博打王ギャチル登場
レベルレット三王国に入国して三日経った現在、一日のサイクルはこんな感じだった。
朝六時起床、外から食事が運ばれる。
昼までスターと会話しつつ研究の話聞いたり本を読んだり。
十二時に昼食が運ばれる。
午後七時に食事が運ばれる、その間ほぼずっとスターと二人きり。
で、三日に一回風呂が許される。
そして夜は好きなタイミングに寝る。
こんなひどい国は他になかった。
そしてついに、出し抜けに私は言った。
「ねえスター、ふざけないでくれる?」
「私が何かふざけただろうか?」
「正直、あなたの見た目と話し方がふざけているわ。何その格好? どこが騎士なの? 性行為を映像化して売り物にするつもりにしか見えないわ」
少なくとも、他に見える騎士は皆、ここでは重厚な鎧を身に纏っていた。最初のアルドラという男以外は、兜を被っている者すらいるのだ。彼女の女捜査官恥辱の七十二時間、みたいな服の人間は他にいない。
「なっ……!」
さしものスターも顔を赤くしたが、次には怒りに顔を顰めた。
「そこまで言われては黙っていれん! 一体何がそんなに……」
「こんなところにずっと閉じ込められてたら気が狂うってんのよ! そもそも風呂も三日に一回ってなに!? 今までで一番ひどかったわよ!? 寝る時だって床はかったいし、そもそもずっとあんたと一緒でどうしろって言うの!?」
「それは……その、だな、私の存在を秘匿するかららしいが」
痛いところを突かれたからか、スターは明らかにしょぼしょぼと言葉を小出しにする。だがそんなことで私の怒りは収まらない。
「言わなけりゃいいってんでしょ!? 私がどれだけ自由を求めて旅しているかはスターも分かるでしょ。だから私は今のこの状況を非常に嫌だと思っているわけで」
訴えるとスターはどんどん追い詰められていく。流石は真正直な彼女、自分のせいだという責任感ですっかり打ちのめされているらしい。
「じゃ、私は失礼するから」
「それは……うむ、仕方ないな」
(やりぃ!)
入ってきた時の重い鉄扉を開けて、いざレベルレットを巡回。
「や、待てやはりそれはダメだ!」
「ちっ」
と、こんな感じでスターから逃げ出す術を考える日々である。
会話についても既に知っている内容ばかり、食事を調達してくれる水色の髪の少女は無口で退屈、風呂までの道程もその少女が黙って監視しているので抜け出すこともできず、何の利益もない空間だ。
「全く、酷いと思わないの? これじゃ四苦を見つけても討伐とか無理でしょ?」
「それは……確かにこのままでは」
「あ、はい分かりました。解決の手段が」
「なに!? それは一体……」
驚くスターを余所に私はポケットからハングドマンを取り出す。
『お前何考えて』
「変、身」
発光し荒縄を全身に巻いた私の肢体にスターは尚も驚く。無論、それだけじゃなかろうが。
「リナ、一体何をする気だ?」
「あばよっ!」
鉄扉を蹴っ飛ばして私はそこから抜け出す。
無論スターが追ってくるだろうし、その彼女はアンドレアスやウラルドよりも強いかもしれないのだから普通にやっても勝ち目はないだろう。
「時間よ止まれ!」
能力をフルで活用してもまだ敵わないかもしれない。でも逃げるだけならどうとでもなる。
驚くスターが止まったままで、私はそっとスターの後ろ側に回り込み、そのまま研究台に身を隠す。
そして時は動き出す。
「いないっ!? リナ、行ったのか! リナァァアアアアアア!!」
笑いそうになるのを必死にこらえ、彼女が走り去るのを見送った後に私はゆっくりと、その後を追うように外に出た。
『お前っ! やっていいことと悪いことの区別もつかないのかよ!?』
(この国の監禁に比べればこれくらい平気平気)
さてこの国はどうなるやら、申し訳ないと思いながらも好奇心は止められなかった。
長い長い、地上へと続く階段を昇り、途中の風呂場へ行く道を横目に、さらに昇り続け、そこから細い廊下に出て、ようやく城の賑やかなところに出ることができる。
このことからいかにスターが秘匿されているかがよく分かる。
そして私はそんな長い階段をゆっくりと、一段ずつ踏みしめる。
『俺は知らないからな』
(あなたの存在、誰にも知られてないから)
部屋で待っていても、スターの存在がこの国に周知となるだけでも私は解放されるのだろうが、そこまでしてはスターが少し可哀想だ。
そしてようやく階段を昇り切ると、すぐそばに髭面の男がいた。
「やっぱりいたな、情報保持者」
茶髪で天然パーマみたいなボサボサの髪に顎にまで生えた髭が非常に汚らしい印象を持たせるが、その鎧を見れば間違いなくここの騎士だと分かる。
そしてその彼は剣を抜き、既に私に敵意を示している。
「さあおとなしく地下に戻ってもらおうか」
「私が地下にいる意味があって? 変身!」
明日の新聞の内容はこうだ、『怪奇! レベルレットの城を駆け巡る伝説の騎士とカメレオン女!』
「げっ、人間と違う」
相手がビビっている間に、私は時を止めて彼の反対側に出て、廊下の壁を蹴って、その勢いのまま、頭に向かってドロップキックをぶちかます。
そして時は動き出す、なんちってね。
体でもっとも踏ん張れない頭に勢いをつけた攻撃をされては、基本的に吹っ飛ぶ。
相手が頑丈な騎士と雖もそれは同じはず。
位置的には相手を階段の下へ突き落すつもりで、そして吹っ飛んだには吹っ飛んだが、彼は階段の壁に手を当てて自分を支えた。
「瞬間移動か!? もう容赦せん、俺の一世一代の大博打を見せてやる!」
また何かをするのか、と連続で時を止めるが、そう言った彼の姿を見て私は愕然とした。
剣を両手で持ち、自分に向けてその切っ先を向けているのだ。
何故こんなことをしているのかと考えて一秒未満、瞬間移動で真後ろに出た敵と相討ちになるということしか思いつかなかった。
そもそもこんな考えが浮かぶことがおかしい。でもよくハードボイルドなキャラが人質に取られた時、相手と自分を道連れにする時に自分ごと敵を倒す時にはよくこういうことをしたものだ。
(と、止めれる?)
つい彼の身を案じてしまった。そもそも私は彼の後ろに出るつもりなどない。
『俺達の力じゃ無理だろうな……』
騎士の剛力は私達の力では止められない。なんせアウロラの少年教皇にすら劣るのだ。
いや彼はそうしないのではないだろうか? そういう素振りを見せることで瞬間移動能力を躊躇させるとかそういう意図であろう。
そう信じ切って時を動かすと、彼は思い切り自分の腹を貫いた。
「ぐはぁ!? くっ、俺がしくったのか……」
「馬鹿!?」
紛れもなく救いようもない大馬鹿者であった。本当に救う手段が見当たらない辺り、ちょっとこっちが焦る。
こういう時は怪我人を無理に動かそうとせず人を呼ぶ方が大事だ。
「まさか、こんな方法で私の脱出計画を阻害しようとは……」
スターに怒られるのが非常に恐ろしい。星奈はしょっちゅう小言を言われていたそうだし、スターも意外と陰険なのだろうなぁ。
それで結局、たまたま見回りに来たいつもの水色の人に話して、すぐに彼は治療してもらった。
そして次の日のニュースは『またもや奇行!! 博打王の自害!?』となっていた。
「あれが王様ねぇ……」
結局、地下室に戻された私は自由になれず、スターにこってり絞られることになった。
「今はあいつの話はいい。それよりもリナ、ちゃんと反省はしているのか?」
来た時は良き友人よ! って感じで称えあったにも関わらず、今のスターが私を見る目は星奈のそれと変わらないのではないだろうか。傍若無人で自分勝手な姿は、私も子供も変わらないだろう。
「反省はしてないし後悔もしてないわ。あのギャチルとかいう王様には悪いことしたなって思うけど」
博打王のギャチルはスターの直弟子だそうで、昔から突飛な行動を取ったり騎士にあるまじきことに博打にのめり込んで、国の財政を潤したりしているらしい。汚らしく見えるが、あれで私よりも若いとか。
「悪いことをしたと思うならそれが反省だ。ならば後悔もしているだろう。ここにはああいう真面目で間抜けな男ばかりなのだ、あまり誑かしてやるな」
「誑かすって……。で、それより上はどうなったの? もうみんながあなたの存在に気付いたんでしょ?」
話では、スターが上で私を探し回っている間、バッタリ出会ったギャチルは実は私が脱出していないと踏んで地下室から唯一の脱出路である階段の上で待っていたという。スターと私の運動能力を想像して判断したギャチルは少しだけ優秀かもしれないが、無謀であるに違いない。
とかくスターは動き回り、姿を見せ回った。これで秘匿する必要もないだろう。
「いや、私達はここから動くわけにはいかなくなった。私が国の外に行ってしまっては、この国が困るだろう?」
スターはまた当然のように言うが、それは私が待ったをかける。
「国が困るって、それであなたが困っているじゃない」
「別に困らないさ、研究は好きなだけできるし、もう戦う必要もないからな」
それは国にいいように使われているだけだ。隠された秘密兵器は自分の境遇をどう思っているのか。
「それに喜ばしい話もあるぞ? 城に私が姿を見せたために、ここに客人が来ることは許可された。他人との会話で時間が潰せるぞ」
スターはそう言って私に笑顔を向けた。こういう時に純粋に私のことを考える辺りが、彼女の人柄なんだろう。
「あなたはそれでいいの? 脱出する力があるのに閉じ込められていいように秘密兵器みたいな扱いされて。自由が欲しくないの?」
「そもそも私は国に仕えることこそ本懐、国の命令に従う今こそが一番の自由とすらいえる。だが、一つ心残りはあるな」
スターの表情が曇るのを見て、私は喜んで飛びつく。
「なにそれ!? 是非それを叶えましょう! 私も協力するし!」
「君のことだよ、リナ。君の望みを叶え、元の世界に戻すことだ」
平然と彼女が言って、ちょっと嬉しくてにやけたが、結局私は落胆した。
「そういうのじゃなくて、もっと国に歯向かってまで一度は叶えたい願いとかないの? 我儘な王様が村娘に恋をするから結婚したいとか、国に顧みずに聖地を奪い取る敬虔な王様とかいるでしょ?」
「私のこの望みとて、今の国よりも成就すべき望みのつもりだが」
そうは言っても、国の言いなりになってここにいるだけのスターを見ていると、行っていることとやっていることが違っている気がする。
「はいはい、期待せずに待つわ」
それにしても客人が来ると聞いたが、その日に来たのはいつもの水色の髪の少女と、若い騎士だけであった。
単なる若い騎士が伝説の騎士様に相談するみたいな、腑抜けたこの国の兵士の実情を見せつけられて不満しかない。
「あなたも大変ね、私達の従者みたいなことさせられて」
騎士に追いやられ、戻るに戻れなくなった少女に私は話しかけた。
彼女の瞳はまん丸くてあどけないようだが、形が変わらずに感情を読み取ることができなかった。
何よりその真っ赤な双眸に、私は吸い込まれる感覚を覚えた。
彼女はただ黙って私の目を見つめるだけだった。
部屋から騎士が軒並みいなくなった後で私はスターに尋ねた。
「ねえ、いつも食事を持ってきてくれるあの子って、どういう子なの?」
「彼女はリウスと言う。四苦に親を殺された孤児でな、暮らしに困っているという話を偶然聞いて、ここで働いてもらっている」
「あらら、孤児院とかはないのかしら?」
「この国には働き手が少ないからな。子供は親の仕事を手伝って当然とまで言える。君達の世界とは随分異なるな」
若者は皆、大体が親の仕事を受け継ぐらしい。鉱産資源の確保、漁業や農業など第一次産業、そして軍人と政治家を兼ね備えた高位の騎士など、無論騎士は王族に従うらしいが、昨今では騎士の革命の真似事まで多発しているとか。
「全く嘆かわしいことだ。騎士の身でありながら主君を裏切るなど、エンプレスを俗悪などと言えん」
スターは憂うように言っていた。
それが本当に俗悪なのか、高潔なのか、私には判断できないが、今この国が歪であることを知れば、正しくはないのだろう。
来る国来る国、早く出たいと思うのは私の性分なのだろう。住めば都は嘘っぱちだ。




