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逃れられぬ、執拗なアルカの監視

「今日からここを出たら駄目だから」

 アルカのテントに戻された私は、開口一番それを告げられた。

「いやいや、また襲われたらどうするの? 一箇所にいたら格好(かっこう)(まと)じゃない」

「ジャッジメントとホオフよね? 二人ならもうウーに閉じ込めさせたから」

 当然のようにアルカは言う。手が早いことで。

「体に悪いんじゃないかな? 引きこもりは駄目よ。ほら私の世界中を移動していた記憶を見たでしょ? じっとしているのは死ぬほど辛いのよ」

「それは耐えて。散歩なら次から私も同伴するから。じゃあ座って」

 言われた通りに座りはするが、まだ話は途中だ。

「人間には自由が必要だと思わない? 誰かに縛られる人生なんてその人の人生じゃないじゃない? だから私はそういうのなしにしたいんだけど」

「我侭だよ。リナはあくまで捕虜、人質、盗賊まがいの勢力にさらわれた女の子なんだから」

 そう言って悪名高き盗賊首領は可愛らしく私に抱かれるように傍に座った。

「……折れないようね」

「私のは我侭じゃないよ? 確かに私の魔法が通じないけど、私に反発する人の魔法に対抗する手段にもなる。諸刃(もろは)の剣だね、私に反抗できる人間であり、私に反抗しうる人間に対抗する剣。分かる?」

「矛盾よね。あなたの国にいる以上あなたに忠誠を誓うのが当然でしょ? 私みたいな人は即刻排除すべきじゃない?」

 できれば殺すじゃなく、追い出すの方向で頼みたい。そこはまあ、命乞いをするつもりだけど。

 でもアルカにその選択肢はなかった。

「私は、自分でもね、崇高な目的がある指導者であり、天才魔術師であるって思ってるんだけど、それ以前に研究者の一人でもあるの。リナのことが気になるの。それに、マジシャンのことも聞いてないし」

 まだ幼い彼女にどれだけの好奇心があるのだろうか。

 けれどまあ、ならばアルカが満足するまで付き合うのが一番かもしれない。そうすれば仲良くなって殺すくらいなら逃がしてやろう、みたいな風になるだろう。子供ならきっと優しくしてくれる、そう信じるしかない。

 ああ無力は恐怖だ。野放図に他人を信用するのも恐怖だ。恐怖は常に私に付きまとうのか。けれど人の身である以上恐怖が付きまとうのは仕方がないだろう。受け入れ、諦め生きるものなんだろう、きっと。

 その日はマジシャンに関して私が知っていることを全て話した。同時に話さなければならないのは黒森日出三という引きこもりのオタクについても話さなければならないのは、なんというか気まずい。

「なんだか気持ち悪いね」

「そう言うと思った」

 普通はそう言うものだ。そもそも環境が違う、安全な日本国に住んでいる日出三が人を嫌ってああいう生活をするのは、選択肢の一つとして考えられるものだ。

 ……いや普通は考えないか。私は考えたけど、普通は学校に行って、就職して、夢を叶えるために情報共有や切磋琢磨するものだろう。

 しかし私も彼の考えに通じる物がある。はっきり言ってしまえば臆病なのだ、恐怖に対して。

 それで日出三は恐怖を徹底的に避けるような生き方を、そして私は真向から対面する生き方を選んだ。

 けど避け続けるのは意外と辛い。だからことチェンジャー事件の時、彼はチェンジャーに呼びかけるような積極的な動きを見せたのだと私は推測している。

「私には理解できないよ。行動しなきゃ何も変わらないし、意味がないもん」

 アルカはそう言う。強い人の発言だと私は思うし、私も同感だ。

「そうよね、でも私達が住んでいたのは、変わる必要も意味がある必要もない場所だったから」

 せっかく安定の生活があるのに無用に恐怖する必要もないだろう。そんな安全な生き方ができるほど素敵な国にいたのだ。その贅沢の限りを尽くすのもいいだろう。

 アルカは納得できない様子だったし、マジシャンもその状況から脱するように進言していたが、やがてマジシャンもその状況に甘んじるようになっていた。

「マジシャンも大変そう、そんな状況なんて」

 カード化について話した時、アルカはそんな反応を示した。

「で、これがハングドマン」

「え、それが!?」

 実際に見せるとアルカは繁々とイラストを見つめた。が、すぐに手放した。

「何にも感じないよ?」

「そういうものらしいわ。でも、これで私は変身できるんだから」

「目玉と舌の化け物……信じられない」

「信じられようとられまいとそうなのよ」

 根も葉もないことだけど、現実そうなっている以上受け入れるしかない、それはどの世界でも同じだ。



 食事はウーが持ってくることになり、四六時中テントの中で過ごすことを義務付けられたけど、それでも一人テントを出る方法はあると思う。例外というやつだ。

 その一つに昔から有名な常套手段があり、これを試すのはもはや様式美とも言えるし、成功率も高い。

「ねえアルカ、ちょっと言い辛いんだけど、その、人間には三大欲求というものがあってね?」

「眠いの?」

「違うでしょ」

「お腹空いたの?」

「違うわよ、食べたばっかりだし」

「じゃあ本が欲しいわけ?」

「三大欲求を何だと思っているの?」

「睡眠欲、食欲、知識欲」

排泄(はいせつ)欲よ……」

 排泄欲含めて性欲と言うのが基本であるが、まあ勘違いされるのも面倒なのでこのように言っておく。

『トイレ行きたいのおしっこ漏れちゃう~』と言って悪の組織からどれだけの子供が逃げ出したことか、事実トイレは換気用に外部との繋がりがあるし、完全な密室であるために誰かから見張られることも殆どない、どこにでもある場所ながら限りなくプライベートな空間になりえるのだ。

「じゃあ一緒に行くね?」

「いやいや、トイレは流石にやめてよ。恥ずかしいし」

「でも放っておいたら逃げるでしょ?」

「逃げるわけないでしょ? そんな逃げられるようなトイレしているの?」

 尋ねるとアルカは少し唸った。が、その後私が立ち上がることを許した。

「アー、ついてきて」

 ここのテントにはトイレがついていないらしく、ただトイレするだけで鎧と少女を連れていく大所帯になってしまった。

 ちなみに小用を済ませたいのは事実である。流石にトイレ行きたいの一度目から脱獄する勇気は私にはない。

 けれど、彼女が私に飽きて、始末すると考える前には脱出できるようにせねばならない。

 例のテントは歩いて一分もかからない場所で、一般テントよりちょっと大きめだった。

「じゃあ、どうぞ」

 中に入るとカーテンで仕切られていて、円に沿って五つの部屋がある。

「真ん中の部屋に入ること、絶対だから!」

「それは綺麗なところ選ばせてよ、っと」

 カーテンをそっと捲ると、床の部分が丸く切り取られ、穴が空いてあるだけだった。

 ……ここよりも酷いお手洗いの国だって経験したけれど、アウロラ教国のホテルを思い出すと、ちょっと嫌な気分にはなる。

 こっちの世界も一般的には水洗だ。他の地域は知らないが、少なくとも新世界ナントカとアウロラはそうだった。

 それに見上げればそこに窓も……。

 切り抜かれた窓には、さっきまで私に付き添っていた鉄の兜が密着していた。

「なーっ! 何覗いてんのよこの変態!!」

「私だってこんなことはしたくない! アルカ様の命令で監視しているのだ! 分かったら早く済ませてくれ! 他の人に見られて辛い!」

「済ませられるわけないでしょうが!? それならアルカが傍にいた方がマシよ!」

「言ったねリナ!? よーし、じゃあウーは外から見張っといて」

 いつの間にかアルカは仕切りをめくって、傍に来ていた。そしてウーは肩の荷が下りたと言わんばかりに窓から顔を離した。窓と言っても切り抜いてあるだけだけど。

「じゃリナ、早く済ませちゃって」

「……ちょっと待って、さっきのは売り言葉に買い言葉ってやつで、別にアルカがいるからといってできるわけではなくて……」

「大丈夫、ほら、ズボン降ろして」

「勘弁っ! 勘弁してください!」

 男性にもこんなに積極的に迫られたことはない。ズボンを無理矢理降ろされたのは玲子とこの子くらいではないだろうか。私はなんと数奇な人生を送っているのか。一体どんな業を背負っているのか。

「アルカ! だったら提案! 今から変身して、時間を止めて用を済ませるわ、その間あなたは私の体を掴んでおく、それなら私も妥協できる、いい!?」

「うん、リナの変身見てみたいし」

 身を切る思いの提案があっさり受け入れられたことに少し安堵、でも戦いはまだ終わっていない。

(一切動かずなら、何秒くらい時間を止められるかしら?)

『……大? 小?』

(レディにそんなことを聞くんじゃあないッ!!)

 まあ言いたいことは分かる。やっぱりなんというかそれぞれ疲労度が違うし、それぞれ所要時間も別だからなんというかああもうなんだってんだよ!

 トイレの質が悪いとか、そういう心配がなくなったのは幸運と言えよう。

 ちなみに、この一件は無事に済んだ、とだけ言っておく。



 トイレを済ませようが、対立魔導のアルカから逃げることができない事実に変わりはなかった。

 なんせトイレにもついてくる。限りなくプライベートなトイレについてくるのだから、寝るも一緒起きるも一緒、風呂食事も当然だろうし、他に一人、もしくは他人を排斥する時間があるだろうか?

 スイートと性的な関係があるから二人きりにしてくれ、という嘘も思いついたが、恐らくアルカはそれにも同席するだろう。

 この余裕がないとまで言える滅茶苦茶な監視は、子供特有とも思える。実際に効果的なのが歯痒いところだ。

 アルカのテントまで戻ってきて、また二人きりになってしまった。

「ねえリナ、好きな人っていないの?」

 こうなった以上、作戦を考えてぼんやりしているわけにもいかない。好感度稼ぎも立派な脱出計画の一部だ。

「好きねぇ? 今まで特にいないけど、アルカのことは好きよ」

「そういう露骨なのはいいから」

「あら」

 お気に召さない、ということはなくちょっと恥ずかしそうにしているから、嬉しいは嬉しいのだろう。ちょろい。

「でもねぇ、本当にこれと言って好きな人はいないのよ」

「でも、リナの記憶の中で玲子と鈴輝っていう名前が凄く印象に残っているよ? その人たち、好きじゃないの?」

 名前を聞くだけでゾクゾクと背筋が泡立つ気分だ。しゅわしゅわーっとね。

「大嫌いな人間の名前よ。思い出したくもない、っていうか記憶を見たなら分かるでしょ!? あの二人がいかに異常か……」

「……でも、リナの口から聞きたいの、リナがどう感じたのか、どう思ったのか」

 そういうアルカの感情はどのようなものなのだろうか?

 好きな人のことを隅々まで知りたいという女の子の気持ちなのか。

 自分には手の届かない環境をよく知る冒険家の経験談を知りたがる、人間を専門に研究する研究者の視点なのか。

「……どっちがいいか選びなさい。今日は一人だけ」

 ああもう吐きそうだ。嫌なことがある度に思い出す、無理に思い出すと嫌な気分になる。

 恐ろしいのは玲子に会ってもそれほど嫌な気分にならなくなってきていることだ、あの記憶があれほど恐ろしいのに、本人には少し魅かれている自覚さえある。あれがカリスマ性という奴だろうか、いやこれ以上考えることはない。

「……それじゃ、玲子の方で」

「あいよ」

 喉元の嫌な感覚を払拭するように咳払いをして、生唾を飲み込んで、前に座っていたアルカを抱き枕みたいに抱きしめて、私は再び語り始めた。


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