さらばレベルレット!
馬車の中からスターの背中を見る。
奥にはギャチルが立っていて、スターと睨みあっているような状況だ。
「それじゃ、投降してもらいますよ、師匠」
スターは答えない。もっとスマートにスターが話をつけたか、バレないように青い大地まで行くと思ったのだが、馬鹿正直に見つかったらしい。
『いや、スターは正々堂々としているがそこまで馬鹿じゃねえ。大方、あの男のギャンブルだろ』
それが事実なら博打王、というよりただの強運だ。そんなもので進路を邪魔されるなんて堪らない。
「リナ、二人ならば馬を使い切り抜けることもできるが」
スターが私に目をやる。その場合、リウスとホオフは切り捨てるのだろう。
「流石に寝覚めが悪いわ。おとなしく捕まりましょ」
「そうか」
スターは言うと馬車の中の私の手を取って、堂々と騎士の前に姿を現した。
「条件付きの降伏、と言ったところだな。自由を保障してもらおう」
負けの立場のくせになんて尊大な態度! ジャパニーズ奥ゆかしさとかけ離れたスターの態度に正直肝を抜かれた。
「条件付きっつったって四人だけ、安全を保障するんで自由にしてもらっちゃ困りますって」
ギャチルが呆れた風に言うが、スターはいつでも刀に手をかけれる状況。
「安全は既に私が保障している」
負けた側が言うことじゃないのよ、それ。
「師匠、子供の我儘みたいなのはやめてくださいって」
「……ふむ、自分の立場を分かっていないのは私ではなくて君達だと思うが」
さっきからスターの態度はまるで敗北者ではない。むしろ敵よりも有利であると信じ切っている態度。
そして馬車から武装したリウスとホオフも出てきた。
「騎士は君を含めて九人ぽっち。よく投降してもらうなんて言えたものだな、と私は少し驚嘆している。今は主人の言葉に従ったが、命令によっては全員切り捨てていたところだ」
「厚顔無恥って知ってる?」
これは私の言葉、ついスターに余計な一言を言うが、彼女は私の頭にぽんと手を乗せるだけだった。余裕綽々っすね。
「それよりも、だ。ギャチル、今は戦争党の反撃が考えられる時期、私のような強敵をも相手取る必要はないと思うが」
「いやいや師匠とリナが抜けるって状況だから止めてるんでしょうが! 窮地って分かってんなら手伝ってくださいよ!」
「リナはもう数か月もこの世界に残っている。一刻も早く元の世界に戻すべきだと思わないか?」
「思わないです! そりゃ、確かに四苦と一緒に国防四人組まで壊滅に追い込めたのは想定以上の成果ですがね、案の定あの一番の野郎は生きてるんですよ。せめてアウロラとの連携がしっかりとれるまで……」
「もう私なしで頑張るべきだ。今の王は君だろう」
「使えるものは何でも使うのが俺の主義です!」
「話を続けても埒が明かないわねぇ……」
師匠と弟子がぐちぐちぐちぐち、つまらないったらありゃしない。
ので、提案を私が出す。
「じゃあこうしましょ。ホオフとリウスと私で青い大地に行く。スターは残る。はい完璧」
「私が調査、研究しなければ異世界間の移動はままならないだろう? リナ、短絡的な考えはよせ」
「いっけね、忘れてた!」
てへっと舌を出して笑って見せる。別にこの世界でも適当に死ねりゃそれでいいのだから、忘れていたフリをしたのだが。
「とにかく! 師匠をここに監禁してでも残ってもらいますからね」
ギャチルめ、少し敬語が上手くなっているわね。はぁ、めんど。
そんな私の気持ちが伝染したのか、スターも溜息をついた。
「やれやれ、不肖の弟子だ。後始末は私がつけるか」
言いながらスターは剣を抜いたので私はそれに手を重ねる。
「いやいや、まさか殺すなんて言わないわよね?」
「それはギャチル次第だ」
言ってスターは私を後ろに押した。近寄るな、という感じで、その後ろ姿の気迫だけで充分伝わる。流石に止めないと。
「命令! 降伏!」
「断る」
本当に誰だこいつを伝説の騎士って言った奴は! いつもいつも命令を聞きやしない!
「じゃあ、変身!」
スターが戦闘態勢に入り、私が変身したことで騎士のいくらかが動き始める。
だが気にせず私は時間を止め、スターの両腕を封じるように羽交い絞めにして、変身をすぐに解いた。
「……私が後ろを取られるとは。やるな、リナ」
スターは感情を排したように言う。恐ろしい雰囲気だが、私は笑ってやった。
「いい? もしあなたが強引に振り解いたり、このまま騎士と戦ってみなさい。貧弱な私の体はたぶんすぐにバラバラになる。骨は折れる。もしかしたら死ぬ」
『……危険だが、これは仕方ねえな』
ハングドマンも認めてくれたスターを抑制する方法。つくづく時を止めるとは反則じみた技だ。
スターはしばらく動かなかったが、やっと溜息をついて剣を捨ててくれた。
「……弟子に投降しろ、などという屈辱を主は認めますか?」
スターの言葉は驚くほど冷静で、しかし冷血。
「……そんな下らない事を気にしていたの?」
「下らなくはありません。これは騎士の沽券に関わる問題です」
何が問題って、ギャチルの最初の言い回しをずっと気にしていたらしい。
「スター、あなたの誇りと私、どっちが大事?」
「っ……あまりに酷だ、その質問は」
敬語を使う真剣な雰囲気すら崩れる、ほどに彼女も狼狽しているらしい。
「条件はギャチルに任せての降伏、それ以外の選択をすれば、私はあなたへの信頼を失うわ」
「……私にも、リナを信頼させてくれるか?」
自分で使った信頼、という言葉の重みが倍以上にもなって返ってきた。
私にとっては余計だった要素だ。そもそも、私に対して信頼など、おかしな話ですらある。
「信頼は私がさせるものかしら? 勝手に人がするものでしょ?」
「リナなら分かるはずだ。私に、君を信頼させてくれ」
その言葉に従ったなら、私は彼女に対して誠実になってしまう。
正直にものを話し、理解者になられて、心を許してしまう。
それは、とても辛い。
心が穏やかになることが辛いなんて、本当に難儀な生き方をしてしまったものだ。
「信頼は……私がさせることじゃない」
「……そうか。ならば私は、私自身を信じ、私の勝手で行動しよう」
突然顔に覆い被さった手は私の体を容易くスターから引き剥がす。
そして彼女は落とした剣を拾い去ると同時にギャチルに向かって一直線に走り出す。
「ま……」
声を出す間もなく、二人の騎士は既に剣を叩き落とされ、ギャチルの首にはスターの左手が締め付けられていた。
「動くな。こいつの首などすぐにへし折れる」
苦しそうに悶えるギャチルの姿を見て、レベルレットとの関係が破綻したと悟った。
中立魔導の領地の間はギャチルを人質にして、私達は再び馬車で北上した。
次の目的地はアウロラ共和国、道は長いが、馬車の中の空気は険悪だ。
スターは元より会話がなかったけれど、さっきの会話のせいで話せないことが却って重苦しい空気を出しているようだ。
何よりギャチルを捕虜としてこの馬車に乗せているため、リウスもホオフも口を開こうとしない。
『信頼させてやる、ねえ。させてやればいいだろ』
(信頼……いやよ。これ以上スターに言い寄られたら、本当に好きになっちゃうかも、なんちて)
『……怖いだけじゃねえのか? 信頼し合っていたスイートが死んじまって。他人と仲良くなるのが』
ハングドマンの言葉は図星に近い。ただ少しだけ違う点を挙げるとすれば。
(それは最初からよ。ナナと別れたあの時からずっと。だから馬鹿のフリして真剣な人付き合いなんてしなかったのに……こっちに来てから私も甘くなったかしら)
ハングドマンは言葉を続けなかった。ただ悲愴漂う雰囲気を私に流してきたからうっとうしかった。
こちらからレベルレットには、中立魔導を無事に抜ければギャチルを返すという声明を出しているため、しばらくはこのまま北上が続く。
「アウロラ共和国、実際に行くのは初めてなんだが、どうなっているか知っている者はいるか?」
スターの質問、私は答えられずにホオフが答えた。
「狂信者の国、などと嘯かれていたらしいが、私が行った時はそんな雰囲気は微塵もなかったな。あんな子供が指導者ということに驚いたが、年の割に聡明なガキだった」
「国家元首をガキ呼ばわりなんて、流石はホオフ様ね」
「今の体制については貴様の方が詳しかろう、リナリーベルト」
ホオフが呆れたように言って、私はちらとスターの方を見た。
「なんだ?」
「いえ、言っても信用されないんじゃないかなって」
「私の言う信頼は、そういうものとは違うのだが……。いつでも待っているよ、君が心を開いてくれるのを」
どうやらスターは怒っていないようだが、私との距離感は開いているらしい。
ま、ともかく情報を話そう。
「元首の教皇は以前は教えられた通りのことしかできない子供だったけど、見事リナリーベルトの活躍によって彼の父でもある、元の世界で私達が知っているハイエロファント同様の権謀術数操る俗王になったわ。ハイエロファントの手記なんかも利用して、犯罪者上がりのレイフェスなんかも重用するんだから、国の首脳は完全に宗教から脱しているわね。国民がそれについていけているかどうかは分からないけど、私が教皇には好かれているし、抜けるだけなら簡単だと思う」
話すべきはこの程度だろうか、と思っているとスターが呟く。
「……彼に子供がいたのか」
「あ、知らなかったんだ」
「知らなかったどころじゃない。大事件だぞ」
ギャチルの表情を見て、いかにそれが深刻なことかを悟ったが、すぐに彼は引き続き言う。
「このことは墓場までもってけ。戦争党やらにバレなきゃいい」
レベルレットとしては同盟国だから、ギャチルは庇ってくれるらしい。その方が私としても助かる。
「アウロラはともかくエンペラー帝国を跨ぐのがダルいわね。お金はいくらくらいかかるのかしら?」
「あんなもの、門番がサボっている時に通ればいいだろう」
ホオフが当然のように答えたのを、私は聞き逃さない。
「なにそれ?」
「あの門番はよくサボるからな。私の予知でいない時を見計らえば、容易く不法入国できる」
「……マジ?」
「何故嘘を吐く必要がある?」
ホオフが当然のような顔をして言うので、そういうことなんだろう。
金を失くし、スイートにいびられながら黒いビキニ来て裸ばっかの馬鹿の楽園に行ったことを思い出すと脱力する。尤も、そのおかげでアウロラは形を変え、レイフェス達とも知り合えたわけだが。
だがそれがなければ、素早く行動してスイートが死なずに済んだ可能性も……。
後に引きずるのは私の悪い癖だ。取り返しのつかないものだからこそ特に。反省は重要なれど後悔は無駄。
「中立魔導を出る。ギャチル、お出迎えだ」
探す必要もなく、馬車の外には数多の騎士が道を作っていた。
騎士に囲まれた一直線の道、真っすぐ進めと言わんばかりに、そして進む私達を威圧するように馬車の両際を挟む騎士の列は、理路整然と、美しく続いていた。
なのに、一人だけ列に外れ馬車の行く手を阻む騎士がいる。
「やや、どうもどうも」
「……ラムクル」
リウスが呟く。しょっちゅうリウスと一緒に私を見張っていた鎧だ。
「これ、アルドラ王から餞別の品です」
と渡してくれたのは青い瓶。中には透明の液体が入っているが、十中八九酒だろう。
「そしてこれはナタラシオン王から。リウス殿とリナ殿お二人にそれぞれ一通ずつ」
今度は手紙、私は早速その内容を見た。
『親愛なる、美しく、聡明で、可憐な、リナリーベルト様へ』
何か重要な暗号や何かないかと探すためにも一端流し見したが、本気で下らない文言しかなかったのですぐに破り捨てた。
「ギャチルより死ぬべきじゃないかしら?」
スターについ一言漏らしてしまったが、ラムクルとスターが苦笑いしただけだった。
一方のリウスは、普段とあまり変わらず表情の変化に乏しい。ただ、読む時間の長さに鑑みればきっと大事なことが書かれてあったのだろう。
「……喧嘩別れみたいになっちゃってごめんね」
この世界だけで考えれば、なんだかんだで一番よくしてくれた国だろう。それを、恩を仇で返すような形になってしまった。
「誰も気にしていないと思いますよ。相方がいなくて寂しい騎士はここにいますけどね」
ラムクルの言葉は私ではなくリウスに向けられたものだろう、彼女はばつが悪そうな顔をして。
「ごめん」
と呟いた。
「……あなた方は敵ではありませんからね。幸運と祝福のあらんことを。あと、伝説の騎士の加護もね」
「ラムクル、あなたって私がこの世界で会った人間の中でも最高にいい人だと思う」
彼は優しく笑うだけだった。
そしてギャチルを解放した後、追ってくる者は誰もいなかった。




