ギャチルの賭博・前篇
「見て見て、これ強そうでしょ」
もらったばかりのデスイーターをスターに見せつける。ジョキジョキと空を切るにも音が鳴る。この存在感、圧倒的。
「……また珍奇な武器を。もっとマシな武器はなかったのか? 戦闘ならば私が全て受け持つつもりだが」
鉄を打ちながら彼女は頼もしいことを言ってくれるが、それじゃ単純に私の気が済まない。
「あくまで共同よ。私は、少なくともアイベリーとかいう奴を必ず殺す。それ以外なら、好きにすればいいわ」
私に直接攻撃した奴も瞬間移動をさせたオンゾーグとかいう奴も許せないが、直接スイートに止めを刺したあいつは絶対に私が殺すのだ。
それに珍奇と言われながらもこの武器は私が今まで持っていた中でも最も大きく強い武器だ。小さなナイフや上手く当たらない弾丸に比べて、確実に相手を殺す素敵な形をしている。
「濃厚な甘い死を、絶対にあの子に捧げてあげるんだから……」
(怖い怖い。リナさんちょっと怖すぎるんじゃないか?)
「心外ね。復讐に身を焦がす女ってのもまた乙なものだと思うけど」
(だから俺の言葉に反応すんなって!)
「リナ、時折君が喋っているのは、もしかしてハングドマンか?」
スターがついに不可解な独り言の正体に気付いたらしく、私も彼を見せびらかす。
「ええ、ハングドさんもきっちりいるわ」
「そうか、私にはもう声が聞こえないのか……また謎が増えたな」
少し寂しそうなのは、私と話が共有できないからか、純粋にハングドマンと語り合えないからだろうか。それはどちらでもいいが。
「別に謎がいくら増えようが気にしないわ。私にとって重要なのは、奴らを殺すこと。いい加減私も調べに行こうかしら?」
「三ヵ月は……!」
「冗談よ、冗談」
スターとの約束でしばらく待つとは言ったが、しかしそれでもただ待つだけというのは堪えるものだ。
怒りは、復讐心はいずれ風化してしまう。どれだけ強い悪意を抱えていようと、いずれ忘れてしまうものなのだ。
それが恐ろしい。そんな言葉も有った気がする。あの時の絶望と恐怖、悲しみを忘れて平和と自由を享受することは、絶対に忘れられないしこりになる。人生の汚点、思い出す度に少し憂鬱になる不愉快な一事象。
それはスイートのためにならなくとも、私のために絶対に残してはいけない。
たとえ後に何も残らなくても、だ。
「その武器、私が鍛え直そうか?」
「……うん?」
「確かに個性は強いが刃物としての性質ならば私が少し錬成すればより切れ味や強度が増すはずだ。どうか預けてくれ、一週間とかからないし、武器は必要ないだろう?」
「あなたは本当に、私に何をさせたいの?」
まるで復讐を手伝うような発言だが、彼女の優しさは測りにくい。
「君に人殺しはしてほしくないさ。けれど君の望みを叶えるし、君を危険な目に遭わせたくもない。不器用なんだ、私も」
良い顔で言ってくれるが、私はあなたに対して疑いなど複雑な感情を抱いている。
スターはきっと思った通りのことを言葉にしているのだろう。嘘一つない本音、私がそれを信じられないのが問題なのだ。
「……じゃあ、任せるわ。でも一つ言っておくけど、もしいざという時にそれがなくなってたら、私は丸腰でも戦うから」
「信用してくれ、としか言えないな」
短い答えだが、私は彼女を信用すると決めたのだ。彼女と、彼女を信じる星奈とハングドマンを。
あの少女に賭けたあの時、なんだかんだで私は勝ち馬に乗れたのだ。今度もそれを信じよう。
デスイートを渡して、スターを見たが、もう彼女はじっとデスイートを見つめるだけだった。
その代りにリウスで少し遊ぼう。ここで解決すべき問題はまだ少しだけあるのだ。
「じゃあスター、私はまた少し外出してくるから」
「なに、許可が降りたのか?」
「ええ」
これは真っ赤な嘘であるが、見張り代わりのスターも殆ど私と同じ立場だからそれに気付かない。
で気付くのがリウスである。
「……待って」
待たずに私は走り出す。
(おいおいおいお前何を考えてんだよ!)
「気にしないなーい、あっはっは!」
階下から足音が一つ、恐らくリウスだろう。
彼女がエージェントというか、この間私を護衛していたミイラだとしたら、容易く私を取り押さえるくらいのことはできるだろう。何と言ったって騎士の国の戦士なのだから。
無論私もただ捕まるつもりはない。リウスの実力を測るのが今回の目的だから。
振り返ってリウスを見下すと同時にハングドマンのカードを掲げる。
「リウス、追いかけっこよ。私にタッチできたらあなたの勝ち。できなかったら……見張りとして王様に怒られちゃうわね」
リウスは跳ねるように階段を三から五段くらい飛ばしている。やはり運動能力は高い。
「変身!」
そしてすかさず時を止める。
誰一人干渉できない、正体すら見破れない最強の力。
運動能力に差はあれど、私には加速と時間停止、そして足の長さがある。追いかけっこだけなら負けない。
リウスに殺される可能性とて多少は考えるが、彼女がそれをする可能性は無に等しいと見た。
一度外出を許可された身であり、スターの情報を漏らす以前に上で誰かに捕まる可能性が高く、何よりスターの客人である私をこの国の人間が殺せるはずがないからだ。
(時間停止は三秒! それだけでこの階段の半分は昇れるはずっ!)
大きく飛び跳ね、更に両手と舌をも支点にして蛙が跳ねるように階上へと飛び跳ねて進む。本当に人間離れしてしまったと哀愁も感じるが、便利だと割り切るしかない。体から多少操れるロープが更に上へ進む手助けをしてくれる。
時間が動き出すと同時に多少の息苦しさは感じるけれど、それさえ自分にかけた時間加速によってすぐに整えて走り出せる。子供との追いかけっこなら負けないみたいだ。
「さあさあ鬼さんこちら!」
『性格悪いなぁこいつ』
「待ってって!」
ついには子供じみた声をリウスは発したが、少しも待つつもりはない。
となると、やっぱり上まで逃げてこられるわけで。
(おいおいおいおい、お前こいつの実力を見るんじゃなかったのかよ?)
「ここまで来たら折角だし、ホオフに挨拶でもして帰りましょう」
(いやお前なぁ、それ国家反逆みたいな扱いになるんだぞ?)
「スターがいるから平気でしょ」
深く考えずとりあえず階段を昇り切る。階下からは全力疾走する足音が聞こえる。
とにかく一本道だけの廊下があるので走る。
荘厳な観音扉みたいなのがあるので、そこを蹴破る。
ド派手な登場に少し自信を持つが、山ほどいる鎧の兵でその気分はすぐに落ち着いた。
そこらに古代ギリシア建築を思わせる柱が立っており、文化的価値の高い宮殿だと思わせる。
「お、お前は……」
「あれ、なんで?」
見張りの二人が呆然と呟く。ド派手に登場したせいでそこらの人も私をちらちらと見ている。
「見張りなら黙って取り押さえなさいよ、無能」
リウスの足音が聞こえるのと同時に、いい加減見張りが剣を抜いたけれど、もう息は整っている。
「止まってろ」
時間を止めて、複数見える扉と二つの階段が見える中で、私は手前の階段に向かった。
外に向かうとなると罪も大きい。あくまで城内の散歩、そうじゃなければ本当に反逆者扱いされかねない。
時間を止める感覚は一秒ずつ、まるで短い距離を瞬間移動するかのように移動し、多くの兵を困惑させてとっ捕まらないようにしなければならない。
五秒ずつ、とかにすると疲れは多く溜まるし、それで取り押さえられてはたまらない。
私の能力の正体はこの城の全員に加え、スターにすら秘密にしている。ところどころで二、三秒、ひいては更に長く時を止めることで全ての相手から逃げることも可能。
と思っていたが、階段を昇り切って全く同じ鎧達の姿を見て、息が詰まった。
「雑魚軍団ね……」
数の多さだけならまさしくそれなのだが、事実はそうじゃない。
(馬鹿お前、城に来れる兵士なんてウラルドと同等かそれ以上の実力だぞ)
それは恐ろしい。ここまでするつもりはなかったが、これじゃ引っ込みがつかなくなってしまった。
どこかに誰もいない部屋などがないだろうか。とは思うが似たような装丁の扉の区別など付かない。大体は廊下に繋がっているのだろうが……。
ええい南無三、と適当な扉を蹴破る。この態度の悪さがまた叱られる原因の一つなのだろう。
「げっ! お前化け物女!」
そこはこじんまりとした部屋で、ギャチルを含む男数人が机の上で紙束を弄っていた。
絵柄の書いた紙束、トランプのようなものだろう、何か騎士にあるまじきことをしているように見える。
「忙しい三王って聞いてたけど、あっきれた」
これ見よがしに溜息を吐いてやると同時に、ついに後ろからわらわらと兵が集まってきた。
「観念しろ化け物!」
「化け物とは失礼ね。首をねじ切るわよ」
兵はどよめいて少し距離をとったけれど、もう逃げることはできなさそうだ。
「待て待て、一応こいつは客人だ。俺が許可する、お前らは持ち場に戻れ」
後ろからギャチルが言うと、兵達はどよめきながらも少しずつその数を減らしていった。
「いいの? あんた適当なこと言って」
王はばつの悪そうな顔をしていたが、吐き捨てるように言った。
「今の見られる方がちょっとな。お前も、庇ってやったんだから師匠には秘密にしてくれよな」
師匠とはスターのことだったわね。ギャンブルはどうも禁止されているらしい。
なら利用しない手はない。
「どーかしら? 私は別に捕まっても良かったけどあなたはそーじゃないみたいだし」
「待て待て、それはズルいだろ。今から兵を呼んで捕まえてやろうか?」
「してみなさい。おとなしく部屋に戻ってスターに今やっていたこと全部話すから」
「お前、俺とお前のどっちの発言を師匠が信じると思う?」
「私」
(ふてぶてしいな)
ハングドマンにツッコミを入れられたが、私だって態度が悪いと思う。外出許可も下りたのにこんな風に脱走するんだもの。しかし自分が悪いと認めたら負け、という状況はよくあるのだ。
「……試すか?」
「ギャンブル? 良いわよ、あなたが怒られるか、私が怒られるか」
ギャチルがニッと笑い、私もそれに笑顔を返した。
「よし、じゃあリウス、その女を連れ返せ」
後ろを見ると、いつの間にかリウスが立っていた。息を切らして、恨めしそうに私を見ている。
「……はい」
「いやぁ、ごめんごめん」
軽く笑いながら、愛想笑いすると、彼女はムッとしたまま先に歩いて行った。
そして再び地下室に戻ってきた。
スターの表情は平静を装っているようだが、震える唇と吊りあがろうとピクピク動く眉根が、抑えきれない怒りを示していた。
既に、色々と察しているのか、それとも誰かが伝えに来たのか。
「……リナ、私に言うべきことがあるんじゃないか?」
「それが聞いてよスター! ギャチルのやつ、なんだか怪しい賭博をやっていたの! 本当に、騎士にあるまじき存在よね!」
「他には?」
「この間スターのグラビア雑誌あったでしょ? あれ見てる時はハングドさんも結構ノリノリだったよ」
(お前! 俺を巻き込むなよっ!)
「君のことは?」
何が何でも私を叱る気らしい。
「……はぁ。外出許可貰ってないけど勝手に外出しようとしたわ。悪い?」
「……リウス、ギャチルを呼んできてくれ。私が呼んでいる、と伝えてな」
「は、はい」
流石のリウスもスターのただならぬ雰囲気に言葉を詰まらせる。そしてすぐに急いで階段を昇って行った。
「そしてリナ、君はそこに座りなさい。ハングドマンもそこに」
「……何をする気?」
「説教だ」
私が賭けで勝利することはもうなくなった。
「……。大体君は好奇心だ自由だと言ってただ我儘なだけじゃないか! 自制し欲望を抑えることが恐怖をも耐え得る強い心を作ることを……」
こんこんと説教を聞いていた私だが、階段にリウスが戻ってくる姿を見て私はすぐに言った。
「あ、スターさん、リウスリウス!」
「む、リウスか。ギャチルは?」
どう見てもリウスは一人で、しかも気まずい顔をしている。
「仕事が忙しい、そうです」
スターはしばらく無言でリウスを見つめていたが、リウスが短い悲鳴をあげた。
私にも分かる。今のスターはあの写真を見られていた時ほどに怒っている。
「ははは、ははははは! そうかそうか忙しくてここには来れない、私の前に出ることができないか! くっくっく……」
本当におかしそうに笑うからスターは恐ろしい。一体何を考えているのか……、いや、考えていることは分かるのだがね。
「リウス、私を止めるか? 今から上に行こうと思うが、私を止めるか?」
なんて意地悪な質問! リウスは怯えながらぷるぷると震えている。
「っていうかスター、いいの? 勝手に上に行って」
堂々とルールを破ろうとするスターに遠慮は感じられない。国のことを校則程度にしか思っていないのだろうか。
「ではリナ、行こうか」
「はい? 私も行くの?」
「私がここを出たら君は一人じゃないか。私は護国の剣である。国の決まり事くらいはある程度守る」
「でも上に行くんじゃん。王様に文句を言いに行くってだけで」
「違う。馬鹿弟子の躾に行くのだ」
言うや否やスターは堂々とリウスを避けて階段を昇って行く。
「リウス、あなたもついてくるわよね?」
尋ねると彼女は頷き、私の隣にまで来た。
全く、スターは何を考えているのやら。




