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ギャチルの賭博・後編

 私が脱出した時と同じように階段を進み扉を開く。

 門番二人も今度は素早く剣を構えるが、現れた女がさっきと違うことに戸惑いを隠せないようだ。

「ふむ、気を抜かずしっかり警備しているようだ。関心関心」

 言いながらスターも自分で打った刀を持っている。

「す、スター殿? 一体どうしたのですか?」

「ギャチルに話がある。連れてこいと言ったが、どうも忙しいらしくて会いに来れないと言う。だから私が来た。道を開けてくれるかな?」

 そう言われて道を開ける門番は普通いない。

 が、二人はおずおずと道を開けた。

「ありがとう。ついでに聞くが、ギャチルはどこにいるか分かるか?」

「本日は私室にて休息をとられているかと!」

「そうか。君は優秀な男だな。門番としては問題だが」

 スターは言って、堂々と二人の門番の間を横切った。

 全く、格の違いというものを見せてくれる。私の時とは全然違う。当然だけど。

「じゃ、なんかごめんねー」

 私もそれについていく。流石にスターの手前、彼らは私に何も言わない。

 ギャチルの私室とだけ聞いて道を分かるのか心配だったが、スターは迷わず階段を昇り始めた。私が来るずっと前から、そう、私が異世界に来る三年も前から彼女はここにいるのだ。城の構造程度は知っていてもおかしくない。

 そして先ほどの部屋に来ると、スターはノックした。

「失礼する」

「……」

 返事はない。誰もいないのならそれが一番平和だ。私とて、スターが怒る姿を見るのは忍びない。

 スターは扉を開けると、綺麗で何もないテーブルを四人で囲う姿がそこにあった。

「うわ師匠、どうしたんですか突然! 俺は今この三人と実りあるお話をしていたところですが」

「私の呼び出しよりも重要な話か。実に興味がそそられる、一体、何を話していたんだ?」

「えーっと、それは、政治とか……」

「はっきり言え」

「……緑の大地、中立魔導の地域をどう取り戻すか、ですね」

 意外と真面目なことをギャチルは言ったが、それが事実なのかは疑わしい。彼女は信じているみたいだが。

「具体的な方策は?」

「いや、まだ」

 この凍り付いた空気を感じ取れば、全員、いつギャチルの嘘がバレるものかと怯えているのだろうが、スターは優しいなぁ。

「状況を説明しろ、私も手伝う」

 内容が内容であるために、スターも説教を忘れて軍事作戦に夢中になっているようだが、ギャチルは戸惑っている。

「え、でもまずその間の四苦を討伐しないと軍を動かすのは……」

「なら何故四苦について話し合わない? そういうのを絵に描いた餅というのだぞ」

 モチ? とか色々言っているがギャチルは髪の毛をぼりぼりと掻いている。

「そうは言ったって敵の居場所も分からない、のをどうすればいいんだよ?」

「それを考えるのだろうが! 日々の行動と習慣、統計を取り計画を……」

 ぐだぐだとスターが小難しいことを言い出すと、ギャチルはますます頭をぼりぼりと掻き始める。時折白いものが飛んできて非常に汚らしい。

「ああもう、そういうのはだるいんだよ! 俺は師匠と違って、そう言う時は直感で行動すんだよ!」

「なら、してみせろ」

 癇癪を起こすギャチルと違い、スターは笑顔でそう言った。

「いや、これは博打でやることじゃ……」

「お前の博打を私は買っているのだ。奇想天外なことをしながら、大体の当たりをつけるお前の博打、もう一度私に見せてみろ」

 意外にも、それは説得だった。スターがギャチルを励まし、行動を促している。

「いや、でも俺は今は……」

 言葉を濁すギャチルは心なしか、さっきの状況よりももどかしそうに、不安げだ。説教の方がまだマシ、そんな風にも見える。

「王になって責任が伴うか? ならば問うが、お前は何故王になれた? 不真面目でもお前の思い切った行動力を皆が尊敬したんじゃないのか?」

「……違う」

 ギャチルは呟いた。

「俺は! どうせスターの、あんたの弟子だからってこうなっただけだ! あんたは分かってないんだよ!」

 喚き立てるギャチルの顔は、怒りよりも悲哀に寄っている。その境遇を考えると同情するよ、それしかしないけど。

「そう思うなら、一度派手に失敗して王なんか辞めてしまえばいいさ」

「……適当なことばかり言いやがって」

「賭けをしようか」

 まだ興奮冷めやらぬギャチルに、スターは思わぬ提案をした。ギャンブル、スターには似合わない言葉だけど、決断力ある彼女はそれが強そうだ。

「四苦討伐のための作戦を立てるんだ。君は自分の成功と失敗、どちらに賭ける?」

「そんな作戦……」

「いや立てろ。反論は許さない」

 めちゃくちゃなことを言うけれど、曲がりなりにも伝説の騎士、何か考えはあるのだろう。

 というか、単に信頼だ。スターは自分の弟子を信じてこんな無理を言っている。

「……失敗する」

「なら私は成功する方に賭けよう。君が成功すると、私が保証する」

 ギャチルの肩が震える。こんなこと言われれば、そりゃあ嬉しいに決まっている。

 そのまま彼は黙って部屋を出て行った。

「いいの? 出て行かせて」

「自分がやるべきことを分かったのだろう。……ああ、君達もあの愚王の遊びに付き合う必要はないぞ?」

 残った三人は今の言葉で心の底から恐怖を感じただろう。全くスターは意地が悪い。

「さてと、では地下に戻るか。すべきことを失くしてしまったからな」

 スターは言って部屋を出た。行き当たりばったりで自分のしたいことをしているだけなのに、それが正しい風に動いているように見える。

 実際、ギャチルが何をするのかはまだ分からない。スターの言う通りすべきことを見つけたのかもしれないし、居たたまれなくなって出て行っただけなのかもしれない。

 せいぜい期待させて頂こう、薄っぺらな信頼もあと三ヵ月弱の辛坊だ。



 しかしまた地下に戻るのは同意できない。

 そもそも地下暮らしを強要された身分とはいえ、息が詰まる生活だし、こんなところにいれば性格まで陰気になってしまう。

「ねえスター、普通人間っていうのは多くの人間と触れ合い、成長するものじゃない? だからこそこんな暗い部屋でうだうだ遊ぶ生活、私の人生が無駄に使われちゃうよー」

「そうは言っても君は要人だ。安全のために束縛されるのは必要なことだと思うが」

「こんなところまで敵が来るって?」

「敵は身近なところにいるものさ。……ほら来た」

 確かに足音は聞こえるが、その姿はどう見ても敵、ではない。

「ご機嫌よう、お二方」

「ナタラシオンじゃない。敵なの?」

 彼も小首を傾げ私達のリアクションを待っている。スターの言葉の真意はいかに。

「ギャチルとナタラシオンは政治をあまりしない。彼らの趣味に興じるわけだ。つまりナタラシオンが今この場に来たのは、意中の相手を籠絡したいから、になる」

「へー、スターは好かれているのね」

「君だよ、リナ」

 スターが驚いた風に言うと、私も少し驚いたが、思い出した。

 というか、ナタラシオンがそんな感じのことを言っていたことを忘れていた。

「そうか。私のこと好きなんだっけ?」

「……明言はしていませんが。今ここで言わせてもらいます、僕と、お付き合いしていただけませんか?」

「ごめんなさいそれはないわ。それより外出許可ってもらえないかしら? こんな暗いじめじめした部屋にずっと居ろなんて乙女に失礼だと思わない?」

 発言してから、適当に気のあるフリでもしてから言った方が効果的だと気付く。この人生は色恋に欠けたものばかりだったのだ。知恵が回らないのは仕方がない。

 ナタラシオンは微妙な表情をしているが、すぐにクールに取り繕った。

「そうですね。リナ殿には城内の移動を自由にしてもらっても構わないでしょう。ただし監視はつけますが」

 意外にも寛容な姿を見せてもらえれば、私も好印象を受ける。この調子で精々株を挙げてもらおう。

「待てナタラシオン、それなら私はどうする?」

「スター様が城内を自由に動くと流石に問題があります。申し訳ありませんが、今しばらくここでお待ちください」

「むぅ……、僅かな間に随分と成長したものだ、ナタラシオン」

「恐縮です」

 確かに愚王という雰囲気ではなくなった。

 スターもだが、ナタラシオンも本性が分からない人間だ。

 単なる女たらしという評価は今も変わらないが、以前のふざけてしかいない態度から今のような豹変を見せつけられると、以前のそれが演技だったと思わされる。

 しかし今になってその演技を辞める理由がない。私に良い格好を見せたいから、そんな理由だけなわけは流石にないだろうし。それほど自意識過剰にはなれない。

 だが利用できるなら利用するだけ。王からの外出許可が降りた以上、さっさとこの場は失礼しよう。

「ではリナ殿、ここでは、リウスと私が監視させていただきます」

「あら、王御自ら?」

「それしか人がいないので」

 なるほど、仰る通り。

 三人で階段を昇り、無事に例の門番のところまで辿り着く。

 だがそこで待っていたのは門番だけでなく、ギャチルだった。

「おうナタラシオン、お前に言いたいことがあったんだ」

「私にですか? 今は少し忙しいのですが……」

「重要な話だ」

 ギャチルの重要な話、それも王を呼ばなければならないほどの、となると私はさっきのことを思い出す。

 彼は今、一冊の本を持っている。あまり分厚くないが、皺の入ったそれは随分と使い込んでいるらしい。

 ナタラシオンはしばらく無言だったが、ギャチルの視線は一切ブレない。

「あんまり遊びに行く雰囲気じゃないわね。適当な兵を一人つけてくれれば、私が勝手に出回るから」

「いえ、ギャチル殿、果たしてそれはどんな話でしょうか?」

「超特大の国家機密だ。流石にそこらの奴にぺらぺらは話せないぜ?」

 そこまで言われれば、ギャチルが本当にものの数分で四苦を討伐する術を考え着いたのだろうか。

 いや、あの本に予め四苦討伐のための手段を考えていたのだろう。その中から選んだ博打を決めたのだろう。

「ナタラシオン、その話は聞いてあげた方がいいんじゃない? 適当に兵を一人つけてくれたら、私はだらだら城内を散歩するから。ね、リウス?」

 リウスに話を振るが、彼女はぼーっとしていた。リアクションしづらいだろうし、仕方がないけど。

「いえ、リナ殿は唯一今までと異なる異世界から来た人種。そしてスター殿と旧知でいらっしゃる。その話を一緒に聞いても無駄ではないでしょう」

 そりゃ無茶だ。ナタラシオンは恐らく何としてでも私を手放したくないのだろう。

「いやいや、そいつ瞬間移動できるんだぞ!? 確かにホオフってやつぁ協力的だが、そいつは何度も問題を起こしてるし、あのスイートって奴の殺害容疑も解けてねえ!」

 そのギャチルの言葉だけは、看過できない。

「……人が黙っておけば、へえ? 人を監禁して、碌な自由もなしで、挙句に証拠もなく人を人殺し扱い? ギャンブル狂い風情が」

「……ほぉ、お前、仮にも俺は王だぞ? よくぞそこまで言えたな」

 ギャチルが私を威圧する以上に、私は彼を憎悪している。

「やめないか二人とも!」

 だが、そこで間に入ったのはナタラシオンだ。

「ギャチルもリナも、同じことをスター殿の前で言えるか!? その侮辱を心の底から思っているのか!?」

「そっ! それは……」

 ギャチルには今、スターの名前は耳にタコだ。すぐに黙った。

 しかし私も冷たいことを言ったとは思うけど、スターの前で言えるなぁ。

「まあ、悪かったわ。仲直りしましょう。じゃあこれでどう? ナタラシオンは貴方についていく、私はこのままリウス含む監視と一緒に城内を移動する」

「おう、俺はそれでいいぞ。……ってか、テメェが話をややこしくしただけじゃねえか! ナタラシオン!」

「いや僕はリナが一緒じゃないと行かないぞ! それならリナは地下に……」

「ちっさい男」

「う」

 一言ぐさりと言葉が刺さったらしく、ナタラシオンはギャチルに引っ張られるがまま、上の方へと行った。

「じゃ、リウス、行こ?」

「地下にね」

 ああ、リウスはナタラシオンに忠実だった。

「待ってそれはいたたたたたた」

 少女ながら、力を込められると、万力で締め付けられるかのような痛みがある。この世界の人間っていうのは、どうしてこう力が強いのか。

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