戦略概況・対立魔導の現状!
複数の領邦からなるという中立魔導の形は既になくなり、対立魔導はアルカ一人を頂点にした立派な帝国であった。
後日の朝、アルカが草原に設置された高台から挨拶をすると、見えるテント全てから様々な老若男女が顔を出し、彼女を崇拝する声を上げた。
一党独裁ならぬ一人独裁、余程の善政でなければ謀反、反乱を起こされる政治形態であるが、その悪の部分を全て恋という感情で塗り潰してしまっている。
「それじゃみんな! 明日までに戦う準備を完了させてね! もう戦争は近いから! 私のために死んでー!」
そんな無茶なことでさえ、下々の研究者は涙を流し崇拝する。まさに狂気。
「アルカ様ー! アルカ様ばんじゃーい!!」
同じようにスイートもバンザイしていた。今彼女は甘いものとアルカのどちらが大切なのだろうか。対立魔導に着いたことだし、チョコレートを一つ、渡さなければならないのに。
「それじゃリナ、ちょっと相談があるの」
演説が終わったらしく、アルカは下種のような笑みを浮かべて、ゆっくりと階段を降り始めた。
再び彼女のテントに着く。入口ではアーとウーが槍を持ち見張りをしているが、鎧を着込み槍を立てるその威容は一介の学者には見えない。
「おはよう、お二人さん」
言うと、右に立っている方が槍を持っていない方の手を気さくに挙げてくれた。
「アーとウーはね、レベルレットの大使だったの、もとい監視役。私達が怪しげな動きをしたら報告するための精鋭騎士。だから真っ先に好きになってもらったよ」
まるでテストで百点を取ったことを自慢するようにアルカは言う。それを聞いて褒めようとは思わないが、黙って見ているだけだとアルカは不満そうに息を吐いた。
「もう、早く行こ?」
言ってアルカは先にテントに入る。
だがこのチャンスを逃すほど私は愚かではない。アルカが入るのを見送って、私は入口で右の方に話しかける。
「あの、レベルレットってここから遠いですか? 私はそこを目指していたんですが……」
「この地点からでは一日や二日では無理だ。対立魔導の最南端から馬に乗っても三日はかかる。その前に我らがお前を捕えるだろう」
威圧的ながら明瞭な答えに、少し驚いた。丁寧な説明に感謝しつつ、私はもう一つ尋ねる。
「アルカのこと、本当に好きなんですか?」
「私は魔法に造詣が深くはないが、元から好意を持った者には効かんらしい。だから、アーは心酔しているが、私はそれほどではない」
今、私が話しているのがウーだと言うことにやっと気づき、そしてまたその言葉の意味を察した。
「アルカのことを、大事に想っているんですね?」
「勘違いはしないでくれ。我らは元々マジシャンが国を率いていた時から援軍として使わされ、マジシャンの警護を任されていた。その延長のようなものだ」
「なるほど、失礼しました」
「……あの子には、間違ったことを罰する人が必要だ。その使命を私は全うできなかった。願わくはリナ、あなたに任せたい」
「できればそうしてます」
「まあな」
顔も見えぬ兜の中で彼がどんな顔をしたのか、少しだけ気になった。
「リナ! 何話してるの!?」
「ああ、ごめんごめん、今行くから」
「今日、リナに相談したいことがあるの」
言いながらアルカが魔法陣の上に広げているのはこの世界の地図だ。ガラリットに見せてもらった物と全く同じ。
「私に相談できることなんてある? 特に、地図広げてされる話はないわよ?」
この世界の地理についての相談などできるわけもない。それはアルカも承知のはずだが。
「ううん、別にどれでもいいから、どうせなら決めて欲しいなって」
言いながらアルカは四つ、国を指さした。
「アウロラ共和国、レベルレット三王国、戦争党、エンペラー帝国、それが対立魔導が接する四つの国、このどこかに戦争を仕掛けます」
地図から目を離して、アルカは丸い目を私に向けた。
「どこがいい?」
「は?」
あまりに投げやりな態度に、次の言葉を失った。
「だからさ、戦争する国、どこでもいいからリナが決めてよ。ねえ」
「……あんた、戦争を何だと思ってんの?」
「愛の伝道」
当然のように、表情を崩さず言い切った。
言い返したいこともあるし、ウーの言う通りに間違いを罰したいとも思う。
だがこれは、もはや間違いという次元ではない。常識が違い過ぎる、彼女の妄信を止める術を私は知らない。
「……戦略的に見るならレベルレットじゃないかしら? 港を領地にできれば貿易や以降の戦争でも有用だし、国としての規模も同じくらい。戦争党やエンペラー帝国みたいなデカい国とは戦えないでしょ? アウロラ共和国は贔屓目に見ても闘う意味なさそうだし」
「なんで意味がないと思うの?」
「うまみがないでしょ、勝って領地を全部取っても、人と時間を悪戯に減らすだけじゃない?」
アウロラ教国を縦断してきた私には分かる。戦争のセオリーなどはあまり知らないが、文化的な土地を奪ったところで周りの国に奪い返されるのがオチだろう。
「ま、私もアウロラを攻めるのは性急だと思う。でもレベルレットはとてもじゃないけど無理なんだよ」
「それこそなんでよ?」
「スターがいる、そうホオフが予知している」
思いもよらぬ名前を、アルカは苦々しげに呟いた。
「一人で万の兵にも値する最強の化け物、礼儀だとか忠節なんて謳っているくせして、誰よりも残虐に人を殺す騎士。しかも学者としても優秀! もう最低! 嫌い! どうしてあんなのがいるの!?」
途中から個人的恨みのように喚くアルカを宥めつつ、もう少し情報を引き出せないかと軽く呟いてみる。
「本当にそんな人いるの?」
「私の部下は私に嘘吐かないよ!」
「いやそうじゃなくって、その、そんな優秀な人間、伝説みたいじゃない」
「……リナは見てないからそんなこと言えるんだよ」
顔を赤くして怒っていたアルカは、不意に青ざめんばかりに静かに呟く。
「エンプレスに裏切られ小部隊で大軍に追い詰められた時、スターは味方にも遠慮せずに大軍を一人で打ち払った。それ以来、少数ではスター一人が遠慮せずに、大軍ではスターの威光に当てられて大軍が、それぞれ常勝軍になっている。戦争では無敵の戦士だよ。人間じゃない……」
恐怖に震えるアルカを強く抱きしめながら、私は更に質問をぶつける。
「でも、行方不明だったんでしょ? どうして戻ってきたの?」
「知らない。でも一パーセントでも戻ってきている可能性があるなら、一パーセントも行くっていう選択肢はない」
強く断言するアルカに、それ以上の情報を聞き出す術は見当たらなかった。というか、私の記憶にも多少スターのことがあるのだ。あまり尋ねて勘繰られるのも困る。
別の話をして、スターの話題は遠ざけるか。
「でも、となるとさっきの話に戻るけど、どこにも攻め込もうとは思えないわね。レベルレット、アウロラと手を結んでエンペラー帝国と戦争党の二方面作戦とかなら、まだ現実味があるかも。アウロラとの同盟には私も顔を貸せるし。これでも建国の祖の一人だし」
ここにはいないマジシャンの意志もそれが良いと言うだろう。平和派のマジシャンならば、同じ派閥のハイエロファントとスターの後継国と手を結ぶのは当然の選択と言える。
ただ領地を見れば、その三つの国が合わさっても敵国二つに及ばない。戦況が良いとはいえず、あくまでベターな手段でしかない。
それにはアルカも地図から顔を離して、悩ましげな表情を見せる。
「それも考えたんだけどね、問題があるの。まずそうしても戦力が微増されるだけだし……、スターが絶対にいるって確信があれば、まだアリなんだけど」
それはスターに負担が大きすぎる気がするのだが、きっと幼い日の彼女が見たスターは血濡れの恐ろしい男だったのだろう。
「もっと大きい問題は権利関係、こないだまでは傀儡政治のアホクレイジー宗教が大国のトップに躍り出ることになるのはまずいし、レベルレットも駄目なのよね」
「そういえば聞いたことある。なんだっけ、三人いて……」
「泥酔王、博打王、色欲王、なんて言われてる。別に無能とは思わないんだけどね? ほら、王様が三人だから五人中三人の支配者がどうとか言われて、いろんなことを勝手に決められかねないでしょ? だから王様を一人にしろって打診から始めなくちゃ駄目なの」
なるほど、三つの国を一つにするにあたって、トップが三人もいる国が連合に混じること自体が難しいわけである。それは私の考えが及ばなかった。
「というわけで、結局手立てがない。レベルレットともっと友好を結ぶのが良いんだけど、それにも問題がいくつかあって……」
「スターが嫌いだから?」
と予想して聞いてみると、彼女は小さく笑った。
「分かる? あれと肩を並べて戦おうと思えないの。でも我儘は言わないよ? スターだって私のことを好きになれば問題ないんだから」
高名な騎士がこの女の子にデレデレする姿は、想像するだけで少し愉快だが、空恐ろしくもある。
「でもね、レベルレットと対立魔導の間に強い盗賊団が現れてね、あんまり使節を送れる状況じゃないんだ。レベルレットの人達と連絡が半端になったら、徒に関係を悪化させかねないから」
「色々考えているのね……」
ふらふらと国をふらついている私に比べて、この子の方が大分しっかりしている風に思える。流石はマジシャンの弟子と言ったところか。マジシャン本人はであるであると言うオタクの保護者って印象しかないけど。
「結局、これからどうするつもりなの? 北もダメ、南もダメ、東も西も大国、どうする?」
「戦略的に見てレベルレット、なんでしょ?」
アルカが不安そうに呟いたけど、私はその言葉の続きを思い出して言った。
「感情的に言わせてもらうと平和ね。何もせず、今の生活をしばらく続けるのが一番だと思う」
日和った言葉だ。目標に向かってまっすぐなアルカにとって情けないとかだらしないと一蹴されて当然だと思う。
それでもアルカは真剣に考えている風に見えた。
「……でも、早く世界を平和にしたいの」
そうアルカは言った。
口を堅く結び、私を見ているようで私より遠くを見て、まっすぐな言葉と瞳で。
素晴らしいことだと思う反面、ここまで強い意志に畏怖も覚える。
「凄いわね、アルカ」
心の底からの称賛を伝えて、私はアルカを撫でた。
「……なんだかリナ、お母さんみたい」
「……もうそういう年かもしれないわね。まだ若いけど、若妻っていうか……まあ何でもいいわね」
ちょっと溜息が零れてしまった。結婚しようなんてことは思ってなかったけれど、こういうことを言われると素直に傷つく。お父さんお母さんごめんなさい、生物的に人としての生は全うしたいないけど、チェンジャーなので許してください。
ある意味チェンジャーになることは親不孝だ、などと考えたけど、それも含めて現実逃避が過ぎる時間だ。
「それでアルカ、今日の予定は?」
「どこに攻めるか決めたら、みんなと相談って感じだけど……もうしばらくの間だけ、今のままでいいかな」
そういうアルカを驚いて私が見ると、アルカは明るく笑った。
「リナが言うようにしようって思ってたからさ」
私がしばらく平和で良いと言ったから、彼女はそうしようと言うのだ。
「……それでいいの?」
「いいの! でもリナは帰さないからね」
念押しの言葉は、すぐに私の油断を振り払ってくれた。
どうやってこの対立魔導から脱出しようか。




