四苦と離別
そしてスイートからいろんなことを聞いた。
彼女は元々別の世界に住んでいて、ある日突然に新世界戦線にいて、ガラリットに拾われたこと。
この世界で魔法の才能に目覚め、糖分を吸収し、発揮する技で行商人に認定されて全世界を旅立つ権利を得たこと。
このように大陸を大きく回る行商はまだ二回しか経験していないこと。
好きな食べ物、嫌いな人、旅で出会い憧れ恋い焦がれた人、自分の選択に慚愧したこと、そして今、自分の全てを肯定し今私と共にいること。
「リナのことはさ、最初からちょっと尊敬してたよ。変な人っていうのは今も変わらないけど、凄く冷静で小慣れているって感じだった。年上だから当然っちゃ当然だけどさ」
私はそんなスイートの言葉をただただ聞いていた。
相槌を打ちながら、時に大仰な動作で驚いて見せたり笑ってみたりもしたが、悲しい表情が露わになったこともあるだろう。
やがて日が暮れて夜が来て、そして馬車の中で寝ることになった。
「まだまだ話すことはあるよ? 今夜は寝かさないから」
ただ黙って私は頷く。いつ終わるとも知れない時間だが、一秒先にも終わるかもしれず、しかし必ずレベルレットに着くまでの数日間までに終わるのだから。
次の日にそいつらはやってきた。
馬車の先に立っている三人の男、二人は大きくて奇妙な鎧に身を包み、そのうちの片方、道化のような仮面をつけた男が叫ぶ。
「さあお前ら、苦しみを味わってもらおうか!」
「……ついに来ちゃったかな?」
スイートが不安気に呟く。私達はスイートの死因を知らないが、彼らについての検討はついている。
「行商人のスイートさんが、盗賊なんかに負けるの?」
負けるか、負けてなるものか。運命だとか未来予知などであろうと無抵抗で諦めるような生き方はしていない。
(ハングドさん、なんか覚醒とかして新パワー発揮してもいいからね)
『できるならしてやりたいさ。気合いはこっちも充分だ』
最近は妙に変身に頼る機会が増えたものだ。それだけ魔導が物騒だったということだろうが。
「変身」
静かに呟く。体中を光が包み、次の瞬間に私は再び異形と化していた。
「スイート、私は最後まで諦めない。あんたも本気出しな」
「……怖いなぁ、もう」
スイートも立ち上がり彼らを見据えている。
一人は小柄な若い男で見るからに野蛮そうだ。肌を大きく露出させたラフな恰好、浅黒い肌、手に持ったナイフだけが武器ならば恐れることはないが、何かしらの魔法があるのだろう。
後ろに控える二人の鎧、一人はさっき喋った道化の鎧で、口元を大きくゆがめた笑顔には生理的な嫌悪感を抱く。
そしてその隣、兜からは皺の深く刻まれた顔が見えている。老人なのだろうが、口は嫌らしく歪んでいる。誰もが下卑た笑顔を浮かべている。
「これに殺されるってんなら、最低でしょ? それでもいいの? スイート」
「ま、そうだけどさ。でも三対二だよ?」
「国さえ相手取った私達が恐れることじゃないわ」
若干、自分に向かっての言葉にもなっている。私なら相手一人と戦うのも考えなければだめなのだ。あの若い男一人程度なら時間停止で倒せるかもしれないが、まだ距離が少しある。
私達の世界だったら銃持って一気に近づくのが基本なのに、この世界では魔法を警戒してか常に一定の距離を取る。どうも慣れない襲われ方だ。
「お、おいおいおーいこいつらやる気かよォ!? どうしますオンゾーグさん?」
手前の若者が言うと、老人がゆっくりと口を開いた。
「好きにさせてやれ。ただ、一人は殺すな」
それで私が生き残るのか? 冗談じゃない、そんな都合の良い盗賊がいるか。
「スイート、後ろの鎧任せるわ。私は手前の男を」
「うん、気を付けて」
言うや否や私が先に駆け出した。スイートを先に行かせるわけにはいかない、今の状況では。
「っしゃ! オンゾーグさん、アイベリー、先に俺が行くぜ!」
「勝手にすればぁ? きひひひひっ!」
道化が奇怪に笑いながら叫ぶと同時に男が走って近づいてくる。彼我の距離はすぐに縮まる。私もナイフを纏っているロープから出して左手で不器用に握る。
握り方も変だし力も入りづらい。だが止まった敵の喉元を掻っ切るぐらいなら充分だ。
距離はすぐに縮まる、神速の敵に比べれば目視できる速度など私の前では無力に等しい。
敵を討つその確信を得た瞬間に時を止める。
だが瞬間、目の前から男は消えていた。
すぐに周りを見渡し、見上げもするが、どこにもいない。鎧の二人は残っているが、これ以上の移動は危険。
停止を解除しすぐに後方に飛びのくと、男はいなかったはずの上から落ちてきた。
そのナイフを振り下ろす腕は私の首にまっすぐ向かっていたが、伸びる舌で肩を突いて彼の体勢を崩し、防いだ。
「ちっ!」
奴も後方に転がり体勢を立て直す。だが舌打したいのは私も一緒だ。
奴の動きは、完全に瞬間移動と言わなければ説明できない。他に制約があろうと、それ以上に便利な物だとしても、今この状況ではそう断定して戦う他ない。
「スイート、あいつテレポートするから!」
後ろのスイートにも聞こえるように叫ぶ。まだスイートと鎧二人は動かないが、さてどうしたものか。
「グフト、魔法を使え」
「ああ!? マジすかオンゾーグさん? 片方は生かして返すんでしょ?」
「構わんさ、それとアイベリー、お前も行け」
「アイアイッサー! きひっ!」
鎧がバネのように跳ねると同時に、後ろからも軽快な足音が響いた。
空からいくらかの金属音が聞こえる。まさか飛び跳ねてそのまま戦っているのだろうか? ワイヤーアクションを素でこなすのか、彼らは。信じられない。
だが私も転移する男と戦わねばならない時を止める女だ。ああすっかり人外の仲間入りをしてしまった気がする。チェンジャーである時点でそうなのだが。
舌と、触手のように蠢くロープと、左手の柔なナイフ、なんと頼りない武器だろうか。時間を稼ぐのが精一杯だ。スイートが鎧を倒してくれるのを待つわけにはいかないのに。
やるしかないのだ、私が。
あえて大胆に下半身に向かって蹴りを放つ。伸ばしきった足は隙だらけだが当たれば威力はある、なんてものだが、あえなく転移で躱され、無様な体勢の私の上から再び彼は降ってきた。
下に突きつけられた彼のナイフは私の顔に狙いを定めているが、また舌を伸ばし奴の目を眩ます。
だが想定外だったのは、奴がナイフを捨てて私の舌を掴んだことだった。
「苦痛魔法!」
そして私の体は動かなくなった。
全身に走る痛みは喉を裂かんばかりに張り上げる絶叫をも忘れさせるほどに激烈で、今が夢なのか現実なのかも分からないほどに疲弊させられた。
涙で視界がぼやける中で見えたのはあの男、グフトとか言う奴が私を見下す姿だった。
「アイベリー! こっちは終わったぜ!」
痛い、ないはずの右腕までもが張り裂けそうだ。
だがすぐ近くで重いものが落ちる音が、何より雨のように液体が私に降りかかり、意識は徐々に鮮明になった。
「終わったよぉぉぉ~~~ん」
あの鎧が落ちてくるのを見た。
両手の先には爪のような武器がついており、それは真っ赤に染まっている。
そして後ろには、スイートが倒れていた。
「どっち生かすかはもう決まったも同然だな。そっちは直死ぬ」
「それで良い。それでこそ我ら『四苦』の目的は成就するのだ」
「じゃ、魔法解除っと」
グフトが呟くと同時に私の体は、それこそ夢から覚めたように消えてなくなった。
だが、目の前の現状を受け入れるにはまだ早い。
「……スイート?」
体を引き裂かれている、いつも陽気に笑い激しく怒る彼女は、今静かに目を閉じ倒れていた。
「スイート! しっかりして!」
胸はX字に引き裂かれており膨大な血が流れている。体も強く打っているだろう、何より彼女は無言だった。
「スイート! スイート!!」
「うるさいなぁ……生きてるよ」
すぐに左手で頭の後ろを支え、その小さな声を私は聞いた。
「スイート、そんな……嘘……」
「生きてるって……」
呟きながらも彼女は目を開けない。どころか閉じた瞳からは涙が流れ始めている。
「嘘よ……嘘……こんなのありえない!」
「……強かったね、テレポートはあのジジイだよ、騙されちゃった……」
そうか、だからこそあの男の奇妙な魔法で私は負けたのだ。仲間を転移させるなど、敵うわけがない。
いや時だ。時を止めて鎧の隙間から刺せば殺せる。仇を討てるはずだ。
「スイート、絶対にあいつら殺すから! 絶対にぶっ殺してやる……!」
「……それより、リナ、聞いて」
「何!? 言って!!」
「……チョコレート、くれるかな?」
彼女は微笑んでいた。
変身を解いてすぐに私はポケットに手を突っ込み最後のチョコレートを彼女の口元に運んだ。
「スイート、美味しい? 絶対に大丈夫だから、絶対に大丈夫だから……!」
スイートの口元がもごもごと動く。私はもう溢れる涙をも忘れていた。ただスイートを見ていた。
「……リナ、最後に一つ」
「最後とか言わないで! 大丈夫よ、きっとウラルドとかが助けにきてくれて、それで……」
スイートの口から血が零れる。本当にチョコを味わえているのか、もうそんなことを私が考えることもできない。
「リナは、深く考えすぎだよ。恐怖ってもっと、きっと、単純で、簡単」
「そんなの分かってる! 分かってるから……」
「……リナって……子供みた……い」
そして彼女の左腕が力なく垂れたのを見て、私は再び絶叫した。
「決まったぁー! 愛別離苦! 愛する者と別れる苦しみ!」
道化の鎧が叫ぶ、私はスイートの体をゆっくりと降ろして、奴らを睨んだ。
「おっとっと、復讐とは意外と気丈なお嬢さんだな。だがそれは叶わないぜ? 求めるものを得られぬ苦しみ。求不得苦」
「だが貴様は決して諦めない。我らと戦うことを望み続ける。負けた恐怖と復讐心、怨憎会苦、再び我らと出会うことは苦しみだろう」
妙に真面目腐った顔の盗賊どもを私は全ての殺意を向けた。
「あんたら全員ぶっ殺してやる! どこまでも追いつめて生まれてきたことを後悔させてやる!」
「おーこわ、とっとと行こうぜオンゾーグさん」
「きひひっ! 歯ごたえありそー」
「では去るか。リナと言ったな、精々再開を望み、恐怖に苦しむがいい。我ら四苦はその苦しみを糧にする。転移魔法!」
そして彼らは虚空の闇にと消えた。
後には私と馬車と、物言わなくなった彼女だけが残された。
『リナ……』
(……今はもう少し休ませて。今だけは……)
再び私はスイートを抱き起し、馬車に乗せて、隣で、泣いた。




