帰ってきたアウロラ共和国と復讐者
中立魔導を抜けて、アウロラ共和国の城壁が見えた。
ここの城壁は堅固だったなぁ、そして入る時は荷物を全て渡す、と。
…………。
以前よりも入念なチェックの後、私達四人はようやく国内に入れた。
欧風の石造りの建物は、以前より多少は色彩豊かになっている。前はどの建物の色遣いも同じで奇妙なものだった。
「さて、これから馬を借りて一晩以内に抜けるつもりなんだが」
とスターが言ったところで、私が大袈裟に驚いてみせた。
「ちょっと待って。そんなにすぐ? 思い出に浸る時間が欲しいんだけど」
「っと、そうか。それは想像だにしていなかった」
想像だにしないわけがあるか。スターなりのスター自身を信用した結果だろう。私とて死ぬ前に教皇がどうなったかくらいは見ておきたい。
「あまり時間をかけたくはないのだが……では彼がいるだろう楽園に寄ってみるか?」
うんうん、と私が頷いていると今度はホオフが反論。
「それなら私は一人で行動させてもらおう。何やら、不穏な感じがあってな」
「不穏な感じ?」
予言者のホオフが不穏と言うのなら、それはもう絶対に不穏というか危険なことだろう。
「じゃあスターから離れない方がいいんじゃない?」
「それも確かであるが……ちっ、貴様と関わりを持ち過ぎたせいで私自身の未来すら見えにくくなっている」
「それ私のせい?」
「知らん。ともかく俺は一端貴様と離れる。せいぜい死ぬなよ、リナリーベルト」
言ってホオフは嫌がるように私から離れていった。なんて我儘な奴。
三人になって会話の方向も迷子になったところで、スターが先陣を切った。
「ともかく、歩こう」
女三人旅、にしても花のないパーティになってしまった。
ホオフは一体どうやって合流する気なのだろうか、と悩みながら歩くこと数時間。
「もう遅くなったな、そろそろ宿を取ろうか」
私とリウスは無言で頷く。
私という英雄の凱旋にも関わらず、誰も何も話しかけてこなかった。私って目立ってなかったのね。
楽園だか花園だかいうあそこは、今は普通の恰好の人も入っているが、やはり特別な場所扱いは変わらず、私達のような旅行者が入ることはできなかった。シーナや教皇が何処にいるのかもわからない。
面倒だからこの国はとっとと抜けたくなった。感慨も何も沸きやしない。
三人一部屋でベッド一つ、また貧乏な感じで泊まることになったものだ。
「ベッドはリナが使ってくれ。私達には必要ない」
とスターが言い切るが、それは私の良心が許さない。
「リウスだけは湯たんぽ代わりに貰うわ。小さいし、子供だしね」
当のリウスは嬉しくなさそうだけど、スターが一言口添えしてくれてそのような形になった。
こうなってはホオフがどこにいるかが気がかりだが、なんなら死んでいても問題はない。
今は休もう。
暖かな布団の中で、傍にリウスがいる中。
ふと考え事を始めてしまえば眠気が遠ざかる。
距離を感じる人間関係ほどやりづらいものはない。
野放図に人を信用することを愚かとは言わないが、私はそういう人を多少は嘲りながら、それに付き合ってきた。
だからこそ、自分の本性にうすうす気づいているスターとの付き合い方が分からない。
彼女を公明正大な仁道にある人と思ったからこそ、彼女への応対を面倒臭がり、本性を見せるようなことをしたり、軽くあしらったりした。
だからこそ今、彼女は私への警戒を強め、そして今気まずい空気になっている。
彼女は私の想像通りの人間ではなかった。少なくとも、私が見ている彼女の一面は、元の世界で星奈と共にいる時には見せなかったように思える。
誠心誠意に星奈を守り、庇う姿に比べて、私を守ろうとするスターの振舞いというのはどうも強引というか暴力的ですらある。
どういう心境の変化か、それともやはり私と星奈を比べることが間違っているのか。
彼女は私をどうしたいのか。
忠君は主を正しきへ導く。
スターはそう言ったが、スターにとって正しい私とは一体何なのか。
それが何にせよ、勝手なイメージの押し付けはごめん被りたいものだ。
次の日は、早くからスターに叩き起こされた。
「さて、もう国を出ようか」
「えー、この国で何もしてないのに?」
寝惚け眼を擦っているが、スターは既に少ない荷物の準備まで始めている。
「留まる意味もなく、君に会いたいという人間もいないから仕方ないだろう?」
きっとアルカや教皇は私と会いたいと思っているだろうが、私が来ていると知らないのなら仕方がない。
「そうね、仕方ない仕方ない」
こればっかりは彼女の言う通りだ。いちいち探してまで会おうとは思わない。
今の街を見れば充分分かる。反政府活動しているような人もいるが、それだけこの国に自由が戻ったということなのだろう。
それが良いかどうかは分からないが、きっとあの子はそれすら喜んでいるのだろうと私には思える。
まだ寝惚けているリウスを揺さぶりながら、部屋から出たスターを目で追った。
やっぱろホオフとどうやって合流するんだろうと悩み、結局どうでもいいと結論付ける。
三人の旅は実に静かだ。馬蹄の音以外しない。リウスもスターも喋らないから。
『このままでいいのか?』
おおっと、彼がいた。
(最近よく喋るわね)
『お前はこのまま終わってもいいのか? 後悔しないのか?』
このまま終わると言うのも分かりにくい話だ。それは死を意味するのか、元の世界へ戻ることを言うのか。
『分かり合えないなんて悲しいだろ?』
(ええ、この世は悲しみと恐怖に満ちているもの。どれだけの人が分かり合えていないか……)
『でも分かり合えるだろ! お前とスターは!』
いつになく熱血なハングドマンに、少しついていけない。
『お前が話すだけだろ!? お前が自分の気持ちに正直に、スターに色々話せば、きっとそれで……』
(どうせ別れるのよ? 死ぬか、元の世界に戻るかは分からないけど)
『だからだろ。だからこそ今のうちに話し合うんだろ? お前が言ってたことだろ、話し合いは大切だって、分かり合うのが大切だって』
「あんなのは命惜しさの考えよ」
地の底から恨むような声が出た。確かにアウロラや中立魔導やらでそんなことを言ったかもしれない。けれどどれも、私が死にたくないがための発言。
『それだけじゃないだろ、分かり合うってのは。どうして人と仲良くすることができないんだ。お前にとってスターは何なんだ! 殺されたくないってしか思わないのか?』
(……思わないわよ)
『嘘だな。腕を失ってまでウラルドを守って! 命に代えても教皇を守ろうとしたお前が!』
「私の何を知っているって言うのよ!」
『何年ずっと一緒にいたと思ってんだ! 体のどこから洗うかも知ってるっての!』
私は黙ってハングドマンのカードを投げ捨てた。
リウスがそれを物珍しそうに拾って、私をじっと見つめる。
「リナ、大丈夫か?」
スターが心配そうに私を見るが、私は黙って首を振った。
「気にしないで」
今度こそ静かな馬の旅になった。
ただただ、何事もなく旅は進んでいく。
何もしなくても青い大地に辿り着き、何事もなく元の世界に戻れるかもしれない。
このまま去れたとて構わない。
でもハングドマンはどうしようか。
彼の能力は看過できぬほど強力、その気になれば玲子すら殺し世界を自由に股にかけることができる。
けれど彼は五月蠅い。
そう感じるのは彼の発言が正鵠を射ており、それがどうしようもなく正しすぎるがために、私が嫌な想いをするということだ。
ならば私が認めてしまえばいいのだろうが、それは私の人生の否定にもなる。
……それすら認めてしまえばいいのだが、これは単に私が子供だから認めたくない、としか言えない。
しかし――
死すら恐れない私が、人生の否定に今更うろたえるのも可笑しいだろうか?
別れを恐れ、出会いを恐れる。だが出会えてこそ恐れを失くすことができる。
私の求める答えは永遠にたどり着けないものではない。
恐れを乗り越えてこそ、恐れを失くすことができるのだろう。
ならその恐れを乗り越える、その一歩を踏み出す勇気が私にはないのか。
違う。
「リウス」
顔をあげたリウスにもう一言私は告げた。
「そのカード、返してくれる?」
無言で渡されたハングドマンのカードを受け取り、改めて私は思う。
『……なんだよ?』
(私も勇気を出してみようかと思ってね)
自分が抱いた絶望も、失った人生の意味も、スターならばそれなりに相談に乗ってくれるだろう。
他人との会話よりも自身で思考することが重要だと思うが、自分の死という結論はやはり覆しておきたいものなのだ。
『で、どうするんだ?』
(スターと話すから、あなたに勇気をもらおうと思ってね)
怖いから、誰かに付き添って欲しい。そんな単純な感情だ。
『お前も可愛いこと思うようになったな』
(これからは可愛いリナさんの方向性で行こうかしら?)
嘯きながら、私はそっとリウスに近づく。
「もう大丈夫だからね」
ちょっと笑ってから、スターの方へと這う。
「ねえ、スター」
ドキドキする、やはり私も生娘なんだなぁ。
けれど返ってきたスターの反応は想像だにしなかった。
「リナ、リウス、構えてくれ」
緊迫した雰囲気、既にスターは手綱を握っていない。
「敵だ」
「こんなところに?」
覗き込んだ外には、既に見慣れた雑魚軍団がいた。
「一番……」
国防四人組の、最後の生き残りだ。
リウスが鉄爪を構えて私の隣に立つ。
「変身、ね。にしてもスター、後で伝えたいことがあるんだけど……」
言いながら光に包まれる私は静かに思った。
これ、死亡フラグ。
デスイートを置いてきたとはいえ、私にはナイフがある。
これで敵を殺すのは肉体の出来が違うために困難だが、敵の力を無力化させることぐらいはできる。
それに義手の武器も自衛には充分すぎる。これでアイベリーを苦しめたわけだし。
問題は、既に数えきれないほどの一番が前にいること。
「よくもまあ、これだけ囲まれてくれたわね?」
「最初は一人だった。これほど早くに分身を作れるとは思わなかったが、敵を甘く見ていた」
そう言うスターに非はないだろう。一撃で五、六人を切り捨てるなんて話をも聞くスターがこの厄介な敵をのんびり放置するわけがない。
「でも、この敵どうする? このまま増えられたら何にもできずに殺されそうなんだけど」
「大丈夫、死んだ一番はこれほど早く分裂はできない。五万体も殺す頃には抜けられる」
スターがまたとんでもないことを言って簡単に笑う。そんなことしてたらやっぱり死ぬ。
「一般人五万人なら、二人を守りながらどころか馬車を守りながらでも勝てるさ」
はぁー、と重い溜息を吐く。確かに数は多いが、彼らは武器を持っていない。それならスターは勝てるのかもしれない。しかし、なんか気怠いやつよね、スター。
「……随分と舐めてくれたものだな」
一番の雰囲気は重い。雑魚キャラと罵ってばかりいるが、国防四人組の中で最も厄介な存在だと私は認識している。
最初に殺した神速の三番、レイフェスと同じ能力の二番、四苦のカイクーに殺されたアホの四番、能力だけでみればこの一番が最強だろう。
「私とリウスはなるべく動かずに身を守るから、スターが戦って」
「そのつもりだ。無論、警戒は怠るな」
言ってスターは風のように駆けた。
速い。豪風が私とリウスを包む。一番の大軍もスターに警戒する以前にその威圧に押されている。
彼女の言葉が嘘じゃないと分かる。彼女なら一日とかけずに五万を倒せるだろう。
右へ左へ、後ろへ前へ、ピンボールのようにスターが跳ねる度に一番が吹き飛んでいく。
だが、それでも一番は全員が声を合わせて言う。
「俺の目的は」
「仇討ちだ」
「我らが国防四人組と」
「ライバルであった四苦を殺した」
「スター、そしてそこの異世界人!」
遠慮気味に距離を詰めていた一番が、突如として全員襲い掛かってきた。
だがこちらも戦闘態勢、いつだって時間を止められる。
「やらせないさ」
それ以前に、スターの攻撃を彼はかいくぐれない
たった一人の戦力に蹂躙される彼らに同情はない。
彼に対してはどこまでも冷淡に、そして油断も慢心もなく、警戒もしていた。
それでも――。
突然一人のみになった一番の攻撃に、その速度に。
私とリウスは気付けなかった。
気付いた時には意識すら吹き飛ぶ一撃を食らっていた。
「一万倍の速さだ、利くだろう?」
分裂だけじゃなかった。
それは知っていた。
ここで万倍の数を解除するということは、死ねばそれまでということだ。
それを彼がするということを予想できなかったのが私の敗因だろう。
そんなことを考えて、そして意識は闇に堕ちた。




