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仁藤玲子の記憶、そしてアルカの野望

「一期一会かー」

 アルカは呆けた風に天を見ながら言う。とても一国を収める国主には見えない。

 アーウーだかもスイートもそんなアルカの方を見てぼーっとしている。馬を操ることに集中してほしいものだ。

「それでナナとは……」

「もうその子の話はいいよ! 他の面白い話して頂戴!」

 私の思い出に対して随分な言いようだが、スイートもそれに同意見らしく私を少し睨んでいる。私はお話係でもないのに。

「面白い話って言ってもねぇ」

 面白い話して、話を振られた時の中でこれ以上に面倒な求め方は他にないだろう。

 そもそも面白いという感情は人によって云々(うんぬん)

 ともかく私が面白いと思う話をすればよいのだろうか、それならばそれでいいだろう。

「じゃあ火野札市に集まった二十二の生物の数奇な運命について、話しましょうか」

「おっ、いいぞいいぞリナ! 話しちゃって!」

 スイートが何故か(はや)したてるのを無視して、私はあの時のことを思い出した。



 人伝(ひとづて)に、というか玲子から後で聞いた話が主になる。

 タロットカード全二十二種類のうち、二十一種が突然火野札市にいる二十人と一カンガルーが拾い、それを使うことで変身し、超常の力を使えるようになる。

 残り一枚が私で当時アフリカにいたのだが、私はその時から喋るカードと出会い、変身することを覚え、そして日本の火野札市に向かい始めた。

 その時点で既に太陽(サン)(ストレングス)女教皇(ハイプリエステス)のカードは消えていたと思う。

 最初に出会ったのは梅崎切(うめざききり)という男子中学生だった。まだ子供だが頭は冴えていて、(したた)かに強者に従いながら自分の目的を叶える知恵者だった。世間では中二病と呼ばれるような感じだが、その振舞いに見合う実力と行動力のある若者だと記憶している。

 私はその時、早く他のカードを持つ者、チェンジャーと呼ばれる者に会いたくてホイホイと付き従ったものだ。

 そしてチェンジャーの集まる場所に辿り着き、星奈達と出会い、……ああ、玲子と交戦した。

 その時チェンジャーというのは人じゃない化け物のような扱いで、玲子が別種族として確立する派閥、星奈が人間として融和する派閥を作るような形になっていた。だから私は別種族として拘束、監視下に置かれることを嫌い、星奈に責任を押し付けて玲子の足止めをしたのだ。

 その結果、想像を絶する拷問を受け、あの狂った女と交友関係を持つに至ってしまったのだ。

 その辺りはかいつまみながら、私はチェンジャー達の話を続けた。

 やはり楽しいことというのは無意識に語り続けてしまう。取るに足らない男から夢見がちな乙女まで、この力を得て苛烈な環境の中で人間の真の力を示した。

 その中でまた、七罪(しちざい)という恐怖の存在があった。

 人の心、誰にでもある感情につけ込み、体を奪い破壊を為す存在、私はそれを(つい)ぞ見ることはなかったが、それとの戦いの話などもあった。

「リナは本当に法螺(ほら)話が好きだねぇ」

「そう思いたいんならそう思えばいいわ。私にとってどれだけそれが貴重な経験だったか……」

「分かるよ、嘘じゃないって」

 アルカは真面目な表情で私の肩に手を置いた。

「記憶が読めるからそれがあったって確かに分かる。スイートはなんでそんなこと言うの?」

 ちょっと責めるようにアルカはスイートに視線を向ける。とスイートは焦って謝罪した。

「ご、ごめんなさい! だって私は、その、記憶とか読めないし」

 攻撃されるのがそんなに恐ろしいのだろうか、ご機嫌取りに必死過ぎるような気がする。

「それでリナは、その一連の事件でどれが一番気になっているの?」

「え、いやぁ……玲子ね」

「話して! それを!」

「あ、でもほら、民家が見えてきたから」

 緑の大地に広がる民家は遊牧民が使う移動用住居のテントに見える。定住すると言えどすぐに建てるにはこれが都合が良いのだろうか? 研究施設としては三流の気がするが。

「大丈夫、私達の目的地まではまだ少しあるから!」

 そうは言っても、民家から顔を出した研究者然としたものや、一般人にしか見えない人までアルカを見て讃えるような言葉を送ってくる。なんだか緊張してしまうほどに彼女はここでカリスマを持っているらしい。

「玲子の話、かぁ……」

 楽しい話をすれば自然と笑顔がこぼれるものだが、嫌な話をする時、私はどんな顔になっているのだろう。


 仁藤(じんどう)玲子(れいこ)、今年で四十三歳だったか。

 確か血を舐めたらしょっぱい鉄みたいで面白いから、とかいう変な理由で生物学者になり生物の体液の専門家になったとかいう変態そのものだ。

 けれど十歳は若く見える美人で、出不精(でぶしょう)大雑把(おおざっぱ)なだけなのに乱れた後ろ髪などが妙に色気があって、美人は(ずる)いという印象を持った記憶がある。

 昔は大学の教授で教鞭を取ったり研究し論文を書いたり、というただの美人な大学教授であったわけだが、現在はチェンジャーになりマスコミへの露出も増え、チェンジャーの代表、チェンジャーの権利獲得のための国会議員、という二つの職も兼任するようになった。そのおかげで差別はあるもののチェンジャーが世間で人として暮らすことができている。私が世界を飛び回っているのも(ひとえ)に彼女のおかげなのだ。感謝はしないが。

 彼女のカードは『世界(ワールド)』、それが喋っているのを私は殆ど聞いたことがないが、その空間を操る力の強さは絶大で隠れて多用しているらしい。何処でも行ける魔法の扉よりも便利な能力だ。

 だが、そのワールド本人と玲子は殆ど会話しないらしい。

 玲子の交友関係は学生時代の友人であるところの霧矢忍(きりやしのぶ)、チェンジャーである私、デビルの愛海(あみ)、ジャッジメントの(れん)、とハングドマンの私が特に深く、あとは他のチェンジャーとよく喋るくらいだろう。

 特にジャッジメントの蓮とはしょっちゅう酒盛りしているらしい、今や忍よりも仲がいいとか。

 私が玲子に恐怖を感じた一端はそれにある。

 蓮は最初、チェンジャーとして得体の知れない玲子を謀殺しようとしたという。それなのに玲子は蓮を逆に脅迫し、味方につけ、今や無二の親友と呼べるまでの仲になっている。

 私だってそうだ。最初玲子に殺されかけたというのに、私は彼女の立場のために必ず定期的に会わなければならないし、彼女と対話することに喜びを見出している。

 自分の魅力に自信があるから身勝手に振る舞うのか、恐怖で人を縛りつけ支配できる確信があるのか、私の理解が及ぶことではなかった。

 たかが大学教授のくせして、というと大学教授を馬鹿にしているようだが、彼女はその地位でありながら日本政府を相手取り自分達チェンジャーの存在と権利を確立させようとしたり、人である私を実験動物同然に扱ったり、少なくとも尋常ではない精神力を持っている。

「とにかく玲子は強い人間ね。精神力とか胆力だけじゃなくて、人間として必要なものが欠けているところもまた彼女の強さ」

「それっていいの?」

 何故かアルカは私の手を握りながら尋ねてくる。

「良いとは思わないけど、少なくともそれが彼女の強さに拍車をかけている。その強さは周りの人に恐怖を、畏敬を抱かせる強さ。だから私は玲子から離れないのかもしれないわね」

「ふーん」

 やがてアーとウーが操っていた馬が止まり、一際大きなテントが目前にそびえる。

「これが目的地?」

「うん、私の家」

 パッと見てサーカスのテントが思い浮かんだ。六角形の布で出来た巨大な家の中はどうなっているのか、客席と綱渡りや空中ブランコがあれば完璧なのだが。

「ところでリナは、私のこと好き?」

 突然意味不明な質問に、一瞬言葉が詰まる。アルカは私のことが好きだからそんなことを言うのだろうか、なんてまた意味不明なことを考えるくらいには驚いた。

「まあ嫌いじゃないわ。良い子だしね」

「ふーん」

 興味なさげにアルカが溜息を吐くと、突然手の甲をつねってきた。

「ちょっと! 何するの!?」

 かなり強く捩じられて少し痛い。しかし手の甲はなかなか痛くならない場所だから、そんな風に私は彼女を諌めた。

「やっぱりリナって異世界から来たんだね」

「なに、どういうこと?」

 不穏なものを感じながら、私はアルカがスイートの頬に手をやるのを見た。

 アルカはそのまま、その手で思い切りスイートの頬を打った。

 パチンと音が鳴り、スイートの頬は赤く染まる。痛いだろうが、スイートは何故か笑顔だ。

「ありがとうございます!」

 コントでこんなの見たことがあるような。

 だがそれだけでなく、止まった馬の上にいるアーを蹴飛ばして馬上から落とし、ウーに至っては腹部を殴打する。少女の力と思えないほど、拳は鎧をへこませ肉を抉るほどにくいこむ。

 だが二人は、そんな彼女に文句ひとつ言わない。

「人間魔法はさ、触ったり喋ったりするだけで感情すら操るの。今、リナ以外の皆が私のことが好きで私の言うことなら何でも聞くよ?」

「……それって」

「リナ、世界を統べる人に必要な力ってなんだと思う?」

 いつの間にかスイートも術中に嵌まり、アルカの下僕と化していたのだろうか。

「……人を支配する力」

「そう! でもそれって色々種類があるでしょ? 例えばか弱い女の子とかって振る舞って、みんなに助けてあげたい、って思わせるのとか、恐怖で支配するのとか。私はさ、支配っていうのはすなわち愛だと思うんだよ!!」

 愛、まるで空気とそぐわない穏やかな答えに私は虚を突かれた気になった。

 けれど彼女のそれは、確かに愛と呼べるのかもしれない。

「ねえスイート、私の足を舐めて」

「はい喜んでー!」

 スイートはすぐに馬車から降りて、はってアルカの元へ行き、靴を脱がせて白い指を口に含んだ。

「全人類がこうなったら、私は誰よりも世界を平和に統治できると思うの」

「私の世界では、それ統治って呼ぶかどうか微妙なところなんだけど……」

 征服とか掌握と言って、後世で散々に罵られて一生その国の汚点になると思う。

 でもアルカの表情も雰囲気も先ほどからまるで変わらない。好奇心旺盛な純然たる少女でしかない。

 それがどうしてこうも歪んでしまっているのか、きっと彼女の教師、恩師がいなくなったことが問題なのだろう。

「それで、それを私に話す理由は? こっそり仕掛けることもできたでしょ?」

 それはもう、殺すなり、何なりと。

「これはね、期待と危惧」

 真反対の言葉を並べ、アルカは私に説明する。

「もし、リナみたいな私の人間魔法が利かない人が他にもいたら、リナは殺すよりも利用する方がいいでしょ? リナと同じ世界の人がいるかもしれないという危惧と、リナが私を好きになるっていう期待をしているの」

 そうアルカは笑顔を私に見せた。この笑顔で好きになれ、とでも言うつもりなのだろうか。

「期待に応えられないって言ったら?」

簀巻(すま)きにして放置かな。この辺りだったら盗賊か実験動物を求める研究者の犠牲になると思うけど。でもそれなら私が実験してあげた方が……」

「分かった、待って、実験はもうやめて」

 脳裏に玲子との蜜月が繰り広げられる。永遠に忘れられない時間を刻まれるのはもう充分。

 そういうことで、私はアルカのテントの中へ導かれた。


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