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スターからのプレゼント

 数週間が過ぎても、何の連絡もなかった。

 ギャチルの重要な話が何かも分からず、時折訪れる若い騎士達も碌な情報を持たず、膠着状態が続いた。

 あれ以来というもの、リウスはいつもいつも私の腕をぎゅうぎゅうと締め付け、スターから冷やかされるほどだ。

 掴まれていては時間を止めても意味はない。リウスに能力の正体を突き止められなければよいのだが。

「リナ、デスイーターを返すよ」

「かさばるからまだ持っててもいいよ」

 そう言えば任せていた。と思うが、片腕しかない今、その片腕をぎゅうっと握られている今、それを持っている余裕もない。

「そうは言っても、これを見るとずっと持っていたくなるかもしれんぞ?」

 笑顔のスターが背負ってきたそれは、以前とすっかり様相を変えていた。

 持ち手の部分は鮮やかな茶色に彩られ、刃は毒々しくも妖艶な赤一色。

「デスイーターという名前を聞いた時から、こうしようと思っていたんだ。運命、なんて言うと馬鹿馬鹿しいが、君も思うところはあるだろう」

 この色は、スイートの色だ。茶色い髪と赤い目は、スターが見たこともないはずなのに、それと全く同じような色に見える。

「打ち直した私が改名するのもなんだが、デスイートと名を改めてはどうだ?」

「……はぁ、粋な計らいのつもり?」

「き、気に食わなかったか?」

 ちょっと怯えるスターは、普段と違って可愛らしい。

「……私、そういうの好きよ」

 言葉がたどたどしくなる程度には、嬉しい。

 けど、持てない。

「……じゃあ、そこに立てかけておくから」

 せめて部屋の真ん中に、いつでも見れる場所に置こう。

 こんなものに縋ったところで意味などないし、これで四苦をスイートと一緒に討ち取った、なんて思い込むのも自分勝手な話だ。

 それでも私は、そう思ってしまうのだろう。私は寂しがり屋なのだ。

「それにも及ばない。リナ、もう一つプレゼントがあるんだ」

 スターはまたも驚くべき言葉を告げた。

 今まで創っていたよくわからない小さなパーツを彼女は得意げに組み始めた。

「待って待って、これ以上のサプライズなんて泣いちゃうわよ? スターのこと好きになっちゃう」

「私のことが好きじゃなかったのか? なら、是非好きになって貰わねばな」

 スターの言う好きと私の好きは違うのだけれど、何だっていい。これ以上のプレゼントに何があろうか。

 だが見ればすぐに分かった。

 鉄は腕の形を模していた。

「義手、ってわけ?」

「ああ。星奈と共にいた時に知識として知っていてな。私の技術では、脳波で動く、という本物の腕のようにはできない」

 言うと、五本の指は行儀良い小学生が手を挙げるように、指がピンと真っすぐ立っていた。

「突き刺せそうね、その指」

「よくわかったな!」

 スターが言うと同時に、中指の付け根のボタンを押すと同時に中指の先から蜂のような鋭い針が飛び出た。

「暗器、というやつだ。ここを押せばまた戻る」

「素敵な機能ね」

「そしてここ、手の平を見てくれ」

 スターが裏返した手の平には、欠けた筒のようにU字型のものが手の平に設置されている。

「これにデスイートをセットできる」

 デスイートの持ち手は円柱状、そのU字の上の開いた部分から綺麗に収まり、多少動かしても離れないようになっている。

「それだけじゃない。ここのレバー」

 腕の左側、親指の部分から関節に至るまでに小さな棒状の持ち手がある。それを健在な左手で引っ張ると、残り四本の指が曲がった。

「これで物を掴むことができるし、何よりデスイートを楽に使うことができる」

 デスイートは引っ張るだけで切ることができる鋏、この義手はそのためのものと言える。

「……ずっとこれを作っていたのね?」

「まあな。だが何度も言うように、私は君に人を殺してほしくはない」

「……よく言う」

 スターは真摯に私に無くなった右腕に、新たな右腕を取り付ける準備を始めてくれた。

「どうだ? 私のことが好きになったか?」

「……どうかしら? でも、今までで一番嬉しいプレゼント、かも」

 そしてきっと、今までで一番好きになっただろう。

「そう言ってもらえれば満足だ。私も、君を一人にしても安心できる」

「……大きく出たわね」

「元よりそのつもりだ。四苦討伐に博打を使うとしても、敵は三人か四人、そして瞬間移動能力者を含んでいる。敵も味方も分散するのはほぼ確実だろう。だからこそ、私がいなくても強い君じゃなくちゃいけない」

 ガチンと大きな音が鳴ると同時に、肩に激痛が走る。

「簡単には外れないようになっている。君一人では肩を千切らなければ外せないだろうな」

「そういうのは先に言いなさいよ! これ……くっ」

 折角感動で涙しそうだったのに、久しぶりに痛みのあまりに涙してしまった。痛いから泣くなんて、……いや、四苦の時に散々泣かされた。痛みと悲しみで。

「すまない。だがこれくらいは平気だろう?」

「こちとら、か弱い、や、大和撫子だって、のに」

 ぐすぐすと鼻をすすりながらになってしまうのが情けない。

「いや平気なはずだ。君がこれから立ち向かう困難はこんなものの比ではない。だろう?」

 この痛みを四苦を倒すという苦難と比べているのだ、スターは。

 一瞬ハッとさせられるが、それは論点のすり替えだ。

「私は今度はスマートに勝つつもりなの。だから苦痛は伴わない、あいつらがしたみたいに、笑いながら、簡単にぶっ殺してやるんだから」

「随分と剛毅だな。油断はするな」

「たとえ油断して慢心して、それで殺されることになっても、その時は必ず道連れにしてみせるわ」

 血を吐きながらでも、首を落とされても、かの怨霊のように仮面を剥ぎ、その脳天を噛み砕いてやる。

「死ぬのは駄目だ。いいな? 必ず生きて、殺せ」

 そう、スターが念入りに言うのは、なんだか可笑しかった。

「殺させていいの?」

「最悪の場合さ。だが最悪でも君が人を殺すだけ。君が死ぬなんて仮定すらあってはならない」

 なんて我儘な性格なんだろう。騎士道や正義に絶対の信頼を置くあたり純粋でどこか幼稚な精神構造をしているのだろうと考えはしていたが、彼女は一人の卓越した騎士というよりも、まだ成長していない子供のままと言った方が正しいのかもしれない。

 それでもスターは強く、そして信頼されている。幼稚で夢見がちな女がそうなるのだから、性格の悪いクズでも強ければ良いという実力主義に似ているが、やはりそれならスターのような存在が王になった方がきっと世界は素敵なんだろう。

 はあ、また甘いことを考えてしまった。私も随分感化されたのだろうか。

 腕を失い、友を殺され、穏やかな今の生活ですっかり牙を抜かれたとでもいうところだろうか。私が求める恐怖のためにはこのままではいけない。

 だからこそ復讐をする必要がある。私が直接殺すことで、精神に刻み付けるのだ。

「では、そろそろ行こうかな」

「え、どこに?」

「三ヵ月と君は言ってくれたが、私はもうそれ程ここに甘んじている必要はないと思う。リウス、君がリナを止められるならそうしておいてくれ。私は四苦を倒しに行く」

 その瞬間、雷が落ちたような衝撃がそこに走った。

 だがなんてことはない、ただスターが、恐らく全力で駆けだしたのだ。

 恐らく、というのは彼女が全力ではない可能性もあるし、また単なるダッシュではなく、何かの魔法かもしれない。

 彼女がいた地面は大きく罅割れ、階段も等間隔ごとに崩れて瓦礫になっている部分がある。

 いつか、アルカがスターに対して異常な嫌悪を見せていたことを思い出した。スターを化け物であるかのように私に伝える姿に、私はスターが強い殺気や敵意を向けただけだと思っていた。

 だが違う、単純すぎる理由だ。単に馬鹿力が過ぎるのだ。

 ある程度は予想していたが、これほどまでとは想像だにできなかった。あまりの衝撃に、リウスの私への注意が散漫になるほどだ。

 すぐさま私も彼女の後を追うべく懐からカードを取り出す。義手にはデスイート、左手にはカード、燃える姿じゃないか。

「変身!」

 たとえ化け物と罵られても、私はこの瞬間が好きだ。毎度毎度叫びながら変身するのだから、スイートなんかは気付いていたんじゃないだろうか。

「リナっ!」

 リウスが私の元に駆け出すと同時に、私も時を止めた。

(足でも切り落とせば逃げるのは簡単でしょうけど)

 時間を止めることができ、またデスイートを義手で固定できる私にはそれができる。既に、人を殺す力を得たのだ。

(する気、ねえだろ?)

(デスイートは正義の刃よ?)

 リウスならばこの間と同じように撒くことができる。

 けれど問題はその後、スターが上で何をしているかだ。

 今回の行動は恐らく独断、三王は彼女を外交、もとい戦争の切り札にすべく秘匿している。その王達の制止をも振り切り北へ向かい、四苦討伐のために我武者羅になるか、逆に王と協調して四苦を討伐するか。

 ……けれどこの様子から見ると、まず間違いなく協調はないだろう。瞬間移動など敵は強いのに、一人で立ち向かうような無謀をする人には見えないけれど、何を考えているのか。

 とにかく今はリウスを撒く。この間のようにあっさり階段の最上部まで辿り着き、綺麗に両断された扉を通った。

 前には腰を抜かした騎士、鎧だけを切り裂かれた騎士や真っ二つになった剣など戦闘の痕跡は残っているが、スターの姿はどこにもない。

 しかも鎧の兵はますます集まって、その中にはギャチルとアルドラまでいる。

 幸い雪崩のように兵が一方向に、切り崩された壁の方向に走っているためスターがどこに行ったかは分かる。けれど、その中の一人が目ざとく私を見つめる。

「げっ! ギャチル様、異世界人です!」

「と、捕えろ!」

 慌てながら答える姿は王の威厳がない、アルドラの方は普段から細い目を一層細くして何か考えているというのに。

(とりあえず、時間を止めて、と)

 単純にスターの後を追うことはもうできない。あの鎧の集団の中に入り込んでしまったら、どう足掻いても捕まるだろう。下手したら殺される。

 時間を止めて考えはまとまった。あとは演技を見せるのみ。

 動き出し私に集まる兵士に、私は大きな声で言った。

「違うって! 私は急にスターが暴れ出したから止めようとしたの! そんなことするなら、普通に下に戻るわよ!」

(おいおいいいのか? スター一人で突っ走らせて)

(ハングドさんもスターを信じろって言ったじゃない。監禁されるぐらいなら、少しでも体面良くしなくちゃ)

 何か言われる前に私は踵を返して下へと向かう、当然そこでリウスとも出会う。

「リナ!」

「しー、一緒に下に戻りましょう。しばらく脱獄なんて考えないから」

 いくらかの兵士はまだ私を睨むなりしていたが、スターの方が緊急性を要するだろうから、結局付き添いまでする人はいなかった。

 崩れかかった階段をリウスと共に下る。固く固く手を繋いで。

「これからはリウスと二人きりの生活になるわね」

 彼女は喋らない。しかしスターもいないとなると、地下生活はますます実りのないものになるだろう。

「食事とか本は誰が取って来てくれるのかしら? 見張っているリウスが持ってきてくれるわけはないでしょうし」

 リウスは黙って歩くままだった。彼女が一体何を考えているのかは私にも分からないが、コミュニケーションを極端に減らしているに違いはなかった。

(これは詰み、かしら?)

(見張りがリウスだけなら、脱出するだけならどうとでもなるだろ。問題はその後だな)

 そう、たとえリウスを撒いて、スターが今回起こした騒動が片付き警備が手薄になったとしても、四苦を討伐するためにどうすればいいのか、となると話はまた別になる。

(どの道、地下生活に戻ることに変わりはないわね)

 幸い、ホオフとナタラシオンという協力的な人間はいる。

 ……しかし私、なんかいつもいつも脱出の機を伺っているような気がする。

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