リナ、再び青い大地に立つ
「……そうか、そんなことになっていたか」
ホオフと別れてから、一番に襲われたことや私が虫の息だということを伝えると、彼は意外にも悲しそうな顔をした。
「ちょいと小突けば死ぬと思うけど、試す?」
「馬鹿言え、スターとリウスに殺されるわ」
ホオフは当然そのように言う。
だが、直後にはまたしんみりとした顔をした。
「……それに、そんな殺し方はつまらん」
「殺人に楽しさを求めるなんて、ホオフさんは邪悪な人ね」
「戯れるな」
呆れられてしまった。
彼とは本当に数奇な出会いであったなぁ。中立魔導でいきなり襲われた時はどうなるかと思ったけど、なんかギャグキャラみたいに失神していくし、協力関係になると予知能力は頼もしいし、ほんと良いキャラしてるわ。
「もし元の世界に戻れなかったら……、いえ、なんでもない」
「歯切れが悪いな、らしくない」
殺させてあげる、なんて言うところだった。だから、もうそのつもりはないのに。
「もうすぐエンペラー帝国になるが、どうだ、ホオフ」
「兵はいない。だが……誰かいる。お前と縁の深い者だ、リナ」
スターの質問に答えたホオフは頭痛そうに言っている。どうしたのかしらん。
「ってか、私と縁が深い、この世界でエンペラー帝国にいるような奴なんて……」
「……だろうな」
スターが言うと、馬の上に立ち剣に手をかけた。
リウスも鉄爪を持ち、ホオフも察して槍を手にした。
「一番か」
「急に出番増やしてきたわね。レベルレットにいた時には襲ってこなかったのに」
「騎士の本拠地に一人は無謀。……でも、なんで行先バレてるんだろう」
リウスが不思議そうに呟くが、ホオフは呆れて溜息を吐いた。
「スターほどの力を持った戦士、お前の足跡を追って適当な人間を拷問することなど容易いだろう。そうでなくとも、四番の持っていた『智賢』がある」
「なにそれ?」
「『智賢の四番』とは天才的頭脳の魔法だ。私の予知にも迫るほどの頭脳を、一万倍の頭脳で疑似的に再現することができるだろう。異世界人が元の世界に戻るため、数か月前に奇妙な人間が出現したという青い大地の存在が新世界統治戦線から南に進みエンペラー帝国の税関で高い金を払った、などなどの情報をまとめれば、奴にとって予想つかないことでもないだろう」
「マジ……?」
「さあな。だが、奴が今、そこにいることが問題だ」
言って、ホオフは立ち上がった。
私も体に無理がないように動き、馬車の外を覗く。
そこには、二人の首が捥ぎ取られた戦士と、血だらけの一番がいた。
「もう雑魚キャラって風体じゃないわ……」
「待ち侘びたぞ、異世界人リナリーベルト、そして騎士王スター」
「既に騎士王ではない。それよりも、戦争党とエンペラー帝国は同盟関係だろう? 同士討ちして平気なのか」
そんなもの、私達が殺したことにするに決まっているだろう。まぁスターも本気で尋ねているわけじゃないだろうが。
「もはや俺には地位も故郷もない。国際関係など知ったことではないな」
思いきや、彼は国を捨てたらしい。ただの復讐の鬼。
私もそういう感じだったんだろうか。
『んなことねえよ、なんて言えねえのが悲しいかな。あの時のお前もこんなんだと思うぜ』
てへへ、反省反省。
「処刑の時間だ。まず一人殺す。新世界統治戦線の中でもう一人。青い大地でもう一人だ」
「一人余るわよ? こないだ一人殺し損ねた?」
煽るような言葉を言ってみるが、仮面の彼は笑っているようだった。
「一人になればどうとでもできる」
「じゃ、青い大地で二人って言えばいいんじゃない?」
「ふざけが過ぎるぞ!」
叫んで彼は瞬く間に数を増やしていった。
横一列、まっすぐ並んだ彼は、まるでみんなでかけっこをしているみたいだ。
なんて簡単なことは言えない。今は十人ちょっとだが、恐らく近づいてきた瞬間に一人になって一万倍パワーを発揮するのだろう。
「変し……」
「その必要はない!」
私達を庇ってくれるのかと、そう思ったが、スターはなんと見捨てるように真横に走り出した。
「ちょ、ちょっとスター!?」
「三人貰った!」
結局まとめて殺すわけね。
全ての一番が叫ぶと同時に。
「秘剣・彗星!」
まるでダーツの矢のように放たれた剣は、お団子みたいに一番の頭を繋げた。
「発射……だとぉ?」
すべての一番が貫かれた! これはつまり……
だが死に絶える前だろう一番がなんとか後ろに分身を作り出した。十人程度にしかなっていないからすぐに他の分身を作れるのだろう。
九千九百九十九倍の力を発揮して、やられそうになったら分身を作るとかしたら……、いや、そんな余計な一人じゃ何もできないか。
とかく分身に余裕があった分、なんとか生き残っただろう彼は、けれど戸惑い、敗走した。
「追わないのかスター!」
ホオフが怒気すら込めて叫ぶ。
「武器はそこだ。素手で彼とやり合えるほど、私も熟達していない」
そう言ってスターは悔しそうに歯噛みした。今の不意打ちは恐らく二度は使えない。新世界統治戦線では更なる苦戦を強いられるだろう。
それでも彼女一人で一番を撃退できた。それは凄いことだ。
「……では行こうか。ここにもエンペラー帝国の者が集まっては、更に厄介なことになりかねない」
馬車に戻り、私達は旅を再開した。
一番辛かったのは、女の子の口からはとても言えないことである。
「……マージで? いや信じられないっていうか全然平気だと思ってたけどまさかマジでこんなことになるとは……はあ~、死にて~」
「言っちゃ駄目」
リウスに窘められるが、こんな子供に窘められるのもまた辛い。
何をしたってそらあれよ、腎臓の機能がとことん悪くなっているってことよ。
「こんなことなる? どういう傷つけ方よ? 膀胱に穴空いてんの?」
「黙って拭け!」
ホオフにまで怒られてしまった。
でも私、これであとどれだけ生活するんだっけ? ちょっと考えたくないんだけど、新世界統治戦線から青い大地までって数日かかるのよね。
「……次の街で、おむつでも買うか?」
「スター、それ一番傷ついたから!」
いやしかし具体的な対抗策などを考えるなら、そういうものが一番なのだろう。
けれどやはり、それは、酷過ぎると思わないでしょうか?
ますます憂鬱なことが増えたけれど、旅は続く。
僅か三日。
新世界統治戦線の東端、ガラリットのいる町役場につく経った三日の間で、私の体力は疲弊していた。
今、私はスターと二人きりで馬車の中で休息し、リウスとホオフがガラリットに話をつけて、青い大地への道を開いてくれるように頼んでいる。
「大丈夫か、リナ?」
「……今どこ?」
「ガラリットという男に話をつければ青い大地だ。もうすぐ、もうすぐに青い大地だ」
強く手を握り励ますように言われれば、本当に死が近づいている雰囲気が出る。
スターの悲壮感も一層その雰囲気を醸し出す。
そんな雰囲気出さなくても体が分かっている。
「長引くようなら、私が行く。ガラリットは顔見知りだから」
「……任せていいか?」
スターに支えられながら歩く。本当に車椅子でも必要になりそうな雰囲気だ。
体が壊死しているわけでもないが、動くのが無性に怠い。
まだアウロラを出て一週間も経ってない! 寿命はざっと三ヵ月から半年と言われているんだ、この数日で疲弊しすぎだ!
まだ体は持つ、ちょっと無理して気丈な姿でも見せてやろう。
扉を開いてホオフとリウスが私の姿に驚く中。
相変わらず半裸のガラリットは、その厳つい顔を歪ませた。
「リナ……おおリナ! お前リナなのか!? そんな風に……やつれて……」
やつれて? 私やつれてるの? まあ固形物を数日食べてないし痩せるかも。
でもスイートとの日々でだだ甘な食事ばっかりだったのにね。
「あ、相変わらず無駄に情感的ね……」
記憶がないとか酷い演技をしていた頃を思い出す。彼には、失礼なことをした。
何より、スイートを紹介してくれたのが彼だ。
この世界に来てふざけた存在とも言える私に親切にしてくれて、様々な情報をくれた、彼がいなければ私は……。
そんなことに浸っている場合ではない。
「ガラリット、彼女がスターよ。無事に会えた。そして私は元の世界に戻る算段をつけにきた。だから、青い大地に行かせて」
言うと、ガラリットはほんの少し黙ったけれど、すぐに笑顔を見せた。
「リナの言葉は全て真実だったわけだ。信じてよかった」
彼が差し出した手を、私は握り返した。
「ついてこい」
この旅は、ついに終わりを告げる時が来たのかもしれない。
ガラリットが門を開くと、そこは一面の青い大地だった。
「この先は危険な場所だ。最近はドロームも多く見られている」
彼の言うドロームが、かつて私を襲ったオオムカデだと即座に判断できる。ハングドマンの知識は後付けみたいで面倒だなぁ。
「それよりガラリット、別れる前に言わなければならないことがあるんだけど……」
スイートのことは彼に言わなければならない。私のせいで、彼女が死んだことを。
けれど、彼は目を閉じて、私の言葉を遮った。
「スイートのことは、そこの二人から聞いた。あいつはいいんだ、きっとそれがあいつの選んだことなんだろう」
そんな言葉だけで済まされることじゃない。私の旅に付き合って彼女は死んだ。
「糖分の摂取で病にかかっていたのだ。貴様が気にすることでもないだろう、リナリーベルト」
「ホオフは黙ってて!」
「それよりリナ、お前には辛い想いをさせた……」
ガラリットは、そう言って涙を流し始める。
「罪の意識を持つな。孤独な旅になって、スイートの死の重圧をずっと感じていたんだろう」
違う、私にもっと力があれば……。
『リナ、今のお前はらしくないぞ。悪いのは四苦だろうし、その復讐もした。ガラリットと顔を合わせて、どうかしたのか』
(! ……だって)
『今更だ。悲しいけどよ、あれはもう、スイートの選択を認めてやるしかないさ』
…………。
「リナ、お前はあいつの生きた意味を無駄にするな! 精一杯、お前の生きた証を残すんだ!」
彼は涙ながらに絶叫する。きっとホオフ達から私の余命も幾ばくもないことを聞いたのだろう。
そうか、私も彼女と変わらないのか。
ならば死に瀕した私はどうするべきなんだろうか。
考えても分からないし、正しい答えなどない。
玲子ならば私の体を治せるかもしれないと考えたけれど、元の世界に戻るのは命惜しさじゃない。
少しでも正しいと思えることをしたい。
「……ええ。リナ・リーベルトこの世にあり、と伝えてやろうじゃない」
そして、ガラリットに別れを告げた。
馬車は進む。
今はホオフが馬を引いて、スターとリウスが私の傍で守ってくれている。
「……それで、どこに向かっているの? もう青い大地だからあなたの言う実験でも何でも、できるんじゃない?」
私が出現した場所も特に何もない青いだけの場所、ここと既に変わらない気がする。
だが、とスターは告げる。
「この青い大地は元々ハーミットの所領だった。今でこそドロームなど危険な生物が発生し、徐々に人がいなくなったが、建物や神殿がある」
私が来た時にはそんな雰囲気すら感じなかったが。
「これは重要だぞ。我ら二十二の王を異世界に送ったハーミットの所領、異世界に移動する魔術を行った痕跡があるはずだ」
「そこを調べれば……」
「恐らくかなり高い確率で火野札市に戻れるだろう」
ただ、この世界から王はあっちに送られる際、カード化していた。
しかも遠くにいる二十二人が同時に移動したのだ。魔術はかなり特殊な形状なんだろう。
いや全然詳しくはないんだけど、少なくともその場の一人を移動させるのとはわけが違うくらい素人の私にも分かる。
「魔術に関しては私も造詣が深いし、天才魔術師のホオフ殿もいる。こういう時は頼りにさせてもらおう」
スターはそう言って笑う。あれに頼るというのも……いや、彼も仲間だ、認めよう。
「ただ、一番の動向が気になる」
新世界統治戦線で一人殺すと、そう言った彼は結局三日の間一度も姿を現さなかった。
復讐心を忘れたわけではないだろう。
だからこそ襲ってこなかったのは意外過ぎる。
「彼は数も、力も、知恵もある」
「一人軍隊ね」
「我々の目的を知っているならば、恐らく一人ずつと言わず、ここで一気に来る」
「さあ? 案外本国の追手に殺されたりしたんじゃない?」
もう少し、あと少しの段階なのだ。
普通、こういう時を一番気をつけるのよね。
「ドロームが出た! スター!」
ホオフの叫び声が聞こえると同時に、私は呟く。
「さっきのなしで」
あとどれほどの時間、私はこの世界にいるのだろうか。




