四苦討伐作戦会議・前篇!
スターが抜けてリウスと二人きりの地下生活、長く続かせるつもりはない。
騒動の後、ナタラシオンが私の元に訪れて事情聴取をされたが、それは酷く事務的なもので口説き文句の一つもなかった。
協力を取り付けようにも、ナタラシオンの態度が変貌した理由を探らないと不安だ。それに、いくら時間を止められても化け物じみた怪力で取り押さえられたら、この穢れ無き体がどうなることやら。怖い怖い。
一方、ホオフは稀にしか来ない。それに研究とか調査で役立っていると言っても立場は私と似たようなもの、あまり期待はできない。
結局義手も武器を持つためだから、右腕を失ってからと生活の便利さは大して変わってないし、むしろ大きな鋏であるデスイートを常に持っているから時々突っかかって面倒臭い。
こんな生活やってられるか。
そんなことを思いながら横になる日々が続く。リウスはそんな私を呆れるように見ていても、手を放すことはそうそうしなかった。
食事などは以前武器をもらいに行った時に同行した鎧が担当してくれている。要するに、一日中リウスに掴まれて監視される日々だ。
「リウスも大変ね、休みたいでしょ?」
「平気」
任務に忠実な騎士、と言えば聞こえはいいが、これじゃ甘えん坊の子供みたいだ。
こうしている間にもスターが一人で……と考えるといてもたっても居られない。
だが、数日も経たないうちに転機、どころか迎えが来た。
階段の上からは鎧を数人護衛につけたギャチルとホオフが降りてきたのだ。
「処刑されるわけ?」
と私が聞くとギャチルは大袈裟に首を横に振った。
「違う、協力してもらいたいんだ」
「協力?」
「ああ。四苦を討つ」
ギャチルの言葉は直接だったけれど、驚く前に私は笑った。
「やっと? はぁ、待ちくたびれた」
リウスに掴まれたままの手も強引に持ち上げて立ち上がり、私はギャチル達の方へ歩く。
「おいおい、何の説明もなくていいのか?」
「計画はあるんでしょ? なかったとしても、構わないけどね」
『無茶苦茶だな、お前』
無茶でも苦茶でも構わない、という気持ちなのだ。
そもそもスターもこれ以上待つなど不本意だったのだ。私の腕を造るための時間、ならば、もう待つ必要はない。
出会えば殺せる、その段階にまで来た。
「待てって、異世界人。最低限、計画には参加してもらうぜ?」
「ええ、それで結構。ところでホオフ、妙に無口ね」
いつもテンション高めの彼にしては静かだ。王の御前と考えれば不思議とまでは言わないが。
「これからの計画は全て不確定な未来だ。一瞬たりとも気を抜くわけにはいくまい」
とホオフは真面目な顔で言った。それは、何とも情けない話だ。
「私達はいつも不確定な未来を進むものよ。それでも死ぬかもしれないと割り切って興じるんじゃない?」
言うとホオフは目を丸くした。
「ふふ、ふははははは! 言ってくれたなリナリーベルト! ……だが、簡単なことではないぞ。興じるのも、四苦を倒すのもな」
「それは知ってる。さあギャチル、計画を話して頂戴?」
上へと誘い掛けると、ギャチルは先んじて階段を昇って行く。
「その前に、会わせたい奴らがいる」
リウスと例の鎧も一緒に、全員で上へあがる。
この世界に来て、これだけ真剣に戦うのは初めてになるだろう。
ギャチルに連れてこられたのは、三人の王が集う円卓の会議場。
そこにいるのはナタラシオンにアルドラ、そして多くの鎧達、そして鎧を着ていない人間が二人。
スターと……。
忘れるはずがない存在だ、男の顔と体なのに、胸が私よりも大きいやつなど、異世界全て探しても一人しかいない。
けれどその人は、処刑を待っていたはずなのに。
「……んー、レイフェス?」
「あら、随分な挨拶じゃない。幽霊を見るような顔をして?」
実際幽霊みたいなものだ。
「あなた、処刑されたんじゃ?」
アウロラ教国で教皇を誑かし、しかしその悪意が発覚し、能力を使って暴れ出したところを教皇本人に取り押さえられ、処刑されることになった男と女の間みたいなやつ。
性格は悪い肉体魔法の使い手で、女の体でも男の体でも私よりなんか色気がある、そんな奴。
「あのあとね、実力を認められて教皇の部下になったの。特殊部隊、みたいなものね。これも、古臭い教義に囚われない教皇のおかげ」
んー、それは長く親しんだ教皇の我儘かもしれないが、でも確かにレイフェスの実力は、従順ならば必要なものだろう。
「っていうかなんでここに!? その話が事実ならアウロラにいるはずじゃない!?」
「あなたが寄越したんじゃない。ジャッジメントとか、アルカとか、頻りにあなたの名前を呼ぶ使者を」
「使者って……、って二人は!?」
「二人もなんとかって騎士もアウロラについたわよ。だから、私がここに来た。アウロラからの正式な援軍だから」
狐につままれたような話だ。今生の別れと思っていた人間が、無事を願い合った友の無事を知らせて、しかも力を貸してくれるなんて。
「……四苦に襲われなかったの?」
「かなり小規模だけど、流石にアウロラの正式な軍隊を率いていたからね。襲われても返り討ちにできたかも」
相変わらず、男とも女とも、オカマとも言えない奇妙な人間だ。なんかオカマっぽくないのよね、男でも女でもないのは確かなんだけど、これが自然っていうか。
「話は済んだか? それじゃ俺の作戦に移りたいんだが」
ギャチルが円卓に腰掛けてそう言うが、アルドラとナタラシオンは俯いている。あまり乗り気じゃなさそうだ。
「私はそんな馬鹿げた作戦には賛同しかねますがね」
「同感、事によれば戦争になるぞ」
それぞれナタラシオンとアルドラが反論するが、ギャチルは遠慮せずに、胸を張って言う。
のだろうが、私はその前につい別なことを尋ねた。
「っていうかスター!? なんであんたここにいんの? 一人で戦いに行ったんじゃないの?」
「いやぁ、うむ、その……なんだ……聞かないでくれ」
スターはみるみる頬を赤くして、俯いて、黙ってしまった。
「なんてこたないさ、寝ずに緑の大地を走り廻って、兵の呼びかけで渋々戻ってきたんだ」
「言うなギャチル! 何も言うな!」
探したけれど、見つからなかった、から帰ってきたということらしい。今度は怒りで顔を真っ赤にするスター、可愛いところもある。
「あれだけ偉ぶっておきながら、見つかりませんでしたねぇ。ふふふっ、伝説の騎士様でも見つけられないなんて」
「やめてくれリナ……」
ついに彼女は両手で顔を覆ってしまった。面目ない、を行動にするならばこうだろうが、そんな女の子らしい振舞いをスターがすると、違和感の方が強い。
「イチャイチャすんな異世界人、俺の、計画、聞け!」
いい加減、机を叩いてギャチルは怒り出した。
「ごめん、どうぞ話して」
私はショートケーキの苺は先に食べるタイプ、と言っても苺が好きなわけではない、お楽しみは先に聞くタイプの人間だ。
あの憎き三人を殺す術ならば、喜んで聞こう。
「緑の大地を埋め尽くすために、十万の兵を動員する!」
それはなんとも、聞いた限りでは無粋な策だ。
「……で?」
「奴らが出るだろう場所に、師匠やレイフェス殿のような強い戦士を配置する」
んー、つまりどういうことだろう。
スターや他の王は呆れて溜息を吐いている。馬鹿馬鹿しい、と切り捨てんばかりだ。
「要するに、あてずっぽう?」
「博打と言え、博打と」
ギャチルはムッとしてそう言うけれど、博打ってのも表現として最低じゃない?
けれど埋め尽くすだけなら、それだけ大量の騎士を動員するならば、緑の大地のどこかに四苦が出現すれば、充分倒せるだろう。いかに四苦が強くとも、この国の騎士ならば簡単に倒せるのではないだろうか?
と思いきや。
「この計画の最も悪い点は、我が国の動員できる騎士が十万もいないということだな」
アルドラが呟き、私は思わず更に尋ねる。
「何それ? 机上にすら乗らない空論じゃない」
「だから……志願兵を集う」
ギャチルは、その言葉は不安げに呟いた。
兵が足りないから、非戦闘員を動員すると言うことだ。
四苦に家族や知り合いを殺された人間はこの国に多いだろう。だから志願兵を集めようと思えばきっとある程度は集まると私は思う。
問題は、それを王が命じてもいいのか、どうか。
いや、私は早くあいつらに復讐したいのだ。問題はどうやってこの作戦に皆を賛同させるか、に限ろう。
私は乗るよ、ギャチルの策に。
「この作戦、賛同する者は挙手を願おう」
言うと、ギャチルと、私と、ホオフと、それとここにいる密集した数十の騎士の一割未満が手を挙げた。
つまり、殆ど誰も手を挙げていない。レイフェスもスターも、私を護衛していた鎧とリウスも、アルドラもナタラシオンも。
「分かったかギャチル、お前の作戦は無理がありすぎる」
アルドラが諭すように言うが、当然、反論がある。
「だがよぉ」
「多数決だ。三人の王で意見が分かれれば、二人の方による、既に決めていたことだろう」
そんなしみったれた法があるらしい。
ギャチルは悔しそうに歯噛みして、それきりだった。
もう終わり?
え、うそ、もう終わり?
呆れてものも言えないし、ギャチルに百くらいの文句を言いたい気持ちが込み上げる、が、ここは飲み込む。
「多数決なんて、ギャチルの今の作戦くらい馬鹿馬鹿しいんじゃない?」
喧々諤々の議論失くして国の方針を決めようなど、今時どんな国でもやってないだろう。独裁国家でさえまだマシなはずだ。
それをしないっていうのは、アルドラなりの『議論の価値なし』ということだろうけど。
言うとアルドラはちょっと驚いた顔をして、そして穏やかな笑みを浮かべた。
「確かに今時はナンセンスな方法かもしれませんが、それなりに我々でも議論はしたんですよ」
なるほど敵意もなければ侮蔑もない、酒酔いかと思えば彼なりに世渡りしてきたのだろう。
敵が厄介であれど、諦めるつもりはないが。
「四苦を討伐しないと北、中立魔導やアウロラ共和国との連携もままならないんでしょ? 多少無茶してもする価値はあるんじゃない?」
「今や中立魔導は亡び、その領地は戦争党のものになったのです。だからこそ、防備を固める必要がある」
アルドラは驚くべきことを言ったけれど、そういえば私が魔導を抜けた時、戦争党の三番だの二番だの、とホオフが言っていた。
「よく来たわねレイフェス」
「……まあ、ね」
言葉を濁したことを見る辺り、あまり良い方法ではないのだろう。女の恰好で体を使ったか、実はエンペラー帝国に高い金を払って、そっちから来たか。
それは何でもいい。
「じゃあ、四苦討伐すると同時に攻め込んで中立魔導の領地をものにしちゃえばいいんじゃない?」
言うと、アルドラは高らかに笑った。嫌味な奴め。
「レベルレットは高い城壁によって守られ、多くの騎士がいるからこそ平和が続いているのです。そんなところに城壁を築く暇を、奴らは与えてくれないだろうよ」
「そうやって安全なところで、いつ終わるか分からない平和を享受するわけね」
ようやく、アルドラは一瞬無表情になった。けれどすぐに余裕のある笑顔を見せた。
「平和のための戦争、という言葉は嫌いですが、それがあることは認めましょう。けれど今回の作戦、たとえ中立魔導の領地を取るとしても、志願兵まで取る必要はない。でしょう、リナ・リーベルト?」
なるほど仰る通り、それに騎士だけでも緑の大地とレベルレット北にある荒野の殆どは覆い尽くせるだろうから、そこまで念入りにする必要は感じられにくい。
だったらいるだけの騎士を使ってそれをすれば、と思ったがそれも駄目らしい。
「瞬間移動する四苦がいる以上、国内の防備を弱めるわけにもいかない。幸い瞬間移動の使い手は老齢と聞く。あと十年も待てばよいだろう」
ああ、無性に腹が立つ。糞野郎に寿命なんて真っ当な死に方を与えては駄目だろう。
「四苦が戦争党の部隊の一つだとしたら?」
嘘っぱちだけれど、これが意外とざわめきを産み、大きくアルドラの表情を変えた。
「……根拠のない発言はやめてもらいたい」
嘘を吐くと後々困るだろうから、ここは仮定で止めておき、アルドラの発言に返事はしない。
「四苦が出現する荒野と緑の大地、そこに凶悪な盗賊が出現して損するのと得するのは誰か考えてみて? 平和を謳うレベルレットとアウロラはその存在のために連携がうまく取れず、中立魔導の地域を介して戦争党とエンペラー帝国は安全に交渉できる。しかも盗賊なんて野蛮で残酷な存在、どこかの国と思想が同じね」
アルドラはようやく考える姿勢を見せた。けれど薄気味悪い笑顔は浮かんだまま。
それくらいのことは彼も考えているのだろう。それが周知になったのが、今初めてなのだろう。
「……デメリットが多い、今中立魔導の地域を支配している戦争党は、国防四人組というチームの一番と二番、戦争党でもトップクラスの魔法使いだ。仮に四苦討伐後に攻めたとして、その地域を維持できるとは思えない」
「そいつら何ができるの?」
この世界の魔法というものも何となく理解できた。肉体だの言語だの、ある程度決まった一つの何かができるのだ。
「二番は肉体魔法、それを使って巨大化し、その圧倒的な質量であらゆる存在を叩き潰す」
あら、とレイフェスと目を重ねる。
「なんとかなるわよね、レイフェス?」
「……一番の能力を聞いてからね」
「何か?」
アルドラが不思議そうに私達の顔を交互に見たけど、互いに薄ら笑いを浮かべるのみ。
「まあ、いいでしょう。一番は万倍魔法、一番自身のあらゆる質量、数、能力を万倍にするというものです」
「一万倍!? 子供みたいな能力ね」
冷静に考えるとちょっと笑いそうだけど、今は驚きの方が強い。
「数を増やすには数秒かかるが、逆に数秒以内に一万人を殺さないと殺すことができないのです。たとえ志願兵でなく騎士が十万いても、奴らを殺しきることはできない」
確かにそんな能力なら、一人くらいは本国の安全なところにいて、そこで淡々と数を増やしてそうだ。それなら殺せない。
「殺しきれなくても、常に一万の兵が襲ってきても平気な軍事力があればいいんじゃない?」
軽く呟くと、案の定アルドラは笑う。
「確かに騎士と比べて一番の能力は低いでしょう。けれど、一万はただの一万ではなく、殺しても殺しても増える死なない一万です。戦ううちに十万にも百万にもなるかもしれない。それに匹敵する戦闘力があると?」
「あるでしょ。その前に言うけど、いちいち笑わないでくれる? 癇に障るわ」
鋭く言って彼を黙らせ、彼が二の句を告げる前に私は言った。
「今回、四苦を討伐し、そのまま北進。肉体魔法を使う二番とやらを、肉体魔法を使えるレイフェスに倒してもらい、一万の軍勢を殲滅、そして中立魔導にスターを中心とする少数精鋭の防衛軍を設立する。で、どう?」
アルドラの細い目が大きく見開かれた。
「肉体魔法の使い手……、いや、スター殿を防衛軍にする、か……確かに今までは使えない手ですが……」
アルドラはちら、とスターの方を見た。
「……リナを青い大地まで連れて行く約束があるのだが?」
スターが私を見たけれど。
「一人で行くわよ。青い大地に行くよりも、四苦の討伐を優先すべきよ」
スターは複雑そうな顔をして沈黙した。
「……レイフェス殿が二番を倒せるという保証は?」
ナタラシオンが呟く。それも重要な論点だ。
だがそれにはレイフェスが答えた。
「肉体魔法は体を膨張させることで強い力を得、更に相手の肉体を吸収することができますが、斬撃やその他魔法の影響は受けますし、ダメージも通ります。これだけの騎士が手伝ってくれるならば、逆に大きな的になりえます」
故事にもあった、蟻の大軍が虎を齧り倒す話。窮鼠が猫を噛むのは今しかないだろう。
中立魔導を奪い取ることに問題はないだろう、その後の防衛に不安は残るがそれも悪くない。
志願兵を集うことも問題はあるが、それは志願兵自身の責任だと割り切れる、この国なら。
最後の問題は、四苦討伐の配置。
「だが! ギャチルの博打に従って本当に四苦を倒せるのか? ただ無辜の民を傷つけることにならないか!?」
声を荒げ情感に訴える台詞回しはアルドラらしくない。
それだけ、彼も本気で止めたいのだろう、犠牲を。
「無辜の民だの犠牲だの、ってあなたは言うけどさ。そりゃ志願兵なんてする人は皆良い人でしょうね。でも、その人は自分が死ぬっていう覚悟と、四苦をぶっ殺すっていう覚悟を持っているのよ。汚くて美しい悪の覚悟を。庇うというより覚悟を与えると思いなさい」
「……そんな無責任なことはできないな」
「その言葉、ギャチルにも刺さってるわよ」
軽口を叩くけれど、アルドラは堅く口を結んだままだ。
「ナタラシオンはどう考えているの?」
「私は軍事は専門外なので、基本的には何も言いません」
なるほど無能。
けれど、三人揃って補い合っているんじゃないだろうか。
「……意見が変わった者はいるか?」
アルドラが言うと、先ほどよりも多くの騎士達が挙手した。
「……時勢はギャチルについたか。失敗した時に責任は取れるか、ギャチル!」
アルドラが目を見開き一喝する。その迫力は、最も穏やかに見える彼の中の別の一面のようだった。
「は、はい!」
スターにさえたまにしなくなる敬語を、ギャチルはした。
「……私は臆病すぎるきらいがあると、師匠に窘められたことがあります」
「デビルは、思い切りが良すぎると思うがな」
スターが素早く言う。アルドラはデビルの弟子なのか。そういえばデビルズレギオンがこの国の一端を担っている、と誰かが言っていた。
「ギャチル、だがこれは私の賭けではない。曲がりなりにも国のために尽くしてきた君への信頼だ」
――ついに決まった。
そう思ったのも束の間。
「その計画ならば、私は賛成できない。手伝えないな」
スターが言い放った。




