接近する二人
この対立魔導を囲む国は四つあるが、そのうち動きがあるというのはアウロラと戦争党であるらしい。
国家情勢に詳しいホオフに拠れば、アウロラの変化と中立魔導が対立魔導に変わったことがその原因で戦争党の動きが活発になっているらしい。
今まで国内統治すらままならないアウロラ共和国が平和を掲げ動き出し、対立魔導に対して親睦を深め始め、それを戦争党がアウロラ・対立魔導・レベルレットの同盟結成を危惧した、とのことだ。
状況を考えれば戦争党もアウロラも対立魔導と親睦を深めることが目的で、悲しいことにアルカが生きてようと死んでようと気にしないだろう。
そして指導者を失ったこの国は対立魔導以前の研究に没頭するだけの無害な集団に変わり、何をするでもなくただここに位置し続けるのだろう。
そうなっては困る。もはやアルカの生死どころではなく、諦めた方がいいのではと提案もしたが、ジャッジメントとウラルドの強い要望で継続した。むしろ国を巻き込むという点ではジャッジメント一人の暴走と言ってもよいほどだ。周りの意見は聞かないくせに。
でも国を巻き込むという意見は、基本的に平和を望むこの国の動きを止めるのに最高の手段だと私は思う。そしてそれを見た時に外国は異常さに気付き、アルカの処刑を止める。いい流れだ。
しかし一番の問題は時間、残り二日しかないというのにどちらも行くには馬で三日以上、往復すればその倍であるわけで、まあ不可能だった。
そのため計画は、結局処刑の引き伸ばしに過ぎなかった。
「こういうチマチマした作業が一番面倒なのよねぇ……」
この対立魔導という国の外れにはいくつもの放棄されたテントがある。実験の結果に家主が死んだとか、逆に有能な研究者が拉致された、など様々な理由でだ。
そういうところに繋ぎ止められた馬の配置をちょっと変えたり、中にある役に立つ薬品を集めるというのが私と一緒に作業しているジャッジメントの使命だ。
「こういう地道な活動こそが大きな成功を生むのではないでしょうか?」
「良いこと言うわね。正論過ぎて涙が出そう」
この一本気な修道女と一緒に作業させられるというのが苦痛なのかもしれない。
基本的にはフリーで一人行動を取るのが私だ。近頃はハングドさんと談笑する機会が増えたし、スイートみたいにふにゃけた人も楽しいからいいのだが、彼女は固すぎる。
「無垢な少女を助けるためにも、努力を続けなければなりませんね」
「アーソウデスネー」
感情たっぷり込めて棒読みしたけれど彼女は相変わらず黙々と作業を続けていた。張り合いないなぁつまらんなぁ。
「で、ジャッジメント、これはどんな薬か分かる?」
「いえ、多少は勉強したつもりですが、やはり誰もが専門家というだけあって特殊な物が多いですね」
使い物になるかならないかは分からないが、ホオフの能力をもってすればどんな効果があるか予知することができるらしい。今はとにかく持って帰るのみだ。
あと、テントは放置しておく。いざという時に隠れることができるし、ここに罠なんかを張ればアルカを連れて逃げる時があれば利用できるからだ。
けど、盗賊みたいなものなのよね。それに家主が死んだならいいけれど、長期外泊とかだったら目も当てられない。この国でそんなことする人はいないだろうけど。
充分な量の入ったフラスコだけを持ってテントから出ると、スイートが立っていた。
偶然というわけではないだろう、彼女の嫌悪するような目を見れば。
「なに?」
「こっちこそなに、だよ。何してんの?」
「物乞い。へいへいスイート、手助けプリーズ」
そう言って私が物乞いダンスを軽くステップ刻むと、彼女は耐えきれないように笑った。
「うう……絶対に力は貸さないからっ!」
そう言って彼女は振り返った。
「あ、ちょっと待って!」
「なに?」
スイートが再びこちらを向く、話さなければならないのはその後の話だ。
「アルカを助け出した後、どうやって合流する? レベルレットに向かうんでしょ?」
スイートはしばしぽかんとした後、驚きながら声を出す。
「無理でしょ、助かると思ってるの?」
「助かるわよ。今まで私が死んだことがあった?」
「いやそれはないけどさ……あるわけないでしょ、そんなの」
「なら信じなさい。今まで私がどれだけの修羅場と地獄を潜り抜けてきたか、スイートには一番多く話したつもりよ? 商売人なら肌で感じてみせなさい、損はさせないから」
こんな成功しようと失敗しようと関係ない作戦で私が命を落とすわけがない。まあ、この国に居辛くなった時点で彼女の方は駄目なのかもしれないけど。
そんな私の考えと違い、スイートは冷たい表情だった。
「商売人ならなおのこと、友情とか愛なんて一銭の価値にもならないことじゃ行動できないね。私はアルカの処刑を見届けたらきっかり出発するよ」
スイートは迷いなく、去って行った。なるほど郷愁も思い残しもない華麗な姿だ。これが商売人なのだろうか。
こと友情という点なら鈴輝の方が厚いだろう。
だがスイートは私を嫌っているわけではないし、離れたいとも思っていないだろう。だからこそわざわざこんなところにまでやってきたんだ、と思う。
アルカの処刑を見てから出発すると言った以上、アルカが処刑されなければここに留まるのだろう、だから私は処刑の後にここに戻ってこなければならない。
面白いじゃないか、妙に楽しい気分になってきた。
こんなことをしていて間に合うのだろうか、可哀想なアルカ、哀れなアルカ、あなたの命運を分けるのは変態で頭のおかしいホオフです。
最初の作戦は大規模な火災だった。
「処刑を三日間遅らせるだけで、アウロラ共和国からの使節がこの国に訪れる。それでなんとかできるかもしれない」
ホオフの言葉も表情も真剣そのもので、それで薬品を渡されて命令されたのは空きテントの放火だ。
「誰も住んでいなさそうな端から、多く、派手に燃やせ。敵国の攻撃だと勘違いさせれば充分効果はある」
「アイアイサー、もう完全にテロリストね」
「嫌なら辞めればいい。その代りにここで殺す」
「まさか。テロリストの真似事をしたことならそこそこあるから」
なんならアウロラ共和国の時も……いや恐怖や暴力で思想を押し付けてないからテロではないか。しかし能力を使い、周りの人間を脅かすという意味なら何度もしたことになる。業が深い生き方をしてしまっている。
(まー人殺さないだけマシよね?)
『俺に聞くなよ、自信がないみたいだぞ』
そりゃ自信なんてないに決まっている。放火は大きな罪である。遊牧民のように居住地を構えないからこそマシだが、家が燃えるなんて世界を転々とした私でも嫌だ。
なんせ元の世界では、激しく辛い戦いを終えた星奈が、炎によって家を失っているのだから。
全く報われない話だと思ったものだ。平和の立役者たる星奈が、数多くの人の安住を守った星奈自身が安息を失ったのだ。
燃やしたくないなぁ、でもこうしないとアルカが磔にされて燃やされるのよねぇ。
自分ばかりが辛い目に遭っていると思ってしまうのは気のせいだろうか。もっと楽しく生きたいものだ。
処刑一日前になった。
ウラルドは死刑の前ということで警備の任についているが、ジャッジメント、私、ホオフの三人は件の放火を実行する日だ。
当然アルカに対して怒り轟々の彼らが私達に注意しているわけもなく、あっさりと簡素な国の端に辿り着き、エンペラー帝国側にはホオフとジャッジメントが向かっている。
私の戦争党側はホオフ曰くしばらく動きがなく安全らしい。私の能力不足を配慮してくれるなど、意外といいところもあるじゃないか。
ホオフから預かった薬はテントにかけるだけで音を立てて燃えあがる。これが魔法で作れるなら、地球の環境問題も解決できそうだ。
「燃えろ燃えろ、ふふふ」
「悪いこと、してるみたいだけど?」
驚き振り返ると、他のテントの影からスイートが姿を現した。彼女には全く驚かされる。ホオフからは聞いていないのだけれど、私と関わりすぎたせいで未来が読めなくなっているのが、知っていて黙っていたのかのどちらかだろう。
「驚かせないでよ、何の用?」
「何の用ですって? 自分が何してるか分かってるの?」
「雨乞いよ雨乞い。昔はこうやって祭壇に炎を灯し煙を挙げて雨を乞うのよ、アブラカタブラ」
前も追及された時、こんな風におどけてかどわかしたことを思い出す。
「そうやって私を馬鹿にして、私のことをなんだと思っているの!? ただ利用できる行商人!?」
「馬鹿にしているつもりはないけど」
「それが馬鹿にしてなくて何なの!? いつもいつも、そんな風に飄々として、お道化て、人を食った態度で、全然分かんないよ、リナのことが。一体、何に対して本気なの? どうしてレベルレットに行きたいの?」
見ればスイートは、その赤い瞳に涙を浮かべていた。
こんなに彼女がストレスを抱えていたとは思わなかった。それはスイートが私を重荷に感じているからなのだろうか、私にとってかけがえのない存在ではあるが、モブ同然の立ち居振る舞いをする彼女への応対に悩んでいる節は確かにある。
「……そうね、一つずつちゃんと話し合いましょうか。スイート、本当にあなたが信じてくれるかどうかは分からないけど、私は私が正しいと思うことに全力を尽くすだけよ」
笑顔を浮かべて言ったつもりだが、彼女は不満そうに口をへの字に曲げていた。
「私とアルカどっちが大切なの?」
「どういう質問よ、それ」
「……放っといて出発しようよ。そりゃ死ぬか生きるかなら生きていた方が素敵だと思うよ。一般常識的にさ。でも私だって許したくない気持ちはあるもん。人間だから。それなのに、リナが命を懸けてまで助けるなんて変だよ。感情がないみたい」
「えー、そうかしらん?」
感情を操られたスイートとそうでない私で意見が食い違うのは当然のことだと思う。でも確かに、今の状況は自己犠牲が過ぎるのかもしれない。
「若い時の苦労は買ってでもする性分だからね。ほんと、苦労かけるわ」
「別にかかってないよ、手伝わないし」
彼女はそれきり黙ったまま、けれど私と視線をぶつけ合った。
「レベルレットに到着すれば、スイートもきっと全部理解してくれるわ。私がどういう人間か、何を言っていたのか。それまで、今だけ待って。きっと私はあなたと分かり合えるから」
嘘偽りない、私の願望に近いそれを彼女は静かに受け止めた。
「……はぁ、リナって意外と駄目人間でしょ? 迷惑かけるし自分一人じゃ何にもできないし」
「それが現実ってものよ。人は無力、一人じゃ何もできない、友情や愛が崇高なものとされる背景には人が一人で成り立てないからに違いないわ。ただ悲しいことに謀略や奸智で他者を犠牲にして利用することは愛や友情と同じ効果が得られるのよね。でもスイート、私はあなたに友情も愛も感じ始めているの、恥ずかしいけれど」
ああ久しぶりに嘘偽りなく喋れた気がする。歪んだ世界で荒んだ私から放たれる本音とは、とても汚くて悍ましい言葉なのだろうが。
「へ、へぇ……。難しい感じだけど、うん、リナらしくていい感じじゃん」
「ほんと?」
「うん。なんていうかな、透き通った綺麗な言葉だよ、うん」
スイートも子供みたいに笑顔を作ろうとしている。彼女なりに私に歩み寄ろうとしているのだろう。
「……はぁ、きっとあなたは変わり者よ、スイート」
「お互い様だよ。さあ作業はどんどんやっちゃおう! こうなったら私も乗りかかった船だ!」
言いながらスイートは私に抱き付いてきた。
薬品が危ないから止めて欲しいとは思う。
けど、今ならそれほど疎ましいとも思わない。




