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別れと出会い! 中立魔導!

「のうリナ、本当にもう行ってしまうのか?」

 名残惜しげな教皇の顔を見るのは辛いが、私は先を急ぐことにした。

「元々は通り過ぎるだけだったんだから、むしろ時間をかけ過ぎたわ」

 女性は黒い服を着るというルールと女性は服装を可能な限りつつましやかにするべきというルールによって、黒いビキニ着用が義務付けられていたこの国も、服装の自由が罷り通るようになった。

 今やアウロラ教国は宗教国ではない。

「しかしリナ。余は汝にこの国の重要なポストを用意している。確かに他の仕事と比べれば難しく、手の抜けない仕事だ。だがやりがいと充分な報酬がある。余はぜひとも汝に……」

「私には私のやるべきことがあるの。ごめんね」

 この国の政治は寡頭制、少数の政治家が先行きを決める形だ。そもそも元老院、ドブロスキ達というのは教皇の独裁を認めながら教皇に意見するという矛盾あるグループで、元々ちゃんとした政治は彼らが行っていた。

 つまり、元老院に新メンバーと教皇を加えて新たな政治と舵取りをしていくというのが、教皇の考えらしい。

 あくまで元老院の長という形で教皇は入るが、権力は他と変わりないそうだ。

「……惜しいな。中立魔導はともかく、レベルレット三王国の付近には最近物騒な盗賊団が現れるという。危険な旅路になるやもしれぬ」

「ここも充分刺激的だったわよ? 肉達磨に潰されかけるし、相棒は処刑されかけるし」

「それは……済まぬ」

「いいのいいの」

 もう私も教皇に敬語を使っていなかった。それは彼から言い出したことなのだが。

「……ともかく、給料と中立魔導の入国料程度は用意させてもらう。余の感謝の気持ちとして」

「入国料はともかく給料は絶対でしょ。ありがと」

 金の入った麻袋を手に受け取り、振り返ってスイートの馬車へ向かおうとしたら、私は着てきた長ズボンを掴まれた。

 教皇は、少し恥ずかしそうに呻いた。

「……仕事が嫌なら、余の本妻として迎え入れてもよい……ではなく、是非本妻として」

「ごめんなさい、私に安心はいらないの」

 そう言って、私は教皇の頭を撫でてあげてから、スイートのところへ向かった。



「もう何してたのさリナ、予定よりもだいぶここにいたせいで、蜂蜜漬けの果物がますますとろとろと絡み合って、もう、食べごろになっちゃいそうで、私自分が抑えられないじゃない!」

「抑えなさいよ。商品でしょ」

 よだれを我慢できないスイートは馬を歩かせながら、私から受け取った麻袋の中を勘定していた。

「五十枚ね、てことは、借金帳消しまであと二百五十枚ね」

「五十枚って言うことは……」

 いくらくらいだろうか、と計算を始めて見るが、スイートの言葉に気を惹きつけられた。

「借金? 命助かったんだからもういいじゃない」

「あなたじゃない、教皇が助けてくれた。だから後二百五十枚」

「いやいや、私が教皇と接したからあなたは……」

「自惚れているの?」

「信じてないわね!? 今すぐ戻って話を聞いたら分かるわよ! リナさんのおかげで余は心を入れかえた、ってね!」

「はいはい、法螺吹きリナの新しい法螺が出ましたねー」

「く、この!」

 馬車の上で、私達は取っ組み合いの喧嘩にまで発展した。



 アウロラ教国。

 教皇による独裁体制と厳格な教えによる国民の統治とは名ばかりで、元老院による規律の順守と処刑、教皇を傀儡とした邪悪な政権による停滞した国家。

 その形は今回のレイフェスの凋落と教皇の覚醒により、多少なり変わった。

 それを私達は二か月ほどのアウロラ教国南下によって知ることになる。

 というかそもそも。

 中立魔導の入国料と給料だけでは、アウロラ教国の南下から出国、そして中立魔導への道程である荒野を抜け切ることができなかった。

 なので途中途中で働きながら出国を目指したため、国を出るのは予定よりかなり遅くなった。



「……私、国のトップで三か月働いたのよね? 百五十×三千で三十万、三か月で三十万、絶対に計算がおかしいわ。絶対に教皇に一杯喰わされた。こんなの労基法を無視しているわ! 人権侵害よ! 訴えてやる! くそ! 死ね!」

「落ち着きなさいって」

 喚いても五十枚。

 信じていたものに裏切られるというのも恐怖だ。それもやはり知っていること、知っていないことという根源的な恐怖にまつわるのだろうが。

 それにしても純粋無垢な姿をした教皇にそのような悪意があると知れば、恐怖も一入。

「何はともあれ、アウロラ教国を抜けることができました! ばんざーい!」

「はいはい」

 大層な大聖堂や、ミャクリで出来たジュースの産地、またあの教皇が使っていた三叉の名産地なんていう町も通ってきたが、街並みの退屈さのために覚える価値もないと言える。なんといっても建物の形は殆ど変わらないのだから。

 だがまあ、文化を禁じていたその形ももはや変わるだろう。アウロラ教は人を縛る規則から、人を高める一般倫理となり、この国とともに進化していくのだ、そう信じたい。

「中立魔導とアウロラ教国の間は通称『緑の大地』、前にリナがいたという青の大地の仲間である七色の大地の一つだよ」

「へー、それってどんな?」

「普通に草ばっか生えているの。野生の動物も多いけど、人は襲わない種類だから安心して」

「ふーん。それより中立魔導の説明をしてほしいわね」

「はっきり言って国じゃないね。研究者が滅茶苦茶集まってて、それぞれ勝手に研究とかしているの」

 言いながら、緑の大地へ足を踏み入れていく。

 後ろにはかつて私達を入れた大きな大きな城壁が、そしてトンネルのような入口が門を閉めていくところだった。

 さらば、アウロラ教国。もう一度くらいなら、来てもいい。

「聞いている?」

「今は聞いてなかった」

「もう! 中立魔導は、研究者がわんさか集まっているだけって言っても、それぞれが自治権を主張しているから、小さな国家が沢山あるって感じなの。だから行く場所とか順番を考えれば、入国料が安く済む場合も……しめしめ」

 要するに言えば、昔の神聖ローマ帝国のようなものだろうか。

 日本という国は日本と言う一つの国でありながら、四十七の都道府県に別れている。その四十七の都道府県が国のルールに従わず、改めて自分達でルールを作り、統治する、という状況が中立魔導のようなものだろう。

 と言っても、中立魔導はなるべくしてその形になったのだろう。日本よりもアメリカの州の方が形が近いかもしれない。

「それで、どう? 抜けられそう?」

「ま、なんとかなるでしょ。最悪の場合はリナが体を売ってよ。リナのせいで駄目になるんだから」

「あんたってどんどん最低になるわね」

「最も低いのにどんどんなるって、どういうことですかぁ?」

「最低記録を順調に更新しているってことよ」

 腹立たしいスイートの言葉に怒って、私は前を向いた。

 ガラリットや、シーナ、レイフェスから聞いた中立魔導の情報も再確認しよう。

 各国で研究していたが、例えば『魔法使いの迫害』『研究の危険性を批難され亡命』『場所の確保』などの条件で魔導士が自然環境豊かな緑の大地に巣食ったのが、中立魔導の興りである。

 だが、そうして迫害された研究者が研究を完成させた後に元の国に戻るケースは殆どないらしい。

 居心地がいいのか残り続け、どんどん人が集まった結果、今や魔導士勢力の首魁とまで言われ、誰もが無視できない一大勢力になっているという。

 だが集団に外へ向けた意志はなく、彼らはただ内内に研究するのみ。

 時折攻撃のための魔法などの研究のため、四方にあるレベルレット三王国、アウロラ教国、エンペラー帝国、戦争党に攻撃を仕掛けているが、誰もここを侵攻しない。

 いわゆる緩衝地帯、この国を間に挟むことで戦争を控える効果がある、らしい。

「ほらリナ、見て見て、ンーバ、ンーバだよ!」

「え、なに? ひえっ!」

 よくわからない言葉に惹かれ、スイートの指さす方を見れば、真正面から奇妙な生物が四本の足を馬のように駆けてくる。

 だが体は異常に細く、首の先にあるはずの顔がなく、巨大な一つ目とそこから生えた奇妙な二本の触覚が不気味な外見に拍車をかけている。

「な、なにあれ!」

「ンーバだよ。知らないの? またそんな異世界から来たフリして」

「フリじゃない! ってかあんな気持ち悪いもの、よく見れるわね。トラウマになるわ」

 触覚を揺らしながら走る姿には恐怖以外覚える感情がない。

 にしても、二度見ても恐怖するということは多々ある。

 恐怖とは知らないことである、というのが私の大きな意見であるが、知っていても怖いものは怖い。

 ならば恐怖とは、改めて問おう、なんであろうか。

「知っていても怖いものは怖い。それは何故かしら?」

「怖いものは怖いからだよ。怖いは形容詞! 可愛いものは何度見ても可愛いし、美味しいものは何度食べても美味しい。そういうものじゃない?」

 なるほどそういうものだ。

 だが、物体の情報を形容するといっても、可愛いや美味しいと怖いは一緒になるだろうか? 私はそこに別種の何かを感じざるを得ない。

 それは恐怖というのが生物の根源的な感情であるからだ。

 恐怖は誰でも抱くし、人ではない生物も抱くことができる。

 無論、玲子に聞いたのだが猿などの動物にも味覚はあり好き嫌いがあるというが、恐怖はそんな猿の脳より簡易な脳でも、つまり全生命体に理解できるのではないだろうか。

 虫を叩こうとすれば、生き延びようと逃げる、それこそが恐怖による行動。

 自らを死なせまいとする行動を恐怖以外のなんと表現するだろう。

 本能的な恐怖、玲子など会うたびに恐怖を覚えるのは死ぬかも、と思わされるからに違いない。

 で、私はンーバとか言うのを見ても、殺されるかも、とか思うから恐怖するのかもしれない。

 それは言い過ぎか。しかしあの目でぎょろりと見られると、命の危険を感じなくもない。

「あ、見て見てリナ、あれは……あ……」

「今度は何?」

 今度は馬、普通の馬が三頭、人を乗せてこっちに走ってくる。

「何者かしら?」

 左と右のは鎧を着ているため、男の兵士だと思われる。

 だが真ん中の、黒髪の少女は、全身を黒のレースのローブで纏った奇妙な少女は、教皇ほどの年にしか見えなかった。

「行商人か!? 止まれ!」

 その女が声を出すと同時に、左右の男は剣をこちらに向けて何かを呟いた。

 向けられた切っ先が光る。

 スイートが馬を停止させると、目の前の地面は抉れていた。魔法か何かの攻撃の後だ。今、突然それが出現した。

 そして、男は馬車の左右に、少女は目の前で馬を止めていた。

「有り金と荷物、全て頂こう」

 少女の言葉と同時に、男達が馬車の中に入り出す。

(やれやれ言わんこっちゃない。ハングドさん、いい)

『おう、いいぞ……って』

「お前は人質だ」

 声が真横からした。

「……あの、リナ」

 スイートの遠慮がちな声が聞こえるが、私にもその原因が分かる。

「下手に動けば殺すからな」

 少女は座っている私達の間に立って、いつでも何か出せますよと言わんばかりに手を向けていた。

(ハングドさん、なんとかなるかしら?)

『……五分五分だな。変身して、時間を止めて、人質に仕返すか……消されるか』

「荷物と有り金だけ?」

 私が尋ねると、少女は頷く。

「スイート、それでいいの?」

「良いわけないけど、命の方が大切でしょ。にしてもあんたら何者よ? 最近流行りの盗賊ってやつ?」

 スイートが言うと、私も思い出した。教皇が最近盗賊団がどうとか、と。

 だが、彼女は怒った風に言い出した。

「人をそんな風にいうものじゃない。私は中立魔導改め『対立(たいりつ)魔導』が首領のアルカ」

 黒いローブの下から、黒い目と黒い髪が見えた。その肌は茶褐色で、この世界の人間にしては非常に珍しい外見だ。

「対立魔導はこれから争いと混沌に傾倒していく。君達はその犠牲者になってもらう」

「殺すみたいな言い方ね。命だけは助けてくれるって……」

「悪いけど、気分が変わった」

(ッ! ハングドマン!)

『分かってるよ!』

 アルカの手が光ると同時に、私の体も光り出した。

 だが、変身、の前に、私の頭は掴まれた。

「死ぬ前に、あなたの記憶を見せてもらうわね」

 その不思議な光が、私の目に瞬いた。

 同時に私の体が変わる。目は飛び出、体には縄が巻かれ。

 変身が完了すると同時に、アルカは狂喜したように叫ぶ。

「なに、なに、なにこれ!? なにこれ知らない! 私こんなの知らないよ!? どういうこと!? 教えて! なんで、なんであなたがマジシャンのことを知っているの!?」

 懇願するような彼女は、急に跪いて、私の両手を取っていた。

 それが中立魔導もとい、対立魔導の主導者であるアルカ、マジシャンの弟子との出会いだった。


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