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リナのメイソウ・悩ましき生

 元々騎士の家系であったリウスは幼い頃からその修行を行っていた。

 それが両親を戦争で失ったために、父が仕えていたというナタラシオン直属の騎士として今なお彼に仕えているのだという。

 感動的な両親との約束、父の仇が四苦であるだろうこと、ナタラシオンとの絆など彼女の拙い言葉遣いで精一杯伝えてくれたみたいだが、今の私にとってそれは重要なことではない。

「私は、リナに仕えたい」

 話の結びにリウスはそう言った。

「なんで? 仲良いから?」

「伝説の騎士が仕える主、誰だって仕えてみたい」

 人のことをブランド品扱いときた。子供だから仕方ないと言えば仕方がないか。

 それに、理由がそれだけというわけでもないだろうし。

「ま、断らせてもらうわ。気楽な一人旅が好きなもんでね」

「嘘吐き、ずっと誰かと一緒だったくせに」

 私の旅の話はスターにも語っていたから、リウスもある程度知っている。

 だからこそ耳が痛い言葉だが、それでも彼女を連れて行くのは面倒過ぎる。

「それでも私は一人がいいの。久しぶりに一人の生活しないと勘が鈍っちゃうから」

 軽く笑って見せると、リウスはようやく旅の準備に戻った。

「レベルレットまでは一緒に行きましょう。そうしたら、お別れね」

 もう二度と会うこともないだろう。悪いことをしたと思うが、それでも決意は変わらないものだ。



 人の賑わいも収まってきたころに、ようやくリウスの準備は終わった。

 幼い少女が背負うには大きすぎるリュックはコミカルで笑いが込み上げる。

「そんなに一杯何が入っているの?」

「食べ物とか」

 それきりリウスは黙りこくるので、私は先導するように歩き始めた。

「待て、リナリーベルト」

 今度来た男の声も、もう聴き慣れたものだ。

「ホオフ……、あんたまでなに?」

 見れば、レベルレットでもらった白衣ではなく、中立魔導の時の修道士のような服と槍。

「私を殺すってわけ? まあ、それならそれでいいけど」

 手間が省ける、と思ったがリウスが鉄爪を構えると同時に彼は槍を納めた。

「騎士見習いが相手となるとそれも難しいな。おとなしくついていくことにしよう」

「はぁ? どういうつもり?」

「私が未来を読むのは何も戦争で勝つためではない。全てを知るためだ。ならば貴様と共に過ごせば、私が予知できないことを知ることができる。そういうことだ」

 小難しいことを言っているが、要するにうざったいのに彼が私に同行するということは分かった。

「ホオフにリウス……なんて賑やかなパーティでしょう」

 だが、もう一つ凛とした雄々しい声がなる。

「私を忘れてもらっては困るな、リナ」

 私が今最も会いたくない人間だ。

「……まだスター様はお忙しいかと思ったけど」

「リウスと君がうろうろしているとホオフから聞いてね。さて、レベルレットに向かうのか? それとも青い大地」

 当然のように話を進めているが、彼女は大事なことを忘れてはいないだろうか。

「その前に、中立魔導の防衛隊長でしょ? 持ち場につきなさい」

「そんな約束は知らん」

 誰だこいつを最強の騎士だの伝説の騎士だのと敬う奴は。全員正面に並ばせて片っ端からビンタしたい。

「レベルレット、みたいだな。行こうか」

 強引にスターは私の手を引いて歩き始める。

 ああ、なんていうことなの。



 数日の後にレベルレットに無事到着した。

 果たしてスターがいなくなった後の中立魔導は如何なる混乱に包まれているのか。それはさておき私は無事にスイートの墓前で両手を重ねていた。

 ――仇は取ったからね。

 彼女が喜んでいるのか、悲しんでいるのか、スイートはきっと困ったような笑みを浮かべているのだろう。褒められたい子供が一所懸命に間違ったものを作り出したものを見た大人のように。

 私の行為の全てが間違っていたとは思わないが、私自身はそれを過ちだと認めている。私がすべきことではなかっただろう。

 どうせなら私が知らない間に誰かが見知らぬところで奴らを殺してくれればよいものを。なんて考えたところで仕方がない。

 ともかく、私がこの世界ですべきことは恐らく全て終えた。ならばこそ、もう武器は必要ない。

「スター、打ち直してもらって悪いけど、これを弔いの品に置いていくわよ」

 彼女が埋まっているというところに、私はデスイートの刃を突き立てた。

「不作法じゃないか? 死人に武器を……」

「別に撤去されたらそれでいいわ。私の気持ちよ。ここに、これを置いていく」

 もうスイートに思い耽るのはなしだ。彼女も私の思い出の一部になってもらおう。

 赤い刃のデスイートとも別れる時がきた。

 正直、大きくて邪魔だと思ってたけど、それがない義手はなんだか軽すぎた。



 これからの予定としては、中立魔導、アウロラ教国、エンペラー帝国、新世界統治戦線と、来た道を引き返して青い大地に戻り、元の世界に戻るための方法を考える、というものだった。

 遊び心がないというか、計画性そのものを凝縮したようなつまらない予定だ。

 来てすぐのレベルレットを発ち、中立魔導に戻るのも少し味気ない。

 スターが気を利かせて用意してくれた馬車で御者はスター、荷台にはリウスとホオフと私の三人。

 別に眠ってしまってもいいのだが、まんじりとしない中で私の意識は覚醒していた。

 ホオフが私を殺すかどうかは別として、リウスは彼を警戒しているらしい。スターは何を考えているのか知らないが、少なくともこの空間に干渉する気はないらしい。

「二人はさ、私がこの世界からいなくなったらどうするの?」

 ホオフは片目を閉じているが、頬を掻きながら両目を閉じて答えた。

「さてな。分からん」

「分からんって、考えないの?」

「元々アルカの中立魔導から逃げ出せずに困っていたのだ。それを貴様が来てからは貴様に付きっ切りだからな」

 そうはいってもレベルレットでの日々は研究の毎日だったはず。恩がないと言って彼は離れたがったが、そこに残らせてもらえば人生は真っ当なものになるだろう。

 だが彼はそれを否定した。

「だから言っているだろう、私は様々なことを知りたいがために研究しているのだ。王国付きのくだらない研究員になどなれるか」

 そう言われると、真っ当な人生からドロップアウトした私がこれ以上言えることはない。

 彼も私のように風の向くまま気の向くまま、適当な人生を送るのだろう。

 一方のリウスは、ただ一言。

「ナタラシオン様の命のまま」

 騎士が二君を持つのはどうかと思うが、また主を戻し今まで通りに戻るのだろう。

「自分の意志ってのがないのねぇ」

 軽く笑うと、二人ともムッとしたようだった。

「貴様はどうなのだ? 元の世界とやらに戻ってどうする?」

「私? それは……」

 骨を埋めるならば、いっそナイアガラの滝のようなド派手なところに飛び込もうか。幻想的な南極の海は寒いだろうから静かに眠るように氷の上で力尽きるもよかろう。単純な美しさならばエーゲ海に身を沈めるのはきっと心地いいだろう、乾燥したかの地域の水辺で死ぬのならきっと安らかだ。

「色々選択肢はあれど、結果は全て最後は死。それまでの過程が違うだけ」

 そういえば元の世界に戻れなかったら、のことを考えていなかった。見張りが三人もいると自殺は容易くはない。

 けれどかの幻想的な青い大地にて命果てるのも一興。また変な世界に飛ばされたりしそうだけど。

「具体的に、直近に何をするかを聞いているのだ!」

 ホオフはなんか怒っているみたいだから、こちらも嘘がないように答える。

「綺麗なものでも見るかな。私の世界にすっごく大きな滝があってね、耳をつんざく轟音をかき鳴らす、凄い滝」

「ふん、所詮はその程度か」

 つまらなそうに鼻を鳴らし、彼は私から興味を失ったようにそっぽを向いた。実際にあれは凄いのだけれどなぁ。

 どうも私は法螺吹き異世界人と思われている節がある。ホオフのみならず多くの人にだ。

 死を前にしてから自分の評価というものを気にしだすのは情けない、けれど考えてしまう。

 この世界では精々レベルレットの英雄である法螺吹き、だろう。

 元の世界では玲子に便宜を図ってもらい、チェンジャーの能力を失ったということにしてもらい比較的自由に動き回っていたが、そのために知名度は他よりも低い。

 所詮私は一革命組織の末端で世界をうろうろする名も覚えられない奇人の一人にすぎないだろう。

 誰が私を覚えてくれているだろうか。鈴輝か、玲子か、星奈か、他のチェンジャー達か、私の親か。

 彼らは私を一体何だと思っているのだろうか。

 玲子は私のことをよく知っているから、世を儚み自害したと察してくれると思える。そのことは少しだけ安心できた。

 自分を理解してくれる人がいるというのは、やはり心休まるものか……。

(ああ、全く嫌な気分)

『なんでそれが嫌なんだ?』

(安心するってのは結局あの考えを認めてしまうからよ。それに、その唯一の相手が玲子っていうのがねぇ)

『ははっ、確かにな』

 久しぶりにハングドマンと普通に話して、ふと気づく。

(そういえば、あなたも結構打ち解けているわね)

『まあ、もう三年、四年目くらいの付き合いだからな』

(そのせいかな、私がこんな風になったのもあなたのせいかもね)

『それはないだろ』

 さあ、どうだろうか。私は彼を矮小な存在だと思っていたが、思いの外大きな拠り所になりつつあるのかもしれない。

(油断したわ。私が死ぬのはあなたのせいかも。しんじゅーね、しんじゅー)

『もうそれやめろ』

 そう言われても止める気はない。軽はずみに思えるかもしれないが、簡単に死を言葉にするほど私は命を軽んじていない。

 これは大きな決断で、易々と揺るがないこと。

 そう、色々と考えていると、リウスが立ち上がり近寄って来た。

「リナ」

「何よ?」

「異世界、私もついて行っていい?」

 想像すらしていなかった提案に、少し戸惑い、考えた。

 だが考えるまでもなく複数の障害が出てくる。

「そもそも元の世界に戻れる保証もないし、何人も行けるかどうかなんてわからない。それに言葉だって私にはハングドさんがいるからいいけど、リウスはたくさん勉強しないと駄目よ? 全く別の国に突然行くってことを考えて、それでもいいなら……」

「大丈夫。私はリナの騎士だから」

 言い切る前に彼女が言い切る。

 騎士ってのはどいつもこいつも……。



 ホオフとリウスに少し苛立ち、ただぼんやりと微睡んできた頃に、スターが突然大きな声を出した。

「リナ、少し方向を転換する」

「なに?」

 あまり景気の良い話ではないらしく、スターは今までに見せた事のないような切羽詰った雰囲気だ。

 場所は、中立魔導に入ったくらいだろう、周りのテントを見れば分かる。

「引き返す」

「え? なんで?」

 そもそも私がレベルレットで死のうとしていたのを、強引に連れ出したのがスターなのだ。引き返す道理がない。

 今の一瞬、というには長いが、それでもこの地域が敵に奪われたわけでもあるまい。

「いや、やはり私と君が抜けるのは不都合らしくてな……」

「……ってことはまさか」

 大仰な馬車は簡単にUターンができず、いくらかの騎兵が馬車を取り囲む。

 当然乗っているのは重い鎧を着た騎士だ。

「やっぱり許可取らずに抜けたのね! このバカ騎士!」

 圧倒的な力を持つ騎士の一団と私の叱咤を受けてもスターはけろりとしていた。


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