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幕間・チョコレート事件

 屍肉と吐瀉物と血と涙と鼻水とでぐしゃぐしゃになった私は、鈴輝に肩を支えられながら、それを見させられた。

 虐殺ショーなんて言葉にしただけで(おぞ)ましさに眩暈(めまい)がする。けれどそれを実際に見させられたとくれば、失神すらする。

「リナ、私は日本文化がとても好きで、和製ゲームもいいけど、昔遊びと言われるものも好きなんダ」

 崖の下には死んだ人間がいて、私達がいる崖の上にも死んだ人間を黒人が担いでいた。

 崖と言ってもそれほど高いわけではない、それでも二メートルから三メートルはあるだろう、縛られて抵抗できない人間が落とされたら、骨折は免れないだろう。

「人間メンコだヨ、リナ」

 もう胃液だって吐き尽しているというのに、何度もえづく。恐ろしい言葉に、光景に、体がその奥底から拒否反応を示しているのだ。

「じゃ、落としテ」

 叩きつけるでもなく、自然落下に任せるために、体はボロボロになってもまだ生きている。彼らが死ぬのはそれを数回繰り返して、ようやくだった。

 これに何の意味があるのか。ただ嗜虐心を満足させるだけの自分勝手な行為でしかなかった。

 恐怖と、自分だけが助かったという奇妙な罪悪感で、顔を背ける。見ていられなかった。次々と人が落とされ、また拾いあげられては落とされてを繰り返す。

「リナも見てヨ。リナと楽しみたいノ」

「無理……無理です、ごめんなさい……」

「すぐ謝るの、日本人らしくて好きダヨ?」

 そんな皮肉を言われたって私は謝ることしかできなかった。なんで謝るのかもう分からなかった。きっとそれが日本人なんだろう。

「リナは人間メンコ、お気に召さなかったネ?」

 叫びを噛み殺して私が首を上下に、必死に振ると、彼女は笑顔で隣を指さした。

「じゃあこれ、人間福笑いダヨ!」

 次に見た人の顔は、既に人の顔ではなかった。

「いっ……きゃぁぁああああああああああああああああああああ!!」


 玲子のことを話した後日、私はアルカにそこまで話した。

 けれどこみ上げる吐き気に敵わず、そこで一端話を止めた。

「……壮絶だね。聞かなくても分かるよ、そんな残虐な人、私だって知らない」

「……そう、ね。彼女ほど歪んだ人間はそうそういないわ」

「それで平気だったの? 色々」

「記憶読んだんなら分かるでしょうけど、まあ私は今もこうして元気だし、鈴輝にはもう一回会ってるけど、全然平気でしょ?」

「やっぱり二回会ってるんだよね……、もう一回記憶見ていい?」

「だーめ」

 あんな気持ち悪くて気味の悪い体験は一度で充分だ。


 人間福笑いの恐怖の後、私はそこに放置された。

 しばらく放心状態の私は動こうともしなかったが、現地の住民に助けられ、そこで話を聞いたのだ。

 鈴輝の所属する組織というのは、先進国の者から金を奪い、発展途上国、南アメリカや第三世界などを中心に金を与える義賊のようなものらしい。

 変わった点は、その一際恐ろしい残虐性と、超親日感情であるという。

 メンバーの殆どは奴隷として連れてこられたか、新天地を求め自らやってきたアメリカの黒人とその子孫であるが、中には行き過ぎた平等主義者の白人や、鈴輝のような欧州嫌いも含まれているそうで、反米組織の超過激派であるという。

 その後、自暴自棄になった私はアフリカの激戦地に行って、奇妙なテンションのまま武器を持って闘う子供たちと関わるのだが、それもまた別の話である。


 鈴輝の話を終えた後、ほとんどアルカのテントから動かず、話の通じない方の鎧ことアーに食事を持ってきてもらったりしてその日を過ごす。

 そんな時に高い金属音と聞きなれた女性の声がした。

「リナ、リナいる?」

 金属音は警戒したアーとウーが剣を合わせたのだろうが、それでもスイートの声が聞こえる。

「リナ! ちょっと来てってば!」

 切羽詰る声を聞きアルカの方を見る、彼女は理解を示した顔で頷いて私が行くことを促した。

「お二人さん、ちょっと」

 アーとウーに言いながら、私は入口に近づいて尋ねる。

「どうしたの、スイート?」

 恋愛に堕ちたスイート・スーがどういう理由で私の元に訪れるのか。アルカに対する想いはアルカの魔法の加減によって暴力的なことはしないようになっているし、魔法が解けたとも考えづらい。

 つまりスイートの個人的な用事のはずなのだ。

「チョコレート、一個くれるよね」

 ほらね。

「駄目よ、少なくともこの対立魔導を無事に出発できる目途が立つまでね」

「それは違うでしょ! 約束が違う! 着いたら一つ、着いたら一つの約束でしょ!? 嘘つき商人は仕事にならないんだから!」

 激昂したスイートは二人の騎士に止められつつ、尚も食って掛かる。その気迫はジャッジメントとホオフを倒した時以上に激しい。いや、あの時はむしろ淡々としていたか。

「そう言われてもねぇ……」

「ねー何の騒ぎ?」

 と、テントの中のアルカがてとてと歩いてくる。

「あ、アルカ様……」

 様付けは果たして恋愛感情なのか、疑問に思うが今のスイートに関わるのは少し危険だろうので黙っておく。

「で、何の騒ぎ?」

「大したことじゃありませんよ、ちょっとね、二人の約束がありましてね」

 スイートがにやにや笑って誤魔化しているが、それをアルカは不満そうに口を曲げた。

「ちょっとお菓子をスイートにあげるかあげないかの話」

 スイートに密着していた騎士の鎧が金属音を鳴らす。恐らくスイートが私を引っ掴もうとしたらしいが、捕えられていることを忘れていたらしい。

「お菓子? なんの?」

「チョコレートっていう、異世界にしかないっていうお菓子」

「ちょっと!」

 再びガシャン! と二人の鎧が甲高い音を立てた。スイートの伸ばした腕が私の髪を掴もうとするが、ゆっくりとアー、ウーの二人に押しとどめられる。

「何それ食べてみたい! いい、リナ?」

「えー? でもスイートにあげるって約束なのよねーん?」

 チラチラと私はスイートに視線を送る。この流れは、先が読める。っていうか予想しているから、こんな風にふざけているんだけど。

 スイートは案の定、血の涙を流さんばかりに私を睨んでいる。

「うっ、く、く、く、く……」

 奇妙に漏れる呻きに、アルカも私も素知らぬフリだ。ちょっと同情するが、私を蔑ろにする奴にはこれくらいの罰は当然。

「ねえスイート、いいの?」

 私がなるべく無表情を装い(苦笑は隠さない)尋ねる、とアルカも尋ねる。

「ねえ、いいよね?」

「ぐぅっ! ぐ、ぐぐぐぅー!」

 さてスイートはどう答えるのだろうか。今のまま、亡者に引きずられ地獄に落とされる屍人のような声を出していては、チョコレートを失うのは分かっているだろう。

「半分! 半分差し上げます!」

 顔をあげて叫ぶスイート、既に恋愛にうつつを抜かす馬鹿ではなく、片腕と引き換えに勝利をもぎ取るような達成感に満ちていた。

「半分って全体の? それとも今回の?」

「今回のに決まってるでしょ!」

 リナが私に向ける怒声と表情は本当に、この数か月間の全てを否定するほどの殺気がある。

 それはそれとして、気を取り直しチョコレートの一欠片を取り出し、それを割ってアルカに渡す。

「……なにそれ?」

「チョコレート。まあ騙されたと思って食べてみなよ」

 アルカの黒い目がぱちぱちと小さな欠片を見つめ、私は鳥に餌をやるようにそれをアルカの口に入れた。

 その後もアルカは目を(しばた)かせた。

「あ、あまーい!」

「でしょう?」

 隣からスイートの奇妙な空気の掠れる音が聞こえたけど、目を向けようと思わなかった。

「ね、ね、もっと頂戴!?」

「カハッ!」

 ついにスイートが事切れたのだろうか。

「で、どうするのスイート? あと三倍の量は渡せるけど」

 スイートは無言だった。二人の騎士に抑えつけられて、死んだように動かなくなっている。

「ね、いいよねスイート?」

 死んだようなスイートは、首だけを縦に動かした。

 哀れだなぁ、と思いつつ嘆息して、私はさっき割った片割れをプレゼントした。

「うーん、これすごーい。口の中でまろやかに溶けてふわっと甘味が広がっていくの……」

 幸せそうで何よりだ。スイートは死んでいるけれど。

 ずるずると出来損ないの匍匐(ほふく)前進のように這いつくばって帰っていくスイートを余所に、アルカは更に私に近づいた。

「ねえ、まだ残っているよね? また頂戴?」

「それはダメ。残りはスイートの分だから」

 これ以上スイートを敵に回しても損しかしないだろう。

 それに、私にだって愛着の一つはある。



 そこから数日は大したことが何もなかった。

 男子三日会わざれば、だとか万物や生々は常に流れ動くと言うが、全く変化がないように思える日々もある。

 けれど確かに変化があったことを、テントの中に居続けた私が気付かなかっただけなのだ。


ちょっと少なめです。すいませんどうも。

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