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国崩れの対立魔導!

 それはある日の夜だった。

 対立魔導についてアルカと話を続けて、私は新たな話をしながらもマンネリ化する状況に危機感を抱いていた。

 話のタネは尽きない。私が今まで出会った人、行った国、起きた出来事、年の割には数多くのことを経験したと自負している。

 だが一日中アルカと話を続けていてはいつそれがなくなるともしれない。何より、アルカ本人が話に飽きたと言ってしまえばそれまでなのだ。

 スイートにかかった魔法の解除とアルカからの脱出を目標にしつつ、手の打てない日々、それが突然終わりを告げることになった。



 テントで寝ている時だ、突然アーがテントの中に乗り込んできたのだ。

「小娘ェ! よくも図ってくれたな!?」

 その手に持たれた薙刀のような刀をぶん回しながら、テントの入り口を引き裂いて。

 今まで置物のようだったそれが生きていると、圧倒的な威容を見せつける。

 まだ寝惚けているアルカを抱き寄せながら、間にウーが入るのを私は見た。

「突然どうした、アー?」

「アーではないアンドレアスだ! 貴様まであの小娘のように呼ぶなウラルド!」

 どういう状況なのかはすぐに察した。原因は分からないが、アルカの魔法が解けたのだ。

 ウーが摺り足で距離を詰めると同時に、アーが薙刀を構えた。二人で何やらいがみ合っているようだ。

「ん……なぁに?」

「アルカ、逃げるわよ」

 自分の魔法がどうなったのかも気付いていないのだろうか、目蓋を擦るアルカを強引に引っ張り、騎士二人のいる裏口とは反対の方向に進む。

 恐らく獣の皮で出来たテントだ、その気になれば簡単に引き裂ける。

 彼女の住まいを傷つけることは気が引けるが躊躇している余裕はない。一刻も早くこの場を離れた方が良い。

「……あれ、ちょっと待っておかしい」

「待たない。おかしいから逃げるんでしょ」

 やっとアルカが事態を把握しつつあるらしいが、少し遅い。

(というわけで、久しぶりの、行くわよ)

『ちゃんと計画はあるのか? このまま逃げたところで捕まるのがオチ……』

 変身。

 有無を言わさずテントを切り裂くと同時に、目の前に一人の青年が立ちはだかった。

 丸い眼鏡をつけた灰色っぽい水色の髪の男だ。名前も知らぬ彼は私からアルカを取ると、勝手に走り出す。

「アルカ様、こちらへ!」

 魔法が解けていないのだろうか? 献身的な態度と必死な表情でアルカを連れて走ろうとする彼は、直後に槍で胸を貫かれた。

「あいやー! 悪行非道の限りを尽くす暴虐の王を捕えたりぃぃぃいいいいいいっ!」

 勝鬨の声と言うやつだろう、今まで見た中で一番原始的な争いの現場だが、人の死が、そして沸き上がる歓声が私から現実感を奪い取った。

「ほ、ホオフ……」

 だけではない、既にテントの周りに大量の民草が群がっていた。

「む、貴様はリナ・リーベルト。丁度いい、この場で討ち取ってくれるわぁ!」

 青年から槍を引き抜くと、ホオフがそれを私に向けた。

 アルカは既に、奴の腕の中だ。

「お待ちなさい、ホオフ。彼女は既に攻撃対象ではありません」

 また、既に聞いた女の声がした。

「彼女は、私達の仲間です」

 一団から一歩踏み出し姿を現したのは、ジャッジメントだった。

 状況は既に充分把握できた。

 捕えられていたはずの二人がここにいるということは、この国の長であるアルカの影響力の一切が失われたということだ。

 かつて命を狙ってきたジャッジメントが自分を仲間と呼んでくるのは正直複雑な気分だ。だが私はまだ冷静、状況の把握は充分、アルカの魅惑から抜け出した皆は私を哀れな人質のようなものだと思っているに違いない。

 が、穏やかなジャッジメントに比べ、ホオフの槍の切っ先は私の方を向いたままだ。

「……我ァが魔法にとっての宿敵は貴様だリナリーベルトォォォォオオオオオオオオオ!」

「落ち着きなさいホオフ!」

 ジャッジメントが放った雷がホオフに当たると、彼はまた無様な悲鳴をあげながら倒れた。こいついつもこうだな。

 腕の中のアルカも同様に体から煙が立っている、けれど、意識を失ってはいない。

「……こ、これは……?」

「アルカ、これは皆の総意です。あなたを捕まえます」

 地面から草の蔓が生えて、アルカの体を締め上げ、四肢を捕え、首に絡む。

 悶える彼女は、私に向かって手を伸ばした。

「リ……リナ……」

 彼女の腕はすぐに降りて、昏倒した。そんな切ない表情を向けられても、どうしようもない。

「さあ、リナさん、是非話し合いましょう」

 そう、ジャッジメントは私に手を伸ばした。



 対立魔導に数多くのざわつきが生まれた。

 無論、今までアルカ一人を頂点にして全員の感情を一つにしていたのだから、まあ本来通り人は人それぞれ違う考え方をするようになったと言うだけの話だ。

 だが、その中にアルカを捕えた事に対する文句は全くと言っていいほど聞かず、私に同情する者がいるほどだった。

 状況は完全に反アルカ、魔法が解けた現在は指導者を失くし、挙国一致でアルカに対してどれだけ残虐な刑を執行しようかという状況になっている。

 初め取り調べを受けていた私であるが、すぐに興味を失くされたのか解放され、今はスイートと共にぼんやりとアルカが捕えられている牢の近くまで来ていた。

 そしてそこに行きたいと申し出たのはスイートであった。

「で、聞かなくても分かるけど一応聞いておくわ。なんでアルカのところに行きたいの?」

「チョコレートの文句言うに決まってるでしょ!? 腹の中掻っ捌いて食ってやるんだから!」

「スイートって人肉食に趣味が?」

「ないわよ!! っていうかチョコレート……は、我慢する。どうせそのうちレベルレットに行くし」

 いいながらスイートはずしずしという音が立ちそうなほどに足を踏み鳴らして進む。

「アルカのこと、どう思ってる?」

「もう最低の野郎よ! 絶対に許さない! ぶん殴ってやる! もう怒り心頭っていうかなんていうかもう本当に、本っ当に!」

 怒りのあまり変身しそうな彼女を見ていると、笑ってしまいそうな気分だ。

「あんだけ私が国を出ようとか色々言ってたのに、残るって言ってたのはどこの誰だっけ?」

「あれは……!」

 うーうー唸りながらスイートは顔を真っ赤にしている。からかうのはこれくらいにしておこう。

 やがて牢に辿り着くも、それはまるで祭壇のように高く掲げられ、誰もが下からアルカを見つめている。

 そしてそこへ昇る唯一の階段には、二人の騎士が変わらず門番をやっていた。

「ばかー! あほー! チョコ返せー!」

 そしてスイートは、やっぱりモブの方々同然でギャーギャーと喚いていた。

「お前は……何しに来た?」

「あなたはアー? ウー?」

「ウーだ。それとその呼び方はやめておけ。アンドレアスが怒る」

 見ればもう片方の兜がこちらを向いていた。表情は掴めないが、あの時の迫力を思い出すと、怖気立つ。

「であなたの本名は?」

「ウラルド。だがそんなことはどうでもいい、これからどうするつもりだ?」

 彼の声が少し小さくなる。恐らくは相方に聞かれたくない話をするつもりなのだろう。

「私はまだ考え中よ。あなたは?」

「考え中だ。貴方に良い考えはあるか?」

 良い考えって。私は何も考えていないところだ。何故ウラルドの今後を私の考えで提案する必要があるのだろうか。

 決まっている、彼女はアルカのことを気に入っているからだ。助けたいなどと情勢を無視したことでも考えているのだろう。

「良い考え、だったらこのまま流れに身を任せたほうがいいんじゃない? 私もいずれレベルレットに向かうつもりだから、その時についてきてくれたらいいんだけど」

「……まあ、貴方がそれでいいのなら、それもよかろう」

 それきり、ぷいとウラルドは私から視線を逸らして姿勢を正した。

 アルカを助ける、か。アウロラ教国の時と比べてより難度が高いだろう。

 なんせ以前は子供一人の心を掴めばよかったのに、今度は子供以外全員から見放された子供を助けるのだから。

 むりむり、こういう場合は諦めてとっとと次の目的地に進んだ方が良いに決まっている。考えるまでもない。スイートが乗り気なうちに行くべきだ。

 罵詈雑言の嵐の中から私は踏み出し、スイートごとそこを後にした。



 で、なんだかんだと情報を集めちゃったりしているわけである。

 アルカが捕まったあの日、真っ先に駆けつけて一人殺された水色の髪の青年。

 彼はルナーダといって、将来有望な研究者の一人であったと言う。

 が、遺された彼のテントの中には奇怪な機械装置一つと大量のアルカの写真があった。

 よく言えば妄信者、悪く言えば変態ロリコンストーカー野郎であったらしく、この機械装置で広範囲の魔法を無力化し、自身のみがアルカの協力者であり彼女の心を掴もうとした、と判断されている。

 その設計図を残したままであるが、装置自体は破壊された。これは対立魔導にとって最悪の兵器と呼べるからだろう。

 偉大なるルナーダ、哀れなる男はその計画やアルカを妄信する様をべらべら喋っていたためにやむを得ず殺されたらしい。ああなんて哀れな。

 が、彼のおかげでアルカの魔法を解き、アルカから逃れるという二つの目標は易々と達成できた。

 だから後はレベルレットに向かうだけなのだが、それを素直にできない、というかしたくない私がいる。

 罪罰法定主義の国に生まれて、アメリカでもスリーストライク法のように一度や二度は許す時代なのだ。

 これが革命というならば前国主は死んで新たな始まりを築かねばならないのかもしれない。

 それでも、一人の少女の命は国よりも重い。そう私は思う。

 っていうかいろんな人とダブるのよね、ああいう子は。

 こんな無茶な考えに付き合ってくれそうな人は、やはりウラルドしかいないだろう。

 だが騎士一人増えたところでどうしようもない。それこそ未来を読むような力がなければ、アルカを助ける計画など叶いっこない。

 つまり計画を叶えるのに未来を読むような力を持つ者がいれば成功する確率は十二分に上がるし、もう一人や二人増えればまだいくらでもなんとかできるかも、と思ってしまうわけだ。

 ……しかしあの男、まず話が通じるだろうか?



 所構わず話を聞いたところ、ホオフはアルカの牢の後ろを見張っているという。

 アルカに従事させられていたアンドレアスとウラルド、そして捕まっていたホオフとジャッジメントは現在のこの国でそこそこリーダーシップを持っているらしい。

 たったその四人というのが、アルカが穏やかな統治をしていた証拠とも言えるが、私を傷つけそうだったというだけで投獄されるのだから、こうなるのは時間の問題だったのだろう。

 まあそんなことはどうでもいい。今は祭壇の後ろ、湿っぽいところで槍を片手に座っている男をどう説得するかが問題だ。

「貴様ァーッ! リナリーベルト! 一体何しに来た!」

「端的に言って説得。私の話を聞く気はあるかしら?」

「話を聞こう」

 何故か即座にクールダウンした彼に内心驚きつつ、驚くのも時間の無駄なので話をする。

「あなたって私のことを気にしているだけで、アルカを殺そうだなんて思ってないのよね?」

「まあな」

「好きだったくせに?」

 おっと、つい煽ってしまった。そう焦る気持ちが生まれたが、彼は鼻で嗤った。

「あれはフリだ。あんなチンケな魔法にかかるほど、私は落ちぶれていない」

 そう堂々と言い張る彼は、嘘を言っている風には見えないし嘘を吐く理由も見えなかった。

「……一応だけど、そのフリをする理由は?」

「貴様のような目に遭うと分かり切っているではないか」

 そりゃそうだ。私だってスイートが踏まれて喜んでいるのを先に見ていれば、そうしていただろう。

 だが普段の、突き抜けた奇妙なテンションを見慣れた私は、今のこのホオフに得体の知れない恐怖を感じていた。

 説得など、計画に付き合わせるなど、私の思い通りに動かすなど、できるのだろうか?

「それで、付き合って欲しいことがあるんだけど」

「それに付き合う利点は?」

 まず報酬から、と来ましたか。

 眼鏡の奥の双眸は鋭く私を睨みつける。

「命以外なら何でも言うこと聞いてあげるって言ったら?」

「ほう……生憎だが、貴様の命以外に興味はないな。何なら気が引けると思った?」

「わっ私だって女だっつーの!」

「その貧相な胸でか? はっはっは!」

 ぶん殴ってやりたい衝動に駆られつつも、不意に真顔に戻ったホオフに驚かされる。

「我が魔法が本領を発揮すれば金も女も望むがままだ。今更そんなもの必要とせん」

 そう言われては、私も返す言葉がない。未来を読むとはそれだけ万能の能力なのだ。

 最初からうまく行くとは思っていなかったが、こうも完全に論破されるとは思わなかった。

 ぐむぅ、しかし協力者が一人や二人増えたところでアルカを助けることなんてできようもない。諦めるしかないか。

「分かった。じゃ」

「待て。それで付き合って欲しいこととは何だったのだ?」

 そう言えばすることに関しては何も言っていなかった。しかしまあ、計画も立てていないのに話すのもどうだろうか。殺されないだろうか。

 そもそもホオフに常識があると分かった時点で『アルカを助けたいんだけど』なんて言えば『おいこの女裏切り者だぞ』と言われて私が捕まってアルカ同様の目に遭うことはすぐ分かる。

「付き合ってくれないんだから、別にいいでしょ」

 言ってその場を去ろうとすると、ぐっと肩を掴まれた。

「協力しないとは言ってないだろう。報酬は後で決めればいい」

「生憎だけど見合う報酬がない。私の命が第一だからね」

 それは絶対、アルカがその次、それが私の考えだと改めて自分でも確認する。

 と、彼は呆れた風に溜息を吐いた。

「貴様は自分の価値をまぁるで分かっていないようだな」

「私の価値? 人は等しく生きているから人といって……」

「貴様がどんな持論の元で生きているかは知らないが、世界で一つしかない研究資料があれば誰もが求めるだろう」

 彼の言葉を聞いて私も何となく思い出す。だが、私は果たしてそれだけ価値あるものなのだろうか。

「あんたは私をどう思っているの? 殺したいんでしょ?」

「貴様が死ぬのが第一だ。だが次点では研究したいとも思うさ。研究者である以上はな」

 ……上手い男だ。話してみてもいいかもしれないと思ってしまった。

「どんな困難な計画であろうと、未来を読む我が能力があれば必ず叶えられるぞ? その対価として、生きているにしても、貴様が俺に何かしらの協力をするというだけで充分見合う。さあどうだ?」

「重要な計画に、私が死ねばいいと思っている奴を参加させる馬鹿がいるかしら?」

「貴様が必要ないと思うならそれでいいさ。それでいいならな」

 言って、彼はようやく私の肩から手を放した。

 ホオフが必要か、否か。

 むしろ彼の能力を有効活用すれば、彼以上に必要な人材はいない。

 だがまだ彼を味方にするには足りない。何かが足りない。

「……ホイールオブフォーチュンの手下だったのよね?」

 彼の目が丸く見開かれる。

「意志なき者の統治する世界こそ邪悪なんでしょ? アルカには確かな意志があった。けれど今の烏合の衆は全員がアルカに対する意志のみで、世界の行く末も国の未来も考えていない。あなたはそれで満足するのかしら?」

「……ふはは、それで具体的にどうしたいのだ?」

「アルカを助けるわ。計画はまだ何もないけど」

 ああ、言ってやった。ここで人生が終わるというのなら、まあそれも冒険だ。

「……条件がある」

 彼はすんなりと無視してくれた。

「あの少女に今、意志があるのか? 夢半ばで国が崩れた少女が、今も尚強き意志を秘めていると、それなら協力しよう」

 今の彼は研究者や戦士である前に思想家であった。

 そしてその言葉は、私に一考させるものだ。

 今のアルカの状況を私は知らない。簡素な食事のみ与えられ、殆どずっと罵詈雑言を浴びせられ石まで投げられる始末だ。

 まだ彼女は世界を愛で支配するなどと考えているのだろうか。

「もしも少女が意志なき者になっていたら、その時は貴様を殺す」

「容赦ないわね」

「最初からそのつもりだったのだ。構わんだろう」

 そう言われると、まあそうなるかもしれないような、なんか理不尽なような。

 だが交渉は上手く行った方だろう。協力は取り付けたのだ。

「殺したいって思うならその時は任せる。ただし、その時は全力で逃げるから」

「勝手にしろ」

 言ったホオフは笑っているようだった。何がおかしいのかは分からないが、妙に晴れ晴れとした表情だった。


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