縛られない女
グラブルしてて遅れました、すみません。
強いリノリウムの香りが鼻につく。病院だろう。
目を開けてみれば、私の体はなくなっていた。
比喩でも何でもない。私の体はまるでマジシャンが観客を連れてきて箱の中に入れて、その箱を三等分にしてワーオ胴体と首が離れてるよ! と笑わせるくらい衝撃的なマジックを受けている。
……いや、これは本当に、なんだ? 夢を見ているのか?
そうは思っても私は首から上しか動かず、腕や足は分離されているようだが、体がないために動けない。
ただ、真正面で変身した玲子が立っているだけだった。
「玲子! これは何!? どういうこと!?」
怒りや焦り、そんな激しく他を憎悪する感情を、これほどまでに持てたのかと自分に驚愕する。
「墓場で、人の墓に吐瀉物と酒を撒き散らした人がいましてね、こうして折檻しているわけです」
「冗談が過ぎる! どういうつもりかって聞いてんの!!」
叫んでも体が痛まない。それは心地よいが、それ以上にこの浮遊感は気持ち悪い。
「ドナーが見つからなかったんですよ。やっぱりチェンジャーだった、とか異世界で暮らしていた、というのが大きいんでしょうか」
っ、やはり探してくれたのか。だが。
「それとこれの何が関係ある!?」
「人工臓器に全て代替させて、エンペラーの水操作、私の空間操作、そしてハイエロファントの治癒能力で延命させました」
「こんな……」
これは悪い冗談だろう。こんな、いかに死ぬのが嫌だと言っても、こんなサイボーグのような生き方ができるか……。
だが、体は微動だにしない。恐らく玲子の空間操作によって制限されているのだ。
「……死にたくないと思ってたけど、今なら死んでもいいわ。殺して」
「嫌です。ふふ、後で泣いて感謝することになりますよ」
「ふざけんな! あんたは人を何だと思っている!?」
「……大切な友人ですよ」
狂気だ。
こいつは怖いと思ってたんだよ、最初から。
この女にはいろんな評価を下した。けれどどれも正鵠を射るには足らぬ。こいつは狂気の塊だ。自分の気持ちを押し通すためにどんな手段も非道も尽くすからこそ、恐ろしいのだろう。
「私はもうあんたなんか友人だと思わない。今の私、何に見える?」
「美しいですよ。科学と魔術の極地です」
「本気で言っているの? 私の体は?」
「大切に保存しています。腕も前のよりずっと動かしやすい素敵な義手にしてさしあげます。ふふ、目立ってしまいますかね?」
義手、既に私の腕パーツはなくなっていた。
「あの義手はどうしたの!?」
「壊れていてもう動きませんし、物騒な武器も入っていますから。早めに処理しようと思っていますが」
「あれはスターが私に作ってくれた私の……」
「大事にとっておきますよ。腕だけじゃありません」
言うと、玲子は部屋の奥に行き、扉を開けると、奇妙な円柱状の水槽を持ってきた。
そこに浮かんでいるのは骨が飛び出た肉の塊だ。
「これはあなたの腎臓です。こちらは大腸、小腸、胃。……ああ、そうそう。肺は骨だけを取り除いて治すことができました。本当に幸運です」
そんな幸運以上に、彼女が愛おしそうに並んだ水槽を撫でる様に、私は既にない背筋が凍る感覚を覚えた。
「狂人が……よく、その本性を隠したものね」
「隠したことなどありませんよ? 医学が発達するまで、なんてケチなことは言いません。私の能力が進化し続ければ、すぐにあなたの体を元に戻しますから」
「……はは、ははは。もう、笑っちゃうわね、こんなの。私よりハードな人生を送っている人がいるかしら? 世界中でテロ組織の末端で働いて、変な能力得て、異世界に飛んで、最後は人間標本になるなんてね」
「まだ最後じゃありませんよ。腎臓もこの骨がなければすぐに戻せるんですが。腸に至っては、この私の成長のペースなら数日もしないうちに戻せますよ? 食道だって人工物で代替できますし、あとはあなたの胴体から骨を切り離し、人工骨を使えば……不可能ではありません。前向きに検討していただけませんか?」
「そんなこと言われたって……」
玲子の真面目な表情が、それが事実であると私に伝えている。本当に、命に別状もなく、元の生活に戻れるかもしれない。
そんな都合の良い話は、けれどあまりに人道から離れている。私は、悪魔に魂を売り払ったかのような気分だ。
「……それはどうなの? 人間として、こんな……」
「生物が生きるために全てを尽くすのは当然のことでしょう? 現に、あなたも死にたくない」
「それは……そうだけど」
「別に小さな男の子を犠牲にして、だとか、百人の命の代わりに、なんて馬鹿げた話もない。私だってあなたを助けるのは手間ですが、むしろ助けたい。何が問題ですか?」
そんな風に玲子は、自分の行為がさも当然のように言う。
……。
本当にいいのだろうか。
「いや、なんかね、うまく行き過ぎてるみたいでさ。ここらで死ぬ運命だとずっと思ってたから」
「上手く行き過ぎているとは思いませんよ。あなたの人生はあまりに紙一重です。……できれば、私を安心させてください」
「あはは! なんだかプロポーズみたいね!」
「同性婚に社会的批判がなければ、是非そうしたいくらいです」
冗談めかして玲子は笑っている。まるで普通の雰囲気で。
私の体がこんななのに。
本当に、これで……いいのか?
水槽の中で培養されるような生活は三ヵ月に及んだ。
その間、私を尋ねた人間が二人いた。
まず一人目は昔と比べてあんまり変わっていない、梅崎切少年。
「や、久しぶりだね少年」
「……ああ。あなたがこうなってから、一度しか来ませんでしたから」
中学生の時は高圧的で生意気だったけれど、あれから三年、いや四年経った。すっかり大人びてこんな風になっている。
「どう? 面白い?」
「ふざけないでください」
「じゃあ、なんで来たの?」
それにしても、身長も伸びた。けれど何か思いつめた表情は昔と変わらない。
彼は中学の時から、危険な目に遭う妹や親友を憂い続けていた。今も、自分がチェンジャーであることを憂い、悩んでいるのだろう。安息のない日々が彼にとって凶としか出ないのなら、少し同情する。
そして、その憂いの中に私も今は含まれているのだろう。
「リナさん……死にたい、そう言っていたそうですね」
玲子との話の中で、だろうか。
「たぶん言ったわ。まあ、最近の人なら大体誰でも一度は言うんじゃない? 学校とかテストとかを前にしたら、ふふふん」
「ふざけないでください、と言ったはずですが」
彼は全く笑わない。それは昔から変わらない。友達など親しい人の前でだけ笑顔を示すらしいけど、私には見せてくれないのよね。
「で、言ったとしてそれがどうなの?」
「手伝いますよ」
「何を?」
「あなたを、死なせることです」
私の表情からも笑顔が消える。
「……危険でしょ? 玲子にどうにかされない?」
「お咎めなしとはならないでしょう。チェンジャー故に庇ってくれるでしょうが、あなたに対してはワールドも執心していますし」
「死ぬだけなら舌噛み切ってどうにかできるわよ。本気で駄々こねれば玲子だって殺してくれるだろうし」
「……そうですか」
「それにね……やっぱり生きたいのよねぇ……。何度も、何度も悩んだわ」
彼に対しては飄々と、明るいお姉さんみたいな振る舞いばかりしていたのに、ついに私は、不安を埋めるような本音を語り始めていた。
「いざ死にそうになると、何度も何度も悩むの。どうせ死ぬなら誰にも見つからず一人で、なんて思ったりしたら、すぐに死にたくない、せめて誰かと一緒にいたい、なんて風に。死にたいとも思うし、死にたくないとも思う。死にかけるとそんな風に考えがぐるぐるして、自分でもどうしたらいいか分からなくなる。だから、冗談で死にたいって思えるくらいが一番幸せよ。覚えときなさい、ふふん」
表情のないエンペラーの切は何を思っているのか分からない。けれど、思案しているような間があった。
「……そうですか。では、失礼します」
「うん、心配してくれてありがとう、少年」
その部屋から去る前に、変身を解いた彼は私に背を見せて呟いた。
「……妹と、新華と高山と一緒に居られるのはあなたのおかげです。感謝、しています」
そしてすぐに彼は出て行った。私も結構感謝されてるのね。
次に来てくれたのはそれから数日、ホオフだった。
「うわホオフ。どうする? 殺す?」
「……はぁ。貴様は、貴様は本当に呆れた女だな、リナリーベルト」
彼は最初こそこの世の終わりを見るような顔だったけれど、私の笑顔を見ていつもの呆れた表情をしてくれている。
そういう顔をしてくれている方が、私も嬉しい。
「今なら抵抗もできないわよ? あなたの力なら……」
「さて、合理的に考えればもはや貴様を殺す必要もない。世界の予知もできず、ただの昔馴染みの女だ、貴様など」
「あら素っ気ない」
「だが、感情的に言うならば――生きろ、リナリーベルト。貴様と……ウラルドやスイート、スターやリウス、色々な人間がいたが、貴様と共に旅した時間は楽しかった」
真面目な表情は、どうも彼には似合わないような気がする。
けれど、その言葉はちょっとだけ涙腺にきた。
「きっとスイートも同じことを言うだろう。奴が、スターやハングドマンとやらが命がけで守った貴様の命を、貴様一人で無碍にしようとするな」
「……くふっ、滅茶苦茶良いこと言うじゃない。面白すぎて涙が出そうよ」
「笑ったり泣いたり、幸せな奴だな」
確かに、感情的なのは良いことだ。
「また共に旅に出よう。リウスも連れて、この世界を満足いくまで案内してくれ、リナ」
それだけ言って、彼はすぐに帰って行った。
けれど彼の言葉は、私が生きる目的を見出すには充分だった。
そして、私は蘇った。
「体は大丈夫ですか? 立てますか? 歩けますか? どこか痛くないですか? 体は……」
「あんたはお母さんか、っての」
玲子の能力によって体の異常を殆ど治した私は、人工臓器に代替させている部分もあるけれど、既に肉体は回復していた。
失った腕も、脳波に反応して動く高性能な奴。スターには悪いけど、こっちの方が軽くて楽ね。
「それでリナ、これから一体……」
「決まってるでしょ!」
私は抑えられない笑顔を言って、少女のように軽やかなステップで玲子に笑いかけた。
「この世にはまた未知と恐怖が数多くある。それを少しでも解明して――みんなの恐怖を取り除いてあげるんだから」
いつもと大して変わらないことだ。振り出しに戻った、と言われればそれまでかもしれない。
けれど、この経験は、悲しみ、そして出会い、絶対に忘れられないけど、全く悪いものだとも思わない。
ハングドマン、スイート、辛い別れも経験した。
スターやアルカ、教皇なんて二度と会えないかもしれない。
それでも私は、まだ頑張れる。
「さーさー、謎とミステリーの蔓延る世界、私の旅はまだまだこれからだぜぃ!」
その後、真っ先に親の顔を見ようとリナは自宅へ戻ったが、チェンジャー事件のために両親は日本を出、アメリカに発っていた。
僅かな寂しさを感じ火野札に戻った後、また新たな冒険と謎を求め数々の経験を経たという。




