リナの過去・ナナとの追憶と作戦の終了
ナナと共に過ごしてどれくらいの月日が経った頃だったろうか。
思えばそれほど長い年月は経っていなかったのだろう。だがまだ若い時分のこと故に、それはとても思い出深く、長く共にいたように感ぜられる。
一体何かの前兆があったのだろうか、何故そんなことになってしまったのか、今思い返してもそれは理不尽な業務作業の一端でしかなかったと断言できる。
何事もない平凡な日常、ナナがまだ小学生のままの頃、私はそこに二か月は居候した頃だろうか。
気の緩みもあっただろう、既に恐怖について調べ学んでいた私はセルゲイとの刺激的な日々の直後に、子供と触れ合い学ぶ経験をして、既に恐怖のことを忘れていたのだ。
前日に何をしていたのかさえ、今となっては覚えていない。朗らかとか麗らかなんて言葉が似合う、平和で何事もない日だった。
だがその日の夜だった。
小さな乾いた音で目を覚ました私は、同時に階下から臭う火薬の匂いですぐにナナを起こし、忍び足で下を覗いた。
見える場所には誰もいない。だからナナが好き好んで持っている木刀を持って階段を音を立てずに降りる。
怖がるナナはその場に残そうとしたが、私の体から離れないために仕方なく連れて。
それが間違いであるとも気付かず、私は重々警戒して尚も音を立てないようにナナの口を塞いで階段を歩いていた。
平和な日々とはいえ、日本が安全というだけで私は常々海外の危険さというものを無条件に考え込んでいた。だからそこまで対策できたし、不幸な想像はネガティブの特権、テロリストが襲ってきているなんて想像を、夜の闇の中、不安な女と子供という状況ではあっさりと考えられた。
そして、それは事実だった。
黒づくめの男二人、倒れている二人はナナの両親で、体から真っ赤な血を流していた。
警戒はしていた、だけど死体を見るのは初めてだった。真っ赤な血を流して倒れている人を見て私は困惑してただ呆然と立っていた。
だから、ナナが突出していくのを止められなかった。
「うわああああああああ!!」
泣き叫ぶナナを見て、彼女もこの家の両親がただならぬ者だと悟っていたと察した。そして彼女がただ両親の仇に泣きつく弱い少女じゃないと知ったのも、その時だった。
蹴り上げようとするギャングのような男の一人の足を躱して、リナは抱き付くようにして、いつ持ち出したのか、カッターの刃を首に突き立てたのだ。
狼狽した男は何か喚きながらナナを殴りつけるが、ナナは素早く刺しては抜いてを繰り返し、やがて首から流れる血は膨大になっていった。
最初はもう一人のギャングは手に持った銃を撃とうとしたが、仲間まで撃ってしまうと躊躇い、そのために仲間の死を何もせずに見届けてしまった。
そして私は、その場から逃げ出してしまった。
理由は単なる命惜しさだろう。幼い少女を見捨てて、そうしてしまったのだ。
逃げ込んだ先は一回にあるナナの父親の書斎で、この家にしては珍しく鍵付きで、何より元ギャングである彼はそこに銃があると自慢げに話していたからだ。
仲間に頼んで試し撃ちさせてあげようか、なんてことを言われたこともある。私は当然断ったが、そのことを強く覚えていた。
ナナのことをその時に私は考えなかった。
書斎の鍵を閉め、机の引き出しを片っ端から開け、物を探しているとそれはあった。
黒く光る重厚な雰囲気の銃は、祭りの縁日で見る安っぽいプラスチックと違って何倍も高級に見えた。
撃ち方は昔パソコンで調べたことがあった。安全装置とかそういうのも、初めて触るけどなんとなくわかった感じだった。
熟知しているとは言えない、けれど引き金を引けばいいことくらいは分かる。
やがて足音が聞こえた。静か、けれど大人の足音であることはすぐに分かった。
私は扉に向かって撃つように銃を構えた。昔読んだ漫画みたいに、肩が外れるのは腕を伸ばしきった時だったかと、うろ覚えの曖昧な知識に縋りながら、一所懸命に構えた。
ドアノブが回された時に撃とうか、顔を確認した時に撃とうか、いつ撃つべきか、先に撃たれるかもしれない、ナナはどうなったんだろう、敵は二人だけなんだろうか。
そもそも奴らの目的はなんだ、奴らは何者なんだ、そんな風にいろんなことを考える時間は無限のように思えても、やはり短かったのだろう、ドアノブに手がかけられ、ガチャガチャと音が鳴り、銃でドアノブがぶち壊されたのを見たと同時に、私もドアに向かって発砲した。
引き金は重い、けれど人の命を奪うには軽すぎる。
それが私が初めて銃を撃った感想で、初めて人を殺した時の感想だった。
もう一度ナナの両親が倒れているところに戻ると、ナナも同じように銃で撃たれて倒れていた。
涙と血で汚れた顔の、虚ろに開かれた瞳をそっと閉じた。
「セルゲイ、あなたなのね」
銃を構えながら、停泊している船からこちらを見ている彼に私は言った。
驚いているようなセルゲイは、言った。
「二人は?」
「死んだ」
次はお前もだ、なんて言う気力はなかった。むしろ殺してくれるならそれでいいと、そう思えるほどの精神状態。
「そうか」
彼はその一言だけだった。
「……他に言うことはないの?」
「聞きたいことはあるか?」
「否定の言葉がないということは、やっぱり貴方がやったのね」
「……そういうことになる。リナが一人でここに来るとは思わなかったが」
「なんでなの? なんで、ナナや私まで?」
「組織も一枚岩ではなくてな。ナナ一人残すくらいなら、と言う奴もいたし、最近組織の周りをうろつくお前を邪魔に見る奴もいた」
「……嫌なら、最初からそういえばいいのに」
「俺はそうは思っていない。上層部にもお前のことを妙に気に入った奴がいる。だから尋ねるが、この組織に入らないか?」
思っても見ない提案に、私はセルゲイの顔を凝視した。
「この組織は実力主義だ、二人殺したお前は充分入る資格がある。だから……」
「一人は私じゃない! ナナが殺したのよ! それを……それなのに!!」
怒りを覚えるが、やるせない。もうどうしようもないのだ、この怒りなど。
それでも、私は小さな声で呟いた。
「……とことん利用させてもらうわ。世界中を飛び回って、一人でね」
「ああ、可能だろう。あの方がどれだけお前に入れ込んでいるかだがな」
あの方、なんてセルゲイは微塵も私に零したことはない。私にはもう想像もつかない世界だ。
「それで、どうする?」
「ここに残るわけない。ひとまず……またあなたの家に厄介になっていいかしら?」
「俺は構わんが」
「平気よ。私を殺そうとした人間の家に住んでも。私って意外と図太いから、精神」
嵐のように平和な日々が消え去ってからは、私は冒険の日々を繰り返したのだった。
その頃だろう、白髪が増えたのは。
素の精神を失ったように明るく振る舞ったり、感動できるという全ての物を見ようとして様々な国々へ行き、ギアナ高地で鈴輝に出会ったのだった。
そして今、私は自らの手でカイクーまでも殺した。
(さーて、レイフェスの援護に行こうかしら)
『もういい、もう休めって。お前、もう……』
(もう、なに? 限界は来てない。体はむしろ温まってきた。でもあの巨体と戦う前にたくさんの一番も近づけば襲ってきそうね)
『違うだろ! このままじゃお前が壊れちまう! ちょっと落ち着こうぜ、もう、お前より先に俺がどうにかなっちまいそうだ!』
(軟弱ねぇ。気にしないけど)
それに精神の傷ならば、まだ別のことをして考えを塗り潰した方が気が楽になる。
変身したまま、東の方へ、レイフェス達がいる方へと歩いて行った。
大怪獣バトルというものを間近で見るなら、こんなものなのだろう。
巨大な人影が二つ殴り合う様は、恐らくプロレスを見るより迫力があるし興奮するのだが、場合によってはこの片方と戦わなければならないということに悪寒が走る。
というか、そもそもこのレイフェスと戦った経験が私にはあるのか。あの時は教皇が助けてくれたからなんとかなったけど。
少し近づいてみてみると、足元には一番の大量の死体と地面に突き刺さった槍が沢山ある。どういう状況か、と見ていると巨大な二番の体に向かって遠くから槍が降ってきた。
味方がどうやら槍を投げて援護しているらしいが、よくレイフェスに当たらないものだ。
(どうしたものかしら)
二番を攻撃して援護、ということを考えていたが、そのデカさは想像を軽く超えていた。私の攻撃で弱らせるには、私の労力に見合わない。
「どうしたらいいと思う?」
『スターか誰かと合流するべきだろうが……、恐らく大量の一番はスターのところに向かったんだろうな。あのデカブツをちまちまと攻撃するのが一番じゃないか?』
そうはいってもあの魔法は再生もする能力だったはず。首元一撃を狙わなければならない。
合理的に行くなら、足元を切り崩して援護するか、レイフェスの体に乗せてもらって一気に首を千切り取るか。
『お前! また危険なことを考えているだろ!? お前は戦果を充分すぎるほど挙げたんだから、もう休め!』
「それってば自己保身のための言葉かしら!? 私が死ねばあなたが死ぬから」
『本気で言ってんのか!? 俺が何年お前と一緒にいると思って……』
「人の付き合いに時間なんて関係ないでしょ? 短い付き合いの人達のために命すり減らすくらいするわ!」
『お前を監禁した国の奴らやお前を殺そうとしたレイフェスのためか!?』
(一緒にいてくれたスイートのために決まってるでしょ)
『それは……もう関係ないだろ。あいつなら今のお前を見ても止めるだろうぜ』
「私はスイートがなんと言おうと気にしないわ! したいようにするだけ!」
なおもハングドマンは私に強い思念をぶつけるが、別の言葉が私を制した。
「それは許さない。危険すぎるだろう?」
笑顔と同時に、血に濡れた手が私の肩に置かれた。
「スター!?」
「さてと。君の国で言うならば怪獣退治、と行こうか」
鞘のない刀を腰に構えて、居合切りでもするように走り出した。
その後ろ姿、全身血に塗れた姿、普段のピッチリスーツと違う軽装の鎧だ。
「な……! ちょっと待って!」
それを追いかけて私も走ったが、何故そんな無意味なことをしたのかは私にも分からない。
「いや、朝飯前と言うのだったかな?」
スターは軽口を叩きながら、簡単に跳躍した。
走高跳をするように体を空中で横に倒し、捻りを加えながら剣をまっすぐ振り下ろした。
「秘剣・流星!」
言いながら必殺技名みたいなの叫んでる!? と驚いたが、真に驚くはその秘剣の威力。
昔食べた裂けるチーズを思い出した、もしくは白身魚の鱈、細胞に沿って簡単に裂ける類のアレ。
まるでそんな風に、二番の体は真っ二つになった。
走る速度はすぐに遅くなって、ゆっくりと倒れる二番を呆然と見て、着地したスターを見て言葉もなく嘆息した。
芸術のように人を殺すのか、彼女は。
相手がいなくなったレイフェスが小さくなると同時に、より東の方から軍勢が大声を上げた。皆、騎士らしい。
「どういう状況? スター」
「一番を全て殺した。それで二番を倒しに来たということだ」
「増え続ける一万の軍勢を?」
「ああ」
簡単に言ってくれる。国防の名を持つ四人の戦士、その二人を朝飯前で済ませるなど、全く人間ではない。アルカの言葉をしみじみと思い出す。
「してリナ。四苦の三人の結末を無事に知ったわけだが、君は知っているかい?」
「オンゾーグが死んだことはアイベリーから聞いたわ。そして、アイベリーとカイクーは私が殺した」
言うとスターは目を丸くした。それはやはり未知の事実らしい。
「……詳しい話を聞こうか。こちらとしては、オンゾーグを討伐し、グフトを捕え、アイベリーの死体を発見しただけだ」
「あら、私ってば大金星?」
軽く笑ってみせたが、スターは友の勝利を喜んでいる表情ではない。
「ハングドマンの言葉を教えてくれないか?」
『スター! もうこいつを戦わせないでくれ! 無事に火野札に送って、そんで平穏無事に……』
堰を切ったように叫ぶハングドマンの感情は、ゾクゾクするほど悲劇的。
「ええ、ええ、語り聞かせましょう私の武勇伝、ギャチルの計画通りアイベリーと遭遇した私がどんな風に悪鬼を打ち倒したか……」
「アイベリー……少女は首の鎧は剥がれ、涙と恐怖で歪んだ顔に容赦なく首への一撃、拷問の後も見られたそうだ」
「……まあ、聞かなきゃいけないこともあったし」
「拷問し、手首と足首を切断したのか」
「切るための武器だし」
スターはふぅ、と溜息をついて、うちわで扇ぐように手をぱたぱたさせていた。
「なに?」
「いや、君の世界じゃ禁止らしいが、私は部下を躾ける時はいつもこうでな」
拷問の話? ではないらしい。
ふむ、ともう一度嘆息したスターは、一言付け足した。
「では、歯を食いしばれ」
「え?」
「噛むんだ。歯と歯をがちりと合わせて」
「それって……?」
「歯を食いしばれっ!」
強い言葉に言われた通りに顔を引き締めた瞬間、車に轢かれたような衝撃で私の体は吹き飛んだ。




