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梟雄の末路、教皇の革命

 後日、私は正式に無罪を勝ち取ることとなった。

「リナリーベルト、汝は只の一度も虚言を言わず、余のためにことを成していた、その功績を褒め称える」

 ドブロスキもシーナも納得したように目を閉じ無言でいた。どれもこれもレイフェスが勝手に自分の価値を下げたからに違いない。

 正直なところ、嘘ばかり吐いていたのだから心苦しくもある。

「してリナ、ひとつ相談があるのだが」

「なんでしょう?」

 裁判が終わり、唐突にその場で教皇が言った言葉は、驚きに値する。

「この国を変えたい」

「は?」

 一瞬にして落ち着きを取り戻した会場は騒ぎの渦中に陥った。

「げ、猊下! 御自身が何をおっしゃっているのか、きちんと把握できておりますか!?」

 ドブロスキが言うと周りのジジババも口々に言葉を挟むが、それを断じて教皇は強く言い放つ。

「わかっておる。余を侮るでない。所詮、アウロラの教えなど(まやか)しに過ぎん」

 怒りの前に、誰もが冷めていったのが目に見える。

 教えの体現者たる教皇御自(おんみずか)らが、はっきりそのように仰っては、誰もが言葉に詰まるというものだ。

「だがリナ、余は――余は政治を知らぬ、戦も、統治も知らぬ。何も知らぬのだ。だから汝の手を借りたい」

「お待ち下さい猊下、何故その女なのですか?」

 ドブロスキが言うことには私も同意だ。何故私なのか。

「リナは(ずる)賢く、(したた)かだ。生き残る術をよく知り、使っている。故に参考にしたい」

「い、いえ、畏れ多くてとてもじゃありませんが……」

「参考にすることでも、参考にできる何かを知っていれば、それだけでも構わぬ」

「猊下お待ちを! まず我らの意見を通してから……」

「第一に貴様らは存在が矛盾しているのだ。兼々不自然に思っていた。余の言うことが全く善であれば、貴様らの存在など不要ではないか」

「そ、それは……」

 元老院とかいうのがタジタジになっている。いい気味と思う反面、私に怒りを募らせては困る。

 なんてひやひやしながら見ているのも、彼らに対して不謹慎な気がする。

「そもそも余は政治などしておらぬ。それでこの国が成立しうるのであらば、どうせ貴様らの幾らかが政治に関与しておるのであろう? 余など所詮は飾りの旗に過ぎん」

 教皇の口からはとめどなく文句の言葉が続くが、真剣な顔に怯えは一切ない。

 強い決意と、正しいという思いが彼を強くしているのだろう。

 正直私はこの国がどう転ぼうと構わないが、これならスイートが処刑されずに済むかもしれないと思うと、ニヤケを止めることができない。

「して、リナ。何か手立てはないか?」

「そうですね、私は国を率いたことなど御座いませんが、一つだけ提案はあります」

「お待ちください、猊下。最後に一つ」

 ドブロスキが言う。

 錆びた目の意志は、確かに最後と言うに相応しい煌めきを放っていた。

「確かに各国の統治は様々ですが、この国は、今が最良です。教皇の存在に民草は心の底からの安寧と絶対を感じています。今、この国を変えてしまっては、民はどうなるのです?」

 戦争党とエンペラー帝国に囲まれた弱小国、それがこの国の現状。確かに神の守りがあると言えば、民衆は安心して暮らせるかもしれない。事実がどうだろうと、であるが。

「なればドブロスキよ、汝は虚言により(もたら)された安寧を真の安寧とするか?」

「……それでも、民は最後まで安寧を信じることができます」

「それは統治者の傲慢だ。余の国とアウロラの教えならば、苦難を前にしても負けぬ心と持てるはずだ」

 教皇が説き伏せると、改めてこちらを向いた。

「リナ、何か策があれば教えてほしい。他国から来たものとして忌憚のない意見を欲する。断れば……どうしようか」

「断りませんとも。一つ、この国の先代皇帝、ハイエロファントの言語録でもあればそれが立派な参考になると思うのですが」

 よく言えば近代的、悪く言えば冒涜的な彼の思考は、きっと教皇の良い刺激になる。しかし、破棄されたと思われるそれがどこにあろうか。

 悩む間もなく、シーナが口を開いた。

「この楽園のすぐ東、お爺ちゃんの家があります。そこに録されているはずです」

 そう言う彼女の顔は、どこか涼やかであった。



 教皇が楽園から離れる。つまり教皇ができる作業は全てストップ。

 すなわちスイートが処刑されない。それに安心しながら、私は前を歩く教皇より先に、隣のシーナに言葉を向けた。

「あなたは何を願っていたのかしら、シーナ」

「さあね。ともかくあの悪女を排除できればなんでもよかったんだけど」

 世の中には汚い女が多いと感じた。それはどこも変わらないが。

 やがて辿り着いた小さな家の戸を私が開けると、どたどたと奥から禿げオヤジが出てきた。

「なんじゃ貴様! そのような破廉恥な姿の者を近づけるなとあれほど」

 髭の生えた眼鏡の禿げオヤジである、こんな奴につばつけられて黙っていられるほど私も穏やかではない。

「私だってこんな恰好したくてしてるんじゃないわよ。いいからハイエロファントの言語録をよこしなさい」

「……」

 ハゲはしばらくぼけーっとした後、教皇とシーナを見て、態度を一変させた。

「……そうですか、ついにこの時が来ましたか。長かった」

 そして、彼は私達を案内した。

 なんとなく彼の気持ちは分かる。

 自分が編纂した教皇の言語録が神の冒涜とされ迫害され、そのうえ、国が誤った方向に進む。

 そんな中で言語録を守ろうと活動していたのだろう。身を隠すことで。

「シーナはお爺ちゃんを守りたいって言ってたわね。」

「うん。レイフェスのやつ、こっちまで手を伸ばそうとしてたから。外部にも協力者がいて、結構大変だったんだよ」

「お疲れ様」

「お疲れー。最後のチャンスと思って、あなたに協力した甲斐があった。ありがとう、リナリーベルト」

「こちらこそ」

 言いながら、シーナの目元に涙が溜まってくるのが見えた。それほど感動的とも思えないが、私自身にとっても少し誇らしい出来事ではあった。

「これです」

 シーナのお爺さんが手渡した古い手記のようなものを教皇は捲っていくが、数ページ見たところで手を止めた。

「いやはや、これは……」

 くらっと、倒れてしまいそうな教皇を私は思わず支えた。

「大丈夫ですか、猊下?」

「うむ、なんとか。しかし……」

 と言うので、私はそれを教皇の背中から覗き見た。

『楽園は文化を忘れた猿の見世物場である。このような場所を作ることは見る者、住む者を無能にする。故に即刻潰し、気候を利用した畑を作るべきである』

『元老院とそれによる処刑は保守派による国の停滞を招く原因に他ならない。即刻解散し、各々の意見を合わせ、教皇による独断で国をまとめるべきである』

『教皇に世話係など必要ない。個人によって個人の行動も取れずば人の上に立つ者としても国を率いる者としても失格であり、また誤った思想や讒言を植え付けられる危険もある』

 ……私の知るハイエロファントより、少し強すぎる物言いであった。

 そりゃ今の教皇が見たら眩暈くらい起こす。人によってはショックで寝込んだり首を掻き毟ったりするのではなかろうか。

 けれど教皇はもう少しそれを読んだ。

「……これが我が父の言葉なのか?」

 教皇の言葉に、シーナは無言で頷く。

 だが私は思わず尋ね返した。

「父? ハイエロファントが父なのですか?」

 教皇はくるりと振り返り、その事実を話始めた。

「ああ。ドブロスキに聞かされた。先代は禁欲をも破り自ら子をなした。その産物が余だ。他にも数多くの暴虐を成したと聞かされていたが……これを暴虐と呼ぶも無理はない」

 同感。

「だが不思議と……理解もできる」

 そんな風に呟く教皇の目は、親を尊ぶというよりも、我侭な子供を見る親の目をしていた。

 この子は、一体どれだけ成長するつもりなのだろうか。

 いや元々賢い子供なのかもしれない。それが今までされていた蓋を取っ払ったことで、一気に。

「ふふ、さて、余なりにアウロラを変えて見せよう。シーナ、リナ、これからも従ってもらうぞ」

「お待ちを、その前に私には願いが……」

「今処刑されるものなら、全て新たな教義を作成し終えた後に審問し直すさ」

 そう教皇は頼もしく笑った。

 全く末恐ろしい餓鬼である。




 三か月の後、アウロラ教国は全く新しい制度を作り上げることとなった。

 その間の私はと言えば、楽園に作られた檻の中で、スイートと共に寝ながら、日夜教皇達と言葉を交わし、国をより良くするための会議に参加した。

 それより驚きなのは、スイートと共にいる時に語った、レイフェスである。

「あんた、男だったのね……」

「違うわよ」

 そう言うレイフェスは――今や上下白い囚人服だが――髪の長い、精悍な肉体を持つ男そのものであった。

「心は女、でおっぱいもちょっとあるでしょ? そういう体なのよ、分かる?」

「流石にあんたみたいなビックリ人間は見たことないわ」

 話に聞いたことはある。本来人は、遺伝子がXYで男、XXで女であるが、精子、卵子の減数分裂に失敗した場合はXXYなどの形になり、男でも女でもない人間が生まれるとかなんとか。

 彼女は確かに胸があり、女らしい言葉を使うかもしれないが、声も顔も男であった。気持ち悪いとも思わないが、それ以上の不自然というか、不安な気持ちにすらなる。それが気持ち悪いというのかもしれないが。

「あんたさえいなければ何もかもうまく行ってたのにね」

「そういう奴って、結局は失敗するものよ? 私がいなくても、あの教皇ならどうせうまいこと切り抜けてたでしょ」

「まさか? 私と一緒にいる時は何でも言うことを聞く無能よ?」

「それはあなたの作った蓋が上等品だったわけね。私が少しずらしただけで、すぐに沸騰したわ」

「何そのたとえ?」

「分かりにくい?」

「いえ、何となく分かるわ。今のあの子の姿を見ればね」

 レイフェスの言葉の通り、逞しく働く教皇を見れば、彼がやればできるということがしかと分かる。

「……あーあ、死にたくないわ」

「身から出た錆。ま、死ぬ前に望みがあったら言って。できることなら叶えてあげるわ」

「あら優しい。どういうつもり?」

「私は元々優しい人よ? 悪い人がいたら見逃せないくらいにね」

 間違ったことは言っていないつもりだ。それに加えて、憎しみもあるが、正直に語り合える存在が消えることに一抹の寂しさがあったことも、間違いない。

「じゃあ、一ついいかしら?」

 そうレイフェスは女っぽく自分の頬に手を当てて、そっと近づいてきた。

「私、エッチしたことないの。体がこれで、下にはそれがついてるでしょ? だから女性とするのって気乗りしなくて。でもあなたなら」

「それは勘弁して」


 レイフェスとはその三か月の間、たびたび話すことがあった。

「リナは野望とかないの? 欲望とか」

「そんな汚い物じゃないわ。ただの夢」

「なに?」

「恐怖を知ること」

「何それ?」

「それ前も言ってたよね!」

 と、突然スイートまで割り込んでくる。

「リナってね、元の世界では探究者とか言って、怖いこと全部調べてたんだって」

「何それ? くだらなさそう」

「あ、そう」

「あら、怒ったの?」

「いえ、分からない人に理解してもらおうとは思わないから」

 スイートはレイフェスにくっつきながら、にやけながら私を見ていた。

「……レイフェスは、恐怖ってなんだと思う?」

「恐怖? ……言われると難しいわね」

「でしょ」

「でも人生懸けて探そうとは思わないわ」

「そう、でも私は思ったの」

「ねー、リナって変でしょ?」

「そうね」

 スイートとレイフェスは、話しながら笑い合っている。なんか失礼な人達だ。

「ねえリナ、恐怖なんだけど」

「もういいわよ」

「待ってって。私が思うに、恐怖っていうのは、自分が認められないことじゃないかしら?」

 レイフェスがちょっと真面目に言うから、私はその目を見た。

「私は最初、誰からも求められなかったわ。この体だから。それで肉体魔法を覚えて女になって、それでも満足できなかった。求められて、喜ばれても、何も嬉しくない、むしろ空虚になる。けれど、あなたとこうして話し合っていると、なんだかとても、満たされていくの」

 うっとりと男の彼女はそう言った。

 それはとても光栄なことで。

「そりゃよござんしたねぇ」

「なに、その喋り方」

 レイフェスは楽しそうに笑った。

 そんな彼女が死ぬというのは、やっぱり少し悲しい気がした。


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