四苦討伐作戦・後編
そういえば、と気になっていたことがある。
四苦討伐作戦の後に戦争党の領地となった中立魔導の地域へ行く算段になっていたが、それは宣戦布告をどう済ませたのか、である。
戦争というものにはルールがあり、それに則らないのは義理人情のレベルレット三王国として間違いになる。このルール一つで戦争が終わっても数十年、果ては数百年、千年に渡ってもとやかく言われるのが、私の世界だったのだ。
そういう細かい話はアルドラやギャチルが済ませたのだろうが、私がこうして彼らの計画を無視して勝手に攻め込んでもいいのだろうか。
なんて悩みつつも、私は人の波を越え、中立魔導の領地へと戻ってきた。
白いテントが数多く群集しているが、それよりも目立つのは『1』と書かれたマスクをつけた全身タイツがそこいらを闊歩している様だ。
「なにあれ変なの」
『戦争党の国防四人組とかいう奴だろ。ってか分かってんだろ? あんだけ話し合ってたんだから』
しかし、前に戦った神速のナントカは一人だったからモブ顔も許せたが、今回の一番は大量にいるから、本当に戦隊モノの雑魚戦闘員みたいで、ちょっと面白すぎるのではないか。
「これなら片っ端から殺せそうね。あ、殺しても意味ないんだっけ」
『お前さ、自棄になってない?』
「なにが?」
『子供殺して』
「子供って年でもないでしょ」
『……いや、お前はそういうのが嫌いな奴だろ』
(そもそも私の一存で決めることではない。作戦が四苦討伐である以上、駆り出された戦闘員の一人である私は情報を聞き出すだけ聞き出して殺す最低限の任務を果たす必要があったし、私がそれをした以上後はレイフェスやスターの援護をするために中立魔導に入るのも任務の一環。それ以上深く考えることはしない。いい?)
『もう辞めないか、そういうのは。いつもいつも思っていたが、お前は我儘すぎるんだよ』
静かな怒りが、ハングドマンから私に伝わる。
普段騒がしい彼の言葉にしては、その怒りは静かながら激しく、強く、熱い。
「嫌ね妙に暑苦しくて。女の我儘なんて認めてやってこその男でしょ」
『そういう言い方もやめろ。俺はお前の心がある程度分かるんだぞ』
「……そうね」
(でも心の深淵までは分からない。言ってしまえば人付き合いと大して変わらないわ)
『お前、それを本気で言っているのか? 今まで一緒だった俺に……』
(自分だけ特別だと思っている? 私のことを理解できるのは私だけよ。片鱗を見ただけで知った気にならないで頂戴)
『……っ』
話し合っている間に1マスクがいくらか私達の方へやってきた。戦闘が始まる。
そうは言っても、一万倍になれるというだけで彼らは単なる人。私はその数を減らせばいいのだろう。
勝手にしてもいいのだろうか、と悩みはすれど、今はそれも後回しだ。
――いや、遠くの方に巨大な人影が二つ見えた。
既にレイフェスと国防の肉体魔法使いがしのぎを削っているのだ。
ならば悩む必要もない、ただ殺すだけ。
「じゃあ行くわよ」
『話はまだ終わってないからな!』
私と付き合いがある人間の中で、一番面倒臭いのはきっとハングドマンだろう。
冷徹で他人のことをどうとも思わない奴ばかりの中で、真面目に私のことを考え心配する彼は、こんな出会い方でなければきっと私を歯牙にもかけなかっただろう。
こんな出会いをしたことに、少しだけ数奇な運命を感じる。
だが今は、戦うだけだ。
正直、敵を甘く見ていた。
単なる一万の軍勢かと思いきや、無論私が戦うのはその一部の十にも満たない数かもしれないが、それぞれの知能や思考を共有しているような連携を組まれ、進むことはまるでままならないでいた。
「これどうしましょ? 流石に手も足も出ないわ」
一人殺してもすぐに増える。言ってしまえばある程度の数を引きつけるだけで私の任務は成功なのだが、一つせねばならないことがある。
『何をする必要があんだよ? 遠くからちまちま敵を減らせばいいだろ?』
(四苦の最後の一人、カイクーって奴を倒さなくちゃ駄目でしょ? できればここに奴がいるうちに)
アイベリーは黒目、恐らくこの世界の人間。
ホオフ曰く四苦の未来が読めないというのは、瞬間移動するオンゾーグ、もしくはそれに命令する立場にある未知の人物カイクーが異世界の人間ということになるだろう。
もしアイベリーの言うことが全て事実とするならば、カイクーはオンゾーグに命令を出す戦争党の重要人物であり、許しておけない人間の最たるものとなる。
中立魔導のテントのどこかを使っているというが、果たしてどこにいるのやら。
戦争党付近のテントは粗方スイートと私で燃やしたが、彼らが本当に戦争党の一員だとするならば、それでも戦争党近くのテントにいるだろう。
それを一つずつ探すには、あまりに労力がかかる。少なくとも四人組の一番と戦いながら、とはいかない。
『あとは騎士に任せりゃいいだろ。もうお前が何かする必要はない』
(四苦の二人が死んだことが伝わればカイクーが逃げ出すことは間違いない! 奴を殺すのは今しかない!)
異世界人が戦争党で優遇されていることも、この世界で殺戮に手を貸していることも気になるが、それよりもその悪人が再び安全圏にまで戻ることの方が許されない。
『本当にそんな奴いるのか分かんねえだろ!? ホオフの予知だってお前が関わるから発見できなかっただけかもしれないし、アイベリーの言うことだって信用できない!』
そうは言っても、そもそも四苦が三人な道理の方がない。
こうなったらテントを片っ端から調べるしかない!
『馬鹿やめろ! すぐに囲まれて殺されちまう!』
ハングドマンの言葉を気にせずに、逃げ込むようにテントに入り込む。中は誰もいなくて、すぐに迫りくる一番の姿を確認した。
だが、彼は私のことを襲う直前で手を止め、逃げるように走って行った。
「……幸運の星の下に生まれたみたいね」
『んなわけあるか』
外から顔を出すと、どうやら全ての一番が同じ方向に向かって走っているらしい。
(膠着状態のレイフェス達を本気で倒す気、かしら? いえ、スターを倒すため……?)
『なんだっていい。それより今、その気になればお前はすぐに死んでいた、ってことが分かってんのか?』
(でも死んでない。スイートに言った通りにね)
『それでスイートが死んだんだろうが!』
「今はもう私しかいない」
言うとハングドさんは言葉を失ったらしい。それでも感情は口ほどにものをいう、少しの悲哀と焦燥、憤り、様々な感情は言葉以上に私の心を阻む。
それでも私は進む。
アルカ救出作戦の時にテントを燃やしたのは功を奏した、と自画自賛。穴の開いたボロボロのテントは明らかに誰もいないから、覗くテントは少なくて済む。
それでも数は多い。何より慎重に調べなければこちらが危ない。
そんな時に、私はとある人物を見つけた。
最初は四人組の一番かと思ったが、挙動不審であちこちに首を向ける姿は一番と明らかに違い、何より顔には四の数字が書いてあった。
「む、貴様何者だ!? 所属と番号を名乗れ!」
「ないわよ」
「貴様俺が国防四人組、『全知』のフィアネスと知って襲いかかってきたのか!? だが馬鹿め、ここにはカイクーという男がいる。ただではやられんぞ!」
なんか馬鹿が一人でそれだけ言うと、遮二無二そいつは中へ突っ込んでいった。
だが、そいつは数秒と経たずに輪切りになって帰ってきた。
なかなか凄惨な死体だ、私が今まで見てきた中でも、これほど戦慄させるものはない。
四苦もあと数人だが、思えばこの国防四人組も半分が死んだことになるらしい。こいつらのことは殆ど何も知らないけどね。
「そこにいるのは誰? 来なよ」
まだ温かい死体の奥から、幼い少年の声がした。
現れたのは白っぽい髪と、エメラルドのような緑色の目をした、ただの少年だ。
「目玉ぎょろぎょろの変な人だけど……人間?」
隠れておけばよかったと少し後悔しつつ、言葉が通じるのを確認して私は一歩だけ近づいた。
「リナリーベルト、今はこんな姿だけど、青い目の異世界人よ。あなたは?」
まずはコミュニケーション、彼からの答えは想像通り。
「僕はカイクー。隠す気もないよ。異世界人との対話は歓迎さ。中に入って、座って話でもしないか?」
妙に老成した雰囲気の少年は、言ってそこから一歩も動かない。カイクーが先に入ると私が逃げるからだろう。逃がさない、という意志表示。
「私も興味あるわ、対話」
「じゃあ、どうぞどうぞ」
私がデスイートを持っているにも関わらず余裕綽々で彼は私を迎え入れた。
中には小さなテーブルが一つ、それに備え付けの椅子が二つ。テーブルにはカップに紅茶のようなものが注がれていた。
「毒は入ってないよ。殺す気ならとっくにしてるし」
それはお互い様ね。時間を止めればいかに四人組の一人を瞬殺したカイクーと言えど、倒せない道理はない。
互いに殺し合いたい関係、それが互いの希少性に気付いて話し合うなんて、なら殺さなければいいのに、と思う。
でも、私はこいつをやらねばならない。
『そんなこと考えずに、時間止めて逃げればいいだろ。これ以上、子供を……』
「あっはっはナンセンスナンセンス!」
「うわっ! な、なに、いきなり?」
「実は幻聴が聞こえてね。なかなかこいつが文句を言ってくるのさ。まあ、こんな世界に飛ばされた因縁、気も狂うってものね」
「うーん、そうかもね」
こいつ相手にはある程度明るく接しよう。特に理由はないけど。
「さあさあ、どんな話をしましょうか? どんな世界か! どんな風に暮らしていたか!」
「世界ねぇ。何がどう違うんだろうね?」
異世界と言ったって、どんな文化が違うかなんてのは暮らしてみなければ分からない。
「少なくとも私の世界に魔法なんてなかったわ。戦争は鉄砲っていう遠くから鉄を高速で放つ武器や、炎を風と熱を撒き散らす武器なんかでやってたわね」
「そんなのあるんだ! 僕の世界はこっちと本当に変わらないよ。魔法で戦う、でもここのは殆ど個別だけど、僕の世界じゃ学校で魔法を習うから差がないんだよね」
「へぇ、学校で魔法かぁ。私の世界じゃそういうのをファンタジーって言って、本とか漫画で楽しむものよ! 凄いファンタジーね、あなた!」
「ファンタジーねぇ。僕にとったら君の方がよっぽど不気味だけど」
「えぇ、ああ、この顔ね。ちょっと戻すわ」
言って私は変身を解除した。この世界に来た時と同じ格好になるが、右腕の鉄腕とデスイートだけは別物だ。
彼は変身解除に警戒していたようだが、彼が感じ取る、魔力か何かが弱くなったから逆に安心したように微笑んだ。
「本当だ、普通の人間なんだね! この世界じゃ初めて見たよ、綺麗な青い目。髪の毛も金と銀が混じってクールだ」
「目はいいんだけどね。この髪はあんまり褒められるものじゃないのよね。銀色なのはお婆ちゃん髪だから」
彼は不思議そうに目を丸くしたが、また楽しそうに笑った。
「白髪なんだ。髪の毛が細いから綺麗に見えるよ。でも、どんな風に生きてきたら、そんな風に……」
「私はミステリーハンターだからね! 閉塞した世界と社会、虚ろな瞳の労働者が蔓延る世界で、ただ恐怖と娯楽を求め七つの海に六つの大陸を股にかけ、旅すること約十年、こうして異世界にも参りました、というわけさ!」
カイクーは小気味よく笑う。
「海に大陸かぁ。どんなスケールなのかは分からないけど、きっと凄いんだろうね」
「異世界に来るくらいだからね。あなたはどんな風に?」
「僕は普通だよ。どこにでもいる一人の生徒、ただちょっと、暗い方だった」
暗い方、という言葉が意味するところは深読みしてしまいそうだ。それが彼にこんな凶行を起こさせたのか、この世界をゲームか何かとでも思っているのだろうか。
たといこの世界がどうであれ、この邪悪な心を生かすわけにはいかない、と考えるのは正義感の強い私としては当然。
『……呑気に話している場合かよ。だったら変身なんか解かずにやっちまえよ』
(過激なことを言うのね)
『話してたら情が移るだろ。どうせならもう、殺すな』
(……重いわね)
誰だって望んで人を殺すわけがない。
正義感だろうが義務だろうが、どんな言い訳をしようが殺しは一緒だ。私がそうスターに説いたのだ。
それをスターは守るために殺すと言い切った。
その決意は立派だが、それでも私には綺麗事にしか聞こえない。
それでも。
「この世界で人を殺しているのは何故?」
対話が何を産むにせよ、まだ私はそれを続ける。
無理解なのか、それとも理解の先に安寧はあるのか。
「……何も言葉が通じないんだよ? 武器を持った人達が沢山近づいてきて、そんなの、そんなの……」
「それでそのまま? 今じゃ虐殺集団の筆頭になっちゃったんだ。凄い出世じゃない。クラスでも暗い方の少年が超大国のエリート集団のリーダー! 格好良いと思うけどなぁ」
「だよね? 君にとってもここは異世界じゃないか! だから別に、こんなことしたって問題ないよね?」
救いを求めるような姿にはエリート集団のリーダーなんて威厳はない、ただの、哀れな子羊。
「けれど、四苦の何人かは死んだみたいよ。オンゾーグとアイベリーが死んだって又聞きしたんだけど」
「……仕方ないね。敵も大攻勢をかけてきたみたいだし」
「うんうん。びっしり兵隊が並んでたからね」
「君さえよかったら後任にならない? 同じ境遇の人が近くにいた方が僕も安心できるから」
「へー、私が四苦に」
思ってもみない提案に驚くけれど、彼は軽率なところもあるのだろう。
「実力とか見なくてもいいの?」
「その武器と血を見れば大丈夫だと思うけど。それにさっきみたいな不気味な姿にもなれるし」
「そうね。あの姿なら、オンゾーグみたいなこともできるのよ?」
「それって、瞬間移動」
「私一人だけだけどね」
「なぁんだ、でもいいや。じゃあ折角だし見せてよ」
ほうら来た。
ハングドマンのカードを使い、変身する。
高鳴る鼓動音は当然彼に聞こえるわけがない。変身の昂揚か、それとも決意したための緊張、どちらにしろ妙に心地よい感覚だ。
「じゃあ行くわよ」
時間を止めた。
いかに彼が強くとも私が止めた時間の中では無力だろう。
一瞬で人を殺せようと、その一瞬、刹那すら隙を与えない。
彼の後ろに回り込みデスイートを構える。
これでいいのだろうか。
ただの人殺し、対話は充分に済んだだろうか?
けれど彼はこの世界にいて人殺しであることに妥協した。
私の世界で言うところの人を思いやる気持ちがない。してはいけない妥協をしている。
充分な説得を続ければいずれは真人間になるかもしれない。
けれど私の世界の基準では危険すぎる。
所詮はエゴさ、私の我儘で殺すわけだ。
それでも、謝らせてもらう。
デスイートの刃は脊髄を砕き、閉じた。
「ごめんね」
そして時間は動く。
「時を止める能力よ、悪は逃がさない」
物を語らない首の目は、恨めしそうに見る以前に、驚いているように見えた。
既に反応はない。
『……何も考えずにとっとと殺せばよかっただろ』
「過激すぎるんじゃない!? ハングドさんって結構キツい性格してるわね! やだやだ!」
『殺さないのが第一だろうが! 殺すって決めたならわざわざ話す必要なんかないだろ!』
「必要はあるわ。考える、理解する、話し合う、これがどれだけ人間を成長させるか、たとえそれが耐えがたい苦痛と恐怖を産んでもね」
ピクリとも動かない体からはどくどくと鼓動を刻むと同時に血が流れる。やがてこの鼓動も止まるのだろう。
テントを出て空を見ると、まだ二番とレイフェスは戦っていた。




