レイフェスの本性、そして教皇の覚醒
教典によれば『いかなる者も厳正なる審議で審問されるものを操ってはならない』とあるらしい。
この決まりができた経緯は特殊であるらしいが、この場合ではレイフェスや私に対する救済措置となった。
元来は、高位の者であっても魔法を使えば自らの罪を自供するため、嘘を吐く機会を与えて弁明させ、その悪事を身内でもみ消すためらしい。
これがあるために私とレイフェスもまどろっこしい議論をしたわけだが、偉そうな爺は第三の手を使った。
「レイフェスは……兄貴は俺なんかの想像もつかない悪党です。想いもつかない悪事の数々を続け、今も生き残るために色々な手立てを考えている、言っちゃ悪いが最低の野郎です」
「兄貴ですって、ぷぷ、どんな気分? レイフェス」
本音や隠し事を喋らせる魔法、真実魔法によってボルドフは申し訳なさそうな顔をしながらぺらぺらと喋った。
レイフェスの顔はすっかり青ざめて、力なく座っている。
これで私の言葉が真実であると証明され、私は生き残ることに成功したのだ!
次に魔法にかかったスイートが口を開く。そもそも彼女は私のここでの生活を知らないのだから、何も恐れることはない。
「リナですか? 私も善人か悪人か測りかねています。今までにない異世界から来たと言い、ほとんど常に建前で喋っています。多くの隠し事をしているため、嘘も多く吐いているでしょうし。それにさっき処刑場から逃げ出した時も、私を逃がしたと見せかけて自分が逃げるために囮に使ったに違いありません。最低ですよ、処刑されても仕方ないですよ」
…………。
私が静かにスイートに目をやると、彼女は苦笑いしながら手を振った。
「だってリナが本音を言わないからじゃん!」
「スイート……、あなた……、そこまで言われるともう泣きそうよ」
深い溜息が出た。
私の無実を証明する手段が見えなくなってしまった、いっそ魔法をかけて洗いざらい喋らせてもらえれば、私がいかに貴重な存在かを証明できるというのに。
「……ふむ、どうやら二人とも充分処刑に値する人物のようじゃな?」
「お待ちください! 私は何一つ嘘をついていません! 隠し事は確かにしていますが、それは……」
「……諦めなさいリナリーベルトこうなったら私は、国のために命を犠牲にするわ。あなたという悪女を神獄に送るために」
レイフェスは先ほどの焦りはどこへやら、達観したように呟いた。
「黙れこの脂肪分が! お前が妙な理由で私をひっ捕らえたのが元だろうが!!」
「静かにしなさい!」
シーナの一言で私はピシャリと言葉を失う。
それはただの言葉ではないらしく、弁明に動かそうとした口は微動だにせず、縫い付けられたようですらあった。
「口語魔法を審問にかけられるものに使うとは……記録官の息女も落ち着きを失っておられますな」
偉そうな爺がじとりとシーナを睨む、それを素直にシーナは恥じているらしい。
「申し訳ございません、猊下の手前、あまりに見苦しかった故」
「ヨはへいきだ。しかし、ショケイをとりおこなうのか?」
「そうなりますな。先にリナリーベルトの処刑を執り行い、追ってレイフェスを正式に審問にかけることになるでしょう」
納得がいかない、レイフェスの後に死ぬなんて道理が成り立っていいわけがない。
なんとかしなければならないのに、言葉が出ない。
(……どうする?)
カードはこちらの手にある。だが足がまだない状況では逃げ切ることは到底不可能。
「では、リナリーベルトに手枷を」
その前に私は口を指さした。それに気付いたシーナが魔法を解除する。
この状況で誰を揺さぶるべきか、何を言うべきか、分からない。
今まで生きてきた私の経験を全て活用せねばならないだろう。
歴史、国語、戦争、宗教、元の世界、チェンジャー、この世界、教皇。
理系などない。
「ハイエロファントという教皇はどうなったのかしら?」
かねてからの疑問を出すと、一番偉そうな爺は押し黙った。
「…………なに?」
「この楽園を壊そうとした教皇がいたそうじゃない。教皇言語録にハイエロファントの言葉がないのは何故か、と聞いているの」
周りの爺と婆は明らかに狼狽の色を見せている。
「……リナ、いこくからきてそのなをしっているのか」
教皇が真剣な表情で私に語り掛ける。それに私は頷いた。
「まるで存在を抹消されているじゃない? それは何故? 国ぐるみで嘘を吐いているのでは?」
「リナ、それがナンジのホンショウか?」
「……ええ、真実を求め、常に正しいと思うことをするのが私の本性よ。だからあえて言ってあげる。教皇、あなたは間違っているわ」
「リナリーベルトッ!! 倒れろ!」
シーナの言葉と同時に私は猛烈な勢いの風に押し潰されるように地面に倒れた。
だが言葉はいくらでも出てくる。
「何が処刑だ!? こんな小さな子供に人を殺させている国は他にない! あんたらだって同じよ!! 処刑される人間をろくすっぽ調べもしないで殺させる! 教えに従うとか言ってだらだらと平和な場所で暮らして、恥ずかしくないの!? 向上心がないのよ! 戦争ばっかしてる屑以下の畜生ね!」
「き、貴様ぁっ!」
近くの老人が腕を丸太のような太さに変えて襲いかかってきた。
変身の準備を――、そうしようとした瞬間。
「止まれ!」
シーナの言葉が老人を止めた。
「な、何故だシーナ殿!?」
「今この場で彼女を殺すことは、彼女の言葉が真実であると認めることと同義。不用意な行動は慎んでください」
「認めなければいいという問題じゃないでしょ? 記録官の娘さん。あなたのお爺さんはなんで処刑されそうなの?」
かつて、シーナが私に見せた弱みを私は今使った。
彼女は不意を打たれ一瞬の間を空けるが、あとで鼻で笑った。
「さあね。それよりほかに言葉はないの?」
「じゃあついでに言わせてもらうわ。猊下、あなたは本当にこれでいいの? 私が死んで、レイフェスも死んで、また新しい侍女を雇って、そんな繰り返し。人を殺し、食事を摂り、寝るだけの日々。それが神の教え? 人が幸せになる? 誰もが救われる? 本当にそれで救われている?」
「…………」
「一所懸命神を信じて生きれば救われる? そりゃ確かに私は神を信じていないわ。レイフェスだってきっとそう。でも、神を信じなければ救われないの? 神は自分を信じる人しか救わないの? ……誰も、認めないの?」
「……ヨは」
教皇が口を開くと同時に、その場の空気が凍った。
誰もが固唾を呑んで次の言葉を待った。
「――分からない、だが余は、変わりたい」
少々のざわつきが私には心地よかった。
あと少しで何かが変わる、そう確信させるざわつき、嵐の前触れ。
「どう変えたい? どういう風にしたい?」
「……、ドブロスキ、どう思う?」
それを受け一番偉そうな爺が答えようとするのを、私はヒステリック気味と自覚しながらも叫んだ。
「あなた自身の言葉で答えなさい! あなたが変わりたいんでしょ!?」
「静かに! リナリーベルト!」
シーナの強制力がますます私を縛る。
教皇は怯えた瞳ながら。
ずっとため込んでいたものをようやく吐き出した。
「余は……余は変わりたい!」
……勝った。
そう思ってレイフェスの方を見ると、彼女の体は肥大化していた。
豊満な胸よりも、今は膨らんだ腹の方が前に出ている。
足などは垂れた腹や胸の肉のために隠れて見えないほどだ。顔も崩れてしまい、チャームポイントのようだったほくろも見えなくなっている。
「ボルドフ! 最期に役に立ちな!」
誰の声か最初分からなかったが、低く野太い声を出したその肉達磨は、隣のボルドフを肉で包み込んだ。
「あ、兄貴っ! 勘弁し……!」
ボルドフの言葉は途中で切れた。かわりにぶちぶちと引きちぎるような音が聞こえる。
記録映像で見たことがある、元の世界の『愚者』が変身した時に似ていた。
周りの物質を吸収し膨らむ化け物、今そこで膨らむ肉塊は肉の垂れた巨人のようになっていった。
これがレイフェスだと、言うのだろうか?
「バルガンヘイト!」
偉そうな爺、ドブロスキが一声かけると、突然大柄な男が出現した。
服装は他と変わらぬ全裸の男だが、その跳躍は優に六~七メートルを超えている肉塊を高々と飛び越え、体をでんぐり返しする時のように丸めた。
「回転魔法! 食らえ!」
縦方向に高速回転を始めた体は、まるで弾丸のように肉塊に突っ込んだ。
そして、肉の中に埋もれた。
「ちょっとこれ大丈夫なの!?」
逃げ出す人も当然いるが、さっき私に襲いかかってきた腕を太くする奴は、同じ手段でそれに立ち向かっている。
脈々と波打つ逞しい腕の一撃は、あっさりと肉の波に飲み込まれて、その体ごと飲み込まれる。
「逃げた方がいいんじゃない?」
そんなスイートの一言を皮切りに、信徒達は本格的に奔走を始めた。
どうやらレイフェスが奇妙な魔法で大暴れしているらしい。
しかしあれは、所詮断末魔の叫びだ。
奸計巡らせ私欲を走らせた怪物が化けの皮を剥がして、醜く暴れ狂う。
ああなったら合体ロボに爆破される巨大化怪人同然だ、教皇に歯向かって国を生きて出られるとは彼女も思っていないだろう。彼女か彼か知らないが。
私もすり足で二、三歩下がってから走り出そう……と思ったところで、激痛が我を思い出させた。
足、ないんだった。
「お前だけは道連れだ! リナリーベルトォォォォオオオオオオオオオ!!」
「ちょ、待って!」
素早く変身した私は、けれど足を出せないがために、巨大な拳に押し潰される直前に時間を止めた。
眼前に落ちる拳に肝を冷やしつつ、私は匍匐前進の要領でその場をゆっくりと離れる。
だがあまり長く止められないのはご愛嬌、動き出した時間と同時に落ちる拳の衝撃は、這って進む私を吹き飛ばした。
世界がぐるんと回る奇妙な感覚、不安定なつり橋を渡っている最中に下を覗くような感覚、吹き飛ばされた。
背中を打ち付けられると同時に、痛む体を抑えながら私はさっきいた場所をなんとか見つけた。
蜘蛛の子を散らすように動き出す信徒は目に入るが、肝心のレイフェスが見当たらない。
あんな巨体がすぐに動けるわけがない、とは思いたいが動けるデブもいる。だが逃げ出すとも考えられない、さっき私を殺すと宣言したのだから。
ふと薄暗い空がますます暗くなるのに気付いた。
それは上にいた。
「死ねえええええええええええええええええええええ!!」
飛べるデブに、心底恐怖した。
(……まだ止められる?)
『とにかく止めろォ!!』
そうは言っても、空から降るそれの姿を見たせいもあって、もう心臓はバクバクと止まりそうにない。
今止めても……死ぬ?
いや死ぬものか、死んでなるものか、こんな異世界で悪女の下敷きになって死ぬなんて私にあってよいか?
あれに殺されて生涯を終えるという事実は、死以上の恐怖だ。
「ならば七秒、きっちり止める」
言霊を信じるわけではないが、強い意志を示すべく、私ははっきりと呟いた。
それに返事があるとは、予想だにしていなかった。
「何をするか知らんが、その必要はない」
覚悟を止めたのは拍子抜けするほど愛らしい声だった。
光に包まれた今の教皇は、私の前に立つ姿は、最初に見た狂気じみた雰囲気なく、まさしく聖なる存在であった。
「汝、自身の罪を数えよ」
言葉とともに教皇の体から放たれる光は強くなっていき、そして――
そこには一人の人間が倒れているだけだった。




