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リナの決意とレベルレット王国

 どれほどの時間が経ったかは私も知らない。

 荒野にて、ハングドマンとは違う声を聞いて私はようやく息を吹き返すように顔をあげた。

「行商人は死んだか」

「……ホオフ?」

 彼はまた、彼にしては珍しく寂しげな表情だった。

「知っていたことだ。後悔はないだろう」

「……そんなわけ、ないでしょ? 彼女は、そんなわけ……」

予見していたとしても、自分が死んで平気な人間などいるはずがない。

「貴様がどう思おうと知らん。私はスイートに何もしなくても死ぬが、リナについていけば無残に死ぬと伝え、彼女はそれでも貴様についていった。その選択を俺は勇気あるものと判断した」

 それでも私には受け入れられない。やはりあの時にでも引き返してスイートが死なないように食生活でも何でも変えておくべきだったと思う。

「さて茫然自失のところ悪いが、ここでお前を殺そうと思う」

 彼の言葉は驚きに値するが、今の私を動揺させるほどではなかった。

「いいわよ」

 彼は明らかに驚き目を見開いていた。だが私の次の言葉も予測できないようでは、未来予知が聞いて呆れる。

「ただしその前に復讐させて。四苦とかいうふざけた盗賊どもを全員根絶やしにする。殺してやる。その後ならどうとでもするがいいわ」

「……ふ、ふふははは、面白い。やはり貴様は最高に面白いな、リナリーベルト。延命にしては良い言い訳だ」

 すると彼は我が物顔で馬を移動させ始めた。

「……どうする気?」

「勝手に死なれても困る。それに私がいる方が敵討ちに役立つだろう? その行商人も知らぬ仲ではないしな」

 奇妙な同行者ができてしまったものだ。確かに役立つが、あまり嬉しくはない。

『なあリナ、お前は今、何を考えてんだ?』

(それって、どういう意味かしら?)

 不意にハングドマンの言葉が頭に流れる。同時にその不安や疑惑といったネガティブなイメージもだ。

『復讐なんて馬鹿馬鹿しいとか、そういうことを考えるのが普段のお前だしよ。怒り狂っているのは分かるがもっと冷静になれ。元の世界に戻ることが大切だろ?』

(ケジメよ。あのいけ好かない連中がこの世で同じ息を吸っていると考えただけで、私はもう狂いそうなくらい)

 冗談めかしてみるが、嘘は言っていない。このスイートを見るたびに私は思う、あいつらが生きているなど耐えがたい。

(私が将来もスイートのことを思いだし、耽るたびに、あいつらが出てきて私を苦しめ、怒りに狂わせ、悲しみに陥るのならば、復讐を果たして虚無感に浸る方がまだマシよ)

『……そうか。なら俺からは二つだけ言いたいこと言わせてもらうぜ』

(ええ、どうぞ)

『一つはスイートの言葉を忘れんな。恐怖ってのは単純で簡単だってな』

(もう一つは?)

『スターはきっとお前を助けてくれる。スターを信じろ』

 折角の二つの言いたいことは他人の言葉と他力本願じゃない。情けないなぁハングドさんは。

 私がずっとスイートと寄り添っている間、ホオフは黙って馬を走らせ続けていた。



 そしてついに私は辿り着いた。

「リナリーベルト、あれがレベルレット三王国だ」

 人口が少なく、けれど農業と南の海からの漁業なども発達しており、生活に困ることはないらしい。

『城壁に囲まれた国なんだけど、そのせいで領土を広げるのとかが大変で小ぢんまりとしているんだよ。でも騎士の修行が盛んで国力は凄いんだ。でもでも、今はデビルズレギオンとマイスター騎士王国って言うのが合体して、王の後継者三人がそれぞれ王を名乗って統治している、言っちゃ悪いけどごちゃごちゃ王国なの。まぁリナはスターがいるって信じ切っているみたいだけど、だったら国はもうちょいきちんとしてると思うけど。教育とか治安は凄いけど、魔法とかはダメダメだよ?』

 そんな、今はもういないスイートの言葉を思い出す。

 もう一年にもなるのだろうか? この世界に来て、青い大地でオオムカデに追われてから早数か月、国を渡り、人と出会い、大切なものを失って、私はやってきたのだ。

 無論、入国は簡単にはできないだろう。死人を乗せているのだから。



 私はホオフと共に取調室のような入国調査室とかいう場所に連れてこられ、頭の固い騎士に足止めを食らっていた。

 ホオフは腕を組み無愛想に『私についてきた』の一点張りで、私が入国の理由を説明できないからだ。

 盗賊に襲われたという話をしても騎士は信じていない感じだ。なんというか、殺したくなる。

『お前……ちょっと落ち着こう』

「ああもう正直に言うわ! スターに会いに来たの! いるんでしょ、元国王かなんかだったすっごく強くて偉い騎士のスターが!」

「スター様は建国の祖であらせられるが、数年前より行方不明だ! いるわけないだろ!!」

 と、こんな感じなのである。これでは私がやっぱりスターはこの世界に来ていないのかもしれないと不安になってしまう。というか、乱暴過ぎた。

 そんな問答を続けていると部屋に雰囲気の違う男が入ってきた。

 騎士というのは基本的に兜は外しているが鎧を着込んでいているのだが、入ってきた彼は赤いマントを着た中年のオヤジだった。

 細い目と広くなった額、黒い髪。この国の人々はほとんど金髪だから奇妙な雰囲気だ。

「君がスターに会わせろと言う、奇妙な女か? なるほど、異世界人だねぇ」

「あんたは?」

「ばっ! お前馬鹿!」

 と今まで問答していた男が急に暴言を言うが、中年が腕で制すと、彼は黙った。

「君はもういいよ。あとは俺が話すから」

 恐らく若い騎士の上司なのだろう、それか司祭のような特別扱いの人物、なんにせよ話が進展しそうで助かる。

 だが、机の上にどんとおかれたそれは、ちょっと驚いた。

「飲もう、正直に話し合うにはこれが一番だ」

 酒だ。コップを三つ用意し、彼は先に自分の分を入れてそれを飲み干してから、平等に三つのコップに酒を注いだ。

「ほら飲みなさい。私が許可する」

 彼は乾杯も言わずにまた自分だけ先に酒を飲みほす。既に酩酊しているのか顔は赤らんできている。

「本音で話しましょう。酒を飲むとね、人と人は繋がりやすくなるんです!」

 正直その男についていけなかった。酒は嫌いではないが、見知らぬ相手の前で飲むものではない。

「なに、こいつ……」

「知らんのか? レベルレット三王の一人、酩酊王アルドラだろう」

 ホオフが言って、私は思い出した。

 レベルレット三王国の王は酒飲み、女たらし、博徒という三人のクズだという話だ。

「よくご存知で。それで、君達が酒を飲もうが飲まんが知らんのだが、スターに会いたいと言っているそうだね」

「ええ、そうよ? スターだって私に会いたいはずだわ。リナリーベルトが会いに来たって本人に伝えなさい」

 これはちょっと言い過ぎであるが、今はオーバーに言った方が良い。

 にしても本当に酷い奴らだ。片腕を失い、大切な友人まで失った私をこんな風にとどめるなんて。

「それはもう分かったよ。それで君、もしもスターが否定したらどうする?」

「はい?」

「スターが仮にいるとして、その本人がリナリーベルトなんて知らない、追い返せ、とでも言ったら君はどうするのか、って言っているんだ。もしも仮にだよ? スターがいたとして、それを知っていると冗談や嘘で君が言っているとしても、国家の秘密だ、君達を生かして帰すにはいかないわけだ」

 笑顔を絶やさないアルドラであるが、その語調は穏やかながら迫力がある。明らかに私を脅している。

「でもね、私の知っているスターって男は、そんな薄情じゃないわ」

 言うと彼はにぃっと笑った。

「なら、伝えてみようかな。君達はここで待っておきなさい」

 言うとアルドラは手つかずの、私とホオフの酒も飲みほして再び去った。

 そこらの騎士は私を見てくすくすと笑い、ホオフに至っては呆れて溜息を吐いている。

「何よあんたら?」

「リナリーベルト貴様、スターに会ったことがあるとかほざいていたな?」

「ええ、前の世界で確かに」

「だったら知っているはずのことを堂々と間違えているからな、笑われるし、呆れられるし、アルドラはお前を確実に殺せると踏んでどこかにいるだろうスターに報告に向かったのだ。私は貴様が馬鹿すぎてもう笑えん」

「嘘? なにか言ったかしら……」

 全く心当たりがなく、ちょっと思い出すがイライラすることばかりで返って集中力がまとまらない。

 それよりだ、この騎士達は私のミスをくすくすと笑っていたのか。なんせ性格の悪い奴らだ。

「ともかく、本物のスターならこんな時に意地汚く笑ったりはしないでしょうね」

「ふん、ほざけ盗賊が」

「あー! ……殺してやろうかしら」

「まあ、我々が殺されるに違いないのならそれも手だな」

 意外にも乗り気なホオフだが、彼は微動だにしない。私はカードに手を伸ばしたのに。

「その割にやる気なさそうね」

「見習いだが彼らも騎士、この状況では敵わん」

 そうは言っても、今ここには騎士は三人だけだ。確かに数では劣っているがホオフが白兵戦で負けるとは思えない。

「本当に勝てないの?」

「こいつら全員でウラルド一人分と言ったところだ。私には不可能だ」

 とホオフは端から諦めている。呆れた男だ。どうしてこうも諦めがいいのか。

 スイートもそうだ。死ぬなんて……ああもう辛くなってきた。今目前のこの問題が忘れさせてくれていたのに、スイートのことを思い出して辛くなる。

「うう、スイート……」

 彼女の遺体は私より先に入国し、墓に埋められるらしい。入国したら必ず墓前にて手を合わせ彼女の死後の安息を祈ろう。

「怒ったり嘆いたり忙しい奴だな貴様は。泣きたいのは私の方だ! 貴様のせいでこんなくだらんところで死ぬとは思わなかった!」

「何よそれ! そんなだったら私のミスってやつを言ってみなさい!」

「いやだね! 貴様は死ぬまで謎を抱えておくがいい! ははは! スイートもあの世で笑っているだろう! 大爆笑だ! 私とスイートでお前をアホだと罵り大爆笑してやる!!」

 ついには掴みあいの喧嘩にもなるが、悲しいことにそうなるとホオフには全然敵わず往復ビンタされてどさっと座り込む。

「アホめ」

「うう、見てなさいよ? 私はスターを信じるって決めた、今決めた」

『俺が言った時に決めとけよ』

「うっさいわねあんたは黙ってなさい!」

 堂々とハングドマンに返事すると、ホオフ達は分からないって感じだけど、もう気にしない。

「あんたら見ておきなさい……殺しはしないまでも土下座くらいはさせてやるから……」

 イライラして止まない、この薄ら笑いをどうにか絶望と悲哀に沈めてやりたいと思うのは、何故かは知らないが。

「無知蒙昧の輩が、精々今だけ笑っていればいい、無残に殺してやる……」

『怖いって』

「うるさぁい!」

「貴様がうるさいわ!」

 そんな風にまた争い始めた時に、汗だくのアルドラがやってきた。

「リナリーベルト、と言ったな!」

 私の返事を待たずに彼は言う。

「全ての非礼を詫びる! そして君をスターの元に連れて行く!」

 それが私の勝利の瞬間だった。

「よし! お前ら私に土下座しろ!」

 三人の騎士は驚くだけで、それはしなかった。

「お前ら私に……」

『それはもういいから、行こうぜ?』

 不服であったがおとなしくアルドラの後ろを、私とホオフはついていくことにした。

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