔法とかない世界で、争いは鉄の武器でしているんだけど、ある日突然このカードを拾ってね」

 私はハングドマンを示した。彼女はじっとそれを見つめた。

「これと同じようなものが、全部で二十二枚、私達の世界に来た。そしてこれを使うと、私達の世界ではありえないはずの、魔法のようなものが使えるようになった」

 もう目を見れば、スイートが次を次をと催促してくるのが分かる。

「カードはカードを拾った者にだけ聞こえる言葉を伝えてきたわ。彼は、自分をハングドマンと言った……、まあそんなところかしら」

「この世界に来た理由は?」

「気が付いたら青い大地にいたの。だから元の世界に戻ろうと思ってるんだけどねー……」

 スイートの信用を得られるかどうか、それが問題。

 彼女は真剣な顔でスープを口に運んでいるが、やがて口を開いた。

「どうしてスターと?」

「唯一の知り合いだからね。一応言葉を交わしたから」

 戦いが終わった後、チェンジャーは全員玲子に集められて、私はそれぞれと会話した。

 不思議な話にこの世界を訪れたいと思ったことはあるが、要点を得ない変人が多かったため、あまり情報が収集できなかったこともある。

「スターも、こっちの世界から消えた二十二の王の一人なんでしょ? 私にとってもこっちの世界に来たカードの一人、名前や姿で私を私と分かってくれる人なわけ」

「なるほどね……」

 スイートが話を飲み込みながらスープも飲んでいく。

 私も、さてさて、お楽しみの時間と洒落こもう。

 まずスープはトマトベースの赤いスープに大豆を入れたチリコンカンのように見えるが、スープの色に染まらない純白のそれは餅みたいで、他にも赤い球のような野菜が入っている。

(名づけるなら、プチトマトと餅のスープ、かしらね)

『いやこれはトッツっていう穀物だ。まぁモチモチしているに違いはないが』

 異世界でも私の世界でも、モチモチしているという感覚は共通なのだろうか……。言葉を是非知りたいものだ。言葉も文化である以上、是非それを知りたい。

 だが食も文化。トッツのスープとやらをいざ味わわん。

 まんま木製のスプーンでスープと白いトッツを口に運び、私は思わず口から吹き出しそうになったのをこらえて、飲み込んだ。

(あっっっっっま!!)

『あれ、言ってなかったっけ』

 口元を抑える私を、スイートは奇妙な顔で見た。

「どうしたの?」

「トッツって、甘いのね……」

 カルチャーギャップだ。時に小麦やトウモロコシも甘いものであるが、この辛そうな見た目のくせして蜂蜜漬けにした団子を食べた気分だ。

 スイートは深呼吸した後のように息を吐いて、笑って私を見る。

「信じるよ、異世界から来たって話」

「な、なによいきなり」

「リアクションがさ、明らかにこの世界の人じゃないもん」

 彼女の柔らかい笑顔は荒んだ心の私を癒してくれる。けれどその赤いくせして蜂蜜みたいなスープを一気にごくごく飲む姿に、少し胸やけがした。

 そして笑顔満開で顔を赤くしたスイートは、串焼きの肉を屠るように野菜を食べつくすと、幼女のような好奇心を剥き出しにして机に乗り出した。

「それでリナは元の世界では何をしていたの!? 職業は?」

「ちょっとテンション高いわね、そんなに気になるの?」

「何歳?」

「二十五歳のチャーミングなクォーターよ。文句ある?」

「それってどういう仕事?」

「仕事じゃなくて人種……かな。仕事は……探究者、ね」

「何それ? 何を探求するの?」

 ようやくスイートは腰を落ち着けた。けれど私をじっと疑わしげに見ている。

「この世の恐怖や謎を全て解き明かすトレジャーハンター。この身一つで旅をしては、世界中に存在する不思議な場所とか怪しい噂を検証していくの。面白いでしょ?」

「凄いね……想像できない」

「でしょうね。社会的地位とか名誉はないけど、自信だけはある」

 誰より私は恐怖と、自分自身と向き合っているという自信が、だ。

「自信と誇り、だね、あるのは」

 スイートは空っぽになった皿のスープをかすめ取るようにスプーンのようなものを振るう。

「私にもあるよ、自信と誇りなら」

 ぺろりと愛らしい舌が、スプーンを舐めている。

「どんな?」

 興味半分、恐怖半分で私は尋ねる。一体どのような経験と経歴なのか、行商人という奴はどうにも恐ろしい。

 彼女は懐から、フルーツバーを取り出して言う。

「私はね、世界中の甘いものを求めて旅をしているの。そうしているうちに、世界中の人達にまだ見たこともないような甘いものを届けたいと思うようになったわけ。それが行商人、スイート、スーよ。世界中の甘いものを全て私の元に! スイート、トゥ、スイート!」

 威勢よく大声を出して彼女はフルーツバーを齧る。そして大声を出すな、というのと店内で持ち込んだ食べ物を食べるなと二度怒られていた。

 そして行商人スイート・スーのちっぽけなような目標を、私は心の中でせせら笑った。

(まー高尚だこと。頭の中までとろとろに甘いのね)

『おいおい、口が過ぎるぞリナ』

 私は甘ったるい食事にむかむかする胃を抑えながら、それを食べつくした。

 野菜までもが甘かった。そういう種類らしいが、途中から果物だと思って食べるようにすれば幾分かはマシになった。

「ところでリナ、甘いものといったらなに?」

 別の料理が運ばれてきた。形はプリンやゼリーのような上下の底面の大きさが違う円柱で、半透明の緑色だ。見た目はそのままゼリー、恐らくはデザートだろう。

「甘いもの……蜂蜜と砂糖ね。砂糖はサトウキビ、サトウダイコン、あと何とかってヤシとかからも取れるけど……」

「そういうのは分かっているよ。なんか、そっちの世界独特の甘いもの文化はないの? こっちにはなさそうなの!」

 彼女はゼリーをスプーンで抉りながら食べる。普通のゼリーっぽさに私も安心して口をつけた。

 なるほど、ゼリーは共通の文化らしい。

「あんことチョコね」

 甘党の方々も、和風と洋風で話が分かれるだろうし、キャンディやガムなども派閥を利かせてくるだろう。

 だがしかし、駄菓子菓子の中で圧倒的な派閥と存在感を示すはあんことチョコの二つだと、私は胸を張って言う。

「それ知らない! ある!?」

「あんこはないけど、チョコなら確か……」

 鞄は捨ててきてしまったが、保存が聞いて栄養も豊富なチョコレートは、深いポケットの奥に少し残っていた。

 分け易いように区切られたチョコレートの一ブロックを私は食べて見せ、もう一ブロックを彼女に手渡した。

「こ、これがチョコ……」

「チョコレート。カカオ豆っていう豆と砂糖を混ぜて作るものよ。生クリームよりも強い存在感、私の一番のオススメよ」

 彼女はそれを口に運んだ、と同時に唾液がぽたりと落ちた。

「お……おいひ……」

 その恍惚とした表情を私は忘れられないだろう。チョコレートでそんなに喜ぶことにむしろ引く。声がはっきり出ないのは蕩けたチョコと溢れる唾で口の中が一杯なのだろう。

「……そんなにおいしいなら、全部あげるけど」

「いいの!? い、いや駄目だよ! そんなこと言って後で大金吹っかけるとかそんなんでしょ!?」

 やっと行商人らしさが出たが、言いながら口元から茶色い唾液がつつっと流れている。彼女は今本能と理性の間で心が揺れているのだ。

「別にそれ、私の世界なら百円もしないで買えるから。あなたが私をスターのところまで連れて行ってくれれば、きっと行き来もできるようになるだろうし、そうしたらいくらでも食べさせてあげるわよ」

「ほ、ほんとう!? その言葉、嘘偽りはないな!?」

 何故武士のように喋るのか。

「ほんとほんと、まあそこはスター次第でもあるけど」

「乗った! 異世界とこの世界を繋ぐ甘味商人に、私はなる! ありがとう、リナ!」

 とても元気で馬鹿っぽい子だ。本当に行商人をやっていけるのか、私を詰問していた時の姿を危うく忘れそうになった。

 その直接的過ぎる感謝の言葉に、彼女を直視することもできなかった。

 ともかく食事は終わった。この場を去る時が来たのだ。



 再び、新世界統治戦線を南下する。

「一度宿に泊まって、明日に新世界統治戦線を出国、そのままエンペラー帝国を通り過ぎてアウロラ教国に入る、っていう計画よ」

「エンペラー帝国は一日で抜けれるの?」

「五分もかからないけど」

「は?」

 ガタゴト揺れる馬車の上で、右に座るスイートが言う言葉が私には理解できなかった。

「関税取るために無理矢理兵隊を置いて領地を持っているって状況なのよね。みんな鬱陶しいと思っているけど、他の国が止めないから……」

「他の国って例えば?」

「ここは今休戦中だから戦わないし、アウロラ教国も不戦を誓っているから。で、戦争党はエンペラー帝国から分け前をもらっているから手出ししない、って感じ」

「腐り切っているわね」

「うん」

 エンペラー帝国、厄介な国越えになりそうな予感がする。名前はダサいし、やることも最低。

 けれどその次のアウロラ教国は宗教を重んじ戦を控える、清い国であるという。

 百人が百人正しく生きているわけはないだろうが、宗教国として成立している以上は敬虔な信徒もおり、きっと親切にしてくれるだろう。

 元の世界では私もそういう人に助けられたことがある。宗教など形骸化したものとばかり思っていたが、なかなかどうして世の中には慈悲が満ちている。

 ふと、右隣のスイートがにやにやしていることに気付いた。人を食ったような笑顔に私はつい苛立って尋ねる。

「なに、その気持ち悪い笑顔」

「うふふ、リナってば随分正直に話してくれるようになったなーって」

 彼女は言った。

 そんなに私一人からの信頼が得られて嬉しいのか。それとも本音を話し合える人がいない孤独な人間なのか。

 恐らくはごく普通の人間のように、他人と信頼を結ぶことに無上の喜びを感じるのだろう。なんてことはない、普通の欲求だ。

 スイート、まだ測りかねるが、彼女とは良い関係を結ぶことができそうだ。


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