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リナ・リーベルトの生きる意味

 四苦と国防四人組を退けた私達は、中立魔導に特設された臨時司令部、と言ってもただの巨大なテントだけれど、そこに集まった。

 騎士達が勝利を讃え合う中、私が一人隅っこで座っているとホオフがやってきた。

「どうだ、今の気分は?」

「私の復讐を直接見届けられなくて残念ね、とあなたを笑いたい気分」

 吐き捨てると彼はたまらない、と言った様子で嗤った。そんなに私の言葉が面白かっただろうか。

「見たさ。今、見ている」

 それだけ言ってホオフは私の元から去って行った。

 彼の勲功は大きいらしい、何でも国防四人組と四苦のカイクー以外の動きを予測し伝令することで戦果を挙げ、接近戦に置いても二番の動きを槍の投擲で牽制したらしい。

 彼とは入れ替わりに、今度はレイフェスが私の元にやってきた。

「ご気分はどう、救世主サマ?」

「救世主? 私が?」

 彼女は私が最後に会った時と同様、胸がある男のような姿をしていた。ただ違うのは髪が伸びていることぐらいだ。

「今回の戦いでリナが果たした役割が大きいから、あなたへの褒賞をどうするかで上層部が揉めているみたい」

「褒賞ねぇ、もう既にスターから忘れられない経験を与えてもらったけど」

 あんな直接的な暴力、冷静に思い返してみれば今まで一度たりとも経験していないかもしれない。被弾したことはあるが、殴られるなんて原始的なことは……初めてかもしれない。

 レイフェスは小さく笑った後、恋人のように顔を近づけた。

「あなたと出会えて本当に良かったと思う。野盗まがいのクズから謀略巡らす女狐になって、今は正義の下に戦う特務部隊長。紆余曲折はあったけれど、全部あなたのおかげ」

「買いかぶりすぎよ」

「でも事実。あなたはこれからどうするの?」

 これから。

 復讐を果たした私はデスイートをちらと眺めて、故郷のことを思い出した。

 あちらの世界でも化け物、こちらの世界でも異世界人。

 思えば昔から日本人扱いされにくい、明らかな特別扱いで育ってきた。

 私に故郷などあるのだろうか? 生まれ育っただけの場所で、どこにも馴染めず、交わらず、どこか疎外感があった。

 私のことを大切にしてくれる人はいただろうか? 心配し、愛してくれる人。

 ふと両親が頭に過る、何も言わずに去ってしまったが、今の私を見て彼らは私を愛するだろうか。

 次に星奈達の姿が頭に浮かぶ。

 だが、幼い子供の無条件の笑顔に心癒されているだけだ。彼女らが私に向けるのは愛でも何でもない。親しみでしかない。

 私に帰る場所などあるのだろうか?

「リナ、もしよかったらアウロラに来ない? 教皇猊下もシーナも会いたがっていることだし、中立魔導のアルカちゃんとかもいるわよ」

「懐かしいわね。そういえばあの楽園はどうなった?」

「まだ残っているわ。猊下は漸次的に減らしていこうとしているけれど、あれはアウロラ教の象徴みたいなものだから、簡単には壊せないのよね」

 そもそも、国を変える際にアウロラの名前を残すこと事態が間違いだろう。国をがらりと変えることが重要だろうに。

「それでどう? 今なら私とシーナと猊下、三人があなたの身分を保証できるけれど」

「いえ、一つの場所に留まり続けるつもりはないの」

 だから愛などされるわけがない。知っていたさ、今更後悔する必要はない。

 私は愛を求めているんじゃない。恐怖を知りつくしておかないと不安でたまらないのだ。

「レイフェス、ありがとうね。でも私は……」

 言おうとした私の口を、レイフェスは手で塞いだ。

「こちらこそありがとう、もういいわ。その代り、気が変わったらいつでも言って」

 何か言おうとしたが、レイフェスはそのまま足早に去った。

『……なあ』

(あらなに、ハングドさん?)

 ただでさえ妙な気分なのに、今度のハングドマンは凄く重苦しい気分だ。

『考えを改める気はないか? 今のお前なら、もう恐怖ってのを充分知ったと思うんだが』

「充分知るにはあまりに広い概念よ」

 つい口に出していた。

『だったらなんでそれを知ろうとするんだよ!? お前の考えじゃそんなの一生かかっても見つからねえだろ! お前は自分の人生を棒に振る気か!?』

「うるさい!」

 辺りが妙にしんと静まる。ああ、恥を曝した。

『そんだけ核心突かれたんだろ。もうおとなしくスターに言って元の世界に戻ろうぜ。そんで、家に帰るなり、火野札で玲子とか連とかと面白おかしく暮らすなりすんのが一番だって』

「そんなのは停滞しか産まない、私はもっと、誇れるような、そんな人生を送りたい」

『意外と前向きなんだな。でも、あれが人に誇れる行為か? お前はただの自己満足だろう! ただ楽しいように生きていればいいだろう!』

 あれ、と言われて真っ先にこの手を血に濡らしたことを思い出す。ただの一度ではない。

「違う! 私は……」

『違わない。お前はそうだった。見てきたからな。恐怖を求めて何になるんだ? そんなんならコミュニケーション習った方がよっぽどマシだ』

「うるさいうるさいうるさい!!」

 ハングドマンのカードを取り出して強く握る。

 だが、それ以上は、しない。できなかった。

「……確かに楽天的で自由、自分勝手に過ごした時間も多々ある。そのために墓穴を掘ることにもなった。だからこそ気を引き締めなくちゃいけない! むしろそれで恐怖を味わえた! もっとよ、私は、もっともっと探し続けなければならない」

『そんなの……』

「リナ」

 見れば、スターだけが私の前に立っていた。

 私を心配する目や気味悪がる目は多いが、スターのそれは哀れみに近いように見える。

「何よ?」

「ハングドマンは何を言っている?」

「それをあなたに言う必要がある?」

 小さく溜息をついて、私はあえて彼女に打たれた頬を手でなぞった。

「意地悪だな、君は」

「ええ。もういい?」

「いや」

 言うと、彼女は突然私を抱きしめた。

 強すぎるくらいで背中が痛い。けれどそれでもぎゅう、ぎゅうと一所懸命に私を逃さないとする腕の動きが、なんだか幼くて愛らしい。

「なに!? 何よ!?」

「しばらくこうさせてくれ」

 力強さとは真逆の小さな囁き、強引に振り解くこともできない。

「何のつもり!?」

「人の温かさを君に知って欲しいんだ」

 抱きしめられただけで知るようなものではないし、そんなことで(ほだ)される私でもない。

「くだらない、伝説の騎士様はこんなことしかできないの?」

「不器用なんだ。けれど、もう一つできることがある」

「不愉快だからやめて」

 けれど、彼女は、あろうことか、私の口に口づけをした。

 つくづく女との縁ばかりある気がする。

「……なに?」

 嫌悪感たっぷり込めて言うと、スターは恥ずかしそうに俯いた。

「君は恐怖について考えていただろう」

「それで?」

「怖いか?」

 スターの力加減によっては、私などアルミの束をくしゃくしゃにするように潰すことができるだろう。今だって万力のように締め付けられている。

「ええ、あなたが何を考えているか分からないもの」

「言っただろう、知って欲しいんだ」

 人の温かさを、か。そんなもの知っても恐怖とは関係ない。

「恐怖以上に君は人の気持ちを知るべきだよ。いや、本当は君も知っているはずだ。君に向けられた沢山の人の想いを」

 背中を優しく擦る手には、いつの間にか力が抜けていた。

 けれど、私はそこから抜け出そうとしていない。

 簡単なことなのだろう。人を知らない恐怖以上に、人と共にいたいという気持ちがあるからこそ、人と人は共に生きるのだ。

 スイート、レイフェス、教皇、ホオフ、ナタラシオン、リウス、スター。

 元の世界で出会った星奈や玲子。

 恐怖すべき問題を孕む皆とも、それぞれ仲良く付き合ってきたのは、皆が私を信頼させて、何より私が皆と共にいたいと思えたからなのかもしれない。

 結論は何? 愛があれば恐怖を乗り越えるなんて、出来の悪い三文小説だ。

『そんなもんだろ。世の中なんて』

「そんな簡単な話じゃないわ。結論が類似しているだけで完璧な結論がそういうわけじゃない。ただ似通っているからそう説明しても問題ないだけ」

『つまり、そんなもんってわけだ』

「ならば、君も分かっているはずだ」

 スターとハングドマンの結論は、そして私の結論も、同じだった。

「そうね」

 愛という一言で括れない人の想い、うわぁ寒々しい。私の生きる世界とはこんなに寒々しい結論で終わるものだったのか。

 小さな溜息をついてから、私は一言。

「放してくれる?」

「……そうだな」

 ようやく解放された私はデスイートを優しく撫でる。思えば無茶させたものだ。

 けれどこれはスイートじゃない、これに想いを馳せても無駄なのだ。

 何度同じことを考えれば気が済むのか。

「お騒がせしました、どうぞ続けて」

 ギャチルが気を利かせて何か話し出すのを確認して、私は静かにテントから出た。



『気分はどうだ?』

 奇妙な同居者は私に気分を問う。彼の妙に満足げな雰囲気に虫唾が走るが、それ以上に包まれる虚脱感に私は返答を迷った。

 正直な気分は、堪らなく辛い、のか、倦怠感や虚脱感に包まれただるさだ。

 人との付き合いにやるせなさを感じ、恐怖を知り人を知るという目的は、私の人生の目的は、愛や友情がそれを塗り替えるから気にしなくてもいい、なんてつまらないものに終わったのだ。

 これにやるせなさを感じなくて何を感じるのか。私の人生をかけた旅はこんなくだらない、面白くない結論に終わったのだ。

 あまりにやるせない。それは人生の目的をも、意味をも見失うつまらなさ。

「いっそ、死のうかしら?」

『なんでそうなるんだよ!』

「ハングドさんとしんじゅーだ、しんじゅー」

『心中ってなぁ、お前……』

 彼は呆れたように言葉を失くす。私の気持ちが嘘ではないと知りつつも、何か言っても無駄だという判断を下したのだろう。

 生きるも死ぬも大差なし。この下らない現世(うつしよ)にこれ以上留まる必要もなし。

 放蕩の身に有って異界の地にて落命するは必定とも言える、かの文筆家の如く、私も自ら命を絶つことにしよう。

 短い人生なのだろうが、私にとっては一生分の長さ、感慨深いこともあるが、立つ鳥跡を濁さずという。

 大陸の端は海に繋がっているだろう、スイートのお墓参りにでも行ったあと、南進して入水(じゅすい)でもしよう。

『お前……本気か?』

(私が嘘を吐くことがあって? じゃあ行こうかな)

 そう言って、私は何も言わず、持たずに南へ歩いた。

 これじゃレベルレットに着く前に餓死するかもしれない。

 なんて考えていると、左手を固く掴まれた。

 いつも繋がれていた小さな手は顔を見ずとも正体が分かる。

「どうしたの、リウス?」

「どこ行くの?」

「レベルレットに帰るの。スイートのお墓参りもしたいしね」

 彼女に四苦を倒したことは是非知らせたいものだ。そうすれば未練ももうない。

「私も」

「まだ皆お祭り騒ぎでしょ、参加しなくていいの?」

「苦手」

 分かりやすい理由だ。

「じゃあ一緒に来る?」

「準備するから待ってて」

 ああもう私の計画が滅茶苦茶だ。ひっそりと、一人で行うのが綺麗なものなのに。


 中立魔導のどこぞのテントからリウスがいくらかの荷物を準備する間、私は彼女について回った。

 他の人に見つかったらそれはそれで気まずいから早くしてほしいものだ。

「リナはこれからどうするの?」

 リウスにしては言葉数の多い方だなぁ、と考えつつ素直に答える。

「お墓参りが済んだら……そうね、青い大地に戻ってみようかしら? 元の世界に戻る手がかりがつかめるかもしれないし」

 科学者でもあるスターを連れて行けば本当に戻れるかもしれない。なにせスターは元の世界で唯一この世界に来ることができた人物なのだから。

 けれど、今の私にとってこの世界にいようが元の世界にいようが人生の意味を失っている。身投げできる水辺があればいつでも突っ込むつもりだ。

「リウスは?」

「……聞いてくれる?」

 荷物を準備する手が止まった。これは長くなりそうだ。

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