ホオフ登場! リナの特殊体質!
テントの中は、ナナの部屋を彷彿とさせる内装だった。
家具類は木製の机や、服をかけるための竿竹などやけに非文化的だが、床を彩る魔法陣に、積み上げられた書物などはやけに年季が入っており、彼女が年齢不相応の知識人であるように思える。
いわば中二病ではなく、本物の魔術師。分かってたけど。
「まあ、適当なとこに座ってよ。私もそこに座るし」
そう床を指さすが、どこに座っても奇妙な仕掛けがありそうで憚られる。
テントの端、撓む生地を後ろ手に持つようにしてもたれることにしたが、アルカが隣で同じようにし、少女らしく私を見上げる。
「油断できない、って言ってるみたいでやだなぁ。私のこと嫌い?」
返事に拠ればただでは済まなそうだ。威圧感はなくとも、言葉を読むだけでアルカが不快感を露わにしていることは分かる。
私はアルカの手を引いて座り、胡坐したうえにアルカを座らせた。
「あなたが嫌いなわけじゃないのよ? ただこの床、座るにはちょっとおどろおどろしくない?」
目の前の後頭部を撫でると、アルカは首を回して私を見た。少し近すぎるが、だからこそ床から何か仕掛けることはできないはず。
が、元よりそんなつもりはなかったのか、アルカはにっこりと笑った。
「それじゃリナにはもっといろんな話してほしいな、こうやってどんどん私のことを好きになってもらうの」
「私は充分アルカのこと好きよ? それよりあなたが私の話をするべきじゃない? 普通、好きな人のことを知りたがるのが人間ってものだし」
「それは……その……言わせないでよ!」
アルカはぽんぽんと私の胸を叩いてくる。なんだこれは。つまり私のことが好きなのか。
まあ、まだ年端もいかぬ少女だ。親がいるかどうかは知らないけど、周りの人間が皆ただ可愛がってくれるだけの状況で、私ほど特別な存在はいないのだ。
もしくは単なる興味。特別な存在、奇妙な存在に人は惹かれるという。今の彼女にとって私ほどそんな存在はいないだろうからな。
「しかし私の話と言っても……」
「リナはさ、好きな人とかいないの!?」
「アルカのことが最高に好きよ」
特に感情も込めずに言うと、また彼女はぽかぽかと気の抜けるような雰囲気で私を叩く。
「そういうのじゃなくてー、こう、大人の人との恋愛とか」
「別に私も大人じゃないからねぇ。生憎、男も女も好きというより興味深いって感じる方があるし」
「それって、さっきも言ってた恐怖がどうとかって話?」
「ええ」
自分の身の上を話す上で、私はアルカにも恐怖を求め生きてきたことを説明している。もうスイートにはレイフェスの時とさっきのそれを含めて三回は話していることだったはず。
「アルカはどう思う?」
「難しいからよくわかんないかな。でもマジシャンが消えた時は、たぶん恐怖だった」
「愛する人を失う。愛別離苦ってやつね。孤独や損失は恐怖に直結すると言っても構わないわ」
昔考えたことだが、日常の変化とは恐怖に直結するだろう。今の私の生活とてそれだ。
しかし全く変化がなくても恐怖である。適度な変化に人は努力し、安心するのだ。
「よくわかんないよ。でも、まあ寂しいのは悲しいね」
そういう無邪気っぽい子供の意見は実に分かりやすい。恐怖は本来説明に時間がかかるような事象ではない、故にアルカの意見も大いに参考になろう。
「もっと教えて、アルカが何にどう感じるか、どう思うか」
「え、えっと、今リナがいなくなっても悲しいよ。あとは、魔法が使えなくなるとか、目的が果たせなかったらとか」
「恐怖っていうよりも悲哀ね。もっとこう、嫌って言うよりも、生命の危険を感じるくらいのことはない?」
「私強いからなぁ」
真剣にそう言って悩むアルカを見ると、やはり格の違いを見せつけられる。
「やっぱり魔法が使えなくなったら、かな」
「なるほどね……。まあさっきの条件はあなたにとっての恐怖を限定してしまうから、あまり良くなかったかもしれない。ごめんね」
そもそも恐怖というものは人それぞれ形が違うのかもしれない。なにに恐怖を感じるかは当然のこと、どんな感覚が恐怖であるか、というのも人によって違うのは当然だ。それを私が決めつけてしまうのはよくないだろう。
「いや大丈夫だよ! むしろ、分かりやすくなったし、うん」
こうして話してみると、アルカもただの女の子にしか見えなくなる。
しかし、ただの女の子が世界を征服し平和を作ろうと本気で努力する精神があるから恐ろしい。このアンバランスさも、恐怖と言えなくない。
「アルカは凄いわね。良いか悪いかは私には分からないけど、普通じゃないことは確かよ。普通じゃない」
さっき自分が、ナナと話して普通じゃないと自覚していたことを思い出しながら、私はそう言った。深い意味はないが。
「普通じゃない……リナと一緒だ、嬉しい」
アルカは確認するように呟いて笑顔を見せてくれた。
一緒だから嬉しい、それは無意識で私も思っていたのかもしれない。だとしたら軟弱で恥ずかしくなる。周りに同調して喜ぶなんてこの私にあってはならないはずだ。
これからは発言の一つ一つにも注意しよう。自分の発言で自分を乏しめるなど屈辱。
「しっつれいしまぁっす!!」
そんな折、突然奇妙な来訪者が現れた。
現れたのは小さな丸眼鏡をかけた緑色のロングヘアの、神父のような黒服を着た男だった。陰険そうな細い目つきに似合わない奇抜で明るい挨拶は、当然アルカに向けられたものだろう。
「なに、ホオフ?」
ホオフ、という奇妙な名前のその男は、スポーツマンシップに則る時のように片手を上げて宣言する。
「私ぃ! 以前より未来を見通せなくなってしまったことがあると申したじゃあーりませんかぁ!?」
何を言っているのやら、というのが私の正直な感想だが、つまりこいつは未来を見通すことができるのだろう。大した能力だ。未来魔法とでも言うのだろうか?
「それがどうかしたの?」
「その原因たる諸悪の根源こそがぁ! そのっ、謎の女でありまぁす!」
ビシッと指さされた方向を私が指でなぞると、なるほど私である。
「え、わたし?」
「そぉうっ! お前だぁーっ!!」
怖い話のオチの部分を言うように派手に彼は騒ぎ立てる。正直、ちょっと面倒臭い。
「ひいてはアルカ様、その女を殺す許可をォー!」
「あげない。出て行きなさいホオフ」
「はいっ! 貴女様の命じるままぁーにぃー!!」
彼は魔法というアイデンティティを失いながらも、恋愛のために自分の目的を捨ててどこかへ行ってしまった。
「……なにあれ?」
「ホオフ。ホイールオブフォーチュンって言う有名な、思想家であり魔術師でもある人の弟子だったんだけど、なんか変な考えの持ち主でねー?」
子供が教えてくれるって感じの言葉遣いでアルカはまた続きを言おうとするが、そこまで言われれば私もいくらか分かる。
「戦争でも平和でも、強い意志がある者が統治するならそれでいいって奴よね?」
「知ってるの!? ってそうだ知ってるじゃん! じゃあどこから説明すればいいの!?」
「いや、記憶読めるんならそれくらい自分で判断しなさいよ」
私は至極正論を言ったつもりだが、アルカは不満そうに頬を膨らませた。
「私はリナの口から聞きたいの」
「はいはい……って言ってもそれくらいしか知らないわ。先代しか知らないし」
ホイールオブフォーチュン、彼は確かその独自の考えをしていたために、戦争党と平和党で別れていたこの世界で中立を保っていたはず。
で本人は妙に謎の多い男で、YESとかNOみたいな似非英語みたいな言葉を使う奇人だったはず。
「イエスノーで喋る変な男で、さっき言った変な思想を振りかざしす日和見主義者って感じかしら?」
「やっぱり外見の話はないんだ! リナにとって皆カードでしかないんだね!」
何故か明朗な笑顔で興奮するアルカ、何がそんなに嬉しいのやら。
『まあホイールオブフォーチュンも異世界人だからな。目立つ見た目を言わないのは不自然だろ』
(急に喋んな)
ハングドマンにちょっと冷たいとも思うが、アルカ相手に上の空のようにしていてはまずい。ここで改めて話を戻すことにした。
「でホオフって?」
「うん、その人の弟子で、未来を読む魔法を習得したの。元々ホイールオブフォーチュンは魔法が苦手で、で才能あるホオフに伝えたのが未来魔法って話らしいの。でも、ホオフってちょっと頭がおかしくて……ほら、さっきもリナのこと殺そうとしたでしょ?」
「それちょっとってどころじゃなくない?」
「今回は分からなくないかな。だって未来が見えるって最強クラスの魔法なのに、ここ数か月うまく見えないって喚いてたし。どんどん自信なくして、ますます狂気じみて、でその原因が分かったってんなら解決したくなるでしょ?」
「そう言われても殺される側からしたら納得できないわよ」
人が人を殺していい理由なんてない、とまでは言わないが、未来を読むなんて贅沢ができなくなったからと殺すのはおかしいだろう。もっと切羽詰った、生きるか死ぬかの瀬戸際でこそ命の駆け引きがあるべきだと思う。まあ人殺しに高尚な理由を求めるのもどうかと思うけど。
「……アウロラ教国が共和国になったでしょ? あんな大事件も予知できなかったなんて、って凄く嘆いてた」
「私もモロに関わったから仕方ないんじゃない?」
「なんでリナが関わると仕方ないの?」
「だって、アルカの魔法も通じないじゃない。たぶん私の世界の人はこの世界の魔法の影響を殆ど受けないんだと思う」
科学は分からないが、同じ体積、質量で出せる力が全く違うのだ、体を構成している物質すら違うのかもしれない。そう考えると、なんか魔力の通じ方? みたいなのも違うのかもしれない。生物学も魔法学的なのも知らないから適当なことしか分からないが。うーむ、こっちの世界の本でも読もうか。
「そっか、リナには魔法が効かないのか、対立魔導の宿敵だね」
「……物騒なこと言うわね」
「だってそうでしょ? 今ある全勢力の中で魔法にのみ長けた、言い換えると武力においては他より劣っているんだよ。魔法が通じない人間なんて、考えるだけで恐ろしいよ」
寒そうに両腕を抱きしめて恐怖を表現するアルカはそう嘯いた。
そして私の首に腕を回して抱き付いてきた。
「だから、リナがここにいてくれて安心だぁ」
冷たい笑顔に背筋が凍る。
私の周りはこんなんばっかり。
星奈のような純粋無垢な女の子が懐かしい今日この頃、異世界の子供は皆何かしらの問題を抱えているのではないかと疑心に苛まれ始める。
このアルカの国の中で、私は宿敵認定されて、スイートは洗脳されて、レベルレット三王国まで無事に行けるのだろうか?
アウロラ教国以上の難易度ではないだろうか。最初から好感度高いのは幸運だが、教皇と違い私の意志をも無視するだろう重さの愛。
「まあ、しばらくよろしく頼むわ……」
「うん!」
重い息を吐いて言う私に対して、アルカの笑顔は輝かんばかりで、それこそ星奈やナナのようにあどけなく愛らしい。
もしも元の世界に帰れたら、マジシャンの奴に何かしてやらなければ気が済まない。
そしてその日は、アルカが見張る中そこで一夜を過ごした。




