伝説の騎士スター
国内の風景は整備された石畳やレンガ造りの家を見れば洋風そのもの。
騎士は鎧を、普通の人らは中性の農民って感じの素朴な衣装であるが、誰もが幸せそうで、平和そうだ。
「解せん、何故かの存在は会ってもいない貴様などと会うことを決めたのか」
スターの名前をぼやかしながらホオフは心底分からないと悩んでいる。
「俺も同感だ。一体何を考えておられるのか……」
私達を先導するアルドラが呟く。オッサン二人が喚くのを私は嬉しい気分で聞いている。
『そういやお前知らなかったのか。俺の記憶を共有しているようなもんだから、知ってて当然だと思っていたが』
「何が?」
『だから口に出すなって』
「もういいのいいの。気にするだけ無駄よ」
二人は訝しげに私を見るが、やがてすぐに前を向く。
スターと出会い、元の世界に戻る。もはや忘れてさえいた淡い希望。
今私が為すべきは、あいつらを殺すことだからである。
レベルレットの中心にある城、その地下室、私とホオフはそこに通された。
「リナリーベルト、君はこれからここで住んでもらうことになる。秘密保持のためだが、必要なものなどはできるだけ融通するつもりだ。だができるだけスターと二人でいるように」
「ええ? うら若き乙女にそんな命令するなんて」
無論スターなら、清き純潔を保つ乙女が男と二人きりで過ごすと言われて危惧するようなことはしないだろうが、状況が状況なので言わせてもらった。
それにアルドラは微妙な表情を浮かべたが、咳払いして場をまとめた。
「ホオフと言ったな、君はさっきの約束通り、こちらに来てもらう」
「約束って?」
「北で流行りの盗賊とやらを見つけ出すための協力をするのだ。貴様は精々スターとの蜜月を楽しめよ、リナ。スターという男とな」
言ってホオフはアルドラと共に、私の前から去った。
そして目の前には分厚い鉄製の扉が一つ。
ついに邂逅の時が来たのだ。
扉を開くとそこは研究室と言うに相応しい様相を成していた。
中心の研究台は人の外科手術ができるほどに広く、奥には刀すら作れそうなかまどがある。煙はどうするのだろうか? 床はコンクリートのようだが、纏めて捨てる古紙のように書類が束ねられており、部屋の端には壁一面に薬品と本が入った棚が置いてある。
あらゆる研究ができそうな部屋、騎士の部屋だと言われても私には信じがたい。
『スターは騎士であり研究者だからな。いろんな分野を雑多に学んでいるって聞いてたが、こんなに研究熱心な感じだとは知らなかったぜ』
しかし部屋の中にはやたらと劣情を煽る衣装のグラマラスな女性がいるだけでスターと思しき人物はいない。
その女性は女性で、息を呑むほどの美しさだ。金銀糸のように清廉で細い髪は邪魔にならないようにと後ろに纏め、黒い瞳は開いた本に釘付けだが、ともすれば吸い込まれそうなほどに澄んでいる。
何よりその服装はスウェットスーツのように肌に張り付くもので大きな胸も華麗なくびれも大胆なヒップも露わに見える。
まさか、騎士とは名ばかりで隠避して淫靡な性格を送っていた、なんてことでは? いやスターに限ってそれはないと思いたい。
「えー、あの……」
声をかけると、彼女はようやくこっちを向いた。
そして彼女は、意外なほどに人懐こい笑顔を向けてくれた。
「おお! 本当に、本当にリナリーベルト! 久しぶりだ……ふむ、積もる話もあるが、まずは君の状況から聞かせてもらおうか?」
「え、え、あの、私の名前を知っているんですか?」
私が日本人だと知った時のターキッシュくらい懐っこく握手まで求めてくる彼女に、私は戸惑う。こんなテンションの高い人はこの世界にはいなかった。
「何を言うんだ、君と私の仲じゃないか?」
「え、えっと私はスターに会いに来たん、ですけど」
『……頑張れよ、リナ』
ハングドマンの意味深な呟きの直後、目の前の女性は笑顔のまま彼女自身の大きな胸に手を当てた。何カップあるんだろう? G? H?
「リナ、聡明で経験豊かな君は当然覚えているだろう。玲子たちに研究所に集められた私と星奈が葛藤する中、闊達な君が状況を打破し玲子と戦ってくれたおかげで私と星奈が、私と星奈が! 変身し諸悪の根源を倒したことを。私と! 星奈が私と!」
「……ま、まさか……」
目の前の女性を私は指さす。いや間違いないだろう。目の前の女性は今不満そうに私を睨めつけているが、そうなんだろう。
何よりそれは彼が、というよりもスターという存在しか知らないはずの事実を淡々と、しかも強調して言っているのだから、そうなんだろうなぁ。
「す、スター? なーんちゃって言っちゃったりして……」
「ああ! 会いたかったぞリナリーベルト!」
彼女は大きな声で言って私をぎゅっと抱きしめた。
過剰なスキンシップだと思うが、この国の騎士とはそういうものなのだろうか? それとも小学生の明るい星奈の影響だろうか。
ふわりと臭うのは炭と汗の臭いだ。あまり女性らしい臭いではない、あまり近づかないで欲しい。だが体の感触は凄い、筋肉があるらしく腕も腹も硬いが、壮大なその乳の柔らかさと言ったらレイフェスの比ではない。
「……スター、スターなのね、本当にスター?」
「諄いぞ? 異世界の友人であるリナは一目で私をスターだと見抜いた。それでいいな? 私のことを男と言ったらしいが、それは聞き違いか言い違い、だな?」
「……ごめんごめん」
えへへと笑ってみるがスターは笑っていなかった。彼女なりのこだわりだろうか。
「星奈もずっと私を男だと思っていたのだ。私はそれが悲しくて堪らなかった」
そううるうる悲しむスターは女性らしかった。しかし私はスターをナイスミドルだと思っていたからこそ、不思議な違和感がぬぐえない。
「何はともあれ、ずっと会いたかったのは確かよ。何から話そうか悩むけれど、よろしく、スター」
「ああ、最初から気になっているのは何故この世界にいるのか、そして君のその腕のことだが、君が話すのを待つ」
そして彼女は部屋の奥から二つのボロ椅子を用意した。
話は簡単には済まないだろうが。
話は星奈と別れてから私の世界を色々冒険したことから始め、青い大地に来たこと、新世界戦線でスイートと出会ったこと、エンペラー帝国で理不尽な徴収を受けた事、アウロラ教国で教皇と出会い、悪党レイフェスを倒し共和国へと革命したこと、中立魔導でいきなり捕まり魔法にかけられ、ホオフと出会い、その後アルカを助けるために右腕を失ったこと、そしてレベルレット間近まで来て盗賊団『四苦』にスイートを殺されたこと、最後にアルドラにいちゃもんをつけられたことまでも話した。
「……そうか、やはり青い大地か。私もここに来た時はそこからだった」
「何かあるのかしらね?」
『の前に、スター! 俺の声が聞こえないか!? スター!』
ハングドマンが話に割り込むが、スターは何も気付いた様子はなかった。
「青い大地に行く必要があるな。リナもそれでいいか?」
(聞こえてないわね。はい残念)
とハングドマンに伝えつつ、私はスターに続けて言った。
「その前にすることがあるの」
「それは?」
「盗賊四苦の討伐」
何としてでもやり遂げなければ気が済まない、それを彼女はどういうだろうか。
「……君がしなければならないことではない。君は自分のことだけ心配するべきだ」
彼女の目は哀れむようで、明らかに乗り気ではない。
「馬鹿言わないで。自分の手でやり遂げなければ寝覚めが悪いわ」
「復讐は何も生まない、そんなことは分かっているだろう?」
「何も生まなくても、気分は晴れるわ」
「……本気で言っているのか?」
「私が本気じゃないことがあった?」
あるだろうけども。スターは神妙な面持ちであった。
「リナ、それは賢い選択とは言えない。あの平和な国で君はもっと後世に尽くすべきだ。その経験に復讐など必要ない」
「言ってくれるわね、騎士道精神ってやつ? 頭かちこちなんじゃない?」
「リナ、私は真剣に……」
「私だって真剣よ。腕を奪った奴よりも憎いの」
しばらく会話は途切れた。その間のスターの悲しそうな顔は、充分私の心に響いた。
そう、私だって覚えている。彼女は優しくて強くて正直な、大人びていても星奈によく似た人だった。
「スイートはそれで喜ぶのか?」
「スイートが嫌がったってやってやるわ。それが私なりのケジメの付け方だから」
「……」
「まだなんかある?」
「……単刀直入に聞く。勝算はあるのか?」
ホオフがいれば、というのが本音だが、その方法で前に手痛い目を見たのは事実だ。
「あると言えばあるけど、ないと言えばないってのが現状ね」
ふふん、と言うが彼女は笑ってはくれない。それは知っていたが、まだ真剣な顔で私の手を握ったのだ。
「ならば一つ、私にも協力させてくれ」
また想像だにしない言葉に私は驚き、問い返す。
「復讐はいけないこと、じゃなかったっけ?」
「確かにそう言った。だが君と寝食を共にしたスイートは、もう私の親友も同然。それを殺されたとあらば私とて黙し座すわけにはいかない。その盗賊四苦には捕獲について生死問わずの命も出ている。目撃されているのは三人と言えど四人いることは確か。その罪の一つを、是非私にも背負わせてほしい」
真摯に、どこまでもまっすぐな目をして彼女は私を見つめる。そんな目をされては、目を背けたくなる。
「いいの? 伝説の騎士様だって聞いたけど」
「名ばかりさ。軍人も戦士も大義名分はあれど、ただの人殺しに過ぎないさ。生きるため、ということなら盗賊とも本質は変わらん。性質は大きく違えどもな」
「……あーあー、あなたがそんなこと言ったら、この国の騎士達全員が泣いちゃうわよ」
「皆に自分で考えて欲しいものだ、自分達の本懐というものを」
何とも剛毅なことだ。彼女に力を借りられるのは非常にありがたいが、良心の呵責というものがある。
「あまり巻き込みたくないんだけど、実際にスイートと関係ないでしょ?」
「奴らは常々我らの国で狼藉を働いている。元より私は怒っていたのだ」
彼女は尋常ではない気迫で呟く、がすぐに咳払いして自分を諌めた。正義感が熱いことこの上ない。
「ともかく、その点において二つ問題がある。一つは時間だ」
スターが指を一本伸ばす。まるで教師のような仕草だ。
「時間?」
「四苦の最後の一人の居場所、そして三人が普段どこにいるかが分からない。奴らは転移魔法で移動するそうだからな、それを見つけるまでに多かれ少なかれ時間がかかるということだ」
それは間違いない。三人を捕えた後に一人を生け捕りにして尋問する必要もあるだろう。もしかしたら四苦とは名ばかりで三人しかいない可能性もあるけど。
「二つ目は、異世界に戻るには青い大地に行く必要があるだろうということだ。確証はないがここである程度の研究と魔術を重ねてもできなかったことが、私と君のことで二度、青い大地で起きている。君を送り戻すにはあそこを研究する必要がある」
「あそこまで戻らなければ駄目なわけ? うげぇ……」
今までの旅を想起したからこそ、その長く遠く険しい道程に溜息が出る。
「大丈夫だ、今度はレベルレットの総力を挙げて援助する。私が決定した」
「権力が横行しているわね。意外と性格悪いの?」
「君のためなら、私はできることは何でもするつもりだ」
伝説の騎士様にそんなことを言われては、私とて夢見る女、胸が高鳴るじゃないか。
「テンション上がるわね。それで何からしようかしら」
「何から、というが何もすることはないぞ? なんせ青い大地に行くのは四苦の討伐後。そして肝心の四苦の居場所をまだ誰も知らないのだからな」
ふふん、とスターは偉そうに笑う。
「……ん?」
「是非レベルレットを楽しんでくれ。……少なくとも何か月かはかかるだろうが」
既にスターは復讐も研究も離れて自分の好きにするらしい。
果たしてどれほどの時間がかかるのだろうか。




