旅の友、スイート・スー登場
今、私がいる『新世界統治戦線』というのは出自不明の王『ワールド』が率いていた国家らしいが、王を失ったことにより現在は休戦しているらしい。
だが休戦状態なのはそこだけ、スターがいると思われる『レベルレット三王国』は、私を襲った兵士達がいる『戦争党』含む国々と戦争の真っ最中らしい。
つまり戦争状態にある大陸を縦断することになり、生身の人間が歩いていくにはあまりに危険。
それでも、国を通り過ぎるとっときの手段があるというのをガラリットから聞いて、私は不審に思うと同時に、奇妙な事実も知った。
私がこの国を訪れた時に通った門前で、私はそれを待っていた。
目の前に広がる青い大地から、いつあのオオムカデや兵隊が襲ってこないかと内心怯えもしたが、それは杞憂に終わった。
「あれが行商人スイート・スー、これから君と共に旅立つ人間だ」
荷車を馬で引く御者は、私達に気が付くと手を振ってきた。
茶色い髪から見えた真っ赤な目が異界の人物であることを認識させる。程よく伸ばした髪と朗らかな笑顔から女性と分かるが、山奥に住む木こりとかドワーフを思い出させるような深緑のベストとパンツスタイルの服装は男らしい雰囲気がある。
「スイート・スー……」
私は呟いた。これからほぼ二つの国を通り大陸を共に横断する者の名前だ。
(なんで目、赤いの? あんた言っていることがちがくない?)
『じゃ、あいつも異世界から来たんだろ。お前の仲間だな』
私はハングドマンが全く役に立たないことを改めて実感しながら、再び状況を分析した。
これから通る国は、北から順に『エンペラー帝国』、『アウロラ教国』、そして『中立魔導』という三つの国。
エンペラー帝国は愚王と評判のエンペラーの、そのまた愚息と評判の子が跡を継いだ国らしい。領土が無駄にデカく、関税をたっぷりとる国らしい。金はガラリットが工面してくれるそうだから気にしないが、心地よいものではない
アウロラ教国はアウロラ教という宗教からなるこの世界最大の宗教国らしい。
元はハイエロファントという教皇が国主を務めており、民心に忠実な長として相当な活躍をしていたらしいが、現在の教皇は教えに忠実すぎて衰退の一途を辿っているとか。
中立魔導、というのが国の名前ということ自体が私の文化と異なる。ある種の宗教国らしく、王が全員消えたのはこの世界に争いが不要であるからとして、戦や外政に関与せずひたすら国内で研究を行っている集団と化しているらしい。
だが、その広大な土地の中心辺りはおとなしく研究していても、外縁地域の集団は自らの力を試すべく他の国に喧嘩を吹っかけているらしい。
と、いわくつきの国ばかりだが、肝心のレベルレット三王国は比較的平和らしい。中立魔導と戦争党にゴリゴリと領地を削られているらしいが、騎士が多いため国内は安定しているとか。
その騎士の国に行くまでにある三つの厄介そうな国を無事にやり過ごすための手段こそが、行商人というわけだ。
「ハーイ、ガラリットさん。そっちの綺麗なおねーちゃんは新しい秘書かい?」
馬が私達の前で止まると、私よりちょいと背の低い女の子がニコニコと迫ってくる。
「違う、お前に頼みたいことがあってな」
「仕事の依頼なら任せて! でも商売関係だけだよ? 体とかそういうのは駄目」
ガラリットが手をバキバキと鳴らすと、スイートは両手をあげた。
「オーケーオーケー、そのお嬢さんのことが頼みなわけね。なに、どういう用事?」
「リナ・リーベルト、こいつをレベルレットにまで連れて行ってくれ」
「ふーん……私に利益は?」
「関税くらいなら払ってやる」
「マジ!? 了解!」
私が何かを言うこともなく話は終わったらしく、スイートは私の両手を掴んで上下にぶんぶん振り回す。
「よろしくねリナ! 私のことはスイートでもスーでも自由に呼んで!」
「え、ええ、よろしく」
一緒にいるのが面倒臭そうな人間だ。
これからこれと何か月ほど一緒にいるのだろうか……できるだけ短いことを祈ろう。
この世界の空はいつも暗い。
地球で言うところの太陽のような天体がそれほど明るくないのか、それとも近くないのか、気温は常に薄ら寒く、そのせいでガラリットの恰好は本当におかしいと思える。
今が夜なのか昼なのかもよくわからないが、人々が店を閉めている様子を見て、大体夜なのだと分かった。
「それじゃ俺はこれで失礼する。リナ、今日からはスイートと共に過ごせ。長旅になるから慣れておけ」
彼は町役場の方へ戻っていく。私は不慣れなハイテンション女と一緒に過ごすことになる。
「じゃリナ、まず私は商品の売買をしてくるから、ついてくる? それとも一人でいる?」
彼女は馬を撫でながら尋ねてくる。一人でいるのは心細いが、慣れぬスイートと一緒にいるよりも一人でしたいことがあった。
「……ちょっと、私の方でもしたいことがあるから、しばらく別行動でいー?」
「いーよ。……まあ、私も一人でしたいことあるし」
私の口調を借りてスイートは妙に湿っぽい顔で馬を走らせた。
馬車が横切り一人になると、ますますと夜風が私の体を冷たくする。
『で、一人でしたいことってなんだ?』
(精神集中。とにかく落ち着いて状況を整理していかなくっちゃね)
異世界にきた私は、元の世界に戻るためにスターに会う。
そこまでは三つの国を渡らねばならない、そのために行商人と共に進む。
行商人は戦争状況であっても物資を無事に運ぶことができる立場で、この世界では襲うことが禁じられているらしい。
私の世界ではそういう立場の人間は襲っちゃいけないという名目だけ作られて、基本的には執拗に狙われるものだ。この世界で本当にそんなルールは守られているのだろうか?
しかし女の商人と言われると思い出すことがある。南アメリカで反政府組織に捕まった時に助けてもらったことがある。私がアメリカ人ではなく日本人だと伝えると心機一転すぐに助けてくれた奇妙な武器商人だった。
あの人を殺しておいて平然と笑顔で私に語りかけてくる態度に心底寒い想いをした。
スイートはあの女とどこか似ている。商人というのはどうして、こう、悍ましいのか。
私が人を恐れる恐怖の根源全てを商人が持っている気がする。人を騙し、媚び諂い、何かを隠し、利益に生きて……。
私もそんなものか。
商人に対する本能的な恐怖のために共にいることを拒んだが、これからしばらくは共に暮らすことになるのだ、我慢してでも慣れた方が良かったかもしれない。
ともかく出発までどうするか。心は落ち着いたが行動指針は不安定だ。そもそも寝る場所もない。
……町でも廻ろう、寝ることができる場所の一つや二つはあるだろう。
しばらく町民達の奇異の視線に当てられながら歩いていると、すっかり人々は店じまいを終えていた。
まるで深夜の二時三時のように人がいない。空ではほんのりと星が地を照らし、石畳の色を青く染めている。
町役場前の時間を見ると既に四時だ。スイートが来たのが十一時頃だったから、彼女も仕事を終えて眠っている頃だろう。
町のこの付近には商店しかない、どうやら大きな商店街のようなものらしい。北の海の近くには恐らく漁村や港があるだろうが、そこまで行く根気も理由もない。
睡眠は飛行機で充分取った。十二時間も起きている計算になるが、一度襲ってきた睡魔を払いのけた後に落ち着いた脳味噌が私に冷静さを取り戻させていた。
「恐怖とは――未知である。恐怖とは不確定、不確実、不安、不規則、何か分からない、何もわからない状況こそが恐怖なのかもしれない」
『何言ってんだお前』
(私の理論よ。私が恐怖を求めるトレジャーハンターだってことは分かってるでしょー?)
『俺はお前のことをまだおとぼけトレジャーハンターだと信じているんだ。本性を見せないでくれ、なんか怖いから』
嘘は恐怖であり、真実も恐怖である。それは何故か。単にこの世の真実のうちのいくらかが恐怖なだけだ。嘘は真実の装飾に過ぎない。ハングドマンは私の真実を知れば恐怖すると知りながら、付随する恐怖ではない嘘を信じたいに過ぎない。
だがそれでは駄目だ。恐怖から逃げてはならない。
そうだ、恐怖から逃げてはならないのだ。
(じゃ、馬車でも探そーか)
『それが一番だな。あの姉ちゃんしか信頼できねえしな』
私はそんなハングドマンの言葉に、ほくそ笑んだ。
スイートしか信頼できない、じゃない。
スイートしか頼りにならないだけだ。
信じる必要もない。
――人は助け合って生きていく、それは事実だ。どうしようもなく事実。
ただ問題なのは、信じるとかいう綺麗事じゃないんだ。その言葉は単なる事実であって、人々が仲良く信じ合うためのお題目にはなりえないのだ。
馬車は程なく見つかった。
後ろの荷台から、のれんを分けるように中に入ると、スイートはそこで起きて座っていた。
「あ、リナ、どこ行ってたの?」
「ちょっとね、特に何もしてなかった。スイートは?」
といっても中を見れば分かる。既に馬車には所せましと木箱や壺が並んでいる。これが商品なんだろう。
「商売して金勘定よ。もう寝るとこだけど、リナはどうするの? 寝る? ここで?」
「他に場所がないからねー。いー?」
「良いけど」
ぽりぽりと、スイートは困ったように頬を掻いていた。あんまり良い、っていう雰囲気じゃないらしい。
私は特に気にせず、座ったまま木箱を背にして寝た。スイートと向かい合うように。